第11話 コンピューターおばあちゃん

扉を無造作に開くとカランコロンと乾いたベルが出迎える。

カウンターの向こうで背を向けたままの店主に構わず、席に着く。


埃の溜まったカウンターに肘をつき、体重を預けながら。

呟くように注文を一言伝える。


「ミルク」


すると背後からあざ笑う声。


「おいおい、ここは子供の来る場所みせじゃないぜ」

「帰ってママのオッパイでも吸ってな!」


ならず者たちの罵声を背中に受ける俺だが、取り合うことはしない。

所詮は遠吠えに過ぎないのさ。


「マスター、悪いが注文を変えてくれ」


マスターは背を向けたまま、黙々とグラスを拭きながら無言で頷いた。


「オッパイ」


カウンターの向こうで長い銀髪が揺れる。

店内の空気も凍りついているが、俺は構わず注文の続きを口にする。


「マスターのを吸わせ」

「はい中止やめ――!この遊びはおしまい!!」


これまで張り詰めていたウェスタンな雰囲気を怒鳴り声でぶち壊し、振り返ったリラが両手でバツの字をつくった。


「付き合っておいて何だが、今の一連のやりとりは何か意味があったのか?」

「……無意味なセクハラするため?」


声色を変えてならず者連中のCVを担当していたヒートが、アミィと共に物陰から出てくる。

三人とも随分と視線が痛いじゃねえの。こちとら病み上がりだぜ?


「だってさあ、せっかくもぬけのカラになった喫茶店があるんだからさあ、やっときたいでしょうよ?」


「……大丈夫かな、おやっさん」

「この引き際を見たまえ。強かな人さ」


俺の言葉はもはや完全に無視され始めた。

何事も無かったかのように会話を続けるリラに、アミィはこっそり「あれ、どういう意味かわかんなかった」と耳打ちしたが、「シーッ、構っちゃダメ」と立てた人差し指を唇に添え質問は封殺。


「なあ、君は仮にもなのだから。もう少し真面目になってはどうだ」


こんな時、まっすぐな眼差しカメラアイで俺に向き合ってくれるのはヒートだけだ。優しい。


「わかってるよ。どうやらおやっさんにも、だいぶ迷惑かけちまったみたいだしな」


俺たちが『地下秘密基地』へ行って戻ってくるまでの二週間。

半月ぶりに訪れた『アミーゴ』には店主の姿は無かった。


店内の備品はそのまま放置されているかに見えたが、情報端末やデータディスクなどアシのつきそうなモノは綺麗さっぱり抜き取ってある。


「俺らがおやっさんをパイプにしてたことをが知ってるってことは、おやっさんも巻き込まれちまう可能性があるよな」

「ああ。だが、あの人は上手く逃げおおせているに違いない。そうでなければ裏社会では生き残れないさ」

「裏の勝手口、か」



「タクス、『サイコメトリー』を使ってみないか?」


見事なまでに手がかりになりそうな物が取り除かれているアミーゴ店内。

一通り物理的な探索を終えてから、リラが提案してきたのは未だ一度も使ったことのない超能力だ。


「サイコメトリーって物質の記憶を読むヤツだろ?そんなのやったことないぜ俺」

「君のESPスキルは成長している。きっとできる」

「ずいぶん自身満々じゃねえか」

「ああ。自身はかなりある。何しろ、私の『解析』スキルに基づくものだからな」


胸元から取り出した聴診器型端末を誇らしげに掲げ、リラは訊かれる前から説明を始めた。


「実は、君の電脳にダイブしたことで私のスキルもかなり成長していたんだ。しか『超能力の解析』に特化する形でね。現在のスキルの詳細だけでなく先の事もある程度読み取れる。つまり、私は今の世界で唯一の超能力解析のエキスパートなのさ」

「……以上?」

「以上!さあ始めてくれたまえ、サイコメトラー」


テンションが微上昇してやがる。

自分のスキルのこと誰かに言いたくて仕方なかったんだろうな。


早口気味に説明を終えたリラに促され、いつもおやっさんが座っていた場所に右手の人差し指と中指をかざし目を閉じた。


瞼に覆われた視界の隅が青く染まり――そこに在るが見た光景が断片的に再生される。



――一切無駄のない動きで店内の物品を回収し、その場を立ち去る中年男。


ああ、おやっさんはやっぱり逃げたんだな。


――紙一重で押し入ってきたのは、全身を武装プロテクターで固めた何者か。


――どこか見覚えのある雰囲気のアームド男に続いて二人の白衣男もやってきた。


――店内を物色する男達だが、目ぼしいものが見当たらないからか舌打ちしている。


こいつら、どう見ても単なる空き巣じゃない。


しかもデジャヴはんぱない。


フルアーマーと白衣マンの組み合わせ。


これ……偶然かな?



「んー、これだけじゃあよく分かんねえな」


「やはり何者かが此処へやってきていたな」

「……よかった。おやっさん無事だったね」

「あの武装プロテクターは最新鋭の装備だ。こそ泥が持てる代物じゃない」


俺の耳にマウントしたターミナルからはケーブルが伸び、ディスプレーに接続されている。

出力されたサイコメトリー情報を見ていたリラたちが三者三様の感想を述べた。


「なあリラ。今見た連中の組み合わせ、どうしてもしちゃわない?」

俺の質問の意味をすぐに理解し、リラはメガネの向こうで目元を歪ませる。


「――君が目覚め、私が死んで蘇った、あの場所か」


俺が思うのと同じ答えをカッコいい表現で口に出す。


「どうせコレしか手がかり無いしとにかく行動だな。行ってみようぜ、お前の元・勤務先しょくばへ」



電脳出生統制局中央管理部電脳転換課。

『電脳』が二回も出てくる上に所々が物々しい、リラ(元・青田寛)がハイブリッド化した電脳の管理を行っていた場所だ。


あまりいい思い出のない『始まりの地』。

俺は、そこの地下にある巨大なコンピュータルームにテレポートで降り立った。


二輪の樹脂製タイヤが硬い床に軽く当たり“全身”が軽く跳ねる。

最低限の照明だけが天井から滲み出るこの部屋は、解像度の低い視界を通して見ると一層不気味に感じられた。


「潜入成功。で、どれでもイイから端末に接続するんだな」


一人ごちてみた俺の声には視界と同じくうっすらとノイズがかかっている。


――思わず、ちょっとした懐かしさと感慨が浮かぶ。


今の俺は、電脳をオモチャみたいな小型動作体に移し替えていた。そう、俺が最初に使っていただ。

潜入するのに目立たない方法ということで、我ながら物持ち良く残していた小さなこの体を使うことになった。


リラが考えた作戦は、こうだ。


電脳出……『統制局』のコンピュータにハッキングし、公的組織の裏で暗躍する者達の尻尾を掴む。

いつぞやアミィの家のメイドロボがハッキングされたのと基本的な手口は同じ。

俺がメインコンピュータに接続するためのアンテナ役になり、アミィとリラを送り込むのだ。


ちなみにヒートは無防備になるアミィたちの護衛役。

というか、そもそもあいつはネットワークへの接続機能を持っていないらしい。


「物理ポート接続OKだ」

「……うん。こっちも準備、できてるよ」

「次の見回りまで一時間程度だ。急ごう」


ペパーミント邸の自室からアミィ達の返事が聞こえ、数秒後。

視界の端に遠隔アクセス完了を示すダイアログが表示され、俺達は統制局のメインコンピュータ仮想空間へと侵入ダイブを開始した。



緑がかった黒地一色のストラクチャー群に蛍光グリーンのグリッドが縦横に走る、オーソドックス飾り気ゼロの仮想空間。

いかにも公的機関の用意した実用一辺倒の世界だ。


どこから探索を始めようかと辺りを見渡せば、否応なく目に留まる姿があった。


小高くポツリと突き出たストラクチャーに腰掛けた

どうやら歌を口ずさんでいるようだ。声の感じからして現実世界リアルのアミィと比べても随分幼い感じがする。


「どうせ この世に 生まれた~からにゃ~ お金も 欲しいさ~ 名も~欲しい~♪」


小さな女の子が歌う曲じゃなかった。


突っ込みどころを見失い呆然と佇む俺とリラ、「二人はあの曲知ってますの?なに?なんの歌?」と俺のジャケットの裾を引っ張ってくるアミィ。

、いや、は俺達に気付くと、ストラクチャーからふわりと飛び降り言った。


「歌は良いのぅ。康範コーハン先生の生み出した文化の真髄じゃよ」


「うん、そういうこと口走るのマジやめて?」



登場早々スレスレな発言を繰り返す謎の幼女。

言動だけじゃなく出で立ちも妙だ。


弥生?古墳?みたいなテイストの和服よりも時代がかった白絹の衣を身にまとった腰より長い黒髪の女の子。

大きな目が印象的なかわいらしい顔立ちだが、どこか不遜な雰囲気がある。

全体的にヤマトってるかと思えば、冠の衣裳には梵字のレリーフをあしらっている辺りが本当に意味がわからない。


「おぬし、わらわの格好が面妖だと思っておるじゃろう?ツレのお嬢ちゃんもなかなかの奇抜さであろうに」


ペラペラ喋る幼女の口調は妙に老獪。

なるほど、これが世に言うロリババァか。しかし、どうしてバーチャル空間にこんな『の』が居るんだろう?


どうやら目の前のロリババァは俺が考えていることを語らずとも察しているらしく、不満そうに頬を膨らませ口を尖らせた。


そして、一回だけ咳払い。


「いかんいかん。つい高揚してしまったのう。何しろ300年待っておったからのう。許せよ」


一人でどこまでも喋り倒す幼女を止める者は居ない。


俺は若干興味本位で観察するモードに入っていたし、真面目なリラもベクトルは違うが観察モード。

アミィは開幕にブチかまされたレインボー男ソングの時点で脱落気味だった。


「ようこそ超能力者。いや、サイブリッド、じゃったか?」


その一言に俺達は一気に凍りつく。

だが目の前の幼女は微笑をたたえたままだ。


「おおかた、巡回員ガードマンの目を盗んで侵入しておるのじゃろ。ここは落ち着かぬ。わらわを連れて行ってくれぬか」

「お前、何者ナニモンだ」

「そう怖い顔をするな。少なくとも、害意は無い」


「タクス……この子、人間サイボーグじゃなくて“データ体プログラム”ですわ」


ジリジリと謎幼女を睨む俺に、アミィが耳打ちする。


人間サイボーグじゃあ、ない?」

「ほう、一見しただけで看破するとは、やるのう。その通り、わらわは肉体を持たぬAIデータじゃ。ゆえに一人では満足に出歩くこともできぬ」


「君を連れて行く意味は何だ?」

「おぬしらの追う者の仔細をすべて知っておる。話すと長くなるでな、ここではとても落ち着かぬ」


「いきなりビンゴかよ……」

「いきなりも何も、ここで待っておったのじゃよ」

「タクス」


呟く俺に、リラが目配せしてきた。

特に通信もテレパシーもないが、「用心しろ」と言っていることはわかる。


「なに、データ移行の痕跡はこちらで消しておくから心配は要らぬ。そこの嬢ちゃんも腕が立つようだしのう」


余裕の態度を崩さない幼女。それゆえに警戒を解かない俺達を前にして首を捻り思案を始めた。


「!そうじゃ!いかんいかんいかん。信頼関係の入り口は自己紹介からじゃの。わらわのことは『サク』と呼ぶがよい。タクス、リラ、アミィ、で間違いないな?」

「……私たちの名前を知っている!」

「此処にしていた事といい、おそらくネットワークを監視していたのでしょうね。このアタシに気付かせずそんなことが出来る時点で只者じゃないことは確定ですわね」

「おう、なんという事じゃ。更に警戒させてしまったぞよ」


困り顔で更に首を捻りウンウンと思案する『サク』と名乗った幼女。


「うむ、それではこの場でだけ話そう。あとはおぬしらの判断に任せる」


クルクルと表情を変えた末に、サクは再び手近な少し背の高いストラクチャーに飛び乗り腰を降ろした。

ふわりと翻った白絹の裾からのぞく生足を組んで、俺達を見下ろす幼女。


「タクスよ。おぬしを襲った超能力者は……あやつはのう、オヌシとわらわの間にできた子じゃ」


ちょっと。マジなんなのコイツ。



「タッ!タクス!あなたリラお姉さまにあんなことしておきながら……!!」


サクの言葉を聞くや否や、アミィはグルグル目で胸倉を掴んできた。


「待て待て待て。コイツの言う事にゃ身に覚えは無いし、リラのアレは、その、アイツから」

「アミィ、その話は頼むからよしてくれないか」


さすがのリラも慌てて止めに入る。

この所、時々リラと二人きりになると微妙な空気になってるんだから、これ以上意識させないでくれ。


「甘酸っぱいのう」


赤面して困惑する俺達とむくれるアミィを見比べて、元凶が愉快そうにほくそ笑む。こいつ悪魔か。


「お前、ちょっと来い!キッチリコトの次第を説明しろよ!マジ丁寧に説明しろよ!!」

「フフフ、最初からそう言えば良かったのじゃ」


予め用意していた記憶メディアにサクを移行して、ペパーミント邸へテレポート。


帰還した俺は、モウモウとする蒸気を背に険しい顔で腕組みするリラとアミィに迎えられた。



「わらわは今の世を統治する『グランド・マザー・コンピュータ』の端末プログラムなのじゃよ」


グランド・マザー・コンピュータとは、この未来社会じだいの総合統治者の名だ。

サイボーグ社会の到来により、世界はコンピュータによる統治を選択した。

長きに渡り人類が行ってきた立法も行政も司法も、今や完全なる判断を下すことの出来るコンピュータが代行している。


地域ごとに点在する統治マザーコンピュータの大本に存在するのがグランド・マザーなのだ。


「コンピューターおばあちゃんなのじゃよ」

「余分な言葉が多いんだよお前は」

「……やってることだけ見れば、説得力あるよ」


ホログラフディスプレーに表示したサクが相変わらず好き勝手言う度にツッコミたくなる俺だが、そろそろキリがないと思えてきた。

ふと思う。リラたちも毎日こんな気持ちだったのかな、って。


「そもそもは、神通主税タクスがハイブリッドになる以前まえにまで遡るのじゃ。その頃はさすがにわらわも生まれておらぬから、残存する記録の情報なのじゃが」


俺がハイブリッドになる。こうして未来世界で目覚める前の、“現代”での話。

あの時の俺はいつものように何の変哲も無い日常を送っていて、何の前触れも無くこの未来せかいにやって来たのだ。


「決して表舞台には出てこないが、超能力者の存在は人類に認知され、その研究も着々と進んでおった」

「あー、一時期よくテレビの特番でやってたよな。そのとき特派員の見たものとはぁぁぁ!ってさ」

「さすがによく知っておるのう。ああいったを見ている者達には想像もつかぬレベルで研究は進んでおったのじゃよ?」


「一般市民には超能力者の実体は隠されていたのだな」

渾身の定番モノマネをスルーされて打ちひしがれる俺に代わり、リラがインタビュアーを買って出る。


「うむ。加えて言うなら、超能力者の“預言”によって件の殺人放射線による人類の絶滅はかなり早い時期から予見されておった」

「預言……超能力にはそんなことまで出来るのか……」

「ある時代に、その能力に特化した超能力者が現れたそうじゃ。たしか名前は――みしぇる……のらくろなんちゃらとか言ったかの?」


「んで、その後どうしたんだよ?」

「滅亡を食い止める為の対策の一つが『超能力者の因子を移植し環境変化に耐えられる人類を作る』ことじゃった。ある問題が起こり、並行して行われていた“義体サイボーグ”と“電脳ブレーン”の開発計画の方がメインになったがの。その後の顛末はじゃな」


ホログラフのサクが、いつの間にか手にしたフサフサのついた扇子で俺達を指す。

メイドロボの運んできた茶菓子を飲み込んだアミィが身を乗り出した。


「……ある問題って?」


「生まれ出た人工超能力者ミュータントの暴走じゃよ」

「ああ、なるほど。つまり『そいつ』が」


いち早く合点し頷き始めたリラに、サクも同じ仕草を返し言葉を続ける。


「世界中の超能力者の遺伝子を解析し、コンピュータが制御する人工培養槽で発生させた存在せいぶつ。それが。今や世界にたった二人の超能力者、その一人」


いま、たった二人と。目の前のホログラフ幼女は言い切った。

実は昔から“本当に”居た超能力者達。それが今ではこの世に二人、か。


一人は俺。サクが言うとは、『あいつ』だ。


「――――名を、『ジュシュィ』。『ジュシュィ=ジンファレン』と言う」



超能力者おれたちの遺伝子を解析、ね。だから俺との子ってことか」

「厳密には君だけが父親役では無かったようだがな」

「♪おふくろさんよ おふくろさん、なのじゃ」


どことなくホッとした面持ちでリラが補足してくる。どうやら疑いは晴らせたみたいだな。


「……ねえ、サクちゃん。タクス以外の超能力者は……どうなっちゃったの?」

「淘汰された」


言い切ったサクの意味するところを理解しかねたアミィが表情を硬直させた。

隣のリラは、予測半分理解半分といった感じでメガネのブリッジに指を添えている。


「ジュシュィの誕生とサイボーグ技術の実用化により“用済み”になった彼らは、処分された」

更に凍りつくアミィを見かねたのはヒートだ。

「“用済み”……“処分”だって!?過程と結果はどうあれ人類の為に身をささげた者達を、使い捨ての道具のように扱ったというのか!?」


この手の話題にナーバスなロボットであるヒートは関節に蒸気を滲ませるが、サクは相変わらずの飄々とした調子を崩さない。


「どこか語弊があったようじゃの。んー、ああ、そうじゃな。用済みというのは誰にとってか、ということじゃな。無論ジュシュィにとってじゃよ」

「それはどういう――」

「おぬしはリラと違ってロボットのくせに察しが悪いのう。最高レベルの超能力を持つジュシュィにとって、似たような能力を持つ人間達が目障りだったのじゃ」


絶句したヒートが更にもうもうと蒸気を立ち上らせるのも意に介さず、言葉は続く。


「ジュシュィは超能力で肉体の細胞を遺伝子レベルでコントロールし、殺人放射線から生身で唯一生き延びた。あれから数百年の時が過ぎてもなお、精神力で老化現象すら抑えておる。不死身の超能力生物じゃ。本来の計画では、あやつの遺伝子を利用して人為的に人類をさせる手筈だったが……当人が拒否したのじゃよ」

「……当たり前だ。ンなモン、種馬扱いじゃねえかよ」

「ほう!あやつ自身がまさに全く同じ事を言うておったぞ!なんじゃおぬしら、似た者同士かもしれんのう?」


只でさえふざけた話に軽口を交える目の前のホログラフに、思わずサイコキネシスをぶつけそうになる。


辛うじて、とにかく情報を引き出そう、なんて冷静さを保てるのはコイツが見た目だけは小さな女の子の姿形だからだろうか。

本当に狡猾だ。反吐が出るほどに。


「そう怖い顔をするでない。わらわとて超能力者の恐ろしさは心得ておる。何しろ、あやつを生み育てたのはわらわじゃからの。そうじゃ。恐ろしい能力を持っていたがゆえに、人類に背いたを封印したのじゃ」


と口にした一瞬、データ体の少女が伏せた刷毛のような睫毛が妙に湿って見えた。


「サク、君の話に違和感がある。そこまで一人の生命をする連中が、危険なジュシュィを殺してしまわなかったのは何故だ?」

「簡単じゃよ。のじゃ。当時のいかなる手段をもってしても、超能力生物を殺すことはできなかった。辛うじて、わらわによる封印だけが可能じゃった。ジュシュィは育成過程でわらわに対する服従暗示マインドコントロールを施されていたからの」

「マインドコントロール、か。追い詰められていたとはいえ、つくづく非道な話じゃないか」

「そう仰々しく捉えるでない。要するに、肉親の情とか、そういった類の感情のことをそう呼んでいただけのことじゃよ」


「んで、どうして封印されたハズのヤローが元気にテレポートかまして来るんだよ?」

「それも簡単じゃよ。封印が完全でなかったからじゃ。どうやら超能力者は脳の神経レベルでバリアの類を張れるようでの。一見、無力化しているようでいて実は絶え間なく思考を積み重ね、むしろ超能力を研ぎ澄ませておったらしい」


そして、と繋げ、サクは扇子を開き口元を隠した。


「生命体としての人類が絶滅し、世界が機械化を果たしたとき。たった一人の革命はここに成れり。マインドコントロールを克服したジュシュィは、わらわの本体を逆に利用し世界を牛耳っている、というわけじゃ」


「な……それじゃあ、もう既にジュシュィはこの世界を征服し終えているということじゃないか!?」


血相を変えるリラの肩に手を置く。

彼女は俺と目が合うと、なぜかそれだけで随分落ち着きを取り戻したようだ。


それでも喋るには少々難がある様子なので、今度は俺が後を継ぐことにしよう。


「で、その後ジュシュィは何をやらかしたんだ?」

「――何も。表向きはきわめて穏やかに、人類の管理者として日々を送っておったよ。おぬしがハイブリッドとして目覚めるまではな」


「俺が……って、ん?おかしくねえか?さっき超能力者は全員処分されたっつってたが、どうして俺だけ無事だったんだ?」

「ジュシュィが暴走する可能性は予測しておったからの。秘密裏に本体から独立して活動できるデータ体を作り出し――それがわらわのことじゃな――数百人からなる超能力者の中で最も能力的に目立たぬ者をこっそり逃がしておいたのじゃよ」

「……タクスが目立たなかったの?あんなに出鱈目なのに?」

「当時は弱い念力しか使えなかったからのう。それでも、長い時間をかければ伸び代は活かせると計算したのじゃ」


「なるほどな。何もかもが掌の上って感じだな。まぁ、そこはいいや。それなりにもあるから、過ぎたことにしといてやらあ。だけど今巻き込まれてる面倒事はキッチリ片付けてもらうぜ?」

当事者タクスがこう言っている以上、私達もとやかく言わないでおこう。ここからはだ。奴には何ができるんだ?個人の超能力だけじゃなく、協力者や後ろ盾は?」


「やろうと思えば一通りのことができるじゃろうて。超能力者のが居た事を知ったあやつは、おぬしの排除に固執しておる。ホレ、いくつか災難に見舞われておるじゃろ?」


「災難……まず、のっけからメカ女に襲われたな」

「初手で完全に電脳を破壊しようと送り込んだ殺し屋じゃな」


「賭場で公安が押し込んできた」

「あやつじゃ。姿をくらましたおぬしらを見つけ出すために裏から手を回しておった」


「アミィんのメイドロボが暴走した」

「それもあやつじゃ。盗撮マニアを焚き付けて機材とターゲットの情報を流した。あの後、おぬしがやった大立ち回りが特定の決め手じゃよ」


だいたいアイツの仕業かよ。

怒りとは別の感情で眩暈がしてきたぞ。


「もうさ、お互い不干渉ってワケにゃいかないの?これまで通り世の中うまく行くんなら、世界征服でも何でも好きにすればいいじゃねえか」


気だるげに溜め息をつく俺に、それまで飄々と人を煽ってきていたサクが初めて人より真面目な顔をする。


「――ジュシュィの最終目標は世界征服ではない。サイボーグ人類の絶滅じゃ。さっきおぬしも種馬云々と言ったであろ。自身を奴隷として生み出し弄んだ人類に対する復讐。それが最終目標じゃ。平穏無事に統治を行う裏では、世界中で軍事拠点を中心にじわじわと勢力を拡げておる。わらわの複製たちが喰い止めておるが、侵攻を遅らせるので精いっぱいなのじゃ」


本当にタチが悪いなあのヤロー。

一体どういう育ち方したらそんな風に屈折しちまうんだ。


「子育て失敗だな、よォ」

「……言わんでくれ」



こうして、突然突きつけられた未来世界の危機に立ち向かうべく、アミィの自室で作戦会議が始まった。


「つけ入る隙があるとすれば、ジュシュィは電脳化していないという点だろうな。だからこそ、拠点の完全掌握にはグランドマザーコンピュータ本体の力を当てにせざるを得ず、手間取っている」

サクから一通りの説明を受けたリラがメガネのズレを正して言う。

「つまりネットワーク世界では条件は互角。いや、むしろサクとアミィが居る分こちらが有利とも言える」


名前を出されたアミィが慎ましやかながらもドヤ顔を浮かべる。

位置関係的には俺にしか見えてないけど。こんな時に張り合ってどうすんだよ。


の位置情報も手に入れた。向こうが組織としての軍事力を充分に持っていない今のうちに、一気に叩くべきだ」

「戦闘ロボットのボクとしても、リラさんの意見に賛成だ。時間が経てば経つほど敵は強くなる。すぐにでも行動を起こした方がいい」


アミィは二人の後ろで黙ってコクコクと頷いている。

俺も特に異論はない。


元々払うつもりだった火の粉――と言うよりも山火事レベルだが――だし、サッサと片を付けるって意味では大賛成だ。


だが、一つだけ疑問が残ってる。


些細なことだが。


「なあ、お前はあのヤローの産みと育ての親なんだろ?」


あるだけの情報を喋り終えてからは、それまでの饒舌振りがウソのように黙りこくるサクに話しかける。

その場に座り込んでいたホログラフの小さな体が僅かにたじろいだように見えた。


「俺はこれからヤローをって言ってんだぞ?本当にいいのかよ」


俺の問いかけに、幼い見た目に老獪さを孕むサクがほんの一瞬、表情にかげりを見せる。


直後、人形の方がまだ愛嬌があろうかというほどの無表情な口元から返答が発せられた。


「思いたがえるでない。わらわはコンピュータぞ。単なるプログラムに、人の如き情はかよっておらぬわ」


彼女から出力される言葉は冷淡と言うよりも空虚な響きをまとっていた。


「……じゃあ、いいんだな」


「当然じゃ。グランド・マザー・コンピュータは感傷に流されぬゆえに、人類総ての命運を任されておるのじゃ。そこには矜持を持っておる。侮るな」


薄い胸を反らして鼻を鳴らすサクに、ひとまずは黙ってやったが。


矜持ってさあ、充分“情”じゃねえのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る