ジャリ、物語に戻る
「アタリ警部……ですの?」
驚いてミリが言う。
ジャリ達の前に現れたのは、メイドの今しがたの通報でさっそく現れた警官達であった。
それも、その中の一人は、なんと、ジャリに関わりの深い アタリ警部だったのだった。
「……? あれミリさん……ジャリさんも。あなたたち、この事件関わってたんですが」
「どう言う事ですの?」
混乱して、あせったような声でミリが言う。
「どう言うこと? 何か変ですか? 私が?」
しかしアタリ警部にはミリの言葉の意味が良く分からない。
ミリの驚きは、
「そうではなくて——アタリ警部がおかしいのでわなくてですわ。アタリ警部がいるのがおかしいのですわ。物語の外になぜ警部がいらっしゃるのですか? ですわ」
自分たちは物語の『外』に出たはずなのにのにアタリ警部がいることであった。
そのことに、ミリはびっくりしてしまったのだった。
しかし、ジャリはこれを最初から予想していたように、
「つまり僕らは、出たつもりで、結局またここに来てしまったと言うことだよ。『超探偵ジャリ』の『物語』の中に……」
「物語? あの小説の中に私たちは戻ってきてしまったと言うことですの? であれば七作めの今回は?」
「ノックスの十戒は『変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない』になるから、その反対を狙う今回は……」
「探偵が犯人なのでしょうか?」
沈痛な面持ちで頷くジャリ。
「あの作者の考えることだ。どうせろくな展開じゃ無いだろうが……」
それから逃げて物語の外にでたはずの二人だったのに——であった。
「でもアタリ警部がいるからって必ずしもあの探偵シリーズの中とは限らないとはいえませんこと?」
「外の世界にもアタリ警部がいるかもしれないと言うことかい?」
「そうですわ……」
「もちろんその可能性もあるが……」
「アタリ警部」
「はい? なんですかジャリさん」
「最初に私と一緒に解決した事件を覚えていますか?」
「なんですか? 藪から棒に……そうですな……確か? 神奈川の連続殺人でしたっけ? いつまでたっても働かない息子を働かそうとしてコネで無理やり入れた会社で、彼が出社しなくならないようにとパワハラ働く息子の同僚を殺し続けたら、その会社にはその息子一人しかいなくなったと言う」
「あまりにブラック過ぎて社員が誰一人家に帰らないのが家族にも知り合いにもまったく疑問に持たれないため殺人が露呈しないと言うのはびっくりです」
「あれは後で知って私も唖然としましたが、百人いたその会社を一人で回し始めたその親が返って業績を伸ばしたのにはびっくりです。いままでこの会社の人達はずっと泊まり込んで何やってたんでしょう」
「たまたま出入りの弁当屋がこの頃注文の数が少なすぎることを疑問に思ったから事件が判明しましたが、そうでなければ、今でもあのまま誰も気づかないままだったかもしれませんね」
「いやいや、ジャリさん。弁当屋の『最近あの会社の連中は蒟蒻残すんだよな』の言葉から中にいるのが痛風の男であることを見破り、弁当にこっそりとレバーやエビなどのプリン体が多い食品をつくねやかまぼこにすり身でまぜて、痛風の発作で会社が機能不全に陥る——中には痛風持ちの男のひとり(と役に立たないその息子)しかいないことを証明したのは見事でした。いまから思い出しても感服します」
「いえ……」
ジャリは横を向き、
「どうだね」
小声でミリに言う。
するとミリは頷きながら、
「間違いないですわね。超探偵ジャリの最初の物語のとおりです。なにしろ……」
「うん、僕も同じ気持ちだよ」
「こんな馬鹿げた事件がたまたま外でも同じように起きているなんて偶然は考えられませんわ。そんな冗談は作者の頭の中にだけにしておいて欲しいですわ」
ため息をつく。
「しかし困りましたわ。ロクでもない超探偵シリーズの中でも特にロクでもなさそうな七作目から逃げて外に出たというのに、結局ここへ戻ってきてしまいましたわ。なんとか途中でこの作品から逃げ出せないでしょうか」
「それは僕も思うが——でもさすがに作品の途中で抜け出す方法は僕もわからない。作者が途中で今回の作品を投げ出しでもてくれるのならば中断した場所から逃げ出すこともできるかもしれないが……」
「私たちの作者は無駄に筆だけは早くて、何も考えずに駄作を生産することに関しては人後に落ちないですからね」
「その通りだ——だが僕もこのまま見す見すとロクでもない物語の中に戻る気は無い」
「つまり、何か策が?」
ジャリは無言で頷く。予知能力によってこの事態を予見していた彼は、
「すべてを夢に!」
と叫ぶのであった。
「はっ!」
「えっ!」
「はい?」
「これは?」
「へっ?」
「あれ……ですわ」
何が起きたのかよくわからないままぽかんとした表情の一同。庭にいたはずの彼女ら彼らはまた鉄格子で窓を塞がれた部屋の中に戻っていた。
「もしかして……」
「これは……」
「全ては……」
「何もかも……」
「全部……」
「夢だったのですの!」
ジャリの能力の一つ「強制夢オチ発動」であった。これは、ジャリシリーズ以外でも夢オチを多用して作者仲間から馬鹿にされた件のヘボ作者が、またもや苦し紛れにジャリに与えた能力だった。
それもシリーズ第六作目のまさにジャリたちが抜け出してきた物語、『黙示録とジョシコーセー』の途中で追加されたばかりの能力であった。
七人がそろってラッパを吹けば黙示録を始めることができると女子高生がうっかりそろってブラスバンド部に入ってしまい、あやうく黙示録が始まってしまいそうになるという物語で——中盤に音あわせのシーンであっさり黙示録は始まってしまったので強引に夢オチで話を元に戻した際にジャリに与えられた能力であった。
そのどうしようもない能力は、いちおう作者なりに考えがあってのものらしい。
正直夢オチなんてジャリシリーズ通して何回使ったかわからないくらいだが、たまたまネットをエゴサしてた作者が、他の作家仲間や読者から自分が夢オチばかり使っているのをバカにされてるのに気づき、でもやっぱりアイディアが夢オチしか思いつかなかったものだから——ならそれが能力なら良いだろ。能力なんだからしょうがないだろと。全部夢だったとする能力なんだから夢オチだってしょうがないだろ。
——と開き直った。それが作者の言い分だった……って……まったく……
——アホか!
と言いたくなるがジャリとしては今回ばかりはこの能力を与えてくれた作者に感謝していた。
このおかげで。囚われてしまったかと思われた物語から現実に逆戻りすることができたのだった。
しかし、
「抜け出したのが夢? じゃああたしたちは……? まだこの屋敷にとじこめられているのですね?」
ミリの問いかけに頷くジャリ。
「まあこっちの方も、この後ロクでも無い未来が待っていそうなだけど、それでもあのままあの物語の中にに入っていってしまうよりはましだろう。そんな気がするよ」
「同意ですわ。でもこちらはこちらで……」
「ちょっと、あんたたあち、何こそこそ話してんのよ」
自分を外して何か話しているのは全部彼女に対する悪巧みと考え、まず切れてみて様子を伺う羅良であった。
「あなたには関係無いことですわ」
「——なんだかよく覚えていないけどそっちの探偵のおかげでこの屋敷から抜け出せたような気もしたんだけど。夢だったけど——もしかして本当に壁をバコーンと破ることができたりしない? そっちの人?」
「なんでそんなことを思うんですの? それは夢だったのでしょう? あなたの妄想なんでしょう?」
「なんというかね……やたらとリアリティのある夢だったのよね。今でも——本当に夢だったのかしら? とか思っちゃって……」
——?
ジャリは羅良の言葉を聞いて少し目をきつくした。
「もしかしてここも?」
ミリの言葉に頷くジャリ。
「——ジャリの物語はここにも侵食してきているのかもしれない……」
「ここも、この外の世界も、超探偵ジャリシリーズの世界になってしまうということですの?」
不思議そうな顔をしながら何かを思い出しかけているかのような様子の羅良を横目見ながらジャリは言う。
「彼女の発言だけでは、まだはっきりとはしないと思う……だけどそんなことが起きているのならば、それは偶然におきているの仕組まれていて、その仕組んだ相手は……」
——ガリ。
ジャリとミリの二人は心の中でその言葉を唱えた。
ならば急がねばならない。物語から抜け出したのはジャリとミリの二人だけでは無いのかもしれない。
二人が抜け出せるのならば、ガリにだって抜け出せないわけは無い。そしてガリの目的は、いつも、ジャリと知恵比べをすることなのだ。
登場人物が抜け出せるのならば、物語だってこの世界に溢れ出して来るのかもしれない。そうしたら、ここは結局ジャリの物語の世界となる。
結局、ジャリは戻ってしまうことになるのだった。そして、それを一番望んでいるのは彼とガリなのだった。ならば、
「もしかしてガリがこの世界に我々の物語を呼び寄せているのかもしれないとも思うよ」
「でも……どうやって」
「それは……」
ガリにはまだ未知数な部分が多くある。物語の主人公たるジャリは、基本的にはその考えも行動も、能力もほとんど叙述上でオープンにされていて秘密は少ない。
何しろ作者が場当たり的にプロットや設定をつないでいくため、ジャリの裏設定など作る間もなく——考えたことがそのまま書かれてしまう。と言うか秘密を作るような余裕は作者には無い。ジャリの能力はそのままほとんど全てが物語に描かれていると言って良い。
比べて、ガリの能力には謎が多い。あのへっぽこ作者がガリにしっかり裏設定をしている、なんてことはあるわけ無いが、
「その時ガリは不敵な笑みを浮かべた。彼の底はまだまるで見えていないのだった」
とか、
「ガリの能力の秘密は解けたかに見えたが、それはまやかしの答えだったのだ。彼の能力はまだその一部しか我々には見えていなかったのだった」
とか——。
深く考えずに思わせぶりの叙述で彼の能力が定義されていくので、それを論理的に整合性が取れるような解を求めていくとほとんど神に等しいようあ能力を彼は持つことになってしまっているのだった。
それに、
「本当にこの世界にジャリシリーズの物語が流れ込んでいるのならたぶんあの時の描写のせいだな」
ジャリがはっと思い出したように言うのは、
「それは、いつの話ですの?」
「たぶんあの時だ。『このガリのあるところ常にジャリの物語が現れるのだ』とか決め台詞を言って去って行った、シリーズ五作目の『ハレルヤ魔次元〜デスオンライン』の最後のあたりで……」
「あれが能力だったのですの? 自分がいるところにジャリシリーズの物語を引き込むことができるということですの?」
「今から考えれば……だが。それに、もし本当にそうならば、この世界にジャリの物語が侵食してきているのならば——」
「ガリがこの世界に来ている証拠だと言うのですの?」
頷くジャリ。
ならば——
「でも、その前に……」
ジャリは天井を見た。
「ネズミを捕まえないといけない」
超探偵ジャリ 時野マモ @plus8
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