第5話 有害指定プログラム

「押すなよ!絶対押すなよ!」

透明アクリルで成型された浴槽のヘリを掴んで必死に訴える俺。

アミィはそんな俺を無言で眺めている。


「……押せよ!」

「え……押すの?」


間もクソもなくおもむろに尻を押され、熱湯の張られた浴槽へイン!


「殺す気か!!!」

「だって押せって言われたし……」


悲鳴を上げて熱湯風呂から上がり抗議してみせる俺に、アミィは明らかに困惑している。

バーチャル世界での一件依頼、アミィがちょくちょく遊びに来るようになった。

主にリラ目当てなんだが、俺が教える“生身時代の遊び”もそれなりに楽しんでくれているようだ。


「とまあ、こんな具合にするのが一連の流れだな」

「へー……そういえばこのイス、変わったデザインだね」

「おう、これはな」


「ただいま――!?」


外出から戻ったリラが表情を凍りつかせる。

メガネのレンズにはパンツ一丁でスケベイスに座る俺と、向かい合ってひざまずくアミィの姿が映っていた。


「もしもしウルトラ警備隊ですか?」


理由も訊かず通報を始めたリラから慌てて端末を取り上げる。


「待て誤解だリラ!」

「またアミィにロクでもないことを吹き込んでいたろう」

「ロクでもない事は認める!」

「パンツ一丁で威張るんじゃあない!」


この光景も日常茶飯事になってきている。


「お姉さま……おかえりなさい。どこ行ってたの?」

リラの腕にしがみ付き、前髪に隠れた両目を輝かせるアミィ。

長身でスタイル抜群のリラと小柄で色々と平坦なアミィの組み合わせは、歳の離れた姉妹といった雰囲気だ。


「おやっさんの所へ行ってきた。ほら、先日のデータを売却できないかとね」

『透視』で追跡したスパイウェア作成者の所からブン獲ってきたデータの中には、定番の名簿リストやあからさまに不穏なニオイのする顧客情報などが目白押しだった。

持っているだけでもヤバそうなモノもけっこうあったので、後腐れなく換金してしまおうという事になったのだ。


「で、どうだった」

「おやっさんのルートじゃ扱ってないとさ」

「そっか。ンじゃまあ消去しちまうか」


「いや、まだチャンスはある。代わりに“情報屋”を紹介してもらったぞ」

「さすが……お姉さま」

小さく拍手するアミィに、リラもまんざらでもない様子。


「じゃあ終わったら行ってみるか」

、そんなに重要なことなのか?」


熱湯風呂には欠かせないルーレットと紅白カーテンに覆われた着替え台を引っ張ってきた俺を見て、リラのメガネが筋の通った鼻梁からずり落ちた。



「いいかアミィ。このルーレットが指示した奴があそこで水着に着替えてお風呂どぼーん。そういうことだ、OK?」

「……理解OK」

「おい、私の名前だけやたら多くないか?」

「アミィ、公平を期すため今回は特別にお前の名前も追加するぞ」

「……了解OK」

「おい、アミィと私両方入ってるマスが半分くらいあるじゃないか」


文句が多いリラとは裏腹に、アミィはやる気充分に何度も頷いている。


多数決の勢いに流されたリラも含めた三人で、ルーレットのスイッチオン。

時計回りにリレー点灯するランプを目で追う俺たち。


――まさにその水面下で、は行われていた。


俺は念じたビジョンをスイッチを通してルーレットのランプを制御する回路に送り込んだ。


魔法使いウィザードアミィも、ワイヤレスで回路にアクセスし割り込み制御をかけた。


奇しくも俺たちの狙いは一致。


そう、勿論リラとアミィの同時生着替えであった――――!



「見とけやオンナども!オトコ魅せたらぁー!」


無情なルーレットの指示を受け、俺は着替え台の幕の中へ。


俺の念力とアミィのハッキングが競合した結果、ルーレットの行方は何者も望んでいない場所に着地したのだ。

うんざりした表情で台に立つ俺を見送る女たち。

誰にも幸福をもたらさない戦いがいま始まる。


「うおおおお!制限時間短けェー!」


まさかここまで余裕がないとは。

パンツまで脱ぎ捨てた段階で残り時間は2秒を切った。

オーディエンスの少なさが凶と出たか、タオルは飛んでこない。


このままでは女性二人を前にして全裸を晒してしまう。


そして、俺の裸体を外界と隔てていた紅白のカーテンは制限時間の経過と共に無情にもレールから脱落した。


「ムム、全裸!?」

「……変態」


メガネを光らせて唸るリラ。

傍らのアミィは小さな両手で目を覆っている。指のスキ間開いてるけど。


「当方に人間の尊厳あり!」


視界が七色に明滅し、電脳に多大な疲労感が押し寄せる。


あわや陳列の罪に問われるところだったが、とっさのサイコジェネスが成功。

股間に“人間の尊厳”を装着し難を逃れた。

局部を死守したひょっとこの顔もどこか誇らしげだ。


「よし……押すなよ……絶対に押すなよ!?」


今度はノータイムでリラに突き落とされチャレンジスタートだ……って、なんか熱くね!?


「熱っちィ!さっきと違うよ!?何コレ、ねぇ何コレ!?何度!?摂氏で!」

「……ちょうど100℃だよ」

「バカじゃねえの!?」

「芸達者だなタクス。なかなかリアクションうまいじゃないか」


湯の温度と赤く茹るおれのシリコン皮膚を見てちょっと心配そうにし始めたアミィに、リラは「大丈夫だよ、これがお約束なのさ」などと吹き込んでいる。


その辺りの怒りも根性に変換。沸騰する風呂の中、実に23秒を耐えたところで限界来たる。


飛び跳ねるように浴槽から脱出したのが、いけなかった。


リラとアミィが見守る真正面で、俺の“人間の尊厳”は儚くも股間より――脱落。

アミィの息を呑むような声が妙に耳をくすぐる。


「隊員さん、こっちです」


俺はウルトラ警備隊に連行された。



――一時間後――


「「おかえりー」」


どうにかパンツ一枚で生還した俺は、テーブルで優雅にお茶する二人にぞんざいに迎えられた。


「よく帰って来られたな」


足を組んでカップを傾けるリラ。

アミィは合成樹脂のペレットから作られた茶菓子を頬張っている。

とりあえず今現在の興奮を言葉にのせてみよう。


「あのね、俺、『テレパシー』覚えちゃった!で、ダンさんとテレパシーで会話した!」


有名人の名前を出したところやはり同世代ハイブリッド、カップが飛沫を上げるほど慌ててテーブルに置き立ち上がる。


「ダンさんって、あのダンさん!?」

「ヘヘヘ、サイン貰っちゃった!」


パンツの尻部分を誇らしげに見せる。


そこには、単なる油性マジックでの殴り書きながらシンプルかつ宇宙の神秘を感じさせる記号が連なっている。

リラは俺の尻を凝視して興奮気味に歓声を上げた。

それで俺もちょっと興奮した。別の意味で。


「……なにこれ。模様?記号?ラクガキみたい」


俺たちのエキサイト振りをよそに、純サイボーグの現代っ子は首をかしげている。


未来さいきんの子供はあの兄弟のサインも知らないのか?いかんなあ、明日から猛勉強だぞ」

言いながら取り出した記録ディスクをアミィに手渡す。

「あ……怪獣の動画だ。ありがと……またお家で観てくるね」


「キミはすこぶる教育上よろしくないな」

いつものように俺の秘蔵動画ファイルを嬉々として受け取るアミィを見て、リラはため息をついていた。



公園のベンチに、未来世界だというのに浮浪者風の薄汚い身なりをした中年男が座っている。


躊躇うリラに代わり声をかけたのは俺だ。


「“アミーゴ”のおやっさんから紹介されたんだが」


くすんだチューリップハットの下から、風体にそぐわぬ鋭い眼光。


「……用件は」

を買い取ってくれないか」


“情報屋”のしゃがれた声に、できるだけ憶さず答える。


無言で差し出された灰色の掌に、データの保存されたカード媒体を渡す。

情報屋はその場で『解析』スキルを使い、僅か5秒足らずで査定をつけ終えた。


「コレで買い取ろう」


「な、足元見すぎだろう!?相場の半値じゃないか!」


俺の後ろで恐々見守っていたリラが、額面を見るなり身を乗り出す。

情報屋のオヤジは身じろぎもまばたきもしない。


「どうせタナボタで手元に転がり込んだブツのやり場に困って来たんだろ。アシつかないようにしてやる手間賃だよ」


オヤジの一言に黙るリラ。まあ、おっしゃる通りだよな。


名残惜しそうにしながらも一歩退くリラに代わり、俺が頷くことで商談成立。

香ばしい情報がぎっしり詰まったカード媒体と引き換えに、俺のクレジット端末に幾ばくかのはした金が振り込まれた。


「なあオッサン。あんだけど」

「なんだ」

を探してるんだ。なるべくデカいやつ」


俺は(たぶん)この世で唯一の超能力サイボーグだ。

この力を単に小銭稼ぎの為に使い倒すつもりは無い。


『あの時代』で叶わなかったことを、未来いまやるんだ。

超能力で名を上げる。それが俺の目的。


その為にはデカいヤマをこなして裏社会でも存在感を大きくしていこうと考えたのだ。

ついでに金も稼げて生活も潤うだろうしな。


「俺ァおたくの事を何も知らん。『知り合い』じゃなきゃ仕事は回せん」


値踏みするように俺を見据えるオヤジ。


こいつは、試されているんだ。

目の前のオヤジは俺をビジネスパートナーとできるかどうかを見極めようとしている。


なら、それに足る何かを提示してやればいいんだ…ダメ元でいってみるか。


「悪ィな気が効かなくて……だぜ」


二つ目の情報媒体を手渡す俺に、内容を確認する情報屋のオヤジ。


数秒して、彼はどことなく満足げに頷いた。


「なかなか大胆なことするじゃねえか、坊主」

「大したことじゃねえよ」

「けっこうなモン見せてもらった。一件心当たりを見せてやる。言っとくが手加減無しだ、悪く思うなよ?」

「望むところだ」


オヤジから『依頼』のデータを受け取り、踵を返す俺。

リラもその後に続くが、状況がいまいち呑みこめていないようですこぶる何か言いたげだ。


公園を後にした辺りで、彼女との質疑応答が始まった。


「おいタクス、あのオッサンに何を渡したんだ?なんというかその、私の方をニヤニヤして見ていた気がするんだが」

「ああ、アレな。渡したのはお前の『生着替えポロリハプニング動画』だ」


俺が告げると同時に、リラが眉間に皺寄せ「ハァ!?」と抗議か非難の声を上げる。


「私をダシに使ったのか!?……いや待てよ、そんな動画のような状況になった覚えはないぞ」

「ああ、『念写』した」

「ねんしゃ?」

生身時代むかしテレビ番組で見たことないか?気合でポラロイドカメラを現像するアレ。デジタルの動画でも出来るんじゃないかと思って。“熱湯ルーレット”では失敗したけど今度は上手くいったな。コツ掴んだぜ」


思えば超能力を実践で使うようになってからいくつか場数を踏んだ。

その甲斐あってか、リラの『解析』なしでも今の自分にの区別がつくようになってきているのだ。

『念写』能力は、そうして初めてノーヒントで編み出した超能力だった。


誇らしげにコピー元の動画データを見せると、鬼の形相をしたリラに端末をブンどられデータを完全消去された。


「今後念写は禁止!罰として今晩はメシ抜き!」



股木々またぎき様から話は伺っております。“依頼”の件ですね」


黒のスーツで身を固めた異様に礼儀正しい若衆の案内で、これまた異様に掃除の行き届いた事務所の応接室に通される。

情報屋のオッサンに紹介された依頼人の居所は、このように非カタギの匂いしかしないデンジャーゾーンだった。


「ようこそ。タスクさんにリラさん、ですね」


応接室の豪奢なソファに腰を下ろした白スーツに琥珀色の色眼鏡で身なりを整えた男が慇懃な口調でもって頭を下げた。


「さっそく本題に入りましょう。ムダ話をしていてはビジネスのうまが逃げてしまいます。迅速さが必要な仕事ですからね」


男の口元は微笑んでいるが色眼鏡の奥からこちらを覗く目元は一切笑っていない。

彼の言うビジネスとやら、絶対にロクなものじゃないだろうな。


こちらの緊張に気付いた男がいっそうわざとらしく目を細め口元をUの字に曲げて言った。


「なに、簡単な作業です。こちらの『荷物』を指定した場所まで届けるだけ」


重厚なデスクの上に置かれた金属製のアタッシュケースに手を起きながら「ただし」と続く。


手順ルールに従ってください。『荷物』の中身を詮索しないこと」


開いた掌の指を一つずつ折り、男がゆっくりと話す。

やはり眼は笑っていない。


「運搬中は外部との連絡、ネットワークへのアクセスは一切しないこと。ルートも指定します。あらゆる場所に監視役を潜ませていますから、たがえばすぐに判ります」


リラがゴクリと喉を鳴らす。

俺は俺で背筋に緊張の寒気が伝っているが、平静を装い口を開く。


「ルールを違反したらどうなる?」

「私にとってもあなた方にとってもうま味のない結果になります。私はビジネスにケチがつく。あなた方には罰則ペナルティが科される」


「罰則とは?」

俺の声に勢いをつけられたからか、ビビり気味だったリラがおずおずと発言。


「……想像にお任せします。プロフェッショナルな仕事を期待していますよ」


最後の質問に答えた彼の顔は、凍りつくほどの無表情だった。



「ハジをかかされた挙句こんな危険そうな仕事をさせられるとは……散々だよ、もう」


ハンドルを握るリラは、さっきから文句を垂れ流し続けている。

助手席のシートに身を預け、ひたすらそれを受け入れる俺。


彼女が言うことは実際その通りで、俺も軽はずみに仕事を引き受けたことを少々後悔している。


「ホント悪かった。しかし何だかんだでこうやって付き合ってくれるから感謝してるぜ。サッサと終わらせちまおう」

「こんなのは二度とご免だからな」


素直に侘びを入れたことが意外だったらしく、彼女は漸く矛を収めた。


「サッサと、つってもテレポートで飛ぶワケにも行かないんだよなあ」

「監視役ってのはどこに居るのかな」

「さあ……の誰かなんじゃね?」


俺たちが車を走らせているのは、この辺じゃかなり人通りもあるメインストリート。

指定されたルートはこういう賑やかな場所をわざと選んで設定してあるようだ。


「木を隠すには……と言ったところか」


行き交う人びとに目をやり、リラがため息をつく。


今の状況は「鏡張りの部屋に入れ。ただし鏡は全部マジックミラーだ」と言われているようなモノだ。

この道中、真綿で首を絞められるようなプレッシャーが付きまとっている。


「――名づけて『逆マジックミラー号』だ」


思考の端が思わず口をついて出る。

リラは助手席の俺に横目を流し、また一つため息をついた。


「よくそんな下らない事を言えるな。どうしてマジックミラーなんだい」

「ああ、ええとね、つまりだなー」


気晴らしに敢えて丁寧な説明を始めようとした矢先、急ブレーキ。

シートベルトが胸を圧迫する感覚に、思わず一瞬目を閉じる。


瞼を開くと、車道の真ん中で仁王立ちする“何者か”の姿が否応無く目に入った。



――そいつは全身が金属的メタリックだった。


リラが着込んでいる薄くしなやかなボディスーツとは違うタイプの全身を覆う装い。

硬くまっすぐな線で構成されたムダのないシルエット。青白い光沢を放つフルプレート・メタルスーツだ。

頭も目元までヘルメットで覆っていて、両目はスリットの影に隠れている。鼻下から顎にかけては露出しているものの、シリコン皮膚の質感ではなく金属的だ。

金属を頭からつま先まで隙無くまとったメタル野郎が空の右手を腰の辺りにやる。


右大腿の装甲が蓋のように開き、中から鎧と意匠を統一された銃が抜かれた。


それと共に、野次馬達は悲鳴を上げて逃げていく。

俺たちの車を中心にして、人波が音を立てて引いていく。


だが、波に逆らい、数人の男が懐から光線銃を抜きこちらへ走ってきた。

一様に背広で身を固めた男たち。“監視役”の連中なのだろう。


「やってやる!」

「やってやるぞ!」

左右の歩道から口々に叫びためらいなく発砲。

銃口が光り、光の筋がメタル人間に直撃。青白い装甲に火花が散る。


――そいつは光線銃にビクともしなかった。


顔面に刻まれたスリットから二つの光が漏れる。文字通りの眼光だ。

メタルの襲撃者は、俺たちの方に向けていた銃口をまず右へ向け三回トリガーを引いた。


「がぁっ!パワーが違いすぎる!」

の男が三人、あっという間に胴体のど真ん中を打ち抜かれ歩道に倒れる。


「なんのまだまだぁ!」

怯むことなく、対岸の男たちが光線銃を連射。

その攻撃は無意味。襲撃者の左肘先から光の壁が浮き出して光線を完全に防御した。

メタルの指がトリガーを四回引くと、四人の男が一様に胸板を撃ち抜かれ歩道に倒れる。


――そいつは機械マシーンみたいに精確だった。


一連の銃撃の合間に、リラは車を急速後退させ、俺はテレポートで車外へ。

襲撃者の真正面に立ちはだかった。


「お前たちの悪事はボクの『正義センサー』が絶対に見逃さん!覚悟しろ、悪党め」


わずかにエコーのかかった声は若い男の声。

イカれてやがる。なんとかに光線銃ってヤツだ。

イカれてるなら俺の方に注意を向けて、リラと『荷物』の乗った車を守る必要がある。


「突然銃向けてきて悪党呼ばわりか。電脳アタマにバグでも出たか、変身サイボーグ野郎」


軽い挑発のつもりで放った一言が、メタル野郎の胸のエンジンに火をつけたようだった。

金属光沢がまぶしい身体をわなわなと震わせ、関節の隙間から蒸気を漏らし始める。


多分、こいつ今メチャクチャ怒ってる。

そう思い至ったと同時に、怒鳴り声とビームが飛んできた。


「ボクを……人間サイボーグ扱いするな!」


俺の視界が赤く染まる。


監視役の男たちと同じように胸のど真ん中に飛んできたビームをサイコキネシスで逸らす。

真横に軌道を変えたビームがビルの壁を焦がした。


「ボクはヒート・B・プレッシャー!!世界でたった一体の人型ロボットなんだ!!」


メタル野郎――ヒートが名乗りを上げる。

ご丁寧に両目が光り、全身の装甲に埋め込まれたランプもカラフルに点滅した。


――そいつは本物の戦闘ロボットだった。


「テメー、ロボットだってンならとかあるだろうよ。人間襲うってのはどういう了見だ?」


妙なことを言い始めやがったが、話に乗ってやるうちに隙が見つかるかもしれない。

半分は純粋に興味があったから訊いてみたんだが。


「大原則一つ、女子供を守らなければならない!二つ、頭部を破壊されたものは失格!三つ、土の上で裸足で走り回って遊ぶこと!四つ、場合によっては抹殺することも許される!」

「三原則っつったろ!」

「どうも数字には弱いんだ」

「お前本当にロボットか?」

「なんだとォ!」


ヒートの握った銃が形を変える。

グリップと銃身が一直線に伸び、銃口からビームの刀身が出現。


光線銃を光剣にチェンジさせ、戦闘ロボがとんでもない速度で踏み込んできた。

斬撃が袈裟懸けにやってくる直前に視界が白み、テレポート。


振り抜かれたヤッパの反対側に跳び、サイコキネシスの衝撃を側面からぶつける。


横殴りにされたヒートの上半身がぐらつくが、すぐに持ち直しこちらへビーム刃の切っ先を向ける。


「いま、何をした!?」

「テレポートからのサイコキネシス!これが俺の超能力だ」


バカ正直に尋ねてきたので応じてやる。


答えを聞いた野郎の反応は、今ひとつパッとしなかった。


「超能力だと?物質電送や力場制御を使えば可能なトリックだな!」


……パッとしないどころじゃねえ。上等だガラクタ野郎。


「手品師じゃねえ、サイブリッド・タクスだ。覚えとけ」


怒りの感情を込めるほどに、視界の赤色は鮮烈になる。


俺の念じた通り、ヒートの右腕は見えない力に捻り上げられエモノを取り落とした。


「身体が動かない……!」

「だろうな!」

「負けて、たま、る、か!」


野郎が身体に力を込める。

俺も念力を集中させ全身の拘束を続ける。


正直、コイツのパワーはハンパじゃない。

ちょっとでも気を抜けば束縛を脱出するだろう。


サイコキネシス余力なし。ならば次の一手はコレだ。


「うらぁ!」


駆け寄って金属の横面に直接パンチ。

見た目通り奴の装甲は硬く、ブン殴った拳に痛みが走る。

痛覚をかき消そうと右手を振りつつ飛び退いて間合いを取る。


一方でヒートは特にダメージを負った様子は無い。


今のパンチで揺らいだのは物理力と念力の均衡だ。

俺の束縛を脱したメタルボディのロボ野郎はガッツポーズ。


「力不足だったな!やはり正義は勝つんだッ!」


光線銃剣を拾い上げゆっくりと歩くヒート。

両頬と顎を覆った装甲からシャッターが伸び、口元を完全に覆う。


大上段に振りかぶった光剣の刃がいっそう眩く発光して、一閃。

「ダイナミック!」

気合と共に必殺の斬撃が繰り出された。


――俺に背を向けた、何もない空間へ向かって。


「……どこへ消えた!?」


我に返ったヒートがこちらへ振り向く。


もう遅い。

念力パワー充填完了、目の前で間抜け面晒すイカレロボ野郎に全力サイコキネシス!


くまなく行き渡った衝撃は放った俺も驚くほど凄まじく、奴の全身をバラバラにして吹き飛ばした。

道路のど真ん中に胴体だの両腕両脚だのが散乱。


「ちょっとやり過ぎたかな?」


バラバラになったヒートの体は断面が妙につるりとしている。

関節が最初から繋がっていなかったように見える。


「電磁ジョイント関節か……サイボーグ体にはまず使わない。彼は本当にロボットだったのかもな」

車から降りてきたリラが、残骸を見て解説を加えた。


「最後あらぬ方向へ攻撃していたようだが、AIに不具合でも起きたのかな?」

「いや、そいつは俺の仕業だ」


超能力の使い過ぎでふらつく俺に肩を貸しながら、リラが小首をかしげる。


「念写だよ。直接ブン殴った時、野郎の目玉カメラに『後ろに回りこんだ俺』の映像を念写してやったんだ」


説明を聞いたリラが突然真顔になり、眼鏡ごしに俺の目をじっと見てくる。

こちらもついまじまじと目を合わせてしまう。


改めて見ると、こいつ本当に美人だな。


「キミは本当に、超能力者なんだなぁ」


電脳の疲労も手伝ってか少しボーッとしてきた所へ、リラの感心したような言葉が投げられた。

思わぬ角度からのコメントで、一瞬理解が遅れてしまう。


無性に気恥ずかしくなり、何か気の利いたことを言おうかと考え始める。


が、思考は中断。

休む間もなく緊急事態が発生したのだ。


足元に転がっていた戦闘ロボ・ヒートの手足や胴体から飛行機のような翼が生え、ひとりでに宙を舞い始めた。

俺たちが声を上げる間もなく彼の首から下のたちは再結合し、元通りのメタルボディに。


首無しメタルボディはつかつかと歩き、道端に転がっていた自分の頭部を拾い上げる。

そして帽子を被るように何事もない所作で頭部を胴体に結合させたのだ。


を完了させたヒートの両目が再び光をたたえ、俺を睨む。


「やってくれたなサイブリッド。もう油断は……うぬっ!?」

と思いきや怯んだ。俺、まだ何もしてないんだけど。


「な、なんという破廉恥な……」

関節から蒸気を噴出しながら後ずさるヒート。

しかも微妙に聞き捨てならないこと呟いてんな。


「悪党の次はハレンチだぁ?」

「こ、このような公の場所で……女性と、そ、そのように密着するなどとは!」

「……はぁ?」


どうやらコイツ、リラに肩を借りている俺の状態にうろたえているらしい。

いまどき珍しい童貞力だ。ちょっとだけ好感度上昇。現状マイナス48くらい。


「これでは攻撃できない。タクス、この決着はまたつけるぞ!」


「おい、ちょっと待て!俺を悪党呼ばわりする理由もついでに教えてけ!」

「……悪事に加担する者はすなわち悪党だ!この世の悪をボクの正義センサーは見逃さない!」


それだけ言い捨ててヒートは大きく跳躍、青白いメタルボディはビルからビルへと飛び移り何処かへと消えていった。



車に戻った俺は、再発進の準備をするリラに提案する。


を見てみよう」


ヒートは荷物の正体を知っているかのような口ぶりだった。

奴は確かに悪事と言った。

思い返せば、監視役の連中はためらいなくヒートに向かって発砲していたのだ。


そういう連中が必死になって扱うモノなのだ、これは。


「思ったんだけどよ、同じんでも切り口があるよな?」

「……悪事に手を染めるのか、そうではなく妨害するのか、という事か?さっきの『彼』のように」

察しの早いリラに頷いて続ける。


「アレは極端過ぎるけどな。俺たちは裏の世界で生きていこうとしてるし、それしか無い。だけどさ、俺は流されるままで居るつもりは無いよ」


お前はどうだ、リラ。そういう視線を向けると、彼女も頷いた。


「アタッシュケースを『透視』してみる。機械を使うんじゃないから連中にはバレない」


視界が一瞬青く染まると、銀色のケースが透けて中にぎっしりつめられたブツが鮮明に確認できた。


今、俺たちのサイボーグとしての通信能力は監視されている。

俺はつとめて小声で、見たままの形をリラに伝える。


「掌より小さいサイズの、基盤?みたいだ。ど真ん中に真っ白いチップが積まれてる。そいつがこのカバンにみっしり詰まってるぜ」


透視結果を聞いたリラの表情に、より一層の陰が差す。

肩口からこぼれた銀髪が俯いた横顔を半分隠した。


「ソレは『SHB』と呼ばれる電脳用のプログラム・パッチ…分かりやすい表現で言えば“ドラッグ”だ……」


苦々しく、忌々しげに、彼女は説明を続ける。


肉体的な病気は克服したサイボーグ人類にも病は存在する。電脳のバグだ。

リラのような『解析』スキルを持つ者がバグに応じた修正プログラムを処方するのが未来世界の医療。プログラム・パッチというのはつまり薬だ。


薬があるなら毒もある。


俺たちが運ばされているのは、中でもタチの悪い、いわゆるクラックタイプのドラッグ。

電脳のデータの中でも多くの部分を改竄し、強烈な快楽を引き出すプログラムキットだ。


「タクス。この世界には老いと病がほぼ存在しない。だから、死ぬ権利を主張する声も大きいんだ。こういったシロモノの存在を正当化する意見も、かなり大きい」


改竄範囲は人格や情緒なんてのを扱う中枢の部分にまで及ぶ。

そんなことをすれば電脳はまともに機能しない。繰り返し快楽を感じるだけの、人間とは呼べないモノになり果てる。


「それでも……人の生き死にまでが思い通りになってしまう、こんな虚しい世の中でも……人間ヒトを簡単に貶めてしまうようなモノを許して良い訳がないんだ!」


胸の奥から搾り出すようにその内側の思いを語るリラ。


彼女は真っ当に生身の人間として生きてきた末にハイブリッドになった。

真っ当にハイブリッドとして生きようとして、虚しさと戦いながらこうして今も生きている。

それがリラという女なんだと思った。


「だよな。それじゃあ、俺たちにとって納得できることをやろう。なあ、リラ」



(アミィ。アミィよ。聞こえるか――――)

(え、な、何……?頭の中で声がする……いま、どこにもログインしてないのに……)

(――お前の電脳に直接語りかけているんだ。通信が使えない状況でな、テレパシーだ)

(あー、なんだタクスか)


さすが子供は適応力高いな。遠慮なくテレパシー会話を続けよう。


(アミィは工作とか得意?)

(……人並みに)


工作というのは当然、電子工作で、アミィの言う人並みとはつまり、彼女の属する界隈の平均技術レベルってことだ。


(今から言うモノをサクッと作って、分かりやすいトコに置いといてくれ。お前の部屋のテーブルとかでいい)



「無事だったようですね。心配しましたよ」


クスリ屋”の男が視線を注いでいるのは、俺たちじゃなく持ち帰ったアタッシュケースだ。

監視役の連中がやられたことは当然、彼の耳に入っている。


「手下がやられちまって気の毒だったな」


取ってつけたように言ってやると、ハタと首を傾げる男。

言っている意味が本当にわからない。そんな表情カオをした後でようやく言葉を次ぐ。

まったくもって平然と。


「ああ、気にやむことはありませんよ。部下たちには常々言い聞かせていますから」


「言い聞かせる?」


「我々は命よりもうまのあるシノギをやっている。我々はプロフェッショナルなんだ、とね」


答えを耳にしたリラが嫌悪感を隠すことなく目元口元を歪ませ、目の前の男を睨みつける。


男はといえば、彼女の放つあからさまな敵意を鉄面皮で受け流した。


「さて、『荷物』は届けられませんでしたから報酬は支払えません。うま味が得られませんでしたからね。ですが、襲撃者から荷物アレを守り抜いて持ち帰って下さいましたから……うま味分けということでノーペナルティです」

「さっきからよォ……うま味うま味うるせーな!?」


押し殺すようにドスを聞かせた(つもりの)声に、鉄面皮が無表情に切り替わる。

目の前の野郎が何か口を開こうとした時には、既に俺の視界は白く染まりテレポート。


まずは野郎の目の前へ。件のカバンを奪い、再びテレポート。


そしてアミィの自室へ。頼み通りの『品』はキッチリ完成した状態でガラステーブルの上に置いてある。

片手を軍人の敬礼のように挙げた取り急ぎの挨拶だけを残し、三たびテレポート。


売人バイニン野郎の真後ろに立った俺は、奴さんが振り返るより早くピッチリ髪を撫で付けてある後頭部をわしづかみにした。


四回目の連続テレポート。

俺自身の体ではなく、持ってきたモノたちを、クソ野郎の脳天直撃で送り込んでやる。


「あわわわ……私の頭に何をした!?」


突然、工事現場のコーンみたく盛り上がった自分の頭頂部をさする男。

ありったけのプログラム・ドラッグを詰め込んだアミィ特製ソケットを、野郎の電脳に直接据えてやったのだ。


目の前に居るのはもう鉄面皮でもなんでもない、見苦しくうろたえる土星人モドキ。


んじゃない。これからんだ。オタクの言う“うまあじ”とやらを自分テメエ自身で“味見あじみ”するのさ!」


俺が握っているカメラのレリーズのような道具を見て、意図をさとったらしい薬屋。

「やめろ」「ただじゃおかない」「ゆるしてくれ」…有り体な言葉を唾を飛ばして並べ立てている。


完全無視。

テレビのリモコンを操作するように、レリーズを開放。

改竄プログラムが無情にも男の脳内に流れ込む。


「プロフェッショナルならよぉ、お客様に出すモノの味は知っておかなきゃな?」


悲鳴だか絶頂のイキリ声だか分からない奇声のあと、男は汚い銭で拵えたのであろう豪奢なオフィスチェアに身を埋めた。


恍惚の表情で痙攣を続けるだけになった土星人型オブジェはここに放置し、本日最後のテレポート。クサレ外道の事務所を後にした。

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