たまには、自分を思いっきり可哀想がってみる。
たまには、自分を思いっきり
「可哀想」がってみる。
30分限定で。
自分の間違いを認め、堂々と「今」の自分を生きること。
それが「絶望」からの脱出にほかならないこと。
この文章の中でたくさん、
章を代えても繰り返しお話してきたことです。
でも、それでも、完全な「脱出」に至るまでは、
そんな気持ちをキープするのは実はなかなか難しいものです。
まだ、ちょっと「自分は悪くない」的な気持ちが、
誰にでも残っているはずです。
僕もそうでした。
大体大筋は理解していても、
なかなかそうすっきりしないのが人間だし、
実際、悔しさがぶり返して眠れない夜だってありました。
その時に見つけたのが、
その気持ちを凝縮して、思いっきり悔しがる、
自分を可哀想だと思ってみる時間を
あえて作ってみるという方法です。
大切なのは、
また「間違いを認め、堂々と今を生きる自分」に戻ることです。
だから、少しぐらい、
憐憫という自堕落な気持ちにより道したっていい。
そこにとどまりさえしなければ。
でも中途半端にそれをやっていると、
なかなか戻れなくなります。
だから、先手を打って、
「さぁ、今から自分を可哀想がるぞ!」と時間を決めて、
そうですね、、一時間ぐらいやってみたらどうでしょう?
ただし、それだけに集中して、
他の感情や他のことを考えてはいけません。
・・そもそも俺は悪くない、ちょっとへましただけで、どうしてこんな目に合わされなきゃいけないんだ?大体あいつが、あんなことをしなければ!そもそも俺はこんな会社入りたくなかったんだ、それにしても上司のあの態度はないんじゃないか?くわえて妻のあの無神経な言動は、どうなんだ?いったい・・・あとは?あとは?
何分経ちました?きっと15分も持たないはず。
ぶつ切りにぶり返すように、
毎日毎日、自己憐憫に浸るぐらいなら、
1日30分でも時間を決めて、
「自分憐れ」をやってみてください。
どんな人でも、ネタがなくなります。
それ以上できる人は逆にすごい!
そんな持続力のある人であれば、
そのパワーを意識的に別の「思考」に使ってみることをお勧めします。
たとえば、自分を憐れに思わないような生き方とはどのようなものか?とか。
大丈夫です。
大概の人は、自分を憐れむことになんて、30分で飽きます。
それを意識的にやってみて、
自分の自己憐憫の浅さに呆れてみてください。
そこには、
明日の自分への「自信」が生まれる予感が漏らさず付いてきますから。
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