第3話 第47回フリーワンライ「船上にて」

第47回フリーワンライ「船上にて」



使用お題:

「せんじょう」

 →船上

 →千丈(3,030m)

  →千丈の堤も蟻の穴より崩れる

 →千畳

午後だけ

流れ星は何処に行くの?



ジャンル:

近未来 SF 親子



2176文字





高い船上から見渡す限り、草原だった土地には動物一匹見当たらなかった。

代わりに動くものといえば資材を積んだトラックが数台。その運転席にも人影はない。

「……こんなもんかな」

金属がこすれ合って立てる耳障りな音が止み、小さな低い声が聞こえた。続いて、ゆらりと立ち上がる一つの影。

強い陽光の下で目を細めながら、自動運転で続々と到着するトラックと、その荷台の天井に描かれた物資の名前に目を凝らすと、人影は一つため息をついた。

「……まだ来ないのか……どうしよう、足りるかな」

足元の道具箱を漁ると、もう一度小さなため息。腰元の作業用ポーチから引っ張り出したのは、残り一束のボルト。

船体の手すりに両腕をかけて、体重を移しながらぼんやりと真下の景色を眺める。遠くで枯草が舞った。

一台のトラックが近づいてくる。目を凝らしても、工具類の文字はない。

大量の長期保存食料。大型動物や猛獣用のゲージ。トラックまるまる三台分の、名の知れた家の家具類。最近はそんなものばかりが「向こう」から勝手に届くばかりで、こちらの要望は忘れ去られているのではないかと時折思ってしまう。

走るトラックを目で追いかけ、既に到着したトラックが整然と並ぶ広場をぼんやりと眺めた。その列は、3kmほど成しているのではないか。

一般用搭乗口はまだ開かれていない。開いてやるもんか。蟻の穴でも踏んづけて、全部穴に落っこちてくれないか、などと不穏なことを考えてしまった。

「パーパ?」

足元で高い声が聞こえた。続いてズボンが引っ張られる感覚。遠くへ投げやっていた思考と視線を、足元に引き戻す。

「ああ、……また遊びに来たのかい」

「うん!……あ、ううん!ママがね、おべんと届けてきなさいって!ちゃんとね、パパがおしごと終わるまでね、後ろで待ってたよ。えらい?」

バスケットを両手で抱え、たどたどしく覚えたての言葉を紡ぐ娘に、作業をしていた男は表情をややほころばせた。

ボルトの束をポーチへ戻すとズボンで軽く手を拭い、愛娘を抱き上げる。

「よーし、えらいぞー」

「わぁい!」

娘が腕を首に回す。しっかりと抱え直してから、男は娘と目を合わせた。

「パパね、もしかしたら、午後だけお休みになるかもしれないぞ」

「本当!?じゃあおさんぽしよう!お船の中、見せて!」

「お船の中はね、今パパのお友達がお仕事をしているから、入れないよ」

そう告げると、娘はあからさまに表情を陰らせた。短い沈黙に耐え切れなくなったのは、男の方だった。

「じゃあ代わりにね、お船の中のお話をしてあげよう」

「やった!」

ぱっと表情を明るくする娘に、叶わないなぁ、と心の中で呟く。

娘を抱えたまま少し歩くと、デッキの中の狭い日陰に座らせ、自分もその横に座った。

「えーっとね、今回のお船は特別なんだ。2階より上はいつも通りヒトが暮らすんだけれど、1階と地下には動物さんたちがたくさん乗るんだよ」

「動物さんたち?」

「そう、そのために広ぉい草原も作ったんだ」

「草原って?」

「ええと……草や木がたくさん生えている所。今このお船があるところも、前は草原だったんだよ」

「どれくらい広いの?」

「うーん……千畳くらいかな」

「センジョーって?」

「畳が……」

言いかけたところで、娘は畳など見た事がないと気づいた。そもそも畳の枚数で広さを測る辺り、自分は日本育ちなのだなと実感する。頭の中で自分の家の間取りと人工草原の広さを比較する。

「……そうだな、おうちが……20個、もっと入るかな」

「すごぉい!じゃあ動物さんたちが、たくさん遊べるね!」

「そうだね」

娘の瞳が、光を受けてきらきらと輝いている。帽子の縁を摘まみ、目深に被り直させた。太陽光の威力は、近頃ますます威力を増している。

「ねえパパ?」

娘の小さな唇が動いた。

「流れ星は何処に行くの?」

「……どうしたんだい、まだ昼間だぞ」

「だって、このお船はもうすぐお空に行くんでしょ?流れ星と競争できる?」

なるほど、と思わず舌を巻いた。子供の柔軟な発想力には驚かされるばかりだ。

「そうだな……もしかしたら競争できるかもしれないね」

実際に競争になるとすれば、隕石帯に迷い込んだか、あるいは隕石の進路に怯えながら並走せざるを得ないか、何にせよ相当な非常事態に該当するのだろうが。そこまで説明することもなく口を閉ざした。

再び静寂が訪れようとしたところで、男の耳に走行音が聞こえてきた。

娘を座らせたまま、荷物の確認をしようと立ち上がる。

きい、と膝関節の接続部分が音を立てた。

「痛たた」

「大丈夫?パパ」

「ああ、大丈夫だよ。……パパも年かな」

遠視モードに切り替えて捉えたトラックは、どこかの家をまるまる一軒載せている。

振り返ると、娘の硝子の瞳が真っ直ぐに見上げてきた。ヒトの愛玩用として製造されてまだ間もない――比較的――この子には、経年劣化という言葉は伝わらないだろう。

「とし?

「もう長ぁく、ヒトの為にお仕事してきたからね」

「パパ、がんばったの?じゃあ、えらいえらい?」

「……そうだと良いね」

男は娘の下へと歩み寄る。娘が、抱えてきたバスケットのふたを開けた。

「パパ、そうだ、ご飯食べよ」

「おっと、そうだった」

中に詰まれていた太陽光電池のケーブルを引っ張り出すと、男と娘は日陰にもう一度腰かけなおした。各々の充電口にケーブルを差し込む。

「いただきます」

かちり、と電源をONにする。

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