15.0話 MILK

 


 チーン。


 電子レンジがあたため完了を教えてくれた。


 お風呂から出た私は憂を自室に上げて、小休止。ダイニングのテーブルに付いてる。憂が部屋で1人きりになってから30分くらい経ったかな?


 目覚めた当初は1人にさせられない状態だったそうだけど、今は落ち着いたから大丈夫。『たまに1人の時間を作ってあげて下さい』って言うのは島井先生の言葉。

 たしかに1人の時間が無いよね。まぁ、あんな状態だから仕方ない……よね? 過保護すぎるのかな……。

 正直、1人にするのは怖い。赤く染まったあの光景が脳裏をよぎる。


「愛も落ち着かないねー」


 お母さんは私の前にマグカップを置いてくれた。『も』……って部分が引っかかるけど。


「ありがと」


 熱くなってるカップを持って、そっと一口。ふわっと広がる甘いミルクの香り。蜂蜜も入れてくれてるんだね。


「いえいえ。私こそごめんなさいね。剛の事。本当は私がしないといけないのに愛に任せちゃって」


 お母さんは空になっているソファーの端っこを見る。剛は現在、入浴中。


「剛はあからさまだったから……。あれじゃ憂が可哀想だったからね」


「あれはあれで面白かったけどー」


「母さん!」


 なんて事をいいますか!?


「あらあら怖い顔」


 まったく、この人は。


 お母さんは私に背中を向けて何かごそごそと始める。

 プラスチックのコップに蜂蜜を入れて牛乳を注ぐ。憂のかな?

 コップをレンジに入れて温め開始。


 2人ともしばらく無言。


 チーン。


 レンジが温め終了の電子音を鳴らす。

 お母さんはプラスチックのコップを私の前に置いた。

 はいはい。私が持ってくのね。


「待ちなさい」


 立ち上がろうとする私をお母さんが制止する。


「あ。そうだった……。ごめん、忘れてた」


 憂は全身の痛覚が麻痺してる。熱さ、冷たさも一緒。


『おそらく手首を切っても痛みが無い為、突き立てたんでしょう。無痛症の可能性は考慮さえしていませんでした。我々の失態です』


 憂が自殺を図って一命を取り留めた後、島井先生は無痛症と診断した。

 ネットで調べたら、本来の病名は無痛無汗症とか言うみたい。だけど汗をかく事はできるから、ただの無痛症。

 普通なら手首を切っても、痛みのせいで追い打ちをなかなかかけられないらしい。一回で血管を切断するのも難しいんだって。だから手首を切っての自殺は成功率が低いとか何とか。

 憂の場合、痛みが無くなってて……それで何度も手首を切って、突き立てて……首まで切って……。


「愛!」


 急な大声に体が跳ねた。


「何かあるならいつでも聞くよー?」


 何でもお見通しなのかな。この人。


「愛も剛と似たようなものよー?」


 そう言ってお母さんはにっこり笑った。剛と一緒にはされたくないんだけど……。


「敵わないなぁ」


 天井を見上げる。


「愛の事、何年見てると思ってるの? 親なんてそんなものよ」


 私が産まれてずっとですね。はい。



 私はそれから想いをお母さんにぶちまけた。


 お母さんは適当に相槌を打ちながら聞いてくれた。その適当さ加減のお陰で全部、話しちゃったかも知れない。お陰ですっきりしたよ。ありがと。


 お母さんになんで普通にしていられるのか聞いてみた。


「私は今と未来が良ければそれでいいのよー。昔の事なんか、どーでもいい。憂は私の可愛い子供。もっと可愛くなったんだからいいんじゃない? 今、私は幸せだよー」


 そう言ってケラケラ笑っておられた。



 話し終わったら憂のコップの中身はすっかり冷めてた。なんで温めたんだっけ?


「冷たいままだと牛乳と蜂蜜が馴染まないのよね」


 頭の中の疑問に答えてくれる。やっぱり何でもお見通しだね。

 立ち上がった私にお母さんは言った。


「愛、泣いてくれないんだから。昔みたいに私の胸で泣いてくれるかなって期待したんだぞー」


 さっき、想いをぶちまけた時の話ね。泣かないよ。そんな恥ずかしい。


「私が泣くのは憂の前でだけよ」


 そう言って、憂の部屋にコップを持って向かう。


「あらあら」とか母さんが言ってたけど無視した。





 コンコン。


 憂の部屋のドアをノック。


「――はい――はいって」


 すぐに返事があった。寝てるかもとか思ったけど、起きてたね。現在、10時すぎ。高校生が寝るには早い時間だけど、そこは憂だから。


 ガチャ。


 憂の部屋に入って驚いた。勉強机に向かってる。ノートとにらめっこ。


「――どうした――の?」


 ノートにシャーペンで何か一生懸命に書いてる。


「はい。これ。お母さん……から」


 書き物の邪魔にならない位置にコップを置く。憂はシャーペンをノートに置いて、コップを両手に取る。


「――ありがと」


 微笑んでた顔がコップを覗いてから、徐々に険しくなる。どうした?


「――まく――きらい――」


 あー。ミルクの膜ね。ひょいと摘んで食べてあげる。ちょっとはしたないけど、これくらいいいよね。実は私もこの膜、嫌いなんだけどね。


 膜の無くなったミルクをこくりと一口。


「――おいし」


 満足そうに一言。ふんわり笑顔。


「ミルクの香りっていいよね。私も下で飲んできた、ん……だ」


 あー。ごめん。美少女にミルクのお似合いの組み合わせが可愛くて、つい普通に話しちゃった。


 やっぱり憂は小首を傾げた。正直、普通に話してて助かったよ。さっきの言葉に混じった失言。憂の失われた機能の中の1つ。嗅覚。

 これは比較的、早い段階で判明した。総帥が差し入れて下さった高級なドリップコーヒー。その香ばしい香りの感想を憂に聞いてみたら、わからないって……。

 憂が食事の時、しっかりと咀嚼するのは、舌全体で……味覚で味わう為なんだと思ってる。


「――どんな――かおり――だっけ?」


 あ……わかっちゃったんだ……。言葉の最初のほうは理解し易いみたいなんだよね。ごめん。こうなったら説明しないと。


「えっと……甘い……赤ちゃん……みたいな……」


 憂がコップに顔を近づけて鼻をすんすん鳴らす。


 あぁ……そんな事しても……。ダメだよ……。


 憂が一口、こくんと飲む。満面の笑顔。


「――におい――おもい――だした」


「――ありがと」


 ……本心から……なのかな? 単に私のフォローする為に繕ってるような気もするけど……。

 それだったら、元凶の香りって失言をスルーしてくれたような……。

 やっぱり屈託の無い笑顔を信じようかな。うん。そうしよ。


「どうしたしまして」



 ちらりとノートを盗み見る。さっきまでやってたのは数学の勉強だね。二次関数かぁ。懐かしいね。微分積分とか嫌いだったなぁ。

 でも、勉強する姿なんてほとんど見た事なかったのに。

 頑張って付いていこうとしてるのかな? バスケで日の丸背負ってNBAの選手と対戦するんだって夢は途切れちゃったし……。

 憂の気持ちは分かるけど……無理して欲しくないな……。


 ……だから。


「勉強……しなくても……だいじょうぶ」


 ミルクのコップに両手を添えて小首を傾げる。ちょーかわいー。この姿、他の人に見せられない。お持ち帰りされちゃいそう。


「――なんで?」


「だってさ。憂なら……すぐに……玉の輿」


 小首を傾げる。目尻がゆっくり上がる。怒った。

 コップを静かに置いて立ち上がる。


 うわっ! 飛びかかってきた!


 飛びかかってきた憂をキャッチして、ベッドにそっと転がす。怪我しちゃうよ?

 その直後、するどい痛みが右手に走った。


「いたっ! 痛い! 憂! ちょっと!!」


 まさかの噛み付き! ちょっ! ホント痛いって!!




 あー。痛かった。すぐに離してくれたけどね。あと、付いてるじゃないの。


「憂……?」


 低い声で威嚇しながら覗き込む。傍から見たら襲ってる最中かもね。


「――あやまらない」


 …………。


 可愛くない態度。こちょこちょ開始。ターゲットは脇腹。


「あはははははっ!!」


 抵抗してるけど、そんなか弱い力じゃ無理でーす。


「噛んじゃ……ダメ!」


「あはははは!!」


 一旦、手を止めてもう一度、言葉を繰り返す。


「噛んだら……ダメだよ」


 笑わされていた顔が途端にむすっとする。可愛くない。


「だって――」


 だってじゃありません。狙いは脇の下。


「あはははははっ!」


 手を止める。すぐに怒った顔に変わる。私の手を捕まえて、あーん。

 咄嗟に手を引いて難を逃れた。怒ったよ。一度、泣かしてから言い聞かす!

 個人的に誰でも弱いと思ってる場所。


 足の付け根。


「あはははははっ!」


 腰や脇より強烈でしょ!


「あはははっ! はははっっ! あははは!」


 思い出すなぁ。悪さした時、にも剛にもこうしたっけ。


「あっ! あはははははっ!」


 剛が多かったけどね。




「あはっ! あっ! やぁ! やぁあああ!」


 そろそろ1分?


「あっ! やっ―! んっ! ぃや――ぁ――」


 思わず手を止めた。まだ泣いてないけど。

 なんか笑いとは違うものが混じって……。えっと……。


「憂? あの……ごめん?」


 憂は両足を内股に、もじもじ擦り合わせてる。


「ばかぁぁ!!」


 はい。ごめんなさい。でもね。


「うえぇぇぇん」


 あー。顔を覆って泣き出しちゃった。本日2度目の音声付き。


「ごめん。ホント、ごめん!」


 女の子だったね。





「うぅ――ぐすっ――」


 しばらく頭を撫で続けると落ち着いた。足のもじもじも。


「怖かった……の?」


 憂は小さな顔を小さな手で覆ったまま、小さく頷く。


「そっか。……ごめん」


 少し間を空けて、また小さく頷く。


「でもね。噛んだら……ダメ」


 話をちょこっと逸らす。私だってあんな反応されたら……。その……。ね。


「ボク――だって――えっと――」


「ん? なに?」


 憂の表情が固まる。寝そべっているからかな? 首は傾げてない。





「――――ぼうえい――しゅだん――ひつよう」


 3分くらい止まってから口を開いた。

 力が弱い……たぶん小学4年生にも勝てない。そんな憂の自己防衛の手段って訳か。なるほどね。どうしたものかな?


「――もう――かまない――たぶん」


 憂は天井を……虚空を見詰めて続けた。たぶん……かぁ……。


「どうして?」


 噛み付き推奨みたいな言い方になったけど、憂なら大丈夫……。理解してくれる……かな?


「――はんげき――こわい――」


 …………。


 なるほど。もしもさっきのが私じゃなかったら……。


 もしも変な男に絡まれて、振りほどく為に噛み付いたら。余計、酷い目に遭っちゃうよね。


「――おとなしく――まけとく」


 また、ポロポロと涙が零れる。寝そべってるから耳の方に垂れて、慌てて指先で拭ってあげた。


「悔しい?」


 眉をひそめて、動きを止める。唇を震わせたり、歯を食い縛ったり……。マイナス感情の百面相。

 いくらでも聞いてあげるから、全部吐き出しちゃいなさい。

 なんて、さっき私がお母さんに……なんだけどね。私もそれで楽になったから。





 5分以上、待ったと思う。ゆっくりと私に目線を合わせた。困った顔で笑いながら口を開く。


「――わからない」


 笑顔が消えて、また涙が溢れる。


「――ただ――みじめ――だよ」


 手を握ってみる。躊躇ってからキュッて握り返してきた。


「――だれか――いないと――なにも――」


 ……………。


「――なさけなくて」


 ……………。


「――はずかしくて」


 恥ずかしい……か。


「………嫌なの?」


 また憂が固まる。表情がコロコロ変わる。今度はマイナスばかりじゃないね。

 女の子になっちゃった不安、まだまだ払拭出来てないんだね。意識を取り戻して半年近くになるのに……。


「いや――ちがう――」


 あれ? 違うの?


「――姉ちゃん――千穂――かんしゃ」


 話が噛み合ってないだけか。


 憂は介護されてる立場で、それを情けない、恥ずかしいって思ってる。私や千穂ちゃんの世話焼きに感謝している……。


 そんな事はどうでもいいんだけどね。好きでやってるんだから。

 でも……千穂ちゃんには言ってあげて欲しいかな。


「女の子に……なった……事は?」



 これにはほとんど悩まずに答えてくれて驚いた。よく考える事だから手前の引き出しに入ってたのかな? 頭の中のね。

 答えは意外や意外『嫌じゃない』……。女の子になったお陰で、みんな良くしてくれてるんだって。それは違うって否定したけど、納得してくれなかった。

 ただ、自分の体を見るのが恥ずかしい事。みんなが可愛いって言ってくれる事への戸惑い。複雑な心情を一生懸命、伝えてくれた。



 他にも色々と話した。


 頭の中がふわふわしてて困ってる事。言葉を上手く理解できない事。体が自由に動かないもどかしさ。相手が本気になったら抵抗も出来ない恐怖心。そのせいで知らない男子がちょっと怖い事。女子もほんのちょっぴり怖い事。

 車の中で名前を挙げた子たちが守ってくれるから、情けないけど安心してるんだって事。

 もっとリハビリして何かあったら、せめて自分一人で逃げられるようにしたいって事。

 いつかは守ってあげる立場になりたいって事。


 ついでだから千穂ちゃんをどう思ってるかも聞いてみた。


 千穂ちゃんには本当に申し訳ないってさ。女の子になっちゃってごめん……って伝えたいけど言えないって。そして、まだ彼女だと思ってたいって。千穂ちゃんに、はっきり振られるまでは彼女だと思うつもりなんだって。


 ……それはどうなのかな? 千穂ちゃんは今の憂に追い打ちをかけられるような子じゃないからね。ちょっと話しただけの印象だけどさ。

 今度、千穂ちゃんとは顔を合わせる必要がありそうだね。


 最後にいっぱい話してくれて、いっぱい聞いてくれて、ありがとうって。時間かかるのに、面倒なのにって。

 否定したけどやっぱりダメだった。自分を卑下しすぎてるよ。憂の良いとこいっぱい知ってるって言ったけど、曖昧に笑ってるだけだったのが悲しい。

 私たち家族に『ありがとう』を使い始めたのも、憂なりに気を使ってるんだって気付かされたから。


 話が終わったら、すぐに寝ちゃった。いっぱい話して余計に疲れさせたからね。





 布団を掛けて洗面所に。歯磨きさせるの忘れてたとか思いながら、洗面器に水を張ってキッチンへ。氷を少しだけ入れてたらお母さんに声を掛けられた。リビングには誰も居なかったよ。父さんも剛も自室みたい。


「熱? 違うよね?」


「うん。違うよ。いっぱい泣かせたから瞼、冷やしてあげようと思ってね」


「泣かせた……ねぇ。憂の事、任せちゃってるけどね。困ったら私たちにいつでも言いなさいよ」


「わかってるよ。おやすみ」


「はーい。おやすみー」





 パイル生地のハンカチをちょっとだけ冷やした水に浸して、硬く絞る。

 穏やかに寝息を立てる憂の両目に、そっとかぶせる。


「んぅ――」


 少し声が出たけど、起きる気配は感じられない。


「ふぅ……」


 溜まった空気を吐き出す。息止めてたよ。はは。


 ギィ。


 憂の勉強机に向かって座る。あの子も余計な事は考えずに、今を楽しめばいいのにね。お母さんみたいに。


 憂のノートを開いてみる。拙い文字。不器用な右手で一生懸命書かれた文字。数学嫌い。すぐに閉じて隣のノートを手に取る。表紙に何も書かれていない普通の大学ノート。1ページ開いてみる。



【病院】

【島井先生 渡辺先生 鈴木看護部長 伊藤草太 五十嵐恵 山崎佑香】



【家族】

【立花仁 幸 愛 剛 優 憂】


【学園|(ともだち)】

【漆原千穂 本居拓真 新城勇太】

【大守佳穂 山城千晶 榊梢枝 鬼龍院康平】








【学園(先生)】

【白鳥利子】



 病院って文字は後から付けたような場所に書いてある。

 ともだちの欄が大きく空けてあって、思わず微笑む。


 一枚めくって息を呑んだ。


【島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井】

【島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井】

【島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井先生島井】

【島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井】

【島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井】

【島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井島井】


 右のページには同じように渡辺。先生って漢字は覚えたのかな?

 ぱらぱらとページをめくる。どのページもしっかりとした楷書で書かれていた。汚い字なんだけどね。こうやって漢字を覚え直してるんだね。漢字の書き取り。懐かしいな。


【愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛】

【愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛】

【愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛】

【愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛】

【姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉】

【姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉】

【愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛】

【姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉姉】

【愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛】



 愛って字、多いな。覚えにくかったんだね。よく見たら何度か書き足してある。折角、覚えても忘れちゃって、また覚え直して……。


 あー。ダメだ。最近、涙もろい。半端なくね。

 憂が頑張ってるって思うだけでダメだ。重症だこれ。


 

 ……書かれてた最後の方のページにはね。新しい友達の漢字も書いてあったよ。鬼龍院 康平くんの苗字はすぐに途切れてた。難しい漢字だからね。諦めちゃったのかな。




 ノートを閉じて元の位置に戻す。それからハンカチを冷やし直して、掛け直す。

 1時間は冷やしたほうがいいよね?


 またすぐ来るね。いったん、おやすみ。



 部屋に戻るとスマホのランプが点滅してた。



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