第4話 映っていた

 白く薄く透けた美しい足が暗闇の中、布団の上に横たわっている。


「ほらね。あれですよ。あれ」


 俺と高木は顔を見合わせて頷き合った。これで、幽霊がいたと証明されたのだ。しかし、「こんなもの、いくらでもCGで作れる」と警察官は相手にしない。


「そんなあ、信じて下さいよ」と高木が必死に詰め寄る。

 ビデオは俺と高木が逃げ出した後も映っていた。角度が悪いのか、太ももの内側にあった目は映っていない。


「わかった、わかった。とにかく、何かあったのはわかったから」と警察官は帰ろうとしたが、刑事は興味深そうに続きを見ている。


「安岡刑事、何か映っていましたか?」

「この部屋に入った時、あの白っぽい物はなかっただろう? だからな、いつ、どうして消えたのか、知りたいと思ってね」


 刑事はビデオを早回しにした。と、そこに誰かが部屋に入ってきた。刑事がビデオを巻き戻して再生する。


「高木さん?」と声が入っている。


「あ、大家さんだ」と高木が解説を入れた。


「高木さん? 大丈夫ですか? 大きな音がしたけど。入りますよ」


 ドアの開く音がして大家がはいってきた。キッチンの明かりがつく。大家は初老の男だった。ずんぐりとしていて、頭の頭頂部が禿げている。寝ていたのだろう、パジャマ姿だ。

 和室を覗き込んだ大家がひっくりかえった。


「な、なんだ、これは!」


 腰が抜けたのだろう、大家は俺達と同じように尻餅をつき、キッチンの床を後ろにずり下がる。

 足が立ち上がっていた。白く薄く透けた足が布団の上に浮いている。

 太ももに顔が浮かびかがった。目だけではない。顔だ。目を閉じた顔が太ももから上へ移動して行く。それにつれ、女の体が出来上がっていった。腹、もう片方の足、胸、肩、腕、頭。とうとう全身像が宙に浮いた。女の目がかっと開く。

 と、大家が斧で女の体をめった打ちに。

 いや、違う。

 大家は目の前で腰を抜かしている。映像事態が幻を映しているのだ。

 女の体が、首、胴体、腕、足とバラバラになっていく映像。血しぶきが飛び、骨が砕ける音が響きわたる。あまりの残酷さに目をそむけようとしたが、出来ない。まるで、頭の中に直接再生されているようだ。目を閉じても見えてしまう。


「ひぃ、おまえは! こ、こんなもの。こんなもの見せて、どういうつもりだ。えっ、どうするつもりなんだ。おまえは死んで何もできんわ。それとも、足を返してほしいのか! え? ははは、返してやらんわ。おまえの足は儂のもんじゃ。腐らないようにして、毎晩なめておるわ。へっへっへ。美しいぞ、おまえの足は。顔はひどいもんだったがな、足だけは天下一品じゃわ」


 げたげたと大家が野卑な笑い声を上げる。


「斧を貸せ。儂がもう一度、おまえを切り刻んでやる」


 大家が立ち上がった。いつのまにか、手に斧を持っている。

 斧を振り上げ、バラバラになった女の体に振り下ろす。下卑た笑い声を上げ、さらに小さく切り刻(きざ)んでいく。

 大家は気が済んだのか、斧を降ろした。肩で息をしながら宙に浮いた肉片を見ている。

 が、よく見ると。

 顔が変わっている。

 顔が。

 顔が大家の顔に変わっていた。

 いや、顔だけではない。体全体が老人の太った毛むくじゃらの体に変化している。老人の切り刻まれ小さな肉片となった体が、血を撒き散らしながら宙に浮いているのだ。

 大家の下卑た笑い声が恐怖で引きつった悲鳴に変わった。泡をふいてキッチンに転げ出る大家。

 幽霊の手に斧が握られた。

 斧から血を滴らせ、キッチンにいる大家にゆっくりと近づく。


「や、やめろ。来るな! あっちへ行け!」


 大家が逃げ出した。同時に幽霊もビデオカメラの外へ。

 と、何かが転げ落ちる大きな音がビデオから聞こえて来た。

 そして、静かになった。

 後には、高木の小汚い部屋が映っているだけである。

 刑事がビデオを止め、廊下に出た。警察官が後を追う。俺達も付いて行った。すでに夜はうっすらと白み始めている。二階の奥の階段、大家の家に通じる階段の上から下を見下ろした。

 鉄製の階段は、上から二段目の踏み板が抜け落ちていた。

 階段の下に奇妙にねじれた老人の体が見える。かっと見開いた目、あたりにはどす黒い液体が広がっている。階段の上からでもわかった。大家の死体だと。

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