19.0話 上機嫌のち羞恥心

 


 3時間目の移動中。憂のご機嫌が青天井です。

 その上機嫌たるや留まるところを知りません。


 現在、体操服を入れた巾着と体育館シューズを入れた巾着。2つの巾着をぶら下げながら体育館への移動中。今は珍しく憂が私の手を引いています。

 にっこにこの憂とすれ違う生徒全員、男女分け隔てなく立ち止まり、そして振り返ります。

 勘弁して下さい。


「――千穂!――はやく――!」


 あー。はいはい。ゆっくり歩いているのは憂に合わせてるんだよー。

 梢枝さん、恥ずかしいからあんまり撮らないで欲しいよー。




 

中間テストの次の週には、高等部球技大会が開催されるんだよ。


 競技は屋外競技がソフトボール、サッカー。この2つの内、どっちかを選ぶ。それからバスケ、バレー、卓球、バドミントンの中からクラスごとに2種目にエントリー。C5組は先週の時点でサッカー、バスケ、卓球でエントリー済。今週金曜のHRで誰がどの種目に出るか決める予定なんだ。

 球技大会が近くなったからなんだろうね。今日の3,4時間目の保体は各自で好きなところに行く形。


 それを理解した途端、あふれんばかりの笑顔が弾けたんだ。

 私、今日はまったりとピンポンするつもりだったんだけどな。


『千穂!――バスケ!――いこ!』なんて、超ご機嫌で言われたらね。断る事なんて私には出来ませんでした。


 ところでこの子、分かってるのかな? 体育館に着いたら着替えだよ? 女子更衣室が待ってるんだよ?





 私たち3人は渡り廊下を通って、体育館の入口辺りに付いてる更衣室に少し前に到着。この学園、更衣室がかなりいっぱいあるんだよ。ここ以外にもグラウンドにある部室みたいなのとか、校舎内とか。

 人数、多いからね。体育祭とかで大混乱しちゃうからだと思う。その時には空き教室とかも開放するんだってさ。


 男子は教室で着替えちゃう人も多いみたい。あれ、やめて欲しいんだけどね。忘れ物とかあっても取りに戻れないから。




 そして、やっぱり女子更衣室を前に立往生。


「――いーやーだー!!」


 予想通りって言うかなんて言うか。女子更衣室の前で駄々こね始めちゃったんだ。

 梢枝さんが見てる撮ってる! ま・ず・い・か・ら!


「千穂、憂ちゃん、梢枝さん、やっほー」

「何やってんの? 先に着替えてると思ってた」


 あーあ。私たちより後にトイレに行ったはずの佳穂と千晶に追い付かれちゃったよ。自分で更衣室の敷居高くしてどーすんの?


「憂が……さ。恥ずかしがっちゃって」


 2人とも目をパチクリ。視線を下げて、憂の胸を見て納得顔。


「おっぱい小さいとか気にしなくていいよ。千穂で慣れてるから。さ、入ろ?」

「佳穂!!」


 失礼な。憂よりはあります!


 千晶がサイドスライドのドアを開けて、佳穂が憂の腕に自分の腕を絡ませて連行した。うん。見事な連携だよ。


「佳穂! 何か失礼な事言わなかった!?」


 ……とか言いながら、どさくさに紛れて、無駄に抵抗してる憂を更衣室に押し込んじゃった。


「ぅぅ――ゃぁぁ――」


 なんか小さな悲鳴が聞こえた気がするけど、気のせいだと思う!



「あー! その子って噂の転入生だよね?」

「あ! 初めて見るー! 制服ホントに純正品だー!」


 先客が2人いた。6組の女子。今日は特殊だけど、普段の体育の授業では男女分かれて2クラス合同。

 それにしても、噂の……ね。まぁ、あの騒ぎだしね。


「どう? 可愛いでしょ? 5組の新アイドルだよー! ちなみに旧アイドルはこっちの子ね!」

「佳穂!!」

「きゃあ! 千穂が怒ったー!!」


 さっきから何なのかな? そっちの方向でいじると泣いちゃうよ?


 ちなみに憂は下着姿の6組女子を見られなくて、ロッカールームの隅っこでしゃがみ込んでる。角に向かって何かぶつぶつ呟いて……って、やめなさい!


 あ!! 忘れてた!! 梢枝さん!?


 梢枝さんはさすがにビデオカメラの録画は中断してた。録画状態を示す赤いランプは消灯……? このカメラって改造してるんじゃなかった?


「心配いりません。ほんまに切ってます」


 ホントかなぁ? 確認するとトゲ立っちゃうし、信じるしか無いかな?



「んーと。その5組の新アイドルちゃんは不思議系なのかな?」

「どっちかって言うと健気系? 頑張ってる良い子かな?」

「さっきから哀愁漂う姿しか見てないよ?」

「そうだね。とりあえず何とかしよっか」


 佳穂は後ろから憂の両脇から両手を回す。私は憂の両足を抱えて、せーので持ち上げる。


「ひゃああああ」


 ほら。気の抜ける声出さないの。


「可愛い声ー!」

「ねー! うらやましー!」


 ほんっとに軽いよね。しっかり食べなきゃ。

 あ。スカートめくれてる。ショーツは水色のシンプルなヤツ。良く似合ってるね。自分で選んだのか……な?


「わぁ……あらためてじっくり見てもすっごい可愛い………」

「うん。そりゃみんな見に行くよね……」


 ロッカールーム中央の背もたれの無いベンチに慎重に下してあげた。憂の巾着袋を拾って中身を渡す。憂も学校指定だね。さすがにピンクじゃないよ。ピンクなのは左胸に入ってる校章だけ。紺のハーフパンツと白の半袖で腕と首の所に紺の縁取りがしてある、いたってシンプルな体操服。これも制服と一緒で、違うものでも問題なし。でもほとんどの人がこれを着てるんだよ。球技大会とか体育祭では、この学校指定じゃないとダメだからね。



 隅から中央に引っ張り出された憂は、そのまま大人しく座ってる。下を向いちゃってるけどね。床とにらめっこ。


「立花さん、抱っこ……して……いい?」

「あ。抜け駆けずるい」


 うるさいなーもぉーって思ってたけど、ちゃんとゆっくり話してくれてる。これって、今朝のプリントの効果だよね?


「――だめ――むり――はずかしい――」


 憂の顔、真っ赤だよ……って、6組女子まだ下着!? ……なんで体操服着ないの?


 下を向いたまま赤くなって、小さく声を出した憂にきゃあきゃあ言ってる6組女子。彼女たちへも含めて進言する。


「とりあえず私たちさ。着替えよ?」



 私たちは手早く着替えていった。俯いてる憂が時々ちらって、私の体を見てた……。けどね。全然、恥ずかしいって思わなかったんだよ。なんでかな? 他のみんなと違って私は憂が優だって知ってるのにね。見た目のせい……だと思うけどねー。

 憂は私が着替え終わったタイミングで着替え始めた。どう考えても見てたよね? ……ってタイミング。憂ちゃんのえっち。


 憂はまず両手首のスナップボタン……あのぷちぷちって付けたり外したり出来るボタン。あれを外した。広くなった袖から黒いリストバンドがちらっと見えた。


 あれって……あれだよね。


 次にセーラー服の胸当てのスナップボタンをぷちぷち外して、左脇のファスナーを上げ……ようとして失敗。右手、不器用だもんね。

 両手の黒いリストバンドがはっきり見えたよ。黒の光沢のある薄手の生地。ポリエチレンか何かかな? きつそうに締まってたけど、そうでもないような……。あの手の伸びる生地って、見た目と着用感が違うからわかんない。


 ファスナーとの戦いと繰り広げている憂に近づいてファスナーを開いてあげる。ちょっと引っかかったような感触の後はスムーズに上がったよ。


「なんかファスナーって、動かない時があるよねー」

「あー! あるある! 一生このまま!? とか思う時もー」

「それはないない」


 ファスナーに苦戦してた時、悲しそうな辛そうな……なんて言うのかな? 憐み? 同情? そんな顔で見てた6組の女子が話し始めた。フォローしてくれてるんだよね? 良い子たちみたい。


「――きのう――できたのに――」


 なんか凹んでるし。

 ファスナーって動かない時あるよね? 少なくとも私はあります。


「ファスナー……あるよ……誰でも」


 憂は小首を傾げるいつもの仕草。これかわいい。


「――だれでも――?――千穂も――?」


「うん。も……あったでしょ?」


 固まった。表情も固まった。



「――あった――うん――あった」


 少し考えた後にそう言った。思い出したみたいだね。

 言い終わった後、表情が変わった。PKを蹴る前の代表選手みたいに。なんか凛々しいね。覚悟を決めたのかな?


「憂ちゃん、なんかカッコいい顔してる!」

「そうだね。美少女ぶりアップって感じ?」

「その凛々しい姿、撮りたかったですわぁ……」


 6組の2人はじっと憂を見てる。見とれてるみたいだね。


 視線を受けつつ、憂はガバリとセーラー服を脱いだ! おぉ! 男らしいね!

 ……って言うのも変だね。セーラー服の下にはタンクトップの薄手のインナーシャツ。透け防止かな? ぴったりしたインナーシャツからはブラのラインが浮き出てる。

 ……なんか複雑な気分。だって優だよ。元彼だよ?



 そのまま体操服を着ようとしたから制止。ストップ。

 汗かくほど動けるか分からないけど脱いだほうが無難だよ?


 それを説明したらあからさまに嫌そうな顔。

 えい。脱がしちゃえ。時間ないし。


「ゃぁ――」


 か細い声が聞こえた気がするけど気のせい気のせい。

 憂は両腕で胸を必死に隠してる。


「はずか――しい――」


 恥ずかしいのはちっちゃいから? それともちっちゃくても胸がある事が?

 ちょっと分からない。女の子になった事、どう思ってるんだろうね?


「可愛すぎるーー!!!」


 ガバッとハグしたのはもちろん佳穂。


「小さいのなんか気にしなくてもいいのに。憂ちゃんの巨乳とか絶対似合わないからちょうどいいよね」

「それ解かりますわぁ」


 千晶も梢枝さんも何気に酷い事言ってるよね。

 6組の2人は憂を食い入るように凝視してる。なんか2人の目にハートマークが見えた気がする。気のせいだよね。

 憂は理解が追い付いてないのかな? 固まってる。



「邪魔!」

「いたっ!」


 バシッと佳穂の頭をはたいて引きはがした。


「ちょっと! 千穂! ツッコミにしては痛かったよ!?」


 それは……まぁ、ちょっと恨みを込めましたから。失礼な事を言ってたの忘れてないからね。


 佳穂はとりあえず無視してスポッと体操服に頭を通す。


「わ――」


 ポンって頭が出てきたら、素早く裾を降ろしてあげた。恥ずかしいみたいだからね。


「はい。手――出して」


 ゆっくりと言われた通りに右腕、左腕の順番で体操服の袖から手が生えてきた。


 憂は上衣の着替えが終わると立ち上がった。そのままスカートのホックを外そうとしたから、制止。2度目のストップ。


「恥ずかしい……なら……こっち……先に……」


 ハーフパンツを先に履いて、スカートを脱ぐ方法を教えてあげた。



「――なるほど」


 憂は目からウロコみたいだね。どう? これなら恥ずかしくないでしょ?

 あれ? 佳穂だったら、いらん事を教えてからにー! ……とか言ってきそうなのに何も言ってこないね。どうしたんだろ?


「なんか……年の離れた姉妹みたい」


 6組の子の1人の感想。私もそう思うよ。


「ちょっと違うかな? 今のはお母さんと娘だね」

「佳穂!」


 思わず抗議した……けど、怒ってるのかな? 表情が冴えないよ? 後で謝っとこ。



 それから上靴を脱いで貰って、体育館シューズに履き替えてる時に始業の鐘。

 私たちは慌てて体育館に行きました。慌ててても遅いんだけどね。憂がほとんど走れないから。


 体育館には女の先生が1人と男子生徒が3人。拓真くんも勇太くんもいるね。康平くん、いつもと違うジャージ……。あれは運動用なのかな? ジャージに運動用とか変だけどね。

 あれ? 結局、いつものメンバーだよ。いつものって言っても2日目だけどね。


 みんな整列とかせずに思い思いの場所で柔軟してる。


「遅いよー。遅刻よー」


「すみませんっ!」


 先生は怒った様子をまるで見せてない。けど、佳穂、千晶の2人と6組の女子2人は口々に謝る。

 私と憂は少し遅れて到着。


「ごめんなさい! 遅れました!」


 私も頭をしっかり下げて謝罪。梢枝さんはいつ通りビデオカメラを回してます。謝る気は無さそう。凄い人だと思うよ。色んな意味で。



「うん。その子が立花さんね。初めて見たわ。噂通り……以上かも? 遅刻の理由も分かったから許してあげます。立花さんに感謝しなさいね」


 憂は小首を少しの間だけ傾げてからぺこり。たぶん状況わかってないよ? 私たちが頭を下げたから、とりあえず下げておいたって感じがする。


 それより。憂に感謝なんだ。憂が駄々こねなかったら間に合ってたのに。冗談なんだろうけどね。ちょっと笑えない。


「遅刻組も2人セットで柔軟体操開始ね。それにしても少ないわね。他のみんなはグラウンド?」

「だと思いますよー。ウチのクラス、卓球とバスケあるんすけど大丈夫ですかねー?」


 勇太くんが砕けた口調で返答。彼は大体いつもこんな感じだね。


「5組はまだいいよー。8人いるしー。ウチら2人だけじゃん。卓球の人気なさすぎー」


 だよねー。私も卓球するのは好きだよ。見るには地味だけど。見るなら断然、バスケ! 点がどんどん動くし、選手の動きも激しいよね!


 それでバスケ部の練習見てたら小さい男の子が頑張ってたんだ。それが優を知った始まり。懐かしいな。

 そう言えば、バスケ見なくなったな……。優の事故から全く見てないかも。



「6組はグラウンド競技がソフトボールで後は卓球、バドミントンだったわね。バドミントンとバレーは大体育館だから……仕方ないわね」


 先生の話を聞きながら6組女子2人と佳穂、千晶がそれぞれペアになって柔軟体操を開始。残ったのは3人。

 えっーと。困ったね。


「榊さんは私としましょう? あなたは身長高いから合わないでしょう?」


 困ってるのに気付いた先生が声を掛けてくれた。私が152cm。優が137cm。梢枝さんが170cm近いんじゃないかな? 高身長の出るとこ出てる体形。うらやましい……。でも、私は伸び始めるのが遅かったから、まだ伸びるよ? 成長するよ? ……たぶん。


 それは置いといて。無難な人選じゃないかな?


「ウチは必要ありません」

「え?」

「お2人の柔軟体操……今、撮らないでいつ撮れと言いはるんですか?」

「え? でも……」

「怪我しぃほど、きばりまへんえ?」

「そう? わかったわ」


 先生を簡単に説得しちゃったよ。なんだかなぁ……。途中、京都訛りじゃなくて、京都弁にしたのってわざとだよね。


 ……それより。


「撮るって、どこを撮るつもりなんですか?」

「ズームなんてしませんよ。ただ普通に撮るだけです」

「………」


 そもそもなんで撮ってるんだろ? 総帥に雇われてるって、その関係でかな? あの時、憂の勘違いでうやむやになっちゃったけど、機会あったら聞いてみないとね。


 ですます調になっちゃうのもなんでかな? 梢枝さんがそうやって話してるから……って言うのもあるけど……、なんか大人っぽいんだよね。


「梢枝さんって、ホントに同級生?」


 言っちゃった。大人っぽいって意味だから大丈夫だよね?


「同級生ですよ。年齢は3つ上ですけど」


 そっか。3つ上か。それなら納得って……。


「「「ええぇぇ!?!?」」」


 先に来てた男子3人は柔軟終えて私たち待ち。6組の人も佳穂千晶も近くで体操中。つまり全員が聞いてた。そのタイミングで爆弾発言。梢枝さんマジ半端ない。


「高校卒業して最初のお仕事が高校入学ですわぁ」


 あはは……それは面白い……。

 まばらな笑い声。そりゃそうだよねー。先生もびっくりしてるし。

 あれ? 康平さんが変な顔してる。


「あの……もしかして……?」

「康平さん? あの人も千穂さんたちより上ですわぁ」

「ちょ! ちょ! お前、それ言ったら許さんって言ったよな!?」


 私の目線を追ったらしい梢枝さんが2度目の爆弾発言。今日だけで何度目かな?



「あぁ……さいらくら」


 康平さんは上を向いて口を開けたまま言った。最悪だ……だよね?


「それで……お宅様は何歳? 梢枝さんのタメ?」


 拓真くんが突っ込む。勇気あるなぁ……。


「拓真はんはお前とかあんたとか言ってくれ! 俺、孤独は嫌だ! 蓼学ここ来て1か月で懲りた!」

「エセ関西弁が消えてますよ。先輩。それで……梢枝さんと同級なんですか?」

「敬語やめれ! そう! そうだよ! 梢枝のタメだよ!」

「嘘はいけまへんえ?」

「おま! おまー!!」

「康平さんはウチの1つ上です。ウチの先輩社員です」


 がっくりと膝を付き、そのまま両手を床に……。泣いてないかな?


 あ。いけない。憂が完全に置いてけぼりで寂しそうにしてる。


「柔軟……しよっか?」


 声をかけたら恥ずかしそうだけど、嬉しそうに頷いてくれた。


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