第2話 白く薄く透けた

 俺は悲鳴を飲み込んだ。走って逃げたいという思いと、正体を確かめたいという思いが胸の中でせめぎあう。白く薄く透けた女の足を見たまま、俺は高木の隣に座り込んだ。高木の腕を強く掴む。


「あれか? あれが、おまえの言っていた幽霊か?」


 声をひそめて高木に囁いた。

 しかし、反応がない。


「おい、しっかりしろ!」


 肩を掴んで強く揺すぶる。ガクガクと揺れる高木の目がやっと焦点を結んだ。


「新藤!」


 情けない顔ですがりついて来る。


「た、助けてくれ! 目が覚めたら隣にあれがあったんだ」

「どうして、足なんだよ? 足がないのが幽霊だろう?」

「知らないよ! とにかく、あれがめちゃ冷たいんだ」

「えっ、実体化してるのか?」

「違う、通り抜けるんだ。さわれない。だけど、もの凄く、冷たいんだ」


 それなら温度計も持ってくれば良かったと思ったが、後の祭りだ。

 そういえば、クーラーの無い部屋なのに外より涼しい。というか、寒いくらいだ。電気代が助かるという考えがチラッと浮かんだが、あの足が周りのエネルギーを吸収して部屋の温度を下げているとしたら、かなりやばい。俺達も生体エネルギーを吸収されて最後は死に至るだろう。いわゆる精気を吸い取られるという奴だ。

 俺はリュックからビデオを取り出してセットした。とにかく証拠となる映像を残さなければ。しかし、映るんだろうか? ファインダー越しに見えてはいるのだが……。

 とりあえず、録画ボタンを押した。あれが、この世の物でないなら録画は無理だろう。だが、やってみる価値はある。

 俺はビデオをセットし終わると、勇気を出してそれに近寄った。念の為、消毒用アルコールのフタを外して持つ。何かあった時はこれをぶっかければ何とかなるかもしれない。

 恐怖を抑え布団周りを調べる。もしかしたらトリックではないかという疑問がわいた。これくらいの影なら3Dホログラムで作れるからだ。しかし、壁や天井を見たがどこにもそんな装置はない。

 やはり本物なのだろうか?

 本物だと思うとよけいに恐怖が沸き上がる。が一方で、本当に冷たいのか、冷たいならどれくらい冷たいのだろうと好奇心が湧いて来る。部屋の温度は下がっているが、あれ自身も本当に冷たいのだろうか? 触ればわかる、触ればわかるのだが、得体のしれない物には触りたくない、危険だと心の中に警報がなる。

 俺は好奇心に負けて手を伸ばした。が、すぐに引っ込めた。触らなくてとも指先に冷気を感じた。しかし、ここは確かめなければ。俺は勇気を出して、手を太ももの中へ。

 う、冷たい。凍り付くようだ。慌てて手を引っ込めた。

 と、同時にそれが動いた。

 ぴんとくるぶしから下が上を向く。

 思わずのけぞった。尻餅をつく。後ろに下がりたいが体が動かない。

 足が回る。ゆっくりと回る。今まで見えなかった太ももの内側がこちらを向く。




 目が!



 目がある!



 たった一つ!



 一つ目だ! 太ももに一つ目が!



 白く薄く透けた太ももに、血走って赤黒く濁った一つ目が!



 一つ目の瞳がぐりんと動いて、俺をぎりりと睨んだ!

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