20.0話 2 on 2
柔軟終わって、ただいま各自で適当に練習中。
柔軟体操して驚いた。憂も驚いた。あれは何? ふにゃふにゃだった。ふにゃふにゃ。軟体動物? 両足伸ばして座らせて背中押してあげたら、ぺったんこ。
『折り畳み式携帯かっ!』って千晶がツッコミ入れてた。
試しに90°くらい足を開いて、体を倒してもらったらこれまたぺったん。
『関取かっ!』ってツッコミはヒンシュク買ってた。
たぶんだけど……憂の髪って、生まれてずっと髪を伸ばしてる幼稚園児みたいな感じだから……きっと関節も幼児や赤ちゃんみたい柔らかいんだと思う。今度、島井先生に聞いてみよっと。
憂はもっと足を開こうとしたけど、それはSTOPかけちゃった。男子勢の視線があるしね。女子だけの時に試してみてね。
それで練習。私たち女子3人は適当な場所に陣取ってシュート練習中。私はフリースローライン。
両サイドのゴール下に男女分かれてるんだよ。
梢枝さんは相変わらず撮影中だよっ! っと!
ひゅーん。
ごん。
なかなか入んないよね。だんだんとイライラしてきちゃった。やっぱり、するより見るスポーツだよ、これは。
あと1人……。
憂は……なんか。もたもたしてる。バスケボールが大きく見えて面白い。
片手で掴もうとして当然、無理でボールがコロコロ転がって、それを追いかけて……。何やってんだか。
あまり走れないから、なかなかボールに追い付けないね。でも、楽しそう。声上げて笑ってるのは初めて見た気がする。あれ? どこかで見た気もするよ?
もちろん、優の時は何度も見てる。また優と憂がかぶってるのかな?
んー。よくわかんない。
「千穂――」
私の使ってたボールを右手で投げる。
そのボールは憂の近くでバウンド。方向も距離もダメダメ。結局、拾いに行かなきゃなんないね。拾ってくれたのは普通に嬉しいんだけどね。
ボールを拾って憂を見たら移動してた。私の居たフリースローラインに。
憂の表情がグッと引き締まる。
………………。
あっ……思わず見惚れちゃった。
真剣な顔をされるとドコとなく優と、かぶっちゃうんだよね。
憂はボールを右手に乗せて左手を添える。膝を軽く曲げて腰を落とす。
次の瞬間、跳ねるように膝と腰を同時に伸ばして、右手でシュート! 綺麗なフォーム!
ぼん。ぼん。ぼんぼんころころ。
ジャンプせずに踵を上げただけのフリースローは全く届かずに、憂とゴールの中間くらいのところに落下。シュート?した本人は、ちょこっとバランス崩したけど問題なし。
「「………」」
佳穂も千晶も言葉なし。憂は……なんかうんうん頷いてる。
「どんまい!」
佳穂が自分の持ってたボールを憂の体のちょっと左にかるーくパス。
憂は左手で受け止めて、右手と挟んでキャッチ。ちゃんとキャッチしたよ!
「――ありがと――佳穂」
「どいたま」
笑顔を見せた憂に佳穂も笑顔でお返しすると、憂のボールを拾いに向かう。次は私が……って思ったら千晶と目が合った。はいはい。私は最後でいいですよ。
憂は両手で構える。ボースハンドシュート。よく女の子がするシュートの方法だね。
ツーハンドで憂はゴールじゃなくて自分の上にボールを上げる。そこそこ上がったボールは憂の右側で、ボンって落ちた。
「シュートして欲しかったのにー……」
佳穂の寂しそうな声が聞こえた。すぐに拾いに行く佳穂。その近くで千晶が憂ちゃんって声をかけてからパス。
憂の体の右側に行っちゃったパス。そのボールを体に当てると同時に右手を中心に抱いて受ける。
出来るやり方でキャッチしてるんだね。さすがの運動神経……なのかな? 運動神経って体なの? 頭なの? よくわからないや。それに行動がスムーズ。考えての動きじゃなくて、優に蓄積された経験とかで動いてるんだと思う。
憂は小首を傾げて少し考えた後、左手で構えた。もちろん左足が前。右手でのシュートの時より、膝も腰も深く落とす。優って左手でシュートした事あったかな?
全身を一気に伸ばし、バネみたいに反動を使ってしっかりとジャンプ。
うそ!? 左手のワンハンドも綺麗なフォーム!?
「あぶねぇ!」
ボールは綺麗な弧を描いた。けどフリースローは少しだけ届かずエアボール。リングの下でネットを揺らした。
…………あれ?
危ないって……?
視線を戻したら右腕を掴まれてる憂がいた。拓真くんに。
「お前馬鹿か!! 怪我すんだろ!!」
怒鳴り声にビクリと小さな体が震えた。シュートの後、着地に失敗して転びそうになったのかな……? 私、ダメだね。フォームに見とれたり、ボールを追いかけたりしてる場合じゃなかったんだ……。
「拓真ぁ! 言い方ってもんがあんだろ!?」
割って入った勇太くんの声にも憂の体が竦んだ。止めなきゃ!
「新城くん。本居くん。冷静に」
動こうとした私より前に先生が止めに入った。私たちの使ってるバスケコートから離れたところで、卓球してた6組のコンビも何事かって手を止めてる。
「そうですよ。憂さん見て下さい。可哀そうに……怯えてしもうて……」
「あ………」
「…………」
梢枝さんの声で初めて憂の様子に気付いたんだろうね。2人とも後悔がはっきりと顔に出てる。
拓真くんの手が緩んだからかな。手を振りほどいてトボトボ歩き始める憂。
「憂……悪かった……」
拓真くんの言葉に振り向くことも無く、ひょこひょこと歩き続けた憂は、バスケコートから出て体育館の壁にもたれる。そのまま、ずずず……って座り込んで両膝と両腕で顔を隠しちゃった。
「千穂……行ってあげないの?」
千晶が責めるような物言い。
「でも……私、憂が楽しそうだったから……危ないのにも気付かずに……」
憂に声かける資格……あるのかな……? 行きづらいよ? 何て言ってあげればいいかも分からないし……。
「それはあたしも千晶も一緒。あんたが憂ちゃん放棄するならあたしが奪うけど?」
「行ってくる……」
憂に向かって歩き始める。別に佳穂の言葉に触発された訳じゃない。タイミングが合っちゃっただけ。
「即答だね」
「千穂も、おバカだよねー」
2人して勝手な事言ってるけど無視しちゃった。
私は憂の隣に同じように体育座りで座った。なんでそうしたのかは、よくわからない。
「ぅ――ぐす――ぅぅ――」
………………。
やっぱり泣いてるよね。なんて慰めてあげればいいのかな?
「憂?」
「ぐすっ――ぅ――」
声、押し殺してるね。辛そうな泣き方……。
――――――――。
少し待ってみたけど返事はない。
返事するまで何度でも呼んであげるよ。
「……憂?」
「ぅぅ――――」
「憂? 大丈夫?」
――――。
「――千穂?」
「うん。千穂だよ」
顔は上げられないか。仕方ないよね。
「………大丈夫。1人だよ」
……だから好きな事言っていいんだよ。
向こうでは康平
「憂さんを怯えさせた罪は重いでっせ! ワイと勝負や!」
「康平さん。あんた憂を守るのが仕事だろ? さっき何してた?」
向こうは向こうで取り込み中だね。穏便に済ませて欲しいな。
「ワイは憂さんの行動は阻害しいへん。ワイの仕事は悪意の排除や」
「憂ちゃんが怪我しても問題ねーっての?」
「それが自分で行動しはった結果なら仕方あらへん。それで勝負は受けるんか!?」
「ぐす――ボク――」
「うん?」
「――バスケ――したい――」
そうだよね。大好きなバスケ……。なんて言ってあげればいいんだろう……。
「バ…ケ――したら――…め――…のかな?」
私が迷ってたら憂が先に話してくれた。
それは消え入りそうな声で……ちょっとだけ聞き取れないとこもあったけど……。
肝心な部分は……『ダメ』、だよね?
…………。
拓真くんが憂を大切にしたい、怪我させたくない気持ちもすっごくわかる。事故の後、バスケ部、辞めちゃったくらいだし。それに……一番、付き合いの長いのも拓真くんだしね。
でも……ごめん。あの憂の笑顔と、真剣な顔を見たらね。
私にはダメなんて言えない。
「いいよ。無理しない……くらいなら……」
憂は両腕で顔を隠したまま首を傾げる。その体勢でもやっぱり傾げるんだね。
「よっしゃああ! やったるでー!」
向こうはなんか話が終わったみたいだね。拓真&勇太をディフェンスに康平さんが攻めるみたい。
変則なゲームをぼんやり眺めながら憂の言葉を待つ。
それから康平さんは2人のディフェンスを全く崩せず、3分くらい経過した。
憂が顔を上げてくれた。リストバンドでぐしぐしと目元を拭って私を見る。両腕を降ろして、また体育座りに戻った。でも今度は顔を上げたまま。
「――いいの――かな――?」
「いいん……じゃない?」
涙は止まってる。でも悲しそう……。
――――。
「でも――しんぱい――かけたく――」
「フォロー……するから。みんな」
少し間を空けてから、私の言葉にふるふる首を振る。そのまま康平さん1人では崩せないコートを見詰める。
「拓真くんも……だよ」
――。
「拓真――」
拓真くんを見詰める横顔。やっぱり寂しいんだろうね。表情に出てる。何を思ってるんだろう? 一緒に練習してた事かな? 一緒に練習出来ない事……かな?
やればいいんだよ。優の頃みたいに動けなくてもさ。
「憂なら……どうやって……崩す?」
右手で左腕を。左手で右腕を。憂の手が握りしめた。もう一押し……だね。
「行って……きたら?」
――――――――。
少し待つと憂の表情がガラリと変わった。フリースローの時みたく凛々しい顔。これで大丈夫だね。良かった。
私を見て立ち上がる。
男子3人を見ながら口を開く。
「ないて――ごめん――なさけない――」
「ううん。仕方……ないよ」
「なんども――ごめん――ありがと」
「……うん。いいよ。いつでもおいで」
私の言葉の途中で歩き始めちゃった。言いたかっただけなんだろうね。そんな時ってあるよね。わかるよ。
「――康平――! ボール――」
「お! 援軍、憂さんやね!」
「おぉ! 憂! こいこい!」
「勇太……」
「拓真ぁ! オレらがフォローすりゃいいだろ!?」
「せやせや!」
「憂の安全優先だぞ。5本だけだ」
「よっしゃ! 決まりだ!」
憂は手渡しでボールを受け取ると、康平くんに何か耳打ちする。
そして器用に左手でボールを突いて、ゆっくりとフリースローラインに近づいていく。あれくらいはお手の物だったよね。
「千穂、お疲れ!」
「何とかなったみたいだね」
佳穂と千晶が傍に来たみたい……だけど、私はそれどころじゃないよ? 優と拓真くん、勇太くんがバスケするんだよ? 前、もう二度と見れないって思ってた光景なんだよ?
だから「うん」って適当に返事しておいた。
コート上、片面だけ使っての2on2が始まった。
憂はフリースローラインを挟んで勇太くんと対峙する。ゆっくりと勇太くんに背中を見せるとじりじり後退する。もうすぐ勇太くんと接触ってところで康平さんが走り出す! 突然のダッシュで一瞬、拓真くんが置いて行かれた! 康平さんは勇太くんの背中に向かって走る! 絶妙なタイミングで憂がパス! 左手1本のバックハンドで勇太くんの股を抜くバウンドパス! うまい!
あ……ちょっと弱い……。
康平さんが無理な体勢でパスを受け、そのままジャンプしてショット。拓真くんのブロックは間に合わない。憂のパスが弱くなければ完璧なパスで、いいシュート打てたんだけどなぁ。
がんっ。
案の定、リングで弾かれて、拓真くんの手に収まる。
「足元狙うのは分かってたんだけどなぁ! そのままバックハンドとは恐れ入った! 憂ちゃん、すげぇなぁ!」
「――ごめん」
「あ、いや、ワイこそ決められへんかった」
勇太くん、放っておかれてるね。憂と康平さんはまた何か相談。
「千穂、聞きたい事あるんだけど」
「ごめん。後にして」
佳穂が何か言ってるけど、ホントごめん。憂、頑張れ状態なんだ!
「バスケ観戦中の千穂には何言っても無駄だよ」
「知ってた。忘れてたけど」
うるさいなぁ、もう。
2本目は憂があっさり拓真くんにスティールされた。
3本目は康平さんの手加減されたパスを勇太くんが長い手を伸ばしてカット。
4本目は康平さんが足を使って走り回って、何とか憂のパスが繋がったけど、康平さんのシュートを勇太くんがブロック。
「5本目。これで……ラストな」
拓真くんの声に憂も康平さんもしっかり頷く。
康平さんがボールをゆったりと突いてラストの5本目が始まった。
スリーポイントラインを挟んで拓真くんと康平くんが対峙する。拓真くんはボールを奪いには行かない。絶対に抜かせないって構え。1本足りとも取らせてあげる気ないみたいだね。
勇太くんは憂と康平さんの間に入ってパスを出させない。これ、詰んでないかな?
憂がちょろちょろ動いて、何とか打開しようとしてるけど、動きが遅い。何ともならないよねー。
……そんな事を思った時だった。
憂が康平くんに近づく。パスコースを塞ぐ勇太くんが対峙する2人に近づいた瞬間、勇太くんに憂が腕を組んで体を寄せた! スクリーン!
「憂さん、ナイスでっせー!」
憂の背後をドリブル! 康平さんが駆けていく! 勇太くんは憂の
「くそ!」
「憂ちゃんにやられた!」
康平さんは完全フリーでショット!
ボールは綺麗な軌道!
「はいってーーー!!」
思わず絶叫。
ばしゅ。
「入った!」
「よしゃ!」
「ないっしゅ――」
「康平さん、外したらおしおきでしたわぁ」
康平さんと憂はハイタッチでお互いの健闘をたたえ合う。憂……いい笑顔だね。あの笑顔の裏に、色んな想いが詰まってると思うとせつないな。
ううん。裏なんてないのかな? ほとんど全部、表情に出ちゃうみたいだから。だから、きっと本心からの笑顔。今を楽しんでる笑顔なんだよね。
「やられたな」
「まさかオレら2人で点取られるなんてなぁ。ブランクって怖いな!」
勇太くん。それはお互い様だよ? それどころか優は1年ぶりだよ。しかも体まで大きく……あれ? 小さく変わって……? ん? えっと……女の子になっちゃって。体も思い通りに動かせなくて。
あー。優の気持ち考えたらダメだね。泣きそうになるよ。
拓真くんも勇太くんも2人とも、もちろん悔しそうなんだけど、なんか晴れ晴れした感じ。きっと優の片鱗……面影を見たからなんだと思う。
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