第9話 地下の機械化ダンジョンで幻の秘密兵器を見た!

「深呼吸をして……」


瞼を閉じたまま、甘ったるい少女の声に耳を傾ける。


生々しい息遣いが電脳に響く。


「肩の力がだんだん抜けてくるね」


「体中が気持ちよくなってくるね」


声に促されるのに身を任せ、全身を弛緩させる。


「深呼吸をして……」


「あなたの両腕と両脚は、力が抜けて動かなくなる」


繰り返される甘い声に、身体だけでなく頭の中まで弛緩しているようだ。


ぼんやりとした思考に浸透してくる少女の声。


「あなたの意識はだんだん沈んでいく」



「気持ちよくなって沈んでいく」




左右から交互に、同時に、言葉なんだか声なんだか音なんだか分からないものが入ってきて――――



「沈んでいく」「さん」



「沈んでいく……」「にい」




「沈んで…………」「いち」






落ちるゼロ






「おい、起きたまえ」


軽く体を揺さぶられ、うっすら瞼を持ち上げると銀髪の女がこちらを覗き込んでいる。


この女は――――


「ん……族長、いい加減にこの手錠を外してくれないか?それに種奴隷ってどういう……」


「妙な設定で寝ぼけてるんじゃない!」


凛とした声で一喝され、ようやくモーローとした意識も視界もシャッキリポン。


もう一度目の前の女性の姿を見直せば、俺を捕らえて監禁したアマゾネスダークエルフの族長でなくリラだった。


「座ったまま眠ってたようだが、何をやってたんだ」


リラはいつものように、答えを聞く前から半ば呆れ顔で問いかけてくる。

俺が耳のターミナルにデータ端末を有線接続しているのを見て、単なる居眠りでは無かろうと察したようだ。


「催眠音声にチャレンジしてた」

「そうか。それじゃ、おやっさんの所へ出かけるぞ」


一言で会話を打ち切り踵を返したリラを、すがりつくようにして引き止める。


「待ってくれ。せっかく訊いたんだからもうちょっと掘り下げようよ!?」

「どうせ、すこぶるどうでも良い内容だろう」

「人生に振り掛けるスパイスだと思えって」

「どうでも良い内容なのは否定しないんだな」


うん。



「こないだ、眠ってたりブチ切れたりすると超能力が強くなるって言ってたじゃん」

「理性のが外れた状態が鍵かもしれないとは言った」


アミィを騙したクソ野郎を叩きのめした一件の後、俺はしばらくの間ひどく消耗していた。


リラが『解析』したところ、普段の俺なら考えられないレベルの超能力が全開に引き出されていたことが原因だそうで。


「ここから先は仮説になるが」と前置きはあったが、リラ曰く超能力は無意識の力だから理性が働いていると力を発揮しにくいのではないか、ということだ。

生身時代に両親の言葉が枷になっていた実体験から、彼女の説には納得がいく。


先日の暴走とも言える大立ち回りをキッカケにしていくつか新しい超能力スキルにも目覚めていたから、是非ともフルパワーになる条件はモノにしたい。


「んで、キレやすくなるってのはどうかと思うから眠りやすくなろうと思ったんだ」

「なるほど。キミなりに考えていたんだな」


俺の説明を一通り聞いたリラは、納得した風だが言葉とは裏腹に感心した様子はない。

彼女はおもむろにデスクの上に置かれていたデータディスクのケースをつまみあげた。


片付けておけばよかった、と後悔するも先に立たず。リラは音声ディスクのタイトルを読み上げ始める。


「それで聴いてたのか。この『女エルフだらけの村に監禁されてめいっぱい搾り取られちゃう催眠音声(はぁと)』とやらを」


まっすぐな瞳でうなずく俺。イノセントな想いよ伝われ。


「何に目覚めるつもりだったんだキミは」


返ってきたのはため息だけだった。



アミーゴに着くなり、いつもならこっちから話かけるまで何かやってることが多いおやっさんが先に声をかけてきた。


「タクス。お前さんに名指しの依頼が来てるぞ」


言葉と共にズイと差し出されたデータカードを手に取るが、おやっさんの言ってる意味が頭に入って来ず数秒間反芻。


ようやくかけられた言葉の意味を飲み込むと、驚きと喜びが体を浮上させそうな勢いで沸きあがってきた。


「マジかよ!?やってくれ、って!?」

「内容も見ないうちに随分はしゃぐんだな」


自宅に引き続きおやっさんにも呆れたような反応をされるが、今はそんなことは気にならない。

はやる気持ちを抑えカードを店内据え置きの端末に差し込み、モニタに表示された内容に目線を滑らせる。


「とんでもなく大きい仕事ヤマじゃないか!」


肩越しにモニタを覗き込んだリラが驚きの声を上げる。


“指定された地点に封印された戦闘用動作体の機能を停止されたし”


ただそれだけの本文には報酬金額と二つのデータ、そして『J・J』なるイニシャルだけの署名が添えられている。


金額は今まで俺達がこなしてきた仕事とは比べ物にならない、文字通り桁違いだ。

添付データの内容は『目的地までの地図』と『目標の停止プログラム』だった。


「タクス、どうするんだ?」


リラが緊張の面持ちで問うてくる。


こいつが思ってることはだいたい分かってるつもりだ。


「話がウマ過ぎるってんだろ?」


リラは黙って頷き付け加える。


「いつかのドラッグ運びなんかとは比べ物にならないリスクがあるだろう。それに、私が気になるのはという点だよ」

「そこはお前、俺も有名になったってことじゃん?」

「そう思いたい気持ちは分かるが……いよいよ目をつけられてはまずい奴にと捉える方が自然だ」


眼鏡の奥、彼女の視線はいつになく真剣だ。


本気の忠告。本気の心配。

それなら俺も、本気の返事を返さなくちゃならない。


「じゃあ尚更だな。ココが“虎穴”だ」


地図を表示したモニタを小突いて見せ、はっきりと俺の覚悟を口にする。


「……覚悟を決めているのなら、いいんだ。私もついていくからな?」


今度の想いはしっかりと伝わった。



うっそうと茂った木々の合間を縫うような古いわだちの痕跡を辿る。


この時代では機械化した人類の総人口は厳密に調整されていて、かつて際限なく増えていた時代の十分の一にも満たない。


生物種の8割を死に至らしめたジェノサイド放射線の難を逃れた一握りの動植物は、こうして人類が敢えて住まわず見守ると決めた区画で徐々に繁栄の萌芽を見せ始めていた。


もはや道と呼んでいいのかどうかも分からない不整地。依頼者の用意した地図を頼りにリラは車を走らせる。


出発から二時間を過ぎた頃、俺達は四方八方を覆っていた木々が唐突に開けた場所に出た。


「このあたりに隠しスイッチがあるらしい」


携帯端末で依頼主のデータを確認しながら辺りを見回すリラに倣って俺も周辺を観察開始。


背の低い雑草はまるで巨大な生き物の毛のようだ。

その毛なみの一部が不自然に“人工的”なのに気付き、引っ張ってみる。


「お、正解アタリ引けたぜ」


地響きを立てて木々に囲まれたぽっかり空き地の一部に穴が開く。

暗い穴の入り口は階段になっていた。


「ここから先はノーヒントなんだよな」

「ああ。気をつけて進もう」

「こいつはちょっとしたボウケンだな!アタック!」

「だから気をつけろって!」


俺は普段着のままマグライト片手に階段へ踏み出す。


その後ろを、ご丁寧にサファリジャケットで固めた探検隊姿のリラが早くもビビリながらついてくるのだった。



ジャングルの地下に広がっていたのは、金属製の内壁がどこまでも続く迷宮のようだ。

薄暗いながらもそこかしこに微細なランプが明滅している辺り、迷宮ダンジョンというか秘密基地って感じか。


周囲を警戒しながらも大胆に進む。大股で進む。そしてリラが叫ぶ。


「うわぁ!?」


「どうした」


「あ、あ、あれ!」


唇をわなわなさせ指差す先をマグライトで照らすと、黒い鋼鉄の壁によりかかって座り込む何者かの姿。


代謝を止めた自己再生シリコンは所々が朽ち、身に着けた服もボロ布みたいになっている。

くり貫かれた眼窩の影はひたすら虚ろな目線を床に落とす。


「“死体”だ!」

「……かな?」


なんとなく怪しいと思い、ライトで照らしながら名も無き先客に近付く。

背後でリラが息を呑むがプチ無視して状態観察。


で、気付く。


「なあ、コレじゃね?痛み方がウソっぽい。子供ガキの時分に『北斗の拳』のフィギュアで汚しダメージ塗装の練習したことあるんだけどさあ、ソレにそっくり」


俺に促され、震える手で死体?の『解析』を始めるリラ。

やがて彼女の中に確信が生まれたようで、打って変わって冷静クールな佇まいを回復した。


「――要するに、案山子かかしか。にカラスの死体の模型を掲げておくような」

「カッコつけてるトコ悪いけどさあ、そろそろ手ぇ離してくんない?」


解説するリラの左手は俺の右手をガッチリと握り締めている。

右手で聴診器型デバイスを持ち解析を行う傍ら、何も言わずに俺の手を引き寄せてきていたのだ。


「あ……すまない。つい」

「まあいいけどさ」


いつものことだし。そんなイヤじゃねえし。



直線のみで構成された鉄のトンネルが、やがて天井に大小パイプが縦横無尽に張り巡らされた通路に切り替わる。

道であることに変わりなし。


ひたすら前進していると、首筋にヒタリと冷たい感触。

そいつは俺の首に沿って這い巻きつこうとする。


「メカ毒蛇バイパーだ!神経回路をやられるぞ!!」


リラの悲鳴にも似た警告と同時に、天井から降ってきたメカヘビが喉元に牙を剥く。


途端に視界が赤く染まり、毒蛇は俺から引き剥がされて宙に浮かぶ。


いくら協力な毒があったって、触れられなければどうってことはない。


その点、俺の方はこうやって念力で手を触れずに対処ができるのだ。

そのまま近くのパイプに蝶結びにしてやった。


その後も足元にメカサソリ。サソリの次は狭い通路を抜けた先にメカ毒グモだ。

バリエーション豊かなポイズンメカクリーチャーズに出迎えられたが一様に指一本触れず駆除して進む。


「横着だなあ」

「こんなの一々相手にしてられっか」


俺があまりに淡々と進むからか、最初はビビリ全開だったリラもいつしか自然体で後ろをついてきている。


――それでもって、こういうのは油断した矢先に来るモンなんだと思い知ることになった。


下り階段を降りる最中、何の気なしに踏み込んだある一段が突然鈍く発光。

然る後、階段は一瞬で滑らかなスロープに変形した。

ごく自然な流れで俺とリラは尻餅をつき、下方の薄暗闇に向かって滑り台をエンジョイさせられる羽目に。


「タクス、吸着ソール!」

「うおおおおお!」


とっさの一言で存在を思い出した機構ギミックを作動させ、足の裏を斜面に貼り付ける。


「超能力に頼り過ぎだな。カスタマイズした体のことを忘れるなんて」

「へへ、よく気がついた」


滑走を止めた俺は足だけを滑り台にくっつけたまま寝そべる格好だ。

リラはちょうど肩車されるようにして引っかかっている。

間一髪の状況だったが、肩に伝わる太ももの感触が沈みそうになった気分を帳消しにしてくれた。


が、ささやかな幸せテンションも目の前の状況がすぐに上書きしてくる。


「やべえぞリラ、アレ見ろ」


ライトで照らすのは滑り台の進行方向。

両側の壁に空いた無数の穴から、直径五センチはある金属の杭がせわしなく出入りしていた。


あのまま斜面を滑り続けていたら今頃は串刺しだ。


この“障害物”は一体どこまで続いているのだろう。

念力でへし折りながら進めばいけるかもしれないが、いたずらに消耗するのもよろしくない。


「も、問題は、足元だけじゃ、ない、みたいだ」


頭頂部をタップするリラの指先がまた震えている。


心なしか斜面も震えている。


「上、上見てくれ、早く!」


心なしかじゃねえ。すげえ震えてきやがった。

ゴロゴロ、なんて音まで響いてきやがった。


足元には槍。じゃあ頭上からは『剣』でも降ってきたか?


「当然!『鉄球』だッ!」


とりあえず見たままを口にする。


通路をギリギリ通れる大きさの巨大な鉄球が斜面の上から転がってきていた。


「そんなこと言ってる場合か!?」


お前だってツッコミ入れてきてるじゃねえの。


「リラ、こいつは“ピンチ”じゃ無い。“チャンス”ってのも違う。“クリア”だ!」


肩車されたままのリラが何かを喚くより先に視界が白む。


そして再び滑り台の斜面にテレポート完了。さっきまで居た地点よりも上の方へ“戻った”。


俺の上にはリラ。

俺の下には巨大鉄球。

その更に下には壁の槍。


足元から機関銃のように連続して響く金属同士がぶつかる音が聴こえる。障害が勝手に排除されていく音だ。


「さ、たまには童心にかえって滑り台でも楽しもうか」



滑り台の終点、穴だらけの鉄くずを除けて少し進むと今までで一番開けた場所に出た。

相変わらず薄暗いものの、天井には自己発光建材のほのかな光源が確かに生きている。


「二本足、四本足、六本足、逆関節二本足……」

「あれ見てみろよ、三本足」


ぐるりと周囲を見渡し、俺とリラは少なからずワクワクしながら居並ぶ巨人たちの脚の数を数える。

広い空間に勢ぞろいするのは大きさも形状も様々にバリエーション豊かなロボットたち。


ほぼ全てのロボットに砲やミサイルランチャーなど明確な武装が取り付けられている。

どう見ても、ここは戦闘ロボットの格納庫。

俺とリラが呑気に見物しているのは、どの機体も動作を停止しているのがわかったからだ。


「依頼にあった戦闘用動作体ってこの中に居るのかな」

「そういえば外見についてのデータは渡されていなかったな。あれだけの報酬を積んできた代物がこんな風にぞんざいに並べられているというのも違和感があるが……」


格納庫の両端を交互に見ながら数百メートル歩いたところで、俺たちの疑問に答えが示された。

巨大空間の突き当りに、これまた視界に収まらないほど巨大な扉がそびえていたのだ。


「この奥に目標が在る、と考えるのが自然だろうな」


言いながら、リラは黒く鈍い光沢を放つ扉に聴診器型デバイスをあてがい『解析』を始める。


「超合金の複合装甲隔壁……この防御力スペックなら核攻撃だってしのげそうだ」

「不正ナあくせすヲ検知。直チニ中止シテがいだんすニ従ッテ下サイ」


突然扉全体に刻まれた溝に光が走り、響いてきた機械音声に慌ててデバイスを引っ込め飛び退くリラ。

その勢いで俺に抱き着いてくるあたり、悲鳴こそ上げないがガチビビりしている。


「従えば開けてくれるのかな?」

「開ケマス」

「あ、会話できんの?」

「私ハ扉ノせきゅりてぃAIデス」

「それは大体わかるよ」

「デスヨネー」


「妙にフランクなのは気になるが、会話が成り立つのは逆に都合がいいな」

ビビリから復帰したリラがメガネのブリッジを指で持ち上げつつ扉に話しかける。


「非現実的な手段なことを承知で質問させてもらうが、もしも扉を破壊しようとしたらどうなる?」

「あなたガタノ背後ニ待機スル戦闘めかガ一斉起動シテ排除ニアタリマス」

「……だろうね。指示に従おう」


クールビューティー風を吹かせて扉と会話するリラだが、微妙に目が泳いでさっきまでブラブラ眺めていたロボ軍団を気にし始めている。


ヘタな動きをとれば後ろから一斉射撃を浴びかねないマジヤバイ空間に置かれていたことを理解し、俺たちは固唾を飲んで扉AIの声に耳を傾ける。


「がいだんすニ従イ、音声ニヨルますたー認証ヲ行ッテクダサイ」


「音声入力?」

合言葉キーワードでもあるのかな」


その時、扉に走る光が怪しい色を帯びた気がした。


「ますたーナラコレガ出来ルハズデス。エー、“江頭2:50の物真似”」

「なん……だと……!?」


「ソレデハ3、2、1」


戸惑う俺たちを尻目に、AIは無情なカウントダウン。

容赦なく流れてくる『スリル』のイントロに、俺は覚悟を決めて上着を脱ぎ捨てるのだった。



「声紋不一致。貴方ヲますたートハ認メラレマセン」


マシンボイスが冷酷に響く巨大な空間の片隅には、撒き散らされた代替小麦粉樹脂ペレットと肩で息をする全裸の俺。


「ダッテメラァ!?シャアッスゾダラァ!!」

「完成度ハソレナリダッタノデ、えらーぺなるてぃハ免除シマス。物真似オジョウズデスネ」


怒りのあまり物申しそうになる俺をリラが制す。


「キミが全裸で時間を稼いでくれている間に制御ポートを見つけた」

「そ、そんなことしてたのか」

「アミィを連れてきてくれたまえ」


言われた通りテレポートでアミィの屋敷まで跳び、二人でその場へ戻る。


「……ここどこ?」

事情を聞く前にテレポートに応じてくれたアミィがようやく口を開く。

「非居住区画のジャングル。の、ド真ん中にある地下秘密基地」


固まるアミィにかくかくしかじか状況を伝える。


「ん……やってみる」


「私ノせきゅりてぃニ侵入シヨウトシテモ無駄デスヨ」


AIの機械音声は平板だが、どことなく……いや、明らかに小馬鹿にした気配を感じる。


「ハッカーなんかには絶対に負けないってよ、アミィ」

「へぇ……やる気出てきた」


静かに闘志を燃やし始めたアミィは、リラの見つけたポートにレシーバーをジャックイン。

耳のターミナルが変形し、アミィ本人の身体が脱力する。

大小様々なアンテナだけがウネウネと動き、メカ扉のシステムにアクセスを始めたことが分かる。


「ン……ナニコレ……コンナノ知ラナイ……」


扉に走る光の色が変わる。

侵入したアミィが何らかの影響を与えているのだろう。


「イヤ、入ッテクル……駄目ナノニ……感ジチャウ……」


たぶんバーチャルスペース上ではアミィが神業ピッキングでセキュリティをこじ開けているのだろう。

機械音声が情けない声を上げ、扉の光も次第にせわしなく明滅を始める。


「アッ……アッアッアッ……」


「このAIなんか悪ノリしてねえか?」

「おい、相手は子供だぞ。配慮したまえ」


外野からの野次に返事をする余裕は既に無いようで、AIはひたすら無機質な嬌声を上げ続ける。


「ンアアアアーーーーッッッ!!」


ひときわ激しい発光の後、超合金製の扉が重々しくスライド。


「はっかーニハ勝テナカッタヨ……」


敗北宣言する扉の制御コンピュータを尻目に、開いた鋼鉄の装甲扉の合間を抜けいよいよ最終目標にご対面だ。



――そいつは、全身が金属的メタリックだった。


広々とした格納庫とは打って変わって、用途不明の機器が所狭しと詰め込まれた一室に大男が二人。


一人はヒート・B・プレッシャー。

俺たちのよく知る最強の戦闘ロボット。


彼の背後にはケーブルだらけのベッドに寝かされた同じく鋼鉄の大男。

ヒートを黒くしたような外見のそいつは、格納庫に居たロボット軍団と同じく動作を停止しているようで微動だにしない。


「「どうしてここに!?」」


俺とヒートの声が重なった。



――指定された地点に封印された戦闘用動作体の機能を停止されたし。


クライアントからのごくシンプルな依頼内容を説明すると、ヒートは逡巡の間を置いてから言葉を紡いだ。

いつものながら機械ロボットらしからぬ振る舞いだと思う。本人が気にしてるから言わないけど。


「こいつはボクのような名前を持っていない。『マークⅡ』。ただそう呼ばれるだけの、ボクの……


それからヒートは訥々と、弟と呼んだロボットについて俺たちに話してくれた。


とんでもない戦闘力を持ったヒートをベースに制式量産を目指して開発されたのがマークⅡ。

性能はほぼ互角。関節の発熱が大幅に抑えられている分だけヒートよりスペックは上と評価されていたという。


を除いてはボクと変わらない。そして、ただ一点の為に結局量産はされずこうして機能を凍結し封印されているんだ」

「ただ一つ?」


「マークⅡには、正義回路プログラムが搭載されていない」


「正義回路って、キミがいつも言っている正義センサーってモノの大本か?実際にそういう仕様だったのか」

「ボクはロボットですよ、リラさん。ボクは強大な力を自分の判断で使いこなせるようにと、正義の機能こころを与えられ造られた。しかし――」

「そこで寝てるマークⅡには無いから力を正しく使えないかもしれない、ってことか?」


俺の問いに答えようとしたヒートの肩口からうっすらと湯気が立ち上る。


「かもしれない、じゃないんだよタクス。マークⅡには正義回路とは別のものが搭載された。開発者たちは『殺戮回路』と呼んでいた。視界に入ったあらゆる目標を破壊し殺しつくす機能ほんのうだ」

「……どうしてそんな回路を積んじゃったの?」

「戦闘ロボットを純粋な兵器として突き詰めようとした結果なんだ。壊すこと、殺すことが兵器の役割。それ以外には何もない。何も必要じゃないんだ」


機械である以上、目的をもって作られる。

ヒートが淡々と語る言葉は被造物としての宿命というやつだろう。

当人はその辺り受け入れているようだが、聞いてたアミィは腑に落ちなかったようで。


「どうして……どうしてそんな風に作られて……こうして封印するのなら、それが間違いだったってことだよね?ヒートみたいに正義回路に交換すれば良かったんじゃないの?」

「アミィ。おそらくだが、マークⅡは間違っていたから封印されているんじゃないよ」


ちょっと泣きそうになっているアミィに、リラが努めて優しく諭す。

同時に「そうだよな?」と確認の視線をヒートに投げ、ヒートも静かに頷いた。


「あまりに危険過ぎたから一体しか作られなかったにせよ、このマークⅡが作り直しも解体もされず封印のこされているのは、いつか使ためなんだ」

「いつか……使う……?」

「そんなに不安そうにしなくても良いんだ、アミィちゃん。心配しなくても、マークⅡが本当に出番になる時なんて来ない」

「……どういうことだか分かんない」


ヒートの答えに首を傾げ固まりかけるアミィに、リラが言葉を引き継ぐ。


「それがいつなのか分からないし、何に対して使うのかなんてもない。強力な兵器ってのは、いつだってそんなモノさ……」


雑然とした機械の部屋に沈黙が満ちる。

俺はしばらく頭の中で考えを巡らせてから、一番聞いておきたいことを機械の友人に問いかけることにした。


「で、お前はマークⅡこいつをどうしたいと思ってんの?」

「……答えが出ていない。だからずっと、こうして彼を見守り続けてきた」


ヒートがうつむいて、視線を漆黒の鎧のような弟に落とす。


「ボクの正義回路は、マークⅡの存在を悪だと判断している。だが、その一方でこの世にたった一人残された同型機きょうだいを……仲間を破壊ころしてはならないとも判断している」

「……ホントよくできてるよな、お前」


知らずのうちにため息が出た。


感傷に悩むロボットなんて。

こいつは、少なくともこいつを作った連中にんげんよりもよっぽど人間らしいじゃないか。


「タクス、マークⅡはこのままにしておいてくれないか」


静かに、重くヒートが言う。

こいつの望み通りにするということは、俺にとっては初めて来たデカい仕事をフイにすることだ。


こっちの事情を理解していてなお頼み込んでくる彼の関節からは、さっきまでより濃い蒸気が漏れ始めている。

俺の答えは、そんな様子を見る前からもう決まっていた。


「お前がそう言うんなら、俺が出る幕じゃないよな」

「……本当にいいのか?」

「頼んだのお前だろ。お前の悩みと違って優先順位がハッキリしてんだ。悩むまでも無ェよ」


視界が白く霞む。

ヒートの各関節から、感激の蒸気がもうもうと噴き出している。


「本当にありがとう、タク――――」


「「「起動プログラム 入力完了」」」


マークⅡの安置されているベッド型クレードルから唐突に流れてきた音声。

居合わせた全員の視線は、いつの間にかベッドのスロットに挿し込まれていた、『データカード』に注がれた。


それは紛れもなく依頼主から渡されて俺が持っている筈の『停止プログラム』だった。



黒い鋼鉄の身体から大きな昆虫の羽音のような音がくぐもって響き。体の各部分が末端から順に一回ずつ痙攣する。

眠れる巨人の身体が“覚醒”を始めていた。


「マークⅡが起動する!?」

「タクス!あのデータカードは……」


リラの問いを待つまでもなく、ズボンのポケットをまさぐる。

あとで叩き割っておこうと思っていたデータカードが消えている。


「……カードが無え」


「タクス、どうして!このままにしておいてくれると言ったじゃないか!?」

「俺だって何が何だか分かんねえんだよ!それに預かってきたのは『停止プログラム』の筈だ。どうして『起動』しちまってんだ!?」


「タクス、やはり私たちはハメられたんだ」


舌打ちしようとした俺の目の前に、真っ黒い鉄の塊がとんでもないスピードで迫ってきた。

鉄の塊――いや、黒鉄の巨人『マークⅡ』は一切の手加減なしに俺に体当たりをかましてきたのだ。


とっさにサイコキネシスと硬化させた腕で防御するが、衝撃は相殺しきれずさっきまでバカをやっていた格納庫の真ん中あたりまで吹っ飛ばされる。


「真っ先にタクスを狙った!?」

遠くからリラの驚く声が聞こえてくる。


「マークⅡは、その場で最も脅威レベルの高い目標を優先するんです」

「……一番から狙うってこと?」

「そうだよアミィちゃん。危ないからボクの後ろに下がっていてくれ。リラさんもです」


ヒートがリラとアミィをかばう姿を遠目に確認。

あまりよそ見はしていられない。

マークⅡは両腕のスリットからビームの刃を展開して腰を落としている。


何をするか察しがついたのと、ヤツが踏み込んできたのは同時。

バツの字を書くように振るわれたビームブレードをテレポートでかわして背後へ回り込む。


サイコキネシスで黒い五体を金縛りにするが、動きを止めるだけで精いっぱいだ。

ジリジリとこちらへ向きなおろうとする後頭部をブン殴って後方へ跳躍。距離をとる。


ビームブレードが生えていた部分から、今度は光弾が連射される。

狙いは格納庫の天井だ。

やはり同型。ヒートと同じく、カメラアイへの念写が効いている。


問題はここからだ。

サイコキネシス一発じゃあカタがつかないことは経験済み。


「なら、どうするよ俺?」


ビームの連射を終えたと同時にマークⅡの両肘だけにサイコキネシス。

黒い武装腕がもぎ取れて格納庫の床に転がる。


だがヤツが腕なしになったのはほんの僅かな間だけ。

すぐに両腕から翼が展開し、ひとりでに空中を飛んで本体に再接続された。


間髪入れず超高速の踏み込みで距離を詰められる。

寸でのところでサイコキネシス金縛り、二度目の念写パンチ。


横面を殴られたマークⅡ。2秒ほど明後日の方向を見た後、スリットの奥にある両眼を感情無く発光させ右の裏拳を放ってきた。

狙いは正確、俺の側頭部だ。慌ててテレポートで回避。


後ろに回り込んだところを狙いすましてビームが飛んでくる。

連続テレポートとサイコキネシスのバリアーでどうにか凌ぐ。


「高度な戦闘AIは『経験』から瞬時にパターンを解析することができる。単純な策は二度と通用しないんだ」


後ろの方で解説するヒートの声。

ヒートはアミィとリラに危険が及ばないようかばっているが、戦闘自体に加勢しようという感じはない。


マークⅡの加勢もしないあたり、あいつのことだ、葛藤があるのだろう。


ヒートが葛藤している間にもマークⅡの攻撃は絶え間なく続く。

一手ごとに対策を取られるうち、いつしか防御だけで手いっぱいになってきた。


「なあヒート。君は疲れたりするのかい?」

「え……?ロボットは疲れません。エネルギーだって、数日動き続けるくらいならどうってことない」

「だろうな。なら、このままではタクスが危ない」


リラは、自分とヒートの会話をわざわざプライベート通信で俺にも聞こえるようにしてきている。

ヒートの方は自分にまかせろ、ってことか。


「たとえサイボーグ体であっても、人間は疲労する。機械の肉体とは無関係な“精神力”で戦うタクスならなおさらだ。あんなペースでいつまでも超能力は使い続けられない」

「……」


「ヒート……お願い」


黙るヒートに、今度はアミィが声をかける。

「兄弟も大事……タクスも大事……だから迷ってるんだよね?」

「……その、通りだ」


「どっちが大事かなんて決められないかもしれない……だけど……だけど……お願い、タクス助けてあげて!」


アミィが叫ぶ。白い頬に一筋の涙を伝わせて。

ヒートは何も言葉を発しない。


だけどわかるぜ、ヒート。

お前の正義プログラムは、こうなったら一つの答えしか出さない筈だ。


――女の子の涙に応えない正義の味方なんて、居ないだろ?



念力防御の隙を突き、マークⅡのビームブレードが俺の首を刎ねようと横薙ぎに迫る。


そのブレードの刀身が、飛来したビーム弾に弾かれる。

更に飛来したビームが黒腕も精確にはね上げた。


「タクス、どいてくれーッ!」


ビームに続いて聞こえてきた声に従い、横に身をひるがえすと青白く輝くメタルボディが突っ込んできた。

黒と白の巨体がぶつかり、重厚な金属音が格納庫に響く。

不意を突かれた格好のマークⅡが吹っ飛ばされて転倒。


「助かったぜヒート」

「いや。みすみす君を危険に晒してしまった」

「そういうの、よそうぜ。それよりも。どうするか決めたのか?」

「……ああ」


転倒から復帰したマークⅡが黒いボディを起こし、両腕にビームの刃を構える。

相対するヒートも、手にしたビームガンを剣モードに変形させ正眼に構えた。


は、他でもない君に頼みたい。彼の呪われた運命を今日で終わらせてやってくれ!」


目にもとまらぬ踏み込みで打ち下ろされる二刀流のビームブレード斬撃をまとめて払い除けるヒート。

即ビーム剣を捨て、マークⅡの両腕を掴み自由を奪う。


「首の付け根だ!そこが中枢回路に最も近く装甲が薄い!」


端を青く染めた視界の中心に、ヤツの首の付け根を捉える。


透視で確認できた回路の中枢っぽい部品に意識を一点集中。

わずか一センチ四方に残されたサイコキネシスをすべて注ぎ込む。


ありったけの力を絞り出した所で、体の芯から疲労感が押し寄せ俺の全身にまとわりついた。


「……マークⅡの動作が止まった」


ヒートの言葉を聞き、格納庫の床に膝をつく。

ほぼ同時に、黒巨人の全身各部位が金属音を響かせ次々と落下。


マークⅡは、あっという間に床に転がるいくつかの鉄塊に成り果てた。


「……ごめんねヒート……マークⅡを……」

「アミィちゃん。ボクたちを人間扱いしないでくれ」


振り返るヒートの顔は、いつもと同じ。

メタルの装甲に覆われた顔は表情をつくれない。いつだって変わることはない。


「アミィちゃんが涙を流してくれている。それでいいんだ。充分なんだ。ロボットは、人間の為に製造されてうまれてきたんだから――」


――そうだろう、マークⅡ――ヒートの呼びかけは、黒い装甲の下にある回路に届いただろうか?



「さて、ここからが問題だな」


倒れそうになる俺を支えるリラと目が合う。

ここへ来るまでに何度か見たビビりモードではなく、眼差しから決然とした怒りと意志を感じる。


思えば、リラには初めて会った時からずいぶん迷惑をかけてきた。


「とんでもないことに巻き込んじまったな」

「バカ言うんじゃない。キミが私に謝るのではない。こんな小細工を仕掛けてきた奴に落とし前をつけさせよう」


言って胸をそらす彼女が、妙に頼もしく感じた。


「キミと、私で!」


俺に歩み寄ってくれたのは、リラだけじゃない。


「お姉さま、タクス……アタシも」

「ボクもだ」


ここには、アミィも、ヒートも居るんだ。

疲労困憊しているからか、ガラにもなくグッと来てしまう。


「へへ……んじゃ、決起集会とでもいこうか?」


そうと決まればいつまでも肩を借りている場合じゃない。


その時、どうにか両脚に力を込め立ち上がろうとする俺の真横にヒートが突然猛スピードで踏み込んできた。


「タクス!!」


激しい金属音がして、目の前のヒートの背中が揺れる。

半歩だけ後ずさるヒートだが、大きなダメージには至っていないようだ。

金属音の原因であるソレを放り捨て、警戒の構えをとる。


――人間でいう鳩尾のあたりでヒートが受け止めたモノは、鉄塊。

ついさっきまで、マークⅡの右腕だったモノだ。


「マークⅡが……復活したってのか!?」

「いや、違う。既にすべての機能は停止している。どうしてひとりでに動いたんだ」

「それを言うなら、そもそもマークⅡが動き出した切っ掛けだって不可解だ。なぜタクスが持っていた筈のデータカードがスロットに入ったんだ?いや、待てよ……では無かったのなら」

「おいリラ、何か気付いたのかよ」

「先ほど『解析』したが、この基地でテクノロジーを使えば何らかの反応は検知できる。何の『機械どうぐ』も使わずこんなことが出来るを、私はあと一つしか知らない」


リラの独り言めいた話が意味することは、俺たちにも漸く理解できてきた。

だが、それはにわかに信じられないことだったのだ。


特に、


「――――それは勿論、超能力だ」


決定的な一言は、まったく聞いたことのない何者かの声によって告げられた。

声はどこからか響いてきた。電脳あたまの中に、直接響くテレパシーだった。


ちょうど俺たちが向いている方向、何もない場所に忽然と一人の人影が


真鍮色とマジョーラパープルの袈裟衣にパールクリアーのプロテクターを身に着けたスキンヘッド。

一言で表現するなら、サイバー坊主といったいで立ちの怪しすぎる初老の男だ。


こいつが今のテレパシーの主だとすれば。


「テレポートが使えるのか、手前ェ」

「無論」

「てことは、さっきの……サイコキネシスも」

「そうだ。『余』の力だ」


尊大さのにじみ出る声で、坊主男はあっさりと返答。


「超能力者なのか」

「分かりきったことを繰り返すな。愚か者め」


いつの間にか、俺は全身の疲労も忘れ目の前の不審なジジイをにらみつけていた。


俺の視線をまるで意に介さないこいつは、同類かもしれないが仲間にはなりえない。

ここまできた状況だけじゃなく、向こうから感じる得体のしれないのようなものからそう感じ確信できる。


「マークⅡを起動させやがったのも手前ェだな?」

「その通り……丁度、このようにしてな」


男が懐から何かを取り出したかと思えば、手の内から一瞬にして掻き消える。


――額に冷たい感触が押し付けられる。


俺も、リラも、アミィもヒートも。

全員が気が付き反応するよりも早く、『ヤツ』のテレパシーが頭に響いた。


「こちらは停止プログラムだ。永遠に眠るがいい」


一瞬、脳天を内側から殴られたような衝撃。

その感覚を最後に、俺の意識は急速に闇の中へと落ちていった――――

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