第3話 見つからない
あとは覚えていなかった。
「こら! うるさい! 黙らんか」
何がどうなったのか、誰かに殴られて我に返った。どうやら、悲鳴をあげながら走っていたらしい。気が付くと、警察官が目の前に立っていた。
「お、おまわりさん。助けて! 助けて下さい」
俺は夢中になって警察官にすがりついた。高木も一緒にすがりつく。
「で、出たんです! 幽霊が」
高木が必死に訴える。
「何? 幽霊? きさまら、酒でも飲んでいるのか? それとも、薬をやっていたんじゃないだろうな?」
「そんな! 薬物なんてやってません。酒も飲んでません。本当です。僕の部屋に来て下さい」
高木は必死だ。しかし、結局信じて貰えず、俺達は交番に連れて行かれ、アルコールと薬物の検査をされた。そして、検査結果が出る間、くどくどと説教をされた。
夜中に大声を上げて走るとは何事か、近所迷惑を考えろ、帝都大の学生ならなんでも許されると思っているのか、好い加減にしろ、おまえの大声で安眠を妨害された人がいるんだぞ、その人の身になって考えろ、お前達と違ってみんな働いているんだ、眠れなかった結果、車の運転を誤るかもしれない、事故が起きるかも知れないんだぞ、眠れない辛さを考えろ、夜中に奇声をあげて走り回って、やっていい事と悪い事の区別もつかんのか? 留置場で頭を冷やすか、え?
こんな調子で延々と説教は続き、俺は冷静になるにつれ、やはり、幽霊ではなかったのではないかと自信がなくなっていった。
ピーッという音と共に薬物検査の結果がプリントアウトされた。それを見た警察官が、ちっと舌打ちをした。
「シロだとよ。おまえら、新しい薬をやったんじゃないか? え? まだ検査出来ないような奴をよ」
「やってませんって。何度言ったらわかるんです。僕のアパートに来て見て下さいよ」
高木が泣きそうな声で懇願する。が、警察官は最初から薬物中毒者として俺達を挙げたいようだ。どうしよう、無実の罪ををきせられたら? 幽霊よりそっちの方がよっぽど怖い。
「おい、それくらいにしろ。おまえの説教はくどい」
交番の奥から、初老の男が出て来た。仮眠を取っていたのか、頭の毛が逆立っている。
「アパートに行ってやれ。すぐ近くだろう? ちょっと見に行くくらい、なんでもないじゃないか。行ってやれ」
「しかし、安岡刑事、こいつら絶対ラリッてるんですよ。幽霊なんているわけないじゃないですか」
「二人の薬物検査は白だったんだろう。アルコールも飲んでない。この二人は何かを見た。大声あげて走って逃げる程恐ろしい何かを見たんだ。俺も行くから」
「しかし……」
まだ、納得出来ないでいる警察官を連れて、俺達は刑事と共に高木のアパートへ向った。
道すがら、刑事が警察官に話していた。
「数年前、迷宮入りになった事件がこの近くであったんだ」
「本官はこの春、こちらに移動になりましたので、その前の事は」と言葉を濁す。
刑事が警察官をちらりとみた。かすかにため息をついて、話を続ける。
「……、その事件は女性の他殺体だったんだ。首、手、足、胴とバラバラにされていた。バラバラ殺人事件と言われて、当時随分騒がれた」
「その事件なら覚えています。確か被害者は女子大生だったのでは?」
「そうなんだ。良いところのお嬢さんでね、親に買って貰ったマンションで一人暮らしをしていたんだが、友人のクリスマスパーティに出た後、事件に巻き込まれたらしい。犯人が捕まっていない上にだな、まだ、見つかってないんだよ、片足が」
「え? 遺体の片足が、ですか?」
「普通、まとめて捨てるだろ、それなのに、片足だけないんだよ。右足が。だから、気になるんだ。この二人が言っていた、片足だけの幽霊というのがね」
刑事が立ち止まって俺達の方を振り向いた。
「で、どっちの足だった?」
「は?」
「幽霊の足だよ。右足だったのか? それとも、左足だったのか?」
俺達は顔を見合わせ、同時に叫んでいた。
「右! 右足です!」
話している内にアパートが見えて来た。なんとなく建物全体に禍々しさを感じる。二階に上がって、高木の部屋のドアを恐る恐る開ける。キッチンの明かりがついていた。確か消してあった筈なのに変だなと思いながら、隣の和室を覗いた。が、もちろん、足の幽霊などいなかったのである。
「ほら、こいつら騒ぎたかっただけなんですよ」
高木が和室の電気をつけた。天井から吊るされた蛍光灯の白けた明かりが小汚い部屋を照らし出す。警察官が鼻をピクピクとさせた。
「うん? アルコール臭い。やっぱり酒を飲んでいたんだろう?」
「違いますよ。幽霊が飛びかかって来たら、お神酒のかわりにぶっかけてやろうと思って消毒用のアルコールをもってきたんです。でも、怖くて投げ出してしまって」
俺は部屋の隅に落ちていたアルコールの入った瓶を取り上げて警察官に見せた。瓶の中身がこぼれて部屋中アルコール臭い。
刑事が布団を仔細に調べている。
「見たまえ。ここ、ぐっしょりと濡れている。何か長い棒状の物が溶けたような痕がある。何かあったんだろう。幽霊かどうかわからんが」
「ですよね。幽霊なんているわけないですよね」と警察官。
「待って下さい」
俺は信じてほしくて必死だった。少なくとも幽霊を見た事だけは信じて欲しかった。頭のおかしい人間にされたくはなかった。俺はビデオを取り上げた。
「これを見て下さい。きっと映ってます」
ビデオはまだ回っていた。俺は録画をとめて、高木の部屋にあるテレビにビデオカメラをつないだ。テレビに録画された映像が映し出される。
そこにはおぞましい光景が映っていた。
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