第4話 第48回フリーワンライ「星間旅行」

第48回フリーワンライ「星間旅行」



お題:

まだ決まっていない

間違い

牛乳はあっためて下さい

星を観るには速すぎて

無冠の王



ジャンル:一次創作 近未来 SF 少年



1616文字







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「難しいことをすべて端折って説明するならば、いわゆるSF小説で言うワープです。全世界の親愛なる友人達よ、物語が現実になります」

全世界に同時生中継された、伝説的な記者会見から早数年。

あの日、ボーイソプラノの声をマイク越しに響かせた少年は、分厚いノートに向かい合い、何かを盛んに書き記していた。

かたん、と鉛筆が机に置かれたのを見計らったかのように、部屋のドアがノックされる。

「はい」

声変わりはしたものの甘く高い声をあげ、少年は椅子ごとくるりと振り返る。ドアを開けて入ってきたのは、すらりと背の高い女性だった。きっちりとスーツを着こなす女性の手には、丸いお盆。

「牛乳飲む?」

「あ、はい。ありがとう」

ひょこりと椅子から飛び降りた少年は、その背を見る限り、まだ10代前半と間違われても仕方がない。

背を伸ばすために必要な栄養素をすべて脳に送ってしまっているのかもね、と本人は周囲に説明しているが、毎日数杯の牛乳は欠かさない。

「どうする?冷たいままが良い、それとも温める?」

「あっためて下さい」

「わかったわ」

牛乳が瓶からファンシーな熊の絵柄がついたマグカップへと注がれ、マイクロウェーブへ運ばれるのを、少年は眼鏡越しにじっと見遣る。

「今は何をなさっていたの」

表面のビニールが擦れて破れはじめた「牛乳あたため」ボタンを押しながら、女性が穏やかな笑みとともに問いかける。

「ええと……星間旅行に使える宇宙船の設計と、宇宙ステーションの機能を拡張した、「宇宙の駅」の計画です」

女性の無言を是と取ったか、少年は言葉をつづける。

「僕……達が考えたシステムは、色々な星を観るには速すぎて。遠く遠く、人類の到達した事のないはるか彼方へ行こうと思うあまり、近場の素敵な星々を見逃しているんじゃないかって。僕は思うんです。ほら、過去の一時期、『安く・近く・短く』が旅行の一大ムーブメントになったじゃないですか。宇宙旅行も、これからはその方向性に移行していくんじゃないかと思うんです。例えばね、この星雲は地球からは見えないんです。だから、地球から数光年先にある惑星をひとつ開発して、そこに停泊しながら……あ、ごめんなさい、語りすぎました」

「いいえ、お気になさらず」

少年の瞳に熱が帯び、椅子に飛び乗ると、机の前に掲げられた美しい星雲の写真を両手で引っ掴んで女性の眼前に突きつける。

数秒後、我に返ったのか幼い顔立ちに照れ笑いを浮かべるまでの一部始終を、女性は微笑とともにじっと見つめていた。

「お役御免な僕が何を言っても、誰も聞いてくれませんよね」

その澄んだ瞳に、かすかな陰りが走る瞬間も。

星雲の写真を自分の方へと向け、少年は無言で眺める。


「間違いが見つかったのなら、それは全て僕の責任です。先人たち、そして今この研究室に所属する諸先輩方は、何の責任も―――」


つい先日。

13度目の実験シャトルが、ワープシステムを発動した直後消息を絶った。

原因は未だに見つかっていないが、開発機構は威信をかけて責任探しに奔走した。そして、プログラムの僅かなミスを発見し弾劾し、少年は研究施設を追いやられた。

そこは少年の担当したプログラミングではなかった。

世界中の目を集めた少年は、重い荷を背負わされて、再び世間の注目を集めながら、華々しい研究の世界から身を引いた。

「……それを売り込む先は、決まったのかしら」

研究施設時代から少年のお世話をしていた女性は、少年にフランクに問いかける。顔を上げて目を丸くした少年は、うーん、と小さく声を上げた。

「まだ決まっていませんよ。そもそも開発機構なのか宇宙旅行会社なのか、国家なのか民間なのか」

「貴方なら、引く手あまたでしょうに」

「それがね、なかなか。世界中の国家の裏側組織さんからは毎日のようにお声がかかるんですけれどね。そっちに手を染めるのはまだ早いかなって」

年頃の少年らしいはにかみの裏側に、ほんの少し寂しげな、大人びた表情を浮かべ、無冠の王は笑う。

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