4 連絡
「一週間以上、待たされたな。気が気ではなかったぞ」
携帯電話から尾瀬が言う。
「仕方がないでしょう。事情が事情ですから」
「それは、そうだが」
「辰巳のことは調べてくださいましたか」
「探偵を雇ったよ」
「申し訳ありません」
「ぼくに捜査能力がないから当然だ」
「昔だったら、ご自分も動いたはず」
「そういうな。実は最初、少し動いた。けれども手がかりがまるで掴めなかったので……」
「確かに名前しか、お知りにならないですものね」
「顧問をしている会社は知っているよ」
「そうでしたか」
「だが、顔がわからない。会社に出向いて尋ねればわかるだろうが、目立っても不味い」
「……それで、どうでした」
「ご自宅には帰っていないとわかったよ」
「済みません。この家に帰っていれば、尾瀬さんの手を煩わせることもなかったのに……」
「ご主人がご自宅に帰らないと、あのとき瑠衣子さんは予想したのか」
「確信はありませんでした。でも娘が夫のことを話さないし、何となく……」
「夫婦なんだな」
「結局、偽夫婦でしたが……。そういえば、亡くなった佳代子さんは尾瀬さんとご自分たちのことを仮面夫婦だと……」
「佳代子らしいね」
「尾瀬さん、奥さまのことを忘れてはいけませんよ」
「仮面夫婦でも夫婦は夫婦さ。簡単に忘れられるものじゃない」
「それならば良いのですが……」
「事情は瑠衣子さんのところも同じだろう」
「いえ、わたしはもう夫のことを忘れました」
「しかし瑠衣子さん……」
「わたしが気にしているのは辰巳悟史であって夫ではありません」
「怖いな。女は皆、そうか」
「人のことはわかりません」
「佳代子はどうだろうか」
「わたしには佳代子さんの心の中のことが一番わかりません」
「なるほど」
「で、辰巳のことは……」
「今暮らしている場所は――書類によると――会社近くのホテルだな。そこからアパートを探しているようだが、見つからない……というか、決めかねているらしい」
「そうでしたか。この家に戻ってくる気がないんですね」
「瑠衣子さんにあげた気でいるんじゃないか」
「自分の家なのに……」
「そう言うな」
「では仮にそうだとして、わたしと夫との離婚が成立したら、尾瀬さんはこの家に入りますか」
「まさか。そのケースは想定外だったな」
「わたしの夫の匂いが染み込んだ家ですからね」
「それを言ったら、瑠衣子さんの身体には辰巳さんの匂いが染み込んでいるよ」
「前のとき、お感じになった……」
「いや、気づきもしない」
「それならば染み込んでいないでしょう」
「そういう理屈か」
「で、暮らす場所以外のことは……」
「仕事には通っているようだ。今回の件は会社には伝わらなかったのかな」
「事件にはしませんでしたから」
「それは瑠衣子さんが目覚めた後のことだろう」
「本人が警察に電話をしたし、すぐに身柄を確保されたから、警察がそれ以上動かなかったんですよ」
「刑事小説とは大違いだな」
「企業モノの小説だって、尾瀬さんの目から見れば単なるフィクションでしょ」
「多くはそうだな」
「他には何かありますか」
「瑠衣子さんの娘さんの旦那さん――壮太さん――と数回会ったらしい」
「それは娘にも聞いています。継続して会っていたんですね」
「何か企んでいるのか」
「わたしと直接会いたくないから代理人にしたいのと違いますか」
「壮太さん、お宅には……」
「今のところ、現れていません」
「交渉が上手くいってないか」
「わかりませんけど、そんなところでしょう。他には……」
「動きとしてはない。ホテルの所在地とか、壮太さんと会った喫茶店とかは教えられる。後でメールしよう」
「お願いします」
「ところで瑠衣子さんの方はどうなんだ。ぼくも情報が欲しい」
「傷が癒えている最中ですよ」
「まだ痛むのか」
「痛さはそうでもありませんが、傷跡が……」
「今の技術なら、回復後に直せるだろう」
「いえ、この傷はわたしの緋文字(ひもんじ)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます