第10話 レスキューダイバーズ

「――駄目だ。これは通常の気絶状態ではない。電脳に直接ロックをかけられてしまっている」

「そんな……」


解析を終えたリラが溜め息をつく。

彼女も、彼女のを聞いたアミィも一緒になって表情を曇らせる。


「だが、はどうしてわざわざ停止プログラムを使ったんだ?」

「……どういうこと?ヒート」

「奴がテレポートで目の前から消える寸前、と言った。消耗したタクスを排除するつもりなら」

「殺してしまうことだって、できたかもしれないと?」


ヒートの言葉をリラが継ぐ。

冷静な物言いが残酷に聞こえたのか、アミィは何度も首を横に振った。


「お姉さま……殺しちゃうなんて……やだ……」


小さな肩を震わせるアミィに何か声をかけてやろうとして、ようやく気がついた。


泣きそうなアミィ、つとめて平静を保とうとしているが唇を噛むリラ、両腕の関節から蒸気を漏らすヒート。


三人が囲んで話をしているメンテナンス・ベッドには“俺”が眠るように横たわっている。


俺はどういうワケか、マークⅡが封印されていた部屋を天井から見下ろしているのだ。

しかもさっきのリラの言葉からすれば、俺は眠り姫的な状況に陥っているらしい。


どうにかしなくては。

俺にできる事はなんだ?


おれに。できること。


――考えがまとまらない。意識が集中できない。


自分自身を俯瞰する今の俺は、まるで雲か何かになったみたいだ。

現実味さえ虚ろな浮遊感は思考すら曇らせている。


今の俺にできることは、ただ見守ることだけだった。



「アミィ、事実を分析したら、次はその中から希望を見つけ出すのさ」


リラがアミィの髪を撫で、肩に手を置きながら目線を合わせる。


「タクスは殺されていない。きっと、どうにかすることができる。気持ちを前へ向けよう」

「……うん」


「よろしい。それじゃあ今の話の続きだ」


壁際のコンソールを打鍵し、モニターに何かの図を表示するリラ。


複雑な迷路みたいな図の端には俺の名前が書かれている。


「あのはタクスを殺さなかった。害意があることは明らかなのに、だ。思うに、何らかの理由でタクスをのだろう」

「つけ入る隙があるかもしれません。あの時のタクスは消耗していた。万全の状態で正面からぶつかれば遅れはとらないでしょう。これは分析ではなく、そう信じています」

「信じる、か。そうだな。あいつは何だってやってのける奴だ。違いない。だから問題はたった一つ」


「どうやってタクスを目覚めさせるのか、ってこと?」


アミィの問いに肯き、リラはモニターの図に新たなキャプションを表示させた。


「彼の電脳には、外部からの“解析”を受け付けないブラックボックスのようながある。おそらく超能力に関連する部分だ。電脳の凍結状態を解除する鍵もここにあると推測している」

「……外部からの侵入が、できない?それなら」


前髪に隠れたアミィの眼が意志の光を宿す。

リラはモニターから向き直り、意を得た様子のアミィに「そうだ」と答えた。


「私とアミィで『電脳ダイブ』を行う。仕組みの解析さえ出来れば、この時代に治せない病は無い」



有事に備えた見張り役のヒートが見守る中、リラとアミィは自分達の耳についたターミナルからケーブルを伸ばし、俺のターミナルに接続。


暫くして二人のサイボーグ体は脱力。俺のベッドに横付けされた簡易ストレッチャーに、眠り姫が二人追加された。


「接続完了。ブラックボックスの境界に到るぞ、アミィ」

「お姉さま、あのゲートがアクセスポイントみたいですわ」


頭の中にリラとアミィの声が直接響いてくる。

彼女達がいよいよ俺の電脳に入ってきたのだ。


「……あら?ゲートに!?」

「解析する……これは……超能力に由来するバリア……電脳の重要な回路をピンポイントで防御しているのか!?」


「タクス!ちょっと、さっさと開けなさいな!せっかく女の子の方から尋ねてきたのに失礼じゃありませんこと!?」

「バーチャル空間のバリアをノックするハッカーか。初めて見たな……」


二人の姿は見えないが、バーチャルモードの魔法少女アミィがどこかをガンガン叩いてるっぽいのは何となくわかる。


このままだとアイツ、人の頭ン中で何をしでかすか分からん。


――入れてやんなきゃ。


そう思った瞬間、視界が青く染まる。


浮かんでいた“俺”は急速に“俺の身体”に吸い込まれ、青の視界は再び黒い闇に沈んだ。



「と、突然開けることないじゃない……あいたた」

「大丈夫かいアミィ」


力いっぱいノックしていた門が突然開いたことで、アミィは前のめりに転んだらしい。


「ええ、みっともない所をお見せして……何、此処?」


リラの手を借りて立ち上がるや否や、周囲を見回して目を点にする。


「タクスの電脳空間、いや、これはもうとでも呼んだ方がしっくり来るな」


彼女らの視線を追って、俺も視点を“切り替える”。

リラの言う通り、この空間が俺自身の脳内だからなのか、さっきまでの浮遊状態より遥かに自由な感覚でもって思った通りの場所を見渡せている。


――内面世界なんて呼ばれたこの場所は、たしかにバーチャル空間と呼ぶにはあまりにも現実的過ぎた。


アスファルトの道路。

立ち並ぶ大小様々なコンクリート製のビル。

日に照らされ緑の葉を揺らす街路樹。


そして行き交う生身の人びと。


かつて俺が生きていた『過去の世界』が、そっくりそのまま拡がっていたのだ。


「実はアタシ、電脳ダイブは初めてですの。こんなに生々しいものなのですね……」


生粋の未来っ子であるアミィは、初めて触れる過去世界の光景に気圧されているようだ。


「いや、こんなに精度の高い仮想空間はじゃない」


対してハイブリッドのリラは、過去も電脳ダイブも経験していることもあってか冷静に俺の電脳世界を分析し始めている。


「電脳のリブートに300年かかったのも納得がいく。タクスの頭の中には、世界が丸ごと一つ入っているんだ!」


眼鏡のブリッジに中指をあてながら舌を巻くリラ。


「タクスが使う超能力とは、この精巧な別世界で行われた演算を出力しているのか?だとすれば……」

「ねえお姉さま、それはそうと一旦移動しませんか?その……ここ、往来みたいですから」


先ほどからリラの解説を聞きながらも居心地悪そうにしていたアミィがようやく口を開く。

彼女は道行く人たちがチラチラ自分たちを見ていくのに気がついたのだ。そして、その理由も。


電脳世界でのリラとアミィの出で立ちは、マジョーラ紫のボディスーツとフリル全開の魔法少女スタイル。

西暦2000年代においてこの格好が通用するのはその手のイベント会場くらいのものだろう。


視線だけでなく「コスプレだ」「完成度高くね?プロ?」「宣伝かな」「撮影?日アサ?」といった呟きや、携帯端末スマホを構える者の姿まで現れ始めている。

我ながらリアルな仮想世界もあったもんだ。



「人間の電脳も、ロボットのAIも基本的に構造つくりは同じなんだ」

「お父様から聞いたことがありますわ」


閑散とした小さな公園を見つけた二人は、手近なベンチではなく何故かブランコに座っている。


「でしたら、タクスの電脳ここにも中枢を司る“コア・アバター”が存在する、と?」

「間違いない」

「この無闇に広大な仮想世界でノーヒントの人探し……ですか」


ため息混じりのアミィ。意気消沈ぶりがブランコの揺れ幅に現れている。ほぼ静止だ。

一方リラはゆるゆると前後に揺れながら励ましの言葉を口にする。


「ヒントはあるさ」


俯いた顔を上げ、視線で続きを促すアミィにリラは答える。

二人のブランコの揺れは自然と同調していった。


「――神通主税。某大学人文学部三年生。専攻は心理学」


リラは俺達が出会って初めて行った解析内容を正確に口にした。


「それって……」

「タクスの本当の名前、いや、生身だった頃の名前だよ。この電脳世界が在りし時代を再現したものだとすれば、彼の通っていた大学、級友だって再現されているかもしれない」

「かもしれない、ですけど、きっとそうに違いない。ですわね?」

「ああ、とにかくやれそうなことは手当たり次第にやっていくんだ」


二人は自らを鼓舞するように、ブランコは大きな弧を描く。


ふとアミィが視線を地面へ戻すと、小さな男の子が二人を見上げていることに気がついた。

若干はしゃいでいたのが気恥ずかしくなったのか、振り子運動を弱める。

少年はバツが悪そうにするアミィを見上げている。


「ねえ、おねーちゃん」

「何かしら?」


彼の純粋な眼差しには何の含みも感じられないが、電脳世界の住人からのコンタクトとあって隣のリラは緊張の面持ちで少年を観察し始めた。

傍から見れば平和な光景だが、それが逆に不気味な緊張感を覚えさせる。


耳を傾けるアミィに、少年がおずおずと口を開いた。


「あのね、あのね、おねーちゃん」

「ええ、どうしたの?」


「ぱんつ丸見えだったヨ」


それ俺も思ってたわ。



二人は知る由も無かったのだが、確かに俺の電脳空間はかつて住んでいた街がそっくりそのまま再現されている。

だから学校の名前さえ分かれば辿り着くのは容易いことだ。


「お姉さま、正門に守衛が居るわ。どうします?」


目的地を前にして、アミィが不安そうに耳打ちする。


「そりゃあ何食わぬ顔で通り抜けるだけさ。見たまえ、大学ここなら今の私達の姿も目立たない」


リラが指差した先には、半裸にレザーベルトやら棘つきアーマーを装着したスキンヘッドやらモヒカンの集団が居た。

あいつらは『自動車部』だな。外見に反してけっこう行儀の良い連中だ。


その隣を数人の男がものすごい勢いですれ違う。

パルクールで塀を三角蹴りで駆け上がっていくあいつらは『帰宅技術研究会』だな。

大会が近付くと、ああして講義が一つ終わる度に家へ帰って練習に励んでいる。


少し離れた所に居るのは黒や紺のローブに身を包んだ男達。

あいつらは『めがねっ娘教団』だな。リラの方をチラチラチラチラ見てる。礼拝姿勢を取り始めた奴も居る。


未来世界でも浮きそうな出で立ちの集団が正門をフリーパスしていくのを見ても、アミィは安心していないようで。


「本物の学生なら通れるでしょうけど、アタシたちは別ではありませんこと?」

「……ああ、なるほど。アミィ、君の心配は無用だ」


アミィの危惧を察したリラがきわめて楽観的に言う。


未来いまの学校なんかはゲートで電脳のIDを読み取るのが普通だが、この時代の普通の大学にそんな設備はないよ」

「ええ!?そんな適当で良いんですか?」

「良くないこともあるけど、大丈夫なのさ」


促されるまま半信半疑でついていくアミィは、何の問題も無く構内へ侵入できた所でいっそう釈然としない面持ちになっていた。



「神通?そういえばゼミじゃ最近見ないなあ。仲川なんか知ってる?」


二人が尋ねたのは、いつも専攻の学生がたまり場にしていた演習室。

食事をとっていた先輩は、ケータイを弄りながらサンドイッチをかじる男子学生にも話を振る。


「あいつ先月くらいから全然来てませんよ」

「お前、とってる講義アイツとほとんど一緒だったよね?」

「はい。先週、河内とアパート行ってみたんですけど居なくて。電話も繋がらないんスよね」


「彼の住所を知っているのかい?」

「ええ、まあ。アイツの下宿アパートが仲間内で一番広いんで、よく集まったりもしてるんですよ」

「頼む。そのアパートがどこにあるのか教えてくれ!」


「ええっと……いいのかなァ……あの、神通とどういう関係なんスか?」


当時マジで全く女っ気の無かった俺だ。

仮想世界とは言え俺の友人。美女と美少女が突然尋ねてくるなんて状況を訝しむのは当然だ。


リラは顎に手をあて考え込む。

どんな手段で彼から情報を聞き出すのかを思案しているのだろう。


だが彼女が結論を出すより早く、後ろに控えていたアミィが溜まりかねたように割って入った。


「あああーもう!!何でも良いから彼の居場所をお教えなさい!アナタ方は電脳世界の住人なのだから、つべこべ言わず『主』を助けるのに協力するのよ!!さあ、今から10秒以内に答えなさい!10!9!8……」


久し振りに瞳をグルグル同心円状にしたアミィが巨大な杖を発光させながらカウントダウンを開始。


ビカビカ光る杖を突きつけられた仲川は、慌てて俺の住所を二人に教えた。


――流石は俺の友人。

「たぶんこの人カウントの途中で“ヒャアがまんできねえ!”とか言い出すわ」と理解したのだ。



「ここがタクスのハウスですわね!!」


何かのスイッチが入ってしまったアミィは、住所を聞くなり全力疾走。

やや引いてるリラを意に介さず、辿り着いた俺のアパートの扉をガンガン叩いている。


「居るんでしょう!?開けなさいな!女の子の方から訪ねてきてるのよ!って……これさっき同じこと言ったじゃないの!」


ひとしきり扉にをした後、アミィは黙っていつもの『解錠ツール』を取り出しした。

目元を涙で潤ませながら、彼女はピックを鍵穴に差し込む。


「……開きましたわ。さ、行きましょうお姉さま」

「ああ。アミィと私に、ここまでさせたんだ。必ず叩き起こして埋め合わせさせよう」


扉を開け乗り込んだワンルーム。

片隅のベッドには、サイボーグ体になる前の“神通主税おれ”が横たわっていた。


「タクス!」

「アミィ、ここからは私の解析でばんだ」


一旦は首に提げた端末を手にしたリラが、現実世界と同じく昏睡状態の俺を見て数秒動きを止める。

そして彼女は端末を使うことをやめ、俺の顔を見ながら手首をとった。


唐突な行動にアミィは首をかしげる。

『脈をとり呼吸を確認する』という動作は、純サイボーグにとって馴染みが無いからだ。


「これはいかん」


呟いたリラは俺のシャツを脱がせ半裸にし、顎に手を添え天井へ向けた。


「な、なにをするのお姉さま!?」

「昔取った杵柄さ。それでどうにかなるかは分からんが、これだけ“現実そっくり”なのだから賭けてみよう」


戸惑った声を上げるアミィ。

右の掌底を左手で覆い、俺の胸板の中心にあてがうリラはこれまで見たことのない雰囲気をまとっている。


人が本領を発揮する時にまとうオーラだ。


「なあタクス。最後の患者を助けられなかった、だなんて甲斐が無さすぎるじゃないか。そうだろう?」


リラの掌底が規則的なアップテンポで俺の心臓を圧迫。

俯いた彼女の真剣な眼差しが、揺れる銀髪の狭間に見え隠れする。


リラの動きに見入るのは、アミィだけでなく俺もだ。


十数秒に満たない間がやけに長く感じ。

そんな長い十数秒の後、彼女はごく自然に、当然に、次の動作に移った。


「お姉――さま」


生まれて初めて“女”が“男”にする口づけを目の前にし、アミィは遂に絶句した。


とはいえ、これはキスと呼ぶにはロマンチックさの欠片もない、マウストゥマウスの人工呼吸だ。


――なのに。


なのに、どうしてだか。


この空間を俯瞰はたから観測ている筈の俺は、リラの唇を確かに感じていたんだ。



俺の電脳の中に拡がる仮想空間せかいが急速に『光』で満たされ、闇の中に沈んでいた『俺』が浮上する。


あいつらが待つ、未来いま現実空間せかいへ――――

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