第4話 電悩空間
時刻は午前9:00。
自室の電脳メンテナンス機能つきベッドから起き出して階下へ。
高火力ヒーターが据え付けられたキッチンにリラが立っている。
いつの間に用意したのか、端に控え目なフリルのあしらわれたエプロンを着け、慣れた手つきで何やら作業中だ。
俺は彼女の背後にあるテーブルまで無言で歩き、椅子の背もたれを抱くようにして逆向きに腰掛けた。
「ショック」
そう言うとようやく俺の登場に気付いたリラが、無言ながら体全体で驚きのリアクションをとる。
「あいさつくらいしたまえよ。どうしたんだい藪から棒に」
「オレ オナカ スイタ」
「そうか。かわいそうに」
「ナンデ オレ オナカスク……?」
俺の疑問には答えず、キッチンでの謎作業を再開するリラ。
フライパンのようなものに液体でビチャビチャになった物体を乗せて加熱しているようだ。
「ナニソレ」
「合成用シリコンパンの触媒液漬け焼き」
返ってきた答えは聞いたことある単語を組み合わせた聞いたことのないモノの名前だった。
「ナニソレ ドウスル」
「そりゃ朝食だよ。キミの分も作っておいたぞ」
「食ベ……ル…………?ワカラナイ ワカラナイ…」
フライ返しを持って首を傾げるリラ。
俺も負けじとフクロウに迫る角度で首を傾げてやる。
「アイ……ユウジョウ……ニンゲンノココロ、ワカラナイ……ワカラナイ……」
いかん。
『データに無い力を発揮する人間を見て混乱するコンピューターごっこ』にいつの間にか夢中になってしまった。
我に返ったとき、目の前には誰もおらず。
リラはとっくに調理を終えて、完成した『朝食』をテーブルへ運んでいた。
*
俺とリラは、昨日から一つ屋根の下で生活を始めている。
行くアテのない逃亡者である俺はもとより、それにガッツリ関わってしまっているリラも元の自宅に戻ることは危険と判断。
まだ“女になった自分”に慣れきっていないのか、同居を提案してきたのはリラの方だ。
「どうせなら一緒に住もう。お互いその方が安心だろう?」なんて言っていたが、たぶん自分が心細かったんだろう。
物件探しを彼女に任せてみたら躊躇無くワンルームを選ぼうとしやがったので、鏡に映った自分と俺の姿を見せて言い聞かせる羽目になった。
何だかんだあって、“港のチンコ強盗退治”で稼いだ報酬は狭い土地を三階建てにした縦長の新居に充てられた。
三階に俺、二階にリラ、一階は共用スペースといった具合だ。
*
「サイボーグになっても腹って減るんだな。ところで、そのシリコンをどうだかしたヤツ本当に食うの?」
「触媒漬けシリコンは吸収効率が極めて良いんだぞ。レース前に食べるスポーツ選手も居るくらいだ」
「マラソンランナーの話はどうでもいいけどよォ。
皿の上で湯気を立てるどうみてもフレンチトーストな物体を前にようやく一番の疑問を口にした。
焦げ目のついたクリーム色のカタマリを上品にナイフとフォークで切り分けていたリラがはたと静止する。
「……もしかしてキミ、汎用ボディになってから何も食べていなかったのか?」
俺が頷くのを見て頭を抱えるリラ。
「ベッドで充電はしてたぞ」
「すまない、本当に何も知らないんだったな」
リラが申し訳なさそうに説明するには、サイボーグ人類の
皮膚に使われている自己再生シリコンやナノマシンの材質補充は経口摂取で行われるという。
その為の『食品』も、可能な限り往時の見た目や触感、匂いを再現しているんだそうだ。
「利便性や効率で言えば全く無意味な仕様だが、私はナンセンスだとは思わないね」
持論を語る合間に触媒漬けシリコンもといフレンチトーストを咀嚼するリラ。
説明を聞きどうにか安心した俺も、そもそも腹が減っていたので皿の上のカタマリにフォークを突き立て、プルプルと持ち上がったクリーム色にかぶりついた。
噛みしめた合成用シリコンから甘く香ばしい香りの触媒液が染み出すと、口中に香り通りの甘い味が行き渡る。
「うまい」
「それはどーも」
思わず漏れた素直な感想に、向かい合って座るリラは嬉しそうに微笑んだ。
*
「今日は、あまり空腹にならない……つまりリアルボディを消耗しない仕事をやってみようか」
リラが言い終わるのが早いか、カウンターの向こうからデータが送られてくる。
「バーチャルの仕事は今ンとこそれしか無いよ」
「やっぱりここんとこ減ってるな。ま、こっちは初心者だし丁度良いか」
おやっさんの言葉に得心がいっている様子のリラ。
「置いてけぼりにしないでくれ。この“ボット潰し”ってどんな仕事なんだ?バーチャルの仕事って言ったよな」
「平たく言えば、
*
裏の勝手口・喫茶アミーゴの店奥に常備されているヘルメットのようなダイブ・デバイスを頭に装着。
俺とリラはバーチャルスペース――ネットワーク世界にスイッチ一つで潜り込むことができた。
「おお、ゲームみたいだ」
黒地に緑の
文句なしにサイバーでバーチャルなコンピュータ
こうなってくると、現実世界と変わらない見てくれと感覚を保っている俺自身がこの世界から浮いているようにすら感じる。
「俺たちの格好はそのまんまなんだな」
「バーチャル・ダイブ時は電脳がセーブした情報を使ってアバターを生成するからな。基本的にリアルと姿は変わらないよ」
「アバター強化するヤツとか居ないの?」
ゲームっぽい世界だからもしかして、と思って軽く訊いてみるとあっけなく「居るね」との答え。
「ネット活動をメインにしてる連中はアバターをカスタマイズしている。現実世界には持ち込めないスキルが多いから普通はそんなことしないがね」
話していると、不意に足元に気配を感じた。
見れば、ゴム草履に六本脚が生えた何かがグリッドの走る地面にカサカサとうごめいている。
草履の上にはカメラらしきモノが乗っかっていて、Gから始まるアレみたいな挙動で動きながら俺とリラを撮影しているようだった。
「おっと!」
声を挙げたリラが前方へ手をかざすと、何もない場所から全体が銀色の霧吹きのような道具が現れた。
指が二本は引っかかるちょっと大きめのトリガーを引くと、発光する粉のようなものが放射されてG草履に降りかかる。
すると、今まで元気にカサカサっていた彼は急に足をジタバタさせて俺たちから離れていき、ちょっと行った所で仰向けに転がってから消滅した。
「あれを探して消すのが今回の仕事さ」
霧吹きを顔の横に掲げてドヤ顔を決めるリラ。
絵面的には殺虫剤でアレを仕留めたってだけだし別にカッコよくもないぞ。と言ってやるべきだろうか。
その後、バーチャル世界にひしめく構造物の隙間を覗いては、潜んでいる昆虫型のスパイプログラムやデータウィルスを地道に潰していった。
半日ほどかけて二人で合計200匹ほどを退治完了。
「こんな所だろう、お疲れ様。ボット潰しは駆除した数がそのまま報酬になるから、地味だけど手堅い仕事だよ」
苦も無く言うリラだが、俺の方は少しばかりくたびれている。
この空間ではサイコキネシスは使えないようで、俺もリラも作業の条件は同じ。
バーチャル空間での活動に慣れていない分、肉体は消耗していないとはいえ結構疲れた。
*
「ここにも居なかったか」
構造物の隙間を覗き込んで数秒、落胆と共に首を横に振るリラ。
先日に続きネットワーク世界にダイブし駆除するボット探しを始めた俺たちだったが、2時間探して一匹も見つからないのげ現状だ。
「このエリアはそうクリーンな場所じゃないハズなんだが」
「不潔とか清潔とかあるの?じゃあ、ここよりもっと汚い場所へ行ってみようぜ」
「あ、ああ、それもそうだな」
俺の提案に歯切れ悪くうなずくリラは、深刻そうなトーンで忠告してくる。
「用も無く周囲を見回したりは絶対にしないこと。無事では済まないぞ」
*
奇跡・第二章
祐一「敵部隊を肉眼で確認!戦闘に入る!」
香里「相沢君、久瀬さん、舞さん、真琴は前に出て切り込んで!名雪と佐祐理さんは後方で援護よ!」
佐祐理「了解。さゆりん3はさゆタンクに変形します。」
*
「うわあああああああ!!」
わずか三行で耐え切れなくなった俺は、黒ずんだ瘴気をたたえるその場所――『二次創作SS墓場』からダッシュで逃げ出した。
後ろから追いかけてくるリラの疲れ顔に「言わんこっちゃない」が貼りついている。
ようやく安全圏まで辿り着き、バーチャルの肉体なのに不思議だが肩でぜいぜいと息をつく。
「だから見回すなって忠告したろう」
「な、なんだよアレ…」
「名も無き人びとが残した青春の残滓というヤツだな」
「そっちじゃない。アレだよ、アレ」
暢気に黒歴史ノートの解説を始めようとするリラを制し、顔を上げるや否や目に入ってきたモノを指差す。
そこにはビル型構造物と肩を並べるほど巨大な背丈の二足歩行トカゲ。
端的に言えば怪獣が、ハサミのついた尻尾の先端を器用に使って虫型ボットをつまみあげ次々と自分の口へ放り込んでいた。
「リラ!ぐ、ぐ、ぐ、グリッマン!グリッドマン呼ばなきゃ!」
「いやよく見ろタクス。あいつボットだけを食べてる。食物連鎖を支える益獣なんだ。自然界の前ではヒトは無力だ」
やっぱりプチ混乱してんなこいつ。
だいたいバーチャル世界で自然に居る怪獣ってなんだよ。
「人工物に決まってんだろこんなの!ネット社会は平和になるかもしれねーが俺たちの生活は危険に晒されてるぜ!」
どう危険かと言うと。
ボットが駆除できない→報酬が手に入らない→貧困→犯罪者→『組織』に目をつけられる→死。
だ。ヤバい。
「命かかってる!なんとかすっぞリラ!」
「その必要はないわ!」
頭上から落ちてきた甲高い声に見上げると、怪獣の頭頂部に人影がひとつ。
人影はビルの屋上ほどもある高さから飛び降り、音も無く俺たちの立つ場所へ着地した。
「心配しなくていいからお下がりなさい。その方はアタシが養ってあげるんだから。幸せにしますわ、リラさま」
人差し指をビシッと俺に向けガンをつけて来た、女。少女だ。
尖った帽子に肩を覆う短めのローブ。
幼さの残る顔立ちに対しアンバランスなほど発育した体を派手なフリル過積載気味のミニワンピースに押し込め。
ボリュームのあるサイドアップの髪には原色のメッシュがあしらわれ、衣裳も同じく目を痛めそうな色使いで纏め上げている。
極めつけは、左手に携えた棒状の何か。先端にハートと羽と歯車のシンボルが主張する何か。魔法の杖のような何か。
「おまえ魔法少女の知り合いが居たのか」
「バカいえ。この姿になって一月も経ってないんだぞ。面識のあるヤツなんて居るもんか」
「ウフフフ、初めましてリラさま。ふつつかものですがよろしくおねがいします」
頬を染めてウィンクしてくる原色少女。
「いきなり出てきて何のつもりだテメー」
「……」
「キミ、名前は?」
「アタシはアミィ!アミィ・ペパーミントと申します。バーチャル界隈では『
「もしかして、あの怪獣はキミが作り出したのかい」
「ええ、その通りですわ。あれくらいの自動駆除プログラムなら簡単に作れますの」
少女の視線は一切俺と交わることがない。徹底スルーの佇まいだ。
「見ず知らずの私を養うと言ったように聞こえたが」
「それもその通りですわ!アタシ、先日貴女をお見かけして……その、恥ずかしながら一目惚れでしたの」
見た目だけじゃなかったか。満遍なくイカれてるな。
「これは運命!リラさまは私のもの!私はリラさまのもの!」
同心円を描く瞳で迫る少女アミィに、リラもドン引きだ。
「し、慕ってくれるのは悪い気はしないが……それはできないよ」
「!?そんな、どうして」
「引越しもしたばかりだし、仕事も相棒が居るからね」
そう言って、あろうことか隣の俺を指し示すリラ。
何てことしやがる。
見ろ、クレイジーガールが俺を多重ロックオンしちまったじゃねえか。
「アナタ!リラさまを解放しなさいッ!」
「別に拘束はしてねえよ」
「許さないわ。必ずこの人を救い出してみせる!」
「テメーは別の誰かとハンズフリー通話でもしてんのか。頼むからフレに呼ばれてやってくれ」
「おあいにく様。アタシはずっとソロで活動してますの。これからは……リラさまと二人三脚ですけど……キャー!(テンションアップ)」
一人で盛り上がって頬を赤らめるマジカル娘。
歯がゆさで余計にイライラしてきたところへ、氷水のようなアミィの甲高い声が引っ掛けられる。
「勝負しましょう!私が勝ったらアナタはリラさまのもとを去る。アナタが勝ったら私が去るわ」
「……いいぜ」
ちょうどムカついてきたから渡りに船だ。
横でリラが何やら抗議しているが、俺もアミィもスルー佇まいだ。
「何でカタつける?やっぱ“コレ”か」
血管の浮く握り拳を掲げてみせると、魔法少女は大げさに肩をすくめ頭を振った。
「やっぱりオトコは下品で野蛮ね。勝負はバーチャルスペースの流儀でやらせてもらうわ!」
そう言って、ウィザード・アミィが手にした杖を右手に持ち替え一振り。
杖から光の塊が生み出され放り投げられる。
問答無用の魔法攻撃かと身構えるが、光の塊は俺たちの立つ場所から見て真横へ飛んでいき地面に落ちた。
「バーチャルの戦いは古来から伝わる『ビデオゲーム』!それが流儀よ!!」
アミィの甲高く幼さの残る呼び声に応えるかのように、何もないグリッド走る地面から巨大なモニターがせり出してきた。
映画館のスクリーンほどもあるモニターの手前に少し遅れて出現したのは、同じくやたらと巨大なゲームパッドだ。
アズキ色を貴重とした本体に映える真鍮色。据えられている黒いボタン。
「こ、この掌よりデカいボタンと十字キーはッ!?」
「ワールド1でハイスコアを出した方の勝ちよ!」
点灯したモニター内にはドットで描かれた
幕が開くと、ヒゲを生やしたオッサンが『3』という文字の下で元気に走って跳んでいる。
全てを察した俺は、心配していいのか呆れていいのか決めかねているリラを背にして巨大ゲームパッドの元へ。
モードは当然二人プレイだ。
俺は無言でバカでかいスタートボタンを押下した。
*
ゲームは赤いオッサンを操る俺からスタート。
流れるような軌道で脚生えキノコやカメをプチプチ潰し、金貨を取り、オッサンから尻尾を生やし、白い足場でしゃがむ。
あっと言う間にゴール地点まで到達し星型のカードをゲット。
「なかなか上手いじゃないか」
「一面なんだから普通だろ」
「アナタ見たところニュービーなのに、このゲームやったことあるのね。まあ、ちょっと意外だったけど所詮はニュービーね」
負け惜しみじみたセリフを早々に吐いたアミィが緑のオッサンを二面に突入させる。
フィールドに出てきたオッサンは最初からPゲージをパンパンに漲らせていた。
「おい、どうしてスタートしたばかりなのにフルパワーなんだよ!?」
「バーチャルスペースの流儀でやるって、言わなかった?」
涼しい顔で言い返してくる少女に思わず掴みかかろうとする俺を、リラが肩を掴んで制す。
「ウィザードはお互いに改造コードを差し込み合ってゲーム対決をするんだ」
「ハッカー同士、腕の競い合いということよ。お分かり?野蛮人」
「チート野郎なんかに負けてたまるか!やってやらぁ!」
火がついた闘志をAボタンに込め、選んだのは四面。
怒涛の勢いでコースにある全ての金貨をゲットし、クリアー。
ワールドマップに突如、左右に揺れるキノコハウスが出現した。
画面を見守っていたリラが胸のすくような驚きの声を上げる。
「白いのがでた!?」
「どうだッ!」
今回はスコアアタックなので隠しアイテムを取る意味は薄いが、この要素を出すことで子供の頃から培った俺とヒゲのオッサンとの絆を見せ付ける意図があった。
が、魔法少女は相変わらずすまし顔を決め込んでいる。
「そこで金貨をとりまくればそうなるのはやり込んでれば誰だって分かるわ。テクニックだけで私に勝てると思わないことね」
アミィのターン。彼女は敢えて三面を無視し、何故か無敵状態が解除されないオッサンで砦を駆け抜け攻略。
砦の主を倒し大量の得点をゲットされる。
「さあ、お通りなさいな」
「そこまでテメーの土俵でやるつもりは無ェよ」
ご丁寧に手招きする彼女の狙いは分かっている。
対戦モードでチートマシマシにしてくるつもりだ。
付き合ってられるか。当然迂回。そして五面へ突入。
「見てろよチート娘」
四面で披露した勢いとは打って変わって注意深くコインを稼ぎ進む。
俺の視線は赤いオッサンと下に表示されているスコアゲージの両方に注がれている。
ゴール手前まで辿り着いた所で、オッサンを静止させる。
「ゴールしないのか?」
「まあ見てなって」
リラの何気ない質問に答えながら、片時も制限時間の表示から目を離さない。
そして“頃合”が訪れる。
「いまだッ!」
僅か一秒のチャンスを逃さずオッサンをジャンプさせステージクリア。
するとフィールド画面で徘徊していたハンマー兄貴がトランスフォームし宝船が出現だ。
場所は6面の向こう側。ベストな配置だぜ。
どうやらコイツの存在は知らなかったらしいアミィが目を丸くする。
「な、なによそれ!私も知らないコードなんて……」
少女に対し、わざとらしく人差し指を揺らしながらチッチッチと舌を鳴らす。
「お嬢さん。こいつはチートじゃねえ、ウル
歯軋りしながらも俺に続き六面をクリアするアミィ。
今度はフルパワーでタヌキの着ぐるみを装着したオッサンでアスレチックステージを余裕で通過する。
何の面白みもない攻略を終えたアミィの不敵な笑みの意図に気付き、青ざめる。
「今度は一本道よ?さ、お通りなさいな」
俺のターン。アミィの潜伏するマスにオッサンを動かすと、当然のようにバトルが始まった。
小さいヒゲオヤジが向かい合って三層の足場が並ぶ一画面のフィールドで対峙。
本来なら一画面を動き回って倒した敵の数を競うゲームだが、実際は仁義無き殺し合いゲームとなることは皆の知るところだ。
開始早々POWブロック下を陣取ろうとする俺。
そこへアミィが勝利を確信した笑みで高らかに唱える。
「
甲高い詠唱と共に、緑のヒゲオヤジがまさかの巨大化&手から火炎弾を16連射。
さらに頭上からもまるで『前作』のボスキャラがやるようなハンマーの雨。
地獄のような2WAYショットで、俺の操る赤オヤジは一瞬にして消し炭にされた。
「あぁら、怖い顔」
アミィの操るオッサンがコインの海を気ままに泳ぐ様を、下唇を噛みしめて見ていた俺。
次にフィールドに現れたのは『神経衰弱』だ。
「こいつは俺が貰ったぜ!」
点数もそうだが、せっかく出した宝船を横取りされたことが俺のマグマを煮え立たせている。
この神経衰弱は俺のパーフェクトクリアで飾ってみせる。
重要なのは左上の“一枚目”だ。そこからパターンを特定するのが定石。
勘と知識のすべてを動員してカードをめくらなければ。
――失敗は許されない。
不意に視界が青色に染まる。
すると、未だめくっていない筈のカードの絵柄がくっきりとめくれて見えたのだ。
浮かび上がる絵柄のビジョン通りにカードをめくっていくと百発百中。
あっという間に全ての札を手にして神経衰弱をクリアした。
「タクス、お前すごいやりこんでたんだな。今の、まるでカードが見えてるみたいだったぞ」
既に俺たちのゲーム対決を楽しんでみている節があるリラが、興奮気味に言う。
「いや……たしかにパターンを覚えちゃいるが、今のは違う。本当に見えてたんだ」
「見えてた。なるほど、そういうことか」
「『透視』能力はバーチャル世界でも問題なく使えるみたいだぜ」
そう。超能力者にとってスプーンを曲げることと裏返しになったカードの絵柄を見分けることは、小学校で足し算と引き算を習うくらい基本的な事なのだ。
「アナタ!それ以上無断でリラさまとお話するのは許さないわよ!」
クレイジー娘がヒスを起こし始めたので、背中を押されるように城へ移動。
赤いヒゲオヤジは、いよいよワールド1のボスが待つ飛行船へ突入だ。
「おい、不良チート娘」
「その呼び方は心外ね」
「今からお前にゲームの真髄を教育してやる」
啖呵を切った俺の意志に応え、赤いヒゲオヤジが飛行船の碇に足をかけ潜入開始。
俺の操作するヒゲオヤジは尻尾を生やした状態。
早速上下正面から砲弾が飛んでくる。
「見てろ、これがロックンゲームスピリッツだ!!」
最初に飛んできた砲弾を踏み、跳躍。
尻尾で落下速度を制御し、甲板に足を着くことなく次の砲弾を踏む。
画面に表示される得点は倍に。
飛行船は既に次の砲弾を発射。
俺の操るヒゲオヤジはサインカーブをゆっくり描いて次々と砲弾を踏み越える。
「おお、砲弾を踏むたびにどんどん点数が上がっていくぞ!」
「これぞ秘技・砲弾八艘跳びーッ!」
道中の砲弾を着地せずに飛び移るたび、得点は跳ね上がる。
敢えて残機が増える直前で度々床に床に足をつけながら、ワールドボスの待つ土管へイン。
待ち構えていたカメを難なく撃破し、杖を奪取。
ステージクリアも含めて、圧倒的な得点をゲットした。
「お嬢ちゃん。ファミコンは、一日最低一時間やらなきゃ勝てないぜ?」
*
「こ、こんなの認めない!リラさまは私と一緒になるの!」
俺とのゲーム対決に敗れたアミィは、不穏な捨て台詞を残しバーチャル
「あいつ今のうちにどうにかしないとこじれるな」
「あ、諦めてくれてないのかな?」
「当然だろ。このまま放置したら住所特定されて出したゴミ漁られて留守中に部屋に忍び込まれて地下室に監禁されて四肢切断からの調教エンドだぞ」
「キミの想像力の方が恐ろしいんだが……」
とにかく、曲がりなりにも相棒が消しゴムとかウンコとか食わされるかもしれない事態を見過ごすほど俺は薄情じゃない。
それに、打開策はとっくに思い浮かんでいるのだ。
「確認するけどよォ、リラ。この『モニターと巨大コントローラ』はアイツの持ち物だよな?」
この場に置き去りにされたままのコントローラに手を置いてたずねる。
「彼女が創り出したオブジェクトなんだから、そうなるな」
「……OK。このゲーム、俺たちが王手を指せるぜ!」
視界が青色に染まり、『透視』を始める。
――現代でも、透視能力を持つ超能力者がしばしば犯罪捜査に力を発揮していることはよく知られている。
彼らにできて、俺にできない道理はないのだ。
青色に次いで、視界は白色に染まる。
リラを伴い、手にした位置情報めがけてテレポートだ。
*
バーチャル世界から直接、現実世界へテレポートした俺たちは雑然としながらも広々とした一室に降り立った。
その片隅には、バーチャル世界へのダイブ装置を手にしたまま固まっている少女が居た。
小学校高学年くらいの少女だ。
飾り気のないパーカーとジーンズ。たぶん自分自身が選んであつらえたものではない。
両目が丸ごと隠れるほど伸ばされた前髪が内気そうな雰囲気を際立たせている。
後ろ髪がサイドアップなこと以外は、バーチャルで出会った高飛車な魔法少女とは似ても似つかない女の子がそこに居た。
「どうしてここが……IP隠蔽は完璧だったはずなのに、どうやって?」
突然目の前に現れた俺たちに、少女は怯えたようにうろたえている。
「確認だが、お前がアミィ・ペパーミントか」
「……うん」
「じゃあ俺たちが誰かわかるな?」
「……リラさまに、えっと……ウル技の人」
「違ェねえ」
俺が一歩踏み出すと、少女の肩が跳ね上がる。
間近に見る大人の男に完全にビビっているようで、なんだかこっちが悪者になっているみたいで居心地が悪い。
「別にとって食ゃしねーよ。ただ、他の連中はともかく俺たちには好き放題は出来ねェぞ、って言いにきただけだ」
害意が無い事を伝えると、少し安心したようにため息をつくアミィ。
その後、呟くように小さな声音でたどたどしく言葉をつむぎ始めた。
「……私の完敗。ゲーム上手すぎだし、リアル突き止められるし」
「世の中広いってこった。お前もスゲーぜ。バーチャル世界じゃ敵なしってトコか?」
ストレートに褒めてやると、前髪に隠れていても分かるほどに頬が染まり照れていることが分かった。
「……今度、おしえて。アレ……ウル
「おう、コントローラとソフト持って来いよ」
爽やかな笑みを返す俺。これくらい爽やかなら、何本かフラグも立つってモンだ。
「アミィ。良ければ時々、私たちの力になってくれないか?」
リラに話しかけられるとアミィの表情がたちまち明るくなる。
「……勿論、です!バーチャルの仕事なら……アタシ『ウィザード』だから」
「ふふ、ありがとう。心強い仲間ができて嬉しいよ」
興奮の余り卒倒しそうになっているアミィ。
少女の揺れ動く乙女心の機微に、当のリラは全く気付いていない様子だ。
「タクス」
「なんだ」
「……レンアイはユージョーとは別だから。リラお姉さまは……渡さないから」
前髪の奥から飛んでくる視線が、
*
「俺にいい考えがある」
「ボット虫ぶらさげながら言ってる時点でスゴクよからぬ考えっぽいんだけど」
ネット上では饒舌になるアミィがそつのないツッコミを入れてくる。
再びバーチャル世界にダイブした俺たち三人は、さっそく一匹の昆虫型スパイボットを捕獲していた。
「コレを『透視』すればよォー、『製作者』のところまで行けるよなァ?」
俺は口端を吊り上げニヤリ。これは「やるぜ、いいよな?」のサインだ。
そしてリラとアミィも似たようなニヤリで応える。「何をしているさっさとやりたまえ」のサインだ。
視界が青色に染まって透視。からの、テレポート!
「な、何だオマエら!?どこから入ってきた…ブゲェ」
テレポート先に居た根暗そうな男にゲンコツを見舞い、デスクトップ端末からデータを吸い出す。
「セコい真似しやがって、クソ野郎が」
「恥を知りたまえ!」
「……キモい」
出会いがしらのゲンコツに怯みっぱなしの男に、各自一言ずつ罵声を浴びせてから再テレポートで退却。
リラとアミィに罵倒された男の顔は、どこか幸せそうだったことは忘れよう。
*
「ざっとこんなモンよ」
ボット開発者から強奪したデータを収めたディスクを掌で弄びながら風上に立つ。
アミィはようやく我に返り、顔中に“?”を浮かべ始めた。
「……こんなやり方見たことも聞いた事もない。タクス、何したの?」
「超能力だ」
一言で済ませる俺に、リラが使える能力の性質や消費容量がゼロであることなどを説明する。
一連の解説を、アミィは子供ながらの素直な理解力で額面通り受け止めてくれた。
「なにそれズルい……チートじゃん」
お前が言うかチートゲーマー。
「類は友を呼ぶ、ってことだな」
お前が言うかTSメガネ。
「……まったく、俺に関わるのは変なヤツばっかりだぜ」
二人の女の冷めた視線が「お前が言うな」と物語り、バーチャルな皮膚を心地よく鞭打った。
割と興奮した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます