11 墓参

「あの日、あなたと会ってから一年経ったわ」

「もう、そんなに……」

「わたしにとっては慌ただしい一年」

「そう」

「ところで、あなたの時間は進んでいる」

「わたしは時を待つだけだから」

「尾瀬が天に召されるのを……」

「いくら待たせてもいいわよ。ここに時間はないから」

「尾瀬は百まで生きるって言ってるわ」

「どうせなら、もっと長生きさせなさいよ」

「だからね、九十九歳になるまで生きて、とお願いしたの」

「ラブラブじゃない」

「嫉妬する……」

「生前ならば。だけど、もう……」

「張合いがないわよ。あなたらしくもない」

「見栄を張らずにあのとき、わたしが退けば良かったんだわ」

「……としても、尾瀬は別の誰かと結婚した」

「あなたじゃなく……」

「当時、わたしは振られたのよ。尾瀬自身の男の見栄のために。それとわたしの女の愚直のために」

「あなたが強過ぎんたんだわ」

「どうやら、そうだったようね」

「年を取り、主人もやっと間違いに気づく」

「……と本人は思っているようですけど、口で言うほど女を認めていないわ」

「治らないのね」

「でも病気と思えば我慢できる」

「なるほど」

「半分は本人の意思に関係なく刷り込まれたものだから」

「時代ね」

「それと社会。他にも色々……」

「治らない病気なのね」

「だけどマシにはできるはず」

「瑠衣子さんは本当に尾瀬のことが好きなのね」

「ええ、好きな人だから、より好きになりたいのよ」

「あなたは変わった。いえ、元に戻ったというべきかしら」

「どうなんでしょう」

「自分では、わからないの」

「わかったこともあるけど」

「たとえば」

「自分が酷い女だったってこと」

「どんなふうに」

「自分勝手なのよ」

「生き物は皆、自分勝手よ」

「それをバランスするのが人間じゃないかしら」

「じゃあ、わたしには関係ないわ」

「それはどうかしら」

「わたしは死んでいるのよ」

「でも生に執着してる」

「尾瀬のこと」

「……というより佳代子さん自身への執着かな」

「意味がわからないわ」

「本当の死人には自分に対する執着がないのよ。執着があるのは生きている証拠」

「それじゃ、悪霊……」

「大して変わらないかもね」

「酷いことを言うわ」

「だけど佳代子さん、怒っていないでしょう」

「あら、本当だ。怒る気がしない」

「だから半分は成仏しているのよ」

「半分だけなの」

「ええ、後の半分も成仏したければ自分自身を忘れなければ」

「尾瀬じゃなく……」

「尾瀬を好きなあなたを忘れるのよ」

「わたしには、もうそれしかないのに」

「だから最後の執着」

「わたしに忘れられるかしら」

「難しいでしょうね。一つには尾瀬があなたのことを忘れないから」

「そう」

「でも、そのように図ったのは生前の佳代子さんご自身だから、結局自分で自分に執着していることになるのよ。生前の自分が死後の自分を縛っている」

「怖いわね。でも他に、わたしは尾瀬に振り向いてもらう方法を思いつかなかったから」

「その点に関しては佳代子さんが成功したのよ。ただし、その先があると知らなかっただけ」

「なるほど」

「佳代子さんは成仏したい」

「いいえ。だって、あなたたちのこれからを見たいもの」

「悪霊として」

「それもいいかも」

「わたし、生前の佳代子さんが何を考えているのかさっぱりわからなかったけど、今なら少しわかるかもしれない」

「そう」

「世界中で一番尾瀬のことを愛していたでしょう」

「いいえ、憎んでいたのよ」

「わたしは振られて尾瀬を憎まなかった。だから愛情でも佳代子さんに負けたのよ」

「もしかして、それはわたしに対する挑戦の言葉かしら」

「ええ、そう採って貰えれば本望よ」

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