第13話 ただ ひとつの ちから

 砂丘を一陣の風が撫でる。


 巻き上がる砂塵を合図にして、俺と奴のサイコキネシスは正面から激突した。


 一発が大砲のような威力を持った念力の衝撃波の撃ち合いだ。

 僅かな防御の隙に砲撃を差し込んでは相殺され、あるいはこちらへ向かって飛んでくる不可視の破壊エネルギーを同等の破壊で迎撃する。


 実力パワーの拮抗したサイコキネシスがぶつかるたびに、巨大な風船を破裂させたような音が砂漠の空に響き渡る。


「オラァ!」


 気合と共にひときわ太くでかい衝撃波を繰り出し、叩き込む。

 ジュシュィも負けじと同規模の念力を発動させ、俺達は徒手空拳でにらみ合いながら思念のかいなで取っ組み合いを開始。


 二つのエネルギーの狭間では空気が渦を巻き、砂原に巨人が指を這わせたような痕を刻む。


――と、不意に俺の念力にかかっていた奴の“負荷パワー”がゼロになり、それに気付くと同時に目の前から敵の姿が忽然消失。


 電脳が認識を言葉で紡ぐよりも速く、俺の視界が白転する。


 テレポートで数歩分後退した位置に降りると、俺が居た場所に念力を放つジュシュィの背中だ。

 閃く視界の光サイコパターンは白から赤へと攻めの色をとる。


「チッ!」


 それはどちらの舌打ちだったか。


 たった今、奴がやろうとした事を俺がやったなら、たった今、俺がしたことを奴がやる。

 背中うしろをとっては背中うしろをとられ。連続テレポートの軌跡は天へと延びる鎖となった。


 鳥たちの領域まで跳躍テレポートするに到り、埒を明けるべく黒光りする右の戦闘腕バトルアームを振るう。

 数歩分離れた遠間とおまから放つ右ストレートは、無論そのままでは野郎の鼻先にすら届かない。


「行け!」


 振り抜いた右腕から一対の翼が展開。肘の先から切り離された腕が大空を翔び駆ける。


「小賢しい」


 まっすぐに飛来する俺の拳に対し、ジュシュィは袈裟の袖から伸びる筋ばった両腕をムチのように細長く変形させた。

 振るった肉鞭が飛翔拳を払いのける。だが、サブ電脳で遠隔コントロールされた右腕は変則的な軌道で何度も標的に飛びかかった。


 鞭が鋭く風を切る音と金属の黒装甲が散らす火花を絶え間なく撒き散らし、俺達は空から陸へと落下する。


 そして、高高度からの落下着地。

 衝撃はサイコキネシスで打ち消して、再び砂丘のリングに降り立って、互いに右掌を相手へかざして、俺と奴の身体は発火。


 ぶつけ合ったパイロキネシスで全身を火達磨にしながら、砂を踏みしめ前へと進む。

 目の前の火達磨が、数歩悠然と砂を踏んでから猛然と突進してくる。


 身体にまとわりついた炎を振り払い、俺も砂を蹴立てて突進。一気に距離が詰まり、示し合わせたように互いのパンチが交差する。

 

 俺の拳が奴の頬にめりこむ手ごたえと同時に、顔面が痛みで熱くなる。

 電脳ブレーンから身体ボディへと、痛覚を遮断する指令を伝達。ゼロ距離ノーガードで拳が飛び交う。

 

 右頬を打ち、左頬を打たれ、わき腹を打ち、鎖骨を打たれ、顎先、側頭部、鼻面、鳩尾を、打ち、打たれる。

 砂地に触媒溶液けつえきと紫がかった体液けつえきが点々としぶいては染む殴り合い。


 ひとしきり打ち合ったところで、ジュシュィが半歩だけたたらを踏んで後ずさる。


「うらぁぁぁぁ!」


 隙のできた下腹部めがけ、ゴング代わりに右足を力任せに蹴り出した。キックが腹にめり込み、ソール越しに確かな打撃感が――――しない。


 代わりに側頭部にヒタリと、照りつける砂漠の熱射の中で不自然なほど冷たい感触。


「哀れなりや、機械人間サイボーグ


 目の前に居た筈のジュシュィの姿はそこには無く、いつの間にか俺の背後に回ったヤツがスタンガンのような装置の先端をこめかみにあてがっていた。


――殴り合いの中、ヤツは俺に『念写』を仕掛けていたのだ。『隙を見せたジュシュィ』を、機械の眼球カメラに『念写』された。


の10倍厳重な停止プログラム、とくと味わうが良い」


 不覚をとったと理解するのと同時に、電脳を直接揺さぶられる衝撃と共に俺の意識は暗転する――――





――――なんてな!


「うぬ!?」


 テレポートで跳躍すれば、俯瞰。間抜けにこちらを見上げるジュシュィの禿頭スキンヘッドと、うつ伏せに倒れた“俺”の姿が視界に入る。

 倒れている俺には、右腕が無い。


「おのれ機械風情サイボーグ電脳のうのバックアップをとっていたか!」

大正解よくできました、だッ!くたばれや化物ナマモノ!!」


 右腕のサブ電脳に超能力の赤が迸り、渾身のサイコキネシスをハゲに叩き突く。

 至近距離でモロに喰らったジュシュィの“生首”は驚くほど簡単に胴体からもぎ取れて、バネ仕掛けのオモチャのように景気よくすっ飛んでいった。


 あるじを失った胴体が棒立ちの姿勢のまま砂原に倒れ伏す。少し遅れて、100メートルほど離れた砂面に頭の方も落着した。


「ヘッ、バカの一つ覚えみたいに停止プログラムそんなもん使うからだよ」


 倒れたに右腕を接続し、メイン電脳をリブート。立ち上がって砂を払い、足元に伏せる首なし坊主に吐き捨ててやる。


「なんだかあっという間に終わってしまったな」


 瓦礫の影に身を隠していたリラがひょっこり出てきて、呑気な感想を口にする。


「あのなあ。こっちはヘトヘトだって。マラソンを全力疾走してたみたいだよ」

「あれだけ超能力を使えば、それもそうか。お疲れ様。しかし……超能力生物ミュータント、か」


 リラは倒れたままの首なし死体をしげしげと観察する。以前死体を見た時とは違い、興味関心が先にたち恐怖は無いようだ。

 眼鏡に手をやりながらしばらく観察を続けていたリラの視線が、はたと一所に留まる。


「タクス。“ヤツの首”は?」

「どう、って、どうだよ?向こうに転がってるぜ」

「なら、『首』から目を離すな。この体はおかしい。首がもげたにしては、流れ出す血液の量が少な過ぎる」

「血が少ないってことは、どういうことなんだよリラ先生ドクター

「つまりだな――」


「――『自切じせつ』したのだよ。サイコキネシスの衝撃を逃がすためにな」


 件の方角、『首』がある方向から声が響く。声の主は空中に浮かんでいる。声の主、ジュシュィ=ジンファレンは生首の状態で平然と喋っていた。

 その様を目の当たりにして、リラは驚愕に声を震わせる。


「首だけになって生きている……生身の人間が、そんな」

「我が肉体は我が精神により完全にコントロールされている。ゆえに、このようなこともできる」


 宙に浮かぶジュシュィの首の根が沸騰したように泡立ち、みるみるうちに拡大していく。

 目を見張る俺達の前で。数秒とかからず『再生』を果たしたジュシュィの新たな五体は、全身が尖った石のような鱗で覆われていた。


「さて再開しはじめようか、機械人間サイボーグ

「上等だ、くそ化物ミュータント!」


 リラを背にして砂地を蹴り、第二ラウンドが踏み込み開幕。


 右の装甲腕を振るって物理攻撃で牽制をかけつつ、念力による打撃を織り交ぜる。

 石鱗をまとったジュシュィの戦い方はさっきまでと違い、多少の打撃は強靭な肉体で受け止めて反撃してくるスタイルだ。


 生半可な攻撃ではまったく手応えがなく、拮抗していた筈の力関係バランスは明らかに片側に傾き始めていた。


「この野郎……!」

「どうした。勢いがあるのは口だけか」


 鼻で笑ってくるハゲ頭に、右フックがクリーンヒット。だが、鱗で覆われていなかった筈の側頭部に拳は徹らず。


 俺の拳が、ヤツの頭から“生えてきた”石角に押し戻される。唯一人肌が残っていた禿頭があっという間に胴体と同じようなフルフェイスの鬼面ヘルメットに覆われた。

 鬼面に嵌まったルビー色の双眸が紅く輝き、トラックにでもぶつかられたかのような凄まじい衝撃が俺の全身を吹っ飛ばした。


 放っておけばどこまでも飛んでいきそうな体を念力で制御し、無理矢理砂地に足をつける。

 そこへ追撃のサイコキネシス。正面から迫る念圧をやむなく同じサイコキネシスで受け止めたが、ジュシュィの念力は力をじわじわと増していく。


――実際のところは、そうじゃない。ヤツの力が増しているんじゃなくて、“俺の力が弱くなっていっていた”。


 歴然とした、『スタミナ』の差。同等の超能力をあれだけ使っておきながら、ヤツは一向に疲労消耗した様子を窺わせない。


「フン。どうやらエネルギーが底をついているようだな」

「……そう言うテメーも、やせ我慢が上手いだけじゃねーのか?」

「余を見くびるな。見くびるなよ!旧人類にんげん風情が!」


 唐突に激昂したジュシュィの両目が再び輝き、八方から迫ったサイコキネシスの衝撃波が俺を袋叩きにしてくる。


「貴様とは積み重ねたものが違うのだ!憤怒じかんの!怨恨じかんの!憎念じかんの重みが――違う!!」


 数十発の連打の後、ひときわ強力な一撃をもらい、抵抗もできず吹っ飛ばされて瓦礫の壁に叩きつけられた。

 痛覚を遮断してはいるが、甚大なダメージがボディの内部構造を破壊したようで、触媒液が口から噴き出す。


「タクス!大丈夫か!?」

「おいリラ、危ねーから下がってろ。あと、大丈夫じゃねーけどまだイケルからよ」

「まだつもりなんだな。それなら、数秒だけ時間をくれ。『解析』をする!」

「『解析』?ヤツの弱点でも探すのか?」

「違う。言ったろう。私が『解析』るのはキミだ!」


 俺の傍らに駆け寄ったリラは、すぐに取り出した聴診器型端末を額にあててきた。


「リラ、今はちょっと。ヤローがこっちに向かってきてる」

「む……それじゃあ『右腕』を借りるぞ!」

「おう、ちゃんと返せ、よっ!」


 先ほどのダメージは全く癒えていない。砕けそうになる膝を気合で立たせ、悠々と歩んでくる岩石人間に立ち向かう。


 なけなしの精神力を可能な限り防御に回し、容赦なく飛んでくるサイコキネシスに、石鱗の斬打撃に我が身を晒す。

 一向に勢いの萎えることないジュシュィの攻撃はもはや責め苦に近く、俺の四肢を切り裂き、骨格フレームを砕く。


 体と一緒にフッ飛びそうになる意識を必死に電脳のうみそにかじりつかせていると、ようやくリラの声が背後から舞い込んだ。


「待たせてすまん、解析完了だ!タクス、キミの中に在る新たな超能力スキルは、既に目覚めている!」


 依然降りかかる狂撃に耐えつつ、彼女がもたらした福音に意識を集中。


「“超能力者同士の戦い”がスキル解放の条件だ!もう一度言うぞ、使!奴の力を利用して自分の壁を破れ!」


 言い終えて、リラは胸に抱くようにしていた俺の右腕を宙に放った。サブ電脳が軌道を制御し、右腕が俺の本体もとへ収まる。


「奴の力を、利用……」

「いま一度、哀れなりやと言ってやろう。斯様な世迷言にすがるしかなくなったとは――」


「黙ってろハゲ」


 野郎のほざく世迷言を遮り、いっそう意識を集中してリラの言葉をあるがままに信じる。

 あいつが言ったそのままのことが、俺にはできる。できるんだ。



――――直感を研ぎ澄まし、直観する。


 サイボーグは、お互いのエネルギーを分け合うことができる。機械の体を動かすエネルギーは共通のものだからだ。


 だが超能力サイキックはそうはいかない。力の源になる『精神エネルギー』は共通のものじゃないからだ。


――だが、こいつはどうだ?目の前のこいつに、それは当てはまるのか?


 思い出せ。

 

 ジュシュィ=ジンファレンは人の手により造り出された超能力生物ミュータント。俺たち超能力者の遺伝子をかき集めて造られた存在ヤツだ。

 付け加えるならサクがこうも言っていた。


 ムカつく事実だが、あいつと俺は似ているらしい。


「似ているなら。共通の“何か”があるってことだよな……」


 ヤツの超能力ちからは、俺の精神力ちからになるに“決まっている”――――!


 そして、視界が虹色の光を帯びた。



 俺はヤツの攻撃を一切かわすことなく仁王立ちで受け止めた。何セット目かの連撃サイコキネシスが、俺の全身を強かに打ち据える。


「もはや、かわすことも侭ならぬか」 


 石鬼面の両目が紅く輝く。頭上に不可視の殺意が巨大な塊になって圧し掛かってくる、気配。


 これも仁王立ちで受け止める。そこで初めて、ジュシュィが抱いていた勝利の確信が揺らいだのがわかった。

 調子に乗って何発か打ち込んだ所で、ヤツはようやく気付いたらしい。


 自分の攻撃が突然通用しなくなったことに。


「おい、どうした。もうちょっとってこいよ?」


 挑発への返答は、真正面からのパイロキネシス。空中をうねる炎の大蛇が頭から丸呑みにしようと襲い掛かってくる。

 目に見える超能力ちからの化身が、俺の額に達するなり幻のように掻き消えて、大蛇の主は遂にうろたえを隠せなくなった。


「……リクエストに応えてくれてありがとよ。お陰で――」

「如何なる策を弄した、貴様」


 遮るなよ。ちゃんと教えてやるから。


「お陰で“腹いっぱい”だぜ」


 視界を縁取る虹色の光は、こうして喋っている間も明滅を続けている。


 サイコジェネスを自分の身体ボディに対して発動させ、破壊された全身を元通りに復元。普段ならこの時点で気絶寸前になるところだが、全くもって余裕だ。

 疲れないばかりか、むしろ力が有り余ってきている感覚。


 五体満足になった俺を見て、ジュシュィがすかさず槍のようにピンポイントなサイコキネシスを放ってくる。


 が、無駄……いや、無駄じゃない。


「オラァ!」


 溢れる精神力を衝撃波に換え、さっきまで受けた分をまとめて返すとばかりにジュシュィへ打ち込む。

 当然、同等のサイコキネシスでもって迎撃するジュシュィだが、今度はヤツの念力が拮抗から劣勢へと減衰していく。

 一方で俺の念力は強くなる。相対的にじゃなく、実際に力の勢いを増して、野郎の石鱗をごっそり割り取って中身の身体をブッ飛ばした。


「余の力が萎えただと!?貴様の力が強く……!」


 砂原にひび割れた石の体躯を沈めたジュシュィは、身を起こす間にようやく感付いたらしかった。


「よもや。余の精神力エネルギーを『吸収』したとでも、言うのか!?」


 わざわざ返事はしてやらない。答え代わりに真っ向から踏み込んで開いた距離を一気につめると、ヤツはとっさに後ずさる。


 至近距離からぶつけてやったサイコキネシスは、さっきまでのような念力迎撃ではなく腕で直接ガードされた。

 

 事の仔細は解らずとも、ジュシュィも理解したようだ。

『俺に触れた超能力は吸収されて、エネルギーへと変換される』という事象が起きていることを。


「それじゃあ第三局面ラウンド、行ってみようか」


 右腕の拳を正面に据え戦闘態勢をとる俺に対し、ジュシュィも上体を軽く前傾させ諸手を構える。

 ついさっきまでの驚愕や狼狽の色は既に消え失せていた。今や再び隙のない達人じみた雰囲気オーラをまとっている。


「からくりが分かれば仔細なし」


 一言だけ呟いたジュシュィの両眼が輝く。腕を覆っていた石鱗が一斉に逆立ったかと思えば、逆鱗は無数の石礫いしつぶてとなって真正面から豪雨のように降ってくる。

 とっさに念力で障壁バリアを張り難を逃れるが、間髪入れず肘から伸びた突起物を切り離し念力で発射してくる。

 これも念力をまとった右腕で弾き飛ばす。


 ジュシュィの方を見る。両腕の石鱗が既にビッシリと再生を終えていた。


「やはり、これなら吸収は出来ぬようだな」


 サイコキネシスを直接ぶつけず、無限に再生する自分の肉体を弾丸にして撃ち出してくるジュシュィ。


 俺も負けじと念力の砲弾を絶え間なく撃ち込む。超能力vs生命力の銃撃戦だ。俺たちの前後左右では次々と弾着の砂塵が巻き上がった。

 こうなってくると、またもや両者の力は釣り合ってしまい決着がつかない。


「なあおい、いい加減シロクロつけようや!」

「ならば貴様が蜂の巣となるが良い」

「やだね!」


 またジリ貧になる前に、思い切ってテレポートで懐に潜り込もう。野郎の身体にじかに触れれば『エネルギー吸収』は効果がある。


「余の懐にテレポートをかけるつもりなら、止めておけ」

「ああ!?誰がンな事言ったよ」


 バッチリ読まれていたが、メンチを切ってごまかしにかかっておく。野郎の石面皮にはそれすらも通用しないが。


「所詮、貴様が切れる札はその程度のものであろう」

「余の手札には敵わぬと知れ」


 悠然と言い放つ野郎の声が、“前後から”聴こえてくる。


「す、すまんタクス!」


 背後で悲鳴じみた響きをもったリラの声。振り向けば、あり得ない姿がそこにあった。


「ジュシュィが、いる!?」


 右腕のサブカメラと自分のカメラ、両方使って前後を同時に確認。

 今までドンパチやっていた石怪人のジュシュィは確かに俺の“目の前”に居て、俺のには紫の袈裟をまとった禿頭のジュシュィが立っていた。


 『後ろのジュシュィ』の傍らには、宙に浮かんで足をジタバタさせるリラの姿。


「さ、最初に首をはねた“死体”から……首が生えたんだ!脳まで再生できる生物だなんて、信じられない……!」

「女。あまり喧しくするなよ」

「ぐ……ああッ!!」


 両腕をぴたりと胴につけたリラが、宙に浮いたまま悶える。

 見えずとも感じる力の流れから、野郎が念力でリラの体を締め上げているのが分かった。


「いかに愚かでも理解できるだろう?」

「貴様が妙な動きをした瞬間、この女のこうべをねじ切ってくれよう」


 前後から交互に響くゲスの声に思考回路しんけいは逆撫でられ、喰いしばった奥歯が顎の奥で軋んだ。



 超能力の行使ができない俺に、石鱗のつぶてが殺到し代謝シリコンの肉を抉る。

 飛来した肘骨の矢尻が両の肩口に突き刺さり両腕は根元からねじ切られ、かばうすべ無き鳩尾に衝撃波を叩き込まれた。


 俺の身体が不可視の力で宙に吊り上げられる。あれほど回避してきた俺への超能力接触も、今や無造作になされるばかり。何度も何度も手近な瓦礫に叩きつけられる。尖った破片の角に顔面がぶつかり、左眼が潰れた。


「タクスーッ!!」


 衝撃で不具合の起きているらしい集音センサーにリラの悲鳴がくぐもって聴こえてくる。

 精神力はすべて一縷の望みである電脳の保護バリアにまわし、ただひたすら歯を喰いしばるしかない。


「いつまでもつものでもあるまい。エネルギーを使い果たし、砂海に飲まれるがよい!」


 人質作戦をとっているジュシュィが憚ることなく勝ち誇る。あの石面皮に唾でも吐きかけてやりたいが、きっと今の俺が吐き出せるのは血反吐だろう。


 残った隻眼を見開きゲス野郎を睨み付けていると、少女たちの声が妙にクリアに聴こえてきた。


「タクス……大丈夫?」

「ずいぶん手ひどくやられておるようじゃのぅ。代わりに謝っておくぞよ」


 イカれている筈の集音センサーみみにアミィとサクの声がクリアに響くのは、電脳に直接語りかけてきているからだ。

 片耳のターミナル・ジャックにはアミィから受け取ったレシーバーが光っていた。


「切りチートの準備ができたぞよ」

「タクス、もう一度使って……さっきの吸収能力ウルテク


 吸収能力ったって、野郎に使ったらリラが危ないんだぜ。と、口には出さず電脳あたまの中で会話を始める。

 ジュシュィは電脳を備えていない。ネットワーク上のやりとりは監視できない。


「無論、吸収する対象はあやつではない」


 じゃあ、何を吸うんだよ。


「……吸収の対象は全世界ネットの人々。今から、サクちゃんとアタシが現在いまネットワークに接続している人達の電脳を全部タクスにリンクさせるから……」

「一人ひとりから少~しずつ精神力を拝借するのじゃよ。流入する精神力のアジャストと統合はわらわに任せよ」


 なるほど。要するに元ー―――


「そう、元素集合の術じゃよ。アノクタラサンミャクサンボダイ!」


 余裕無ェから無視すんぞ。OKその策乗った。元手さえ整ゃやりようはいくらでもある。



 アミィが前代未聞の多重ハッキングを開始。


「今ネットにアクセスしてる皆……お願い、アタシのたいせつな人を……助けて!」


 グランドマザー・コンピュータのアシストあってのものだろう。アミィの手による全人類同時多重ハッキングは驚くほど呆気なく成功し、世界中の人々の電脳アクセスポートが俺の電脳へと繋がった。


 瞬間、背筋が凍るかと思うほどのクリアな感覚。まるでこの世の総てを見通し切ったかのような、異様な全能感に一瞬戸惑うが、これが世界中のサイボーグとリンクした感覚だと理解した。


 視界の隅が虹色に明滅し、『精神力エネルギー吸収』を発動。対象は、いまリンクしている世界中の機械人類だ。


 すぐに、電脳ブレーンを通して流れ込んでくるサイバーでサイコな力が俺のボディに行き渡る。その力は、ほぼ無尽蔵と思えるほどに果てしなく濃く厚みを湛えていた。


 依然俺の肉体ボディを苛むジュシュィの責め苦が不意に和らぐ。復活、いや、“強化”された俺の念力バリアが攻撃のダメージを完全に相殺し始めたからだ。


「あんま調子こいてンじゃねーぞ。ジュシュィ=ジンファレン」

「この期に及んで口の減らぬ輩よ」

「テメーもな」


 強烈なサイコキネシスでもって浴びせられた応答も、ヤツに気取られぬよう衝撃を打ち消す。

 こうなればもう、ジュシュィの攻撃は問題にならない。あとは、どうやって野郎をぶっちめるか。それだけだ。


 どうすればリラを傷つけずに攻撃できる?どうすれば。どうすれば。どうすれば――?


――――いや。“どうもしなくていい”んじゃないか?


 だって、今の俺は『なんだってできる』ハズだ。どんなことだって、『念じるだけ』で!



 ジュシュィの猛烈な打撃は、両腕はもげ隻眼となった俺をなおも打ち据え、脚を砕き砂地に跪かせていた。


 視界虹色。サイコジェネスで“今から使う”両脚と右腕を完全修復。

 黄金色の砂をしかと踏みしめ立ち上がる俺を見たジュシュィは、サファイア色の双眸を輝かせ驚きと愉悦の入り交じった声音を吐く。


「ほう。それが貴様の“結論”か」


 野郎の声をセンサーが拾う度に虫唾がはしる。再生したばかりの右隻腕がひとりでに熱く震えている。

 つられて大きく張った怒声を張り上げる。


「おいリラ!一瞬でいい。男だった頃思いだせ!気合入れろ!!」

「え……え!?」

「久々に“痛い目見るぞ”って言ってんの!まあ、カンベンしてくれ!」


 一方的に言い捨てた俺の視界が白く染まる。


 テレポートで跳躍した先は、ジュシュィの目の前。強弓を引き絞るかのように右腕を矯める俺を見た野郎が、後方に控えるもう一人のハゲ野郎に合図を送る。


――リラの五体は悲鳴をあげる間もなく八つ裂きにされ、触媒溶液にまみれた代謝シリコンの肉塊が砂原に落ちて小さな染みを作った。


「…………ッッッ!!!」


 それから押し寄せてきた感情いかりは、理屈じゃない。


 粉々になるリラを見て、電脳あたまに血液代わりの電気信号が殺到。


 目の前が赤く、赤く、赤くなり。念力が集中した右腕が赤く、赤く、赤くなる。

 あらゆる思惟も駆け引きも、傍らに残った僅かな理性さえ、たったひとつの『ちから』が塗り潰す。


 極まった『赤』を縁取る『虹色』。サイコジェネスが発動し、二人のジュシュィをそれぞれ12人の『俺』が取り囲んだ。


「さ、サイボーグを完全な無からみ出すだと!?このようなことは……!」

「“ありえない”!それを口にしたヤツの敗けなんだよ!!」


 二人のジュシュィが念力の障壁バリアを展開。だが、各12方向からの念力衝撃波の前では、一人の超能力者が展開するバリアなど薄氷に等しかった。


「ゲームオーバーだド外道!テメーは!俺が!息の根を止めるッッッ!!」


 合わせて24の拳が、二人のミュータントのド頭へと同時に叩き込まれる。

 それと共に凝縮したサイコキネシスが爆発。


 首なし死体から再生したハゲ頭のジュシュィは、頭を吹き飛ばされるや全身が崩れ落ち土塊つちくれのような単なる物質と化す。


 石の鬼面と鱗で全身を覆っていたジュシュィ本体も、高密度に凝集したサイコキネシスを頭部に直撃させられ、今度こそ本当の首なし死体になり果てた。


「もう疲れたじゃろう。そろそろ眠れ。可哀想な、わらわの――」


 リンクを続けている電脳回線ネットワーク越しに、サクの寂しげな呟きが鮮明に聴こえてきた。



 脳天が砕け散り、全身を覆っていた石鱗が剥がれ落ちながら仰向けに倒れるジュシュィの身体を見届けてから、俺はさっきまでリラだったモノが落ちている場所へと視線を移す。


 無惨な肉片はなるべく視界に入れないよう努め、視界を虹色に。『物質創造サイコジェネス』を、発動。


 『肉片』が宙に浮き、光と共に一個の塊をなしてから、急速に四肢を備えた人体を形成していく。

 かつてのように、何かを媒介する必要はなかった。リラが俺の超能力を自在に解析する力を得たように、俺の電脳にもリラを完全復元するに足る情報のバックアップが備わっているからだ。


 かくして、俺のよく知るリラの姿は目の前に再生され、ほどなくして彼女の瞼が開き透き通った瞳が俺に視線を合わせてきた。


「本当にメチャクチャだな、キミは!」


 蘇生から開口一番、飛んできたのは非難とも驚きともつかないコメントだ。


「見たか。名づけて必殺・オールレンジ怨念パンチ」

「死んでいたから見ていないよ!そうじゃなくて!死ぬ目に合わせるならもう少し丁寧な予告をだな!私にも心の準備が」

「時間なかったろうよ。上手くいったからイイだろ?ほら、サイコジェネス、カンペキじゃん」


「カンペキじゃあ……ないだろッ!!」


 怒鳴るリラの褐色の頬は、ほのかに赤く染まっている。しなやかな両腕は、それぞれ胸の双丘と下腹部を覆い隠していた。


 そう。今の彼女は、生まれたままの姿だ。


 できるだけ意識しないよう努力していたが、俺の視線はついに傷一つない褐色の肢体にグイグイ誘導され始めた。

 サイコジェネスで創造できたのは、リラ“本体”だけであり、彼女が身に着けていた衣類一式までは“気”が回らなかったのだ。本当だよ。


「そこは大目に見ろって。服まで意識が回らなかったんだよ」

「メガネだけはキッチリ再生しておいてか?」


 全裸にメガネ姿の褐色美女が、秀麗な目元を険しく歪め睨んでくる。これはココまで頑張った俺に対するご褒美だと思った。


「まあ、メガネはさ、アレじゃん……そこも含めてのお前だし」



「さすがにもう、再生しないよな?」


 捕まったトラウマ冷めやらぬリラが、恐る恐る首なしジュシュィの亡骸を見る。

 力なく横たわったジュシュィの身体を動かす『頭』は完全に粉砕した。俺のようにバックアップのあるサイボーグじゃないのだから、ヤツが元通りになることはあり得ないだろう。


――とまあ、タカを括ったらだいたい裏目が出るもので。


「「げ」」


 “先”の無くなったジュシュィの首元が沸騰するように泡立ち始めたのを見て、俺とリラが同時にうんざりした声を上げる。


 だが、そこから先が思っていたのと違った。


 鱗が剥げて裸形になったジュシュィの身体全体が、首の傷口と同じように泡立ち始めたのだ。

 ヒトの四肢であった“それ”は、たちまち泡立つ“何か”へと変貌し、二倍、四倍、八倍と、際限なく体積を増していく。


「カルメ焼きみてえだな!」

「前から言おうと思っていたのだが、少しは時代を考えた発言をしたらどうだ?」


 倒した後に巨大化とは、ご丁寧なこった。

 膨れたジュシュィの肉体は既に原型を留めていない。かと言って何か別の形態を取るでもなく、ただただ野放図に膨らみ拡がっていく。


「おそらく再生力の強いミュータントの細胞が、ジュシュィの脳……超能力の制御を失って際限なく増殖を始めてしまっているのだろう」

「放っといたらどうなるかな?」

「さあ……地球全土を覆い尽くすくらいはしそうだが?」

「そいつはまずいな。何よりキモい」


 現在進行形でモコモコと殖えているジュシュィだったものは、見た目くすんだサーモンピンクの肉塊であり、こいつに世界中が覆われた日にゃ全人類の平均正気度がガタ落ちしてしまうだろう。


 ひとまず、なんとかできそうな心当たりに尋ねてみよう。


「アミィ。もしかして親父さん、巨大ロボットとか作ってね?」

「……あ、いま私の部屋こっちに戻ってきたから訊いてみるね」


「すまないタクス君。先週ようやく設計図が書きあがったところなのだ。少なくとも準備に一か月はかかってしまうよ」

「作ってはいるのかよ。そして建造期間が早過ぎるだろ」


 ダメもとで訊いてみたが意外な返事が返ってきた。今後あのオッサンはマークしておかなきゃまずい気がするな。


「しゃーねえ。俺がやるっきゃないか」

「できるのか」

「できるだろ。ほれ」


 リラに額を差し出し解析させると、彼女も得心し頷いた。


「お手並み拝見」

「おう」


 視界が赤く輝く。縁取り程度ではなく、目の前全体が深紅に染まり――まずは目の前の肉塊が同心円状に“消え去った”。


「『物質消去アスポート』、本当にやってのけるんだな、キミは。小型の対消滅反応を引き起こすなんて、現在いまの科学力でも手軽にできることじゃあないんだぞ」

未来いまの事にゃ詳しくないんでね」


 リラとの軽口を切り上げ、肉塊へ意識を集中。


 その光景を例えるなら、画像編集ソフトで丸く囲った範囲を次々と削除していく時のようだ。

 肉塊の膨張よりも早く、そして無造作に。俺の超能力がジュシュィの残骸あとを最後の一片まで消し去ってゆく。



 空の真ん中に陣取った太陽が、果て無き砂漠を照り付ける。


 そこに立っているのは、無限の砂粒よりいくらかは粒の大きな二人の人間サイボーグ。俺とリラだけだ。


「んじゃ、帰りますか」

「……まったく、キミは」


 いつも通りの言葉を口にした俺に、リラはいつも通り呆れたように返してくる。


だよ。文句あるの?」

「それじゃあ変わり映えが無さすぎる、と言うんだよ」


 言って、リラは右手を掲げ掌をこちらに向けてきた。


「……ああ、そうかもしれねーな」


 彼女の意図に合点した俺も、隻腕の右腕を同じように掲げ、掌を見せる。

 この時見たリラの笑顔は眩しくて、きっと俺もつられて笑顔になっていたに違いない。


 交わしたハイタッチの軽やかな響きは、砂漠の青空を駆け抜けていった。

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