第12話 超感覚タワーオフェンス

「話は盗聴かせてもらったよ」


 静かに扉を開けたのは入道雲を逆さにしたような白髭を蓄えた紳士。

 アミィの父親だ。大企業ハツカ社の経営者でもある。


 突然の闖入もさることながら、割とショッキングな発言に一同硬直。


 そんな中、最近硬直頻度の高かったアミィはおもむろに自室のテーブルの裏や飾り棚、壁の継ぎ目を調べ始めた。


「……あった」


 で、毛足の長いカーペットの裏側から米粒大の何かをつまみ上げ、前髪越しに父親を睨む。


「お父様……アタシの部屋に盗聴器仕掛けるのやめてって言ったじゃない」

「ハッハッハ。この通り最近娘が反抗期でね。最近では何か仕掛けてもすぐに見つけられてしまうのだよ」


 娘の切実な非難もどこ吹く風。これは深刻な問題だ。


 白髭紳士はひとしきり穏やかに笑った後、ため息をつく娘を差し置いてさっきまで俺達が話していた事柄に真剣な面持ちで乗っかってきた。


「一大事だね。娘が関わっている以上私も部外者ではない。微力ながら支援しよう」

「それは非常にありがたいのですが、問題はないのですか?曲がりなりにもジュシュィは現在の体制を裏から掌握している。ハツカ社のような企業が私達に協力するリスクは計り知れない」

「無論、かなりの危険を伴うだろう。だがね、リラさん。我が身可愛さに他を見捨ててしまうようでは、あまりにも生きている甲斐が無いじゃないか」

「イイこと言うじゃないスか、社長。俺ン中で株がプラマイゼロまで戻りましたよ」

「フフフ、そうかい?ならば遠慮なく支援を受けてくれたまえ。こんな事もあろうかと準備はしてあるのだよ。それはもう必要以上に」


 アミィパパの髭からのぞく頬はほんのり上気していた。どういうわけか興奮してるっぽい。


「少々時間をくれたまえ。君達が十全な状態コンディションとなることを約束しよう」



 俺達はアミィの家、未来世界の大富豪ペパーミント邸に逗留することになった。


 元々産業スパイの侵入を防ぐ為の設備がある屋敷は、見た目に似合わずちょっとした軍事施設並みのセキュリティを備えていて防御は万全。

 安心して眠れる状況で一流ホテルのような客室をあてがわれ、邸宅付きのメイドロボに何不自由なく身の回りの世話を受け。


 そんな上げ膳据え膳の三日間を過ごしたところで、俺はアミィパパの自室へ呼び出されたのだった。


 世界に名だたる大企業、ハツカ社の社長が執務室兼自室にしているというその部屋。

 一人が使うには幾分か余裕のある空間の中央に超合金製のテーブル――作業台が置かれ、周囲を取り囲むように見たこともない電子機器や見たことのある旋盤等の工具が所狭しと並んでいる。


 そこは執務室や自室と言うよりは、研究室ラボと呼んだ方がしっくりくる一室だった。

 隅っこにやたら簡素なベッドが据えつけてある所を見るに、社長殿はマジでここで寝起きしているらしい。


「随分待たせてしまったな、申し訳ないタクス君」

「いや、こっちこそ世話になってるんで」


 社長はスーツの代わりに白衣を羽織った研究者の出で立ちで俺を出迎えた。

 そして、掛けていたコンソール付きのシートから立ち上がると作業台に置かれたトランク大のコンテナのハッチを開く。


 中身は黒光りする右腕用の篭手ガントレットだ。

 この装甲材の色合いと質感、なんとなく見覚えがある。


「君のボディにあつらえたカスタムパーツだ。装備していきたまえ」

「カスタム……性能スペックは?」


「よくぞ訊いてくれた!」



――アミィパパが嬉々として始めたスペック解説は、およそ50分の後ようやく終了した。


 彼が専門用語や豆知識をふんだんに交えて語った『黒い右腕』の性能を簡単にまとめると、こうだ。


 この右腕には複写電脳ミラーブレーンなる代物が搭載されていて、メインの電脳の補助をしたり影武者的な動作もできる。

 独立した電源バッテリーとセンサー、反重力ユニットも装備しているから単独で浮遊移動が可能。腕の形をしたボディとも言える。


 そして、この腕を構成しているパーツはヒートから譲り受けたマークⅡのもの。


「およそ考えうる限り最高のものを仕上げたつもりだよ」

「……マジありがとうございます。俺、絶対勝って来ますんで」

「ああ」


 右腕が熱い。

 実際に発熱してるとかじゃなくって、なんと言うか人の想いみたいなのが伝わってくる感じだ。


 ちょっとうるんできた目元を拭ってもう一度アミィパパに目を合わせる。

 彼はどことなくウズウズした様子だった。


「ところで、他にも色々試作してみたのだが、持って行くかね?」

「……説明付きですか?」

「ああ」

「じゃあいいです。この右腕で充分以上スから」


 背後にどっちゃり積み上げてある右腕の山に気付いて、即答してしまった。


 この時見た悲しそうなオッサンの顔は暫く忘れないだろうと思う。


「でも、何から何まで世話になって感謝してるのは本当なんで。それじゃ、俺はそろそろ――――!?」


 一礼して部屋を出ようとした俺の言葉は屋敷全体に響きわたるけたたましい警報音に遮られた。


「敷地内ニ敵性動作体ガ侵入!数ハ130!」


 管理AIのアナウンスを聞くや、アミィパパはすぐに自室のモニターに外の様子を出力。

 どこかの競技場グラウンド並みの広々とした庭に、黒いメタリックな人影が整然と隊列をなして行進してきている。


「こいつらは――!」


 自然と吐き出す語気に怒りを伴った熱が篭る。

 握り締めた右の拳。その装甲と、奴らの装甲は同じ色をしていた。


マークⅡあいつを量産しやがったのか!あの殺戮マシンを!!」

「タクス君。屋上までついてきなさい。皆も集める」


 さっきまでとは全然違う重みのある声色でハツカの社長が俺を呼ぶ。

 その手には、壁の隠し棚から取り出した一本の物理キーが握られていた。



「自家用機を用意しておいた。使いたまえ。少々慌しい出発になってしまうが、仕方あるまい」


 ペパーミント邸の屋上に集められた俺たちを前に、社長がキーの根元にあるスイッチを押す。

 屋上の床面が二つに割れ、足元から巨大なマシンがせり出してくる。


 ライムグリーンを基調にしたパーソナルカラーで塗装された戦闘機。

 社長がと称したそれは、明らかに戦闘機だった。


 しかもどういうわけか、機首にあたる部分は丸ごとロボットの生首がくっついていた。


 衝撃のビジュアルに圧倒される俺とリラの胸中を察したのか、アミィパパが口を開く。


「高速輸送に特化した航空爆撃型メイドロボなのだよ。目的地をセットすれば自動で向かってくれる」

「メイドって爆撃もやるんスか?」

「株主に散々言われたことだ、今は良かろう。さあ、急ぎたまえ!」


 有無を言わさず超爆メイドロボの胴体部分に俺達を押し込めようとするアミィパパ。

 流れに逆らったのはヒートだ。


「待ってください。“奴ら”はどうするんですか!?」


 スリットの奥で光る両目カメラアイが捉えるのは、既に中庭にまで迫るマークⅡ軍団。


 見れば、ヒートの手には既に光銃剣が握られていた。何をするつもりなのかは訊くまでもない。


「――行きたまえ、ヒート君」

「ペパーミントさん、あなたはまさか……」


 決然とした面持ちのハツカ社長。紛れもなく、腹を括った男の眼差し。


 彼の下した決断を、悲壮な決断をさとったヒートの関節から蒸気が立ち上る。


「お、お父様……?」


 か細いアミィの声がやけに頭に響いてくる。

 俺とリラは、それ以上は何も言えず、ただ目の前の男を見据えることしかできない。


 俺達の視線を一身に浴びた当のハツカ社長は、怪訝そうに首をかしげた。


「ん、どうしたんだ。この雰囲気は何だ?ん……ああ、なるほど。また勘違いしているのだな、君達。私が連中と刺し違えるつもりだと思ったのだね?」


 掌を拳でポンと打ちながら、何やら合点がいった様子の社長が続ける。


「愛娘と妻を置いていくような愚かな判断はせんよ。はっきり言うべきだったな。!」


 その一言を号令に、ハツカ社長は敵軍迫る邸宅の中庭に向き直り右手をかざす。


「ペパーミント・ナンバーズ総勢88機、緊急出撃スクランブル敵性動作体エネミーを排除せよ!!」


 掛け声と共に、豪邸の壁に隠されたハッチが解放され、庭の並木が根元から不自然に倒れ芝生にいくつもの丸穴が開き、プールの水面は割れ、至る所から次々と何かが飛び出していく。


「これは……は!!」

「君の“同胞なかま”を信じたまえヒート=B=プレッシャー!私の子供達ロボットは無敵だ!」


 現れたのは88機の等身大ロボット軍団。頭にカッターがついたもの、全身に銃火器を搭載したもの、ドテッ腹に巨大なプロペラがついたもの。

 全てのロボットが二つとない個性的な外見のワンオフ機だ。


 めいめいが独自の武器を手に、黒一色のマークⅡ軍団に殺到していくのを見送るヒートの関節からは、相変わらずもうもうと湯気が立ち上る。


「……この場はよろしくお願いします!」

「うむ、任せたまえ!」


 アミィパパは振り返ることなく、背中でヒートに檄を返した。


「よし、急ごう。私達も向こうを攻めるぞ!」


 いち早く飛行メイドロボに乗り込んだリラが内部のコンピュータを起動して言うのに促され、俺とアミィも続いてタラップを駆け上がる。


「ハンパねえな、お前の親父さん」

「……うん。あんなロボット作ってたなんて知らなかった」


「社長、ご武運を!」


 最後にヒートが乗り込んだ所でタラップが格納され、生首爆撃機こと飛行型メイドロボはペパーミント邸の屋上から垂直離陸を開始。


 高度を上げる機内から見下ろす屋敷をアミィと一緒に暫く見ていた。

 どんどん小さくなっていくペパーミント邸の近くに爆風の丸い光が見え始めたところで、機体は前方への推進を始めるのだった。



「この速度ならあと20分もあれば『超力要塞塔』に到着じゃよ」


 ペパーミント自家用機に接続したホログラフディスプレー端末から機体を制御するサクが鼻歌混じりに告げる。


「ひ~ろい砂漠の アラビア生まれ 前世魔人の正体見たり♪」


乗組員おれたちの緊迫した空気を読んでか読まずか、偏った選曲の歌を暢気に口ずさんでいる電子幼女。

 歌詞の内容は微妙に現状とリンクしているようで、窓から見える風景は砂嵐の吹き荒れる一面の砂漠地帯だ。


「なあリラ、ここってどういうとこ?」

「……わからない」


 おそらくこの中では最も地理に詳しいであろうリラが首を横に振る。


「ボクが持つ地図データにも該当する場所が見当たらない」

「……ヒートもお姉さまもわからないの?」


「さもありなん、じゃよ」


 疑問符を浮かべる俺達にホログラフのサクが向き直る。


「超力要塞塔――ジュシュィの本拠地は“この世に存在しない場所”じゃ。情報統制に加え、強力な磁気嵐を発生させ精確な座標を特定できなくしておる」

「そいつは、念の入ったこって。あながち趣味は悪かねえけどよ」


 超能力者に生まれたからには、砂嵐に隠された塔に憧れるってのも分からなくはない。


「ここまでやるんなら、俺だったら三つのしもべも用意するね」

「おぬし、やはり本来ならジュシュィとは気が合うやもしれんのぅ」

「あ?」

「ほれ、メカ怪鳥のお出ましじゃよ」


 扇子の先で指し示した正面モニターには、砂嵐の向こうから猛スピードで迫ってくる全身銀色、翼長数十メートルはある鳥型ロボットが映し出されていた。


「これはギリギリじゃな。急降下するぞよ~」


 間延びした口調とは裏腹に、俺達の体に急激なGがかかる。

 突っ込んできた鳥型ロボットがクチバシをかすめて輸送機とすれ違う。速度ゆえに一旦は上空へ消えた怪鳥だったが、すぐにUターンしてくるだろう。


 窓の外の砂嵐が速度を増して流れ、地表の砂丘がグイグイ近付いてきた。


「さて、不時着かこのまま突っ込むか、あと3秒で選ぶのじゃ」

「突っ込んでくれ!」


 乗客おれ注文オーダー通り、サクは機体を操作して目の前にそびえる要塞塔へ機首を向けた。


 鉛色の合金で表面を覆った巨大な塔は巨大で、天辺が砂嵐で隠れて見えないほどだ。

 生首戦闘機は、迷いのない速度で塔の根元へ突っ込んでいく。


 突っ込んでいった機体は、硬い超合金の外壁にぶつからなかった。

 機体は静止した。不気味なほど、


「しまった!!」


 サクが初めて焦りの悲鳴を上げたのと、機体の乗降ハッチの隙間からぬめりのある金属光沢を放つゲル状の『何か』が侵入してきたのはほぼ同時だ。


自律液体金属ロボアメーバ!?そうか、塔の外壁に“化けていた”のか!」


 続けて上がったリラの悲鳴を合図に、全員を機体の外へテレポートさせる。

 

 機体のすぐ傍に降り立つと、足元に砂の感触。頬にも絶え間なく砂がぶつかってくる。ここはまだ、塔の中じゃない。


 飛行メイドロボの現状を外側から確認。機首あたまから胴体にかけてを金属アメーバが侵すように覆っていた。

 標的おれたちが外へ出たことを察知したらしく、ずるりと剥がれ落ちたアメーバがこちらへ向かってくる。

 

 見た目は銀色のデカい水溜りだが、明らかに殺意が感じられる。

 更に上空からさっきのメカ怪鳥も降りてきた。


「地下に制御室コントロールルームがある!まずはそこを掌握するのじゃ」

 アミィが首から提げているコンパクト型ホログラフ端末からサクの姿が出力され、塔の入り口を指し示す。


 じゅるじゅると、緩慢だが確実に距離をつめてくるロボアメーバ。

 砂に足をとられながらも全力で走る俺とリラ、アミィ。一方、ヒートはその場に留まっていた。


「おいヒート、何やってんだ!?」

アメーバそっちは任せた。ボクはこの場で怪鳥こっちを喰い止める!」

「ヒート……!」

「アミィちゃん、ボクを信じて頼りにしてくれ。ロボットは、人間に頼りにされることが何より嬉しいんだから!」

「……うん。ヒート、頑張って。アタシも頑張ってくるから!」


 俺達はその場を鋼鉄メタルの仲間に託し、振り返らず駆け出した。


 一拍遅れ、砂嵐を切り裂くように急降下してくるメカ怪鳥。

 そのクチバシの正面に立ちはだかるヒート。抜き放った光剣のひかりが、走り抜ける視界の隅で輝いた。


正義回路こころがこんなに熱いのは初めてだ――――さあ来い、悪の手先しもべよ!」



 防弾シャッターに閉ざされた塔の入り口をサイコキネシスで吹き飛ばし、回廊状の施設内へ突入。

 すぐに左右の通路からレーザーガンを搭載したドローンが群れをなして飛来する。


「サク、制御室はどっちだ!」

「左へ進んで4つ目の扉じゃ」


 言葉を交わす間に放たれた光線弾の軌道を念力で捻じ曲げ、同士討ちさせる。

 間髪入れず増援の気配を感じるが、かまわず目的の扉まで駆け抜ける。


 サクの指定した扉はエレベーターになっていたが、当然作動していない。そして当然、そんなことは問題にならない。


「こうやって、こう!」


 まずは扉を吹っ飛ばす。

 エレベーターのカゴは随分上の方で止まっているらしい。

 背後からはドローンとロボアメーバが追ってきている。悠長にワイヤーを伝って降りているヒマはない。


 『右腕』を肘から切り離し、エレベーターの無い奈落の底へ先行させる。

 右腕に装備されたセンサーは俺の電脳とリンクしていて、俺本体から切り離した瞬間から視界の片隅に別窓ウィンドウが表示された。

 

 遠隔操作の右腕越しにサイコキネシスを発動してみる。別窓の縁が赤く染まり、階下の扉は問題なくブチ抜けた。


 視界を白く染め、先行した右腕の所までテレポート。

 ハーネスひしめく制御室への潜入は造作もなく成功した。


「さあ、いよいよ出番だぜ、魔法使いウィザードアミィ!」 


 少女は頷き、メインコンピュータに自身の電脳を接続。

 電脳がバーチャル世界へと没入したことで、小さな身体はその場にうずくまる。


「タクス!上だ!アメーバが追ってきたッ!」


 リラが指差したのはアミィの真上に位置する天井。パネルラインのから金属色のアメーバがゆっくり染み出してきていた。


「させるかよ!」


 無防備な少女の頭上に意識を集中。

 視界を覆った赤色が現実世界に炎となって顕現する。


 作り出したパイロキネシスの炎でを形成した。


 染み出たアメーバがどろりと天井から落ちてくるが、炎に触れる端から黒煙を立ち上らせ蒸発。

 天才ハッカーを狙うアメーバの物理攻撃は文字通りのファイアウォールで完全に遮断されている。


「――メインコンピュータのコア・アバターまで到達しましたわ!」


 バーチャル空間のアミィから、俺とリラの電脳へ直接通信が入る。アクセスから五分と経たず大詰めまで作業が進んだようだ。


「流石これだけ巨大な要塞のシステムですわ。なんて禍々しい怪獣こうげきプログラムですこと」

「アミィよ、此処のプロテクトは全て強力な攻性プログラムじゃ。下手を打てば電脳を破壊されるでな。用心せい」

「分かっていてよ、サクちゃん。つまりは、こういうコト」


 アミィとサクの会話が途切れたタイミングで、アクセスしているメインコンピュータのインジケータ・ランプがせわしなく明滅し始める。

 間違いなく『魔法使い』のワザによるものだろう。


 蒸発するアメーバの煙に、緑や赤のランプ光がくぐもって透けている。


「――――これで、よしっ」


 ほどなくして、一息つくアミィの声が聞こえてきた。


「タクス、お姉さま。メインコンピュータの防衛システムは、間もなくアタシのバッタちゃん軍団が残さず平らげますわ」

「強制フォーマットとはエゲツないのじゃ……恐ろしいイナゴ、もといオナゴなのじゃよー」

「その後で此処にアタシのお城システムを構築したら、乗っ取り完了☆ですわ!」

「ちなみに、この場所は既にほぼ更地になっておるのじゃー。ペンペンも残っておらぬ、ぞよー……」


 サクの声は若干ビビり由来の震えが混じっていた。どうやらではよほどの蹂躙劇が繰り広げられたらしい。


「防衛システムの掌握が完了したら、ドローンやアメーバに私達の護衛をさせますわ。こちらはもう大丈夫」

「OK。これでだいぶ有利になったな」


 いよいよ上階へ進むべく身を翻した俺に、“いつもの”少女が呟く声が聞こえてきた。


「……タクス……行ってらっしゃい」



「お前もあっちに残ってりゃ良いんだぜ?」


 アミィの手で運行を再開したエレベーターに乗り込み一気に最上階を目指す単調な道中。

 当然のように俺の後についてきたリラに今更ながら問いかける。


 ジュシュィは俺と同格か、もしかしたらそれ以上の超能力者だ。

 最優先で狙ってくるのは俺だろうが、リラがとばっちりを食わない保障はない。


「何を言う。私はキミについていくぞ」


 腰に手をあてフン、と鼻を鳴らすリラ。次いで真面目な表情を作り直した。


「わかっている。戦闘になれば私は足手まとい以外の何者でもない。だが、それでもついていきたい、いや、いかねばならない理由がある」

「理由?」


「ここへ来る前、キミのスキルツリーを解析した。かなり成長したツリーの先端に、サイコジェネスに匹敵する規模クラスの超能力が芽吹きつつあったんだ。何かをきっかけに、その発動の条件がわかるかもしれない」

「まだ見ぬ超能力の為についてくるってことか」

「ああ。解析は右腕のサブ電脳を経由して行える。隙を見て解析をさせてくれ」

「……そんなヒマがあるかねえ?」


「どうにか捻出してくれ。彼を知り己を知れば、と言うだろう」

「言う、な。覚えとくよ」


 単なる興味本位での申し出ではない。


 今から始まるのは超能力者同士の戦い。それを左右するのは、きっと超能力の優劣だ。


 この世で一人だけの超能力解析者になったリラがもたらす情報は値千金に違いない。

 誇るべき相棒として、そう信じている部分もある。


「なあタクス」

「ん?まだ何かあんの?」

「……妙な音がしないか?」


 言われて耳を凝らすと聴こえてくる甲高い連続した音の響き。金属音。金切り音。


 金属を連続的に切り裂く音が次第に大きくなってきて。


 姿を現した音の主――1本のドリルによってエレベーターの壁に大穴が穿たれた。



 緊急停止したエレベーター。壁に開いた大穴から押し込んできた男の右腕は、ドリルだった。


「やってやる。やってやるぞ」


 どこか画一的な口調で呟きながら、ドリル男は勢いよく回転する右腕のドリルをこちらに構えてくる。


「なりふり構わずかよ!」


 踏み込まれる前に不意打ちのサイコキネシスで、入ってきた穴へ送り返す。

 使い物にならなくなったエレベーターから脱出し、どこだかわからない塔のフロアへ躍り出る。


 代わり映えのしない回廊はしんと静まりかえり、今しがたブッ飛ばしたドリル男の姿も見当たらない。


 警戒をゆるめず通路を左回りに進み始めたところで再びドリル音。


 今度は足元の床板を突き破り奇襲をかけてきた。軌道を念力で逸らすとそのままの勢いで天井まで掘り抜ける。

 音は止まず、回廊の壁に反響。


「なんのまだまだ!」

「今度は横か!」


 四方八方に跳ね返る音と同じく、あらゆる方向から絶え間ない連続突撃が始まった。


 エメンタルチーズみたいに穴だらけになっていく回廊。

 ある時は既に開いた穴から。またある時は新たな穴を穿ち、ひっきりなしにドリル男が飛び出してくる。


「このっ!モグラ野郎!」

「踏み込みが甘い!」


 飛び出したドリル野郎にサイコキネシスを叩き込むが、決定打にはならず再び穴の中へ消えていく。


 予測のつかない角度からの攻撃。捌いたかと思えばすぐに姿を消してしまい、どうにも捕まえられない。

 耳障りな金切り音も相まって、苛立ちに集中力も乱れてくる。


「くそ、鬱陶しい!」

「落ち着け。『透視』を使えば良いだろう」


 あ、そうか。


 珍しく俺より冷静なリラに従い、透視を開始。

 青く染まった視界の端に現れたのは――巨大なメカ怪鳥のシルエットだった。


 透視した壁の向こうから迫る怪鳥は、あっという間に俺達の居るフロアの外壁に激突。

 凄まじい衝撃と共に外壁を突き破って、目の前にバカでかい杭のようなクチバシが現れた。


「こいつ、外でヒートが戦ってたヤツか?」


 突っ込んできた怪鳥は、頭をフロアに突っ込んだまま微動だにしない。

 

 念を入れて周囲を透視しておく。ドリル野郎は逃げたようだ。

 当面の危険が去ったことを確認し、メカ鳥の頭にゆっくりと近付く。


「あれ……ヒートじゃないか!」


 フロアの天井すれすれに位置する怪鳥の額を指差すリラ。


 なるほど、たしかにこの鳥はヒートの相手で間違いない。

 怪鳥の頭にしがみついたメタリックな大男は、手にした剣を額に突き立てたまま彫像のように動作を停めていた。


「エネルギー切れだな、これは」


 鳥の頭によじのぼってヒートを解析したリラが、安堵の面持ちで振り返る。


 両目の光が消灯したメタルボディを見れば、所々の装甲に大きな切り傷や焼け焦げたような痕。

 だが、メカ鳥の目玉やクチバシにもおびただしい斬撃の痕や亀裂が入っており、彼の健闘を物語る。

 

――ナイスファイト、バトルロボット。ヒート=B=プレッシャー。


「タクス、リラお姉さま!!」


 唐突に頭に響いてきたアミィの甲高い声。若干焦り気味だ。


「おう、アミィ。偶然だがヒートも居るぜ」

「それは好都合ですわ!今すぐテレポートで塔の外へ出て下さいな!」

「何があったんだい?アミィ」


「コントロールを掌握されたことに気付いたジュシュィが、自爆プログラムを作動させおったのじゃ。何も破壊せんでも良かろうにのう。この塔を建てるのにかなりの金も時間も費やしたというに……」


 他人事みたいな調子でサクの声が割り込んでくる。


「サクちゃん無駄口はおよしなさいな!カウントダウンはもう始まっています!時間がありませんわ、早く!」

「分かった。アミィ、お前もからネットワークの接続切っとけ!!」


 切羽詰ったアミィの声に後押しされて、連続テレポート。


 砂嵐吹き荒れる丘に降り立った数秒後に、超力要塞塔は爆炎の柱と化して崩壊を始めた。



 上下四方の視界を遮っていた人工砂嵐は塔の崩壊と共にぱたりと止み、青空が瓦礫混じりの砂丘を照らす。


「アミィ。ヒートこいつ頼むわ」


 不時着したままだが健在な飛行メイドロボの機内へ念力でヒートを運び、アミィに同行を頼む。


「うん、わかった……タクス、これ」

「――ん」


 アミィが手渡してきたのは、耳の電脳ターミナルに装着するジャック・ピアスだ。


「……これ着けてれば、こっちとネットワーク接続が切れないから……最後まで、応援したいから」

「ありがとよ」


 少女は深く大きく頷いてから踵を返し、飛行メイドロボへと乗り込んでいった。


「と、いうことで。俺は絶対負けられないんだ」


 垂直離陸する機体を見送った俺は、未だ所々から黒煙を上げる瓦礫の山へ向かって声を投げる。

 

「さあ、降りて来やがれタコエスパー」


 声と一緒に向けた“意志”の切っ先に居るのは、紛れもないヤツの姿。

 真鍮色とマジョーラパープルの袈裟衣にパールクリアーのプロテクターを身に着けたスキンヘッドの。


 人類のを企む、超能力生物ミュータント・ジュシュィ=ジンファレンが、太陽を背に空からゆっくり降りてきた。


「不躾なやつ。貴様などにこれ以上、霊長の超能力者は騙らせぬ」


 ジュシュィはちょうど足下に転がっていた黒焦げのサイボーグ体を踏み砕く。モロリともげた円錐螺旋が、砂の斜面を転がっていった。


「躾がなってないのはテメーの方だろうが」

「その減らず口、一刻も早く止めてくれよう」


 奴の纏った袈裟の裾が不自然にはためき、全身から剣呑ヤバげな気配が放たれる。


 陽炎のようにゆらめく殺気に、後ろに控えたリラは後ずさるが俺は負けじとガンを飛ばし、黒光りする右の拳を突き出してやった。


「このケンカ、買った!スプーンみたいにヒン曲げてやるぜ!!」

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