ジャリ、家の外に出る
——ほらやっぱり。
天井からせりだして降りてきたモニターを見て私は思うのだった。凝り性でネチネチした性格の美男は、念のため、まだ何か仕掛けしていたのであった。
「あの何段にもしかけたデストラップを抜けた者がいたとは驚きだが、今この儂が話しているということは——それはいたということなのだろう。正直感服だ」
モニターの中の美男は少し自分に酔ったような口調で話し始める。
それは計ったかのようなタイミングであった。今回の仕掛けは、この屋敷のホール外にメイドのシズカ以外の者がいるようなら発動するように設定されていたのであった。具体的には屋敷内に張り巡らせているセンサーに同時に二名以上の人間が観測された時にこのモニターが人のいる部屋に降りてくるという仕組みになっているのだった。そして、おまけに、もし生き残った者たちが会話をしていた場合、それをAI(人工知能)解析をして一番盛り上がったところでモニターが降りてくると言う機能までつけていたのであった。
だが、どの部屋に人がいるのかは予測できない。だから全部屋にあらかじめモニターを仕掛けておくという少々無駄な仕掛けとなっていたのだが、用意周到といえば用意周到。おかげでタイミングよく美男は演説を始めることができたのだった。
「おやおや? もしかして羅良がここに残っていようとは?」
「何よ! 文句あるの?」
「ははは! 文句などあろうはずが無い。最愛の妻が生き残ったと言うのだから——」
さらに声紋認識で羅良の声を判別した場合、羅良を認識してそれにあった会話を行うようにAI(人工知能)を調整していたのだった。
先ほどの単に映像をだだ流しにするだけの仕組みに比べれば随分と進歩しているものである。
でも、それもそのはず、ホールとこちらでは開発工程を管理したプロジェクトマネージャーが別人であったのだった。
正確に言えば、美男からの要望を受けて過不足無い完璧な仕様書をまとめAIと連携したモニターシステムを作り上げた有能なシステムエンジニアは、開発作業の途中、素人の美男が思いつきで口出ししてくるのに嫌気をさして開発から離れていたのだった。その後は孫請けのエンジニアが言われるがままに作ったのが、ホールでうまく動かなかったあのシステムなのであった。クライアントの美男には「めんどくさい男が抜けたらあっという間に完成した。あいつがガンだったのだな」とか言われたのがその最初の仕様をまとめた有能なエンジニアだったのであった。
なるほど——それはIT業界で良く見られる光景であった。真面目にしっかりと抽象化された構造、仕様をつくり、可用性や冗長性を持ったシステムを組むよりも、当座要望どおりに動くものを作れる方が重宝される。
業界のあちこちに失敗プロジェクトとともにいくらでも転がっているような話であった。悲しいが、珍しくも何ともない話であった。日本でITあるところ、どこにでもある話であった。
そして、もちろん、システムの最初のプロジェクトマネージャであったエンジニアは、そんなことは良くわかっていた。有能でシステム開発経験も豊富な男であった彼は、長年IT業界に携わるうちに、理不尽な要望でプロジェクトがグダグダになる光景などいくらでも見て来ていたのだった。
だが今回は彼も腹に据えかねていた。
なにしろ、美男が嫌いだったのだ。
傲慢な態度も、性格の悪さも、頭悪いくせに人の失敗を見つけ出すのが上手いのも嫌いだったが、なんといっても顔が嫌いだった。それはもう本能的なものと言ってよかった。彼はその嫌悪感に思わず職業倫理にもとる行い——一線を越えてしまったのだった。
彼はプロジェクトから離れる前にAIにちょっとした仕掛けを仕込ませていたのだった。
それはいくら悪辣な美男相手とはいえども褒められた話では無い。持って生まれたものだけでなく、その後の悪行が彼の顔をとことん醜悪に歪めていたのだけれど、それにしても外見や好みを、少なくともビジネスでの判断基準にしてはならないだろう。
しかし、逆に、美男にも迂闊なところはあったのだろう。交渉をコントロールできていたと思えた相手に、そんな自らの外見が、一線を越えさせてしまったのだから。そもそもロクでも無い交渉や圧力をかけるようなことをやっていたのは美男のほうなのだから、相手が耐えきれずにビジネスを壊しても暴挙に出る可能性は少しは考えておいた方が良かったものと思う。
そう言う意味では、その暴挙もこの程度で済んで良かったというものでは無いか?
「——ぽんぽこちん」
AI美男は語尾に「ぽんぽこちん」と付けてしまように調整されていたのだった。
「最愛の妻よ——ぽんぽこちん。おまえは——ぽんぽこちん。それほどまで——ぽんぽこちん。儂を——ぽんぽこちん。たのしませてくれるの——ぽんぽこちん」
どうも調整が行きすぎて文節ごとに「ぽんぽこちん」と付けるようになってしまったようだった。
「このまま——ぽんぽこちん。さらに——ぽんぽこちん。恐怖に——ぽんぽこちん。顔が——ぽんぽこちん。歪む——ぽんぽこちん。おまえ——ぽんぽこちん。が——ぽんぽこちん。ここ——ぽんぽこちん。に——ぽんぽこちん。い——ぽんぽこちん。る——ぽんぽこちん。と——ぽんぽこちん。お——ぽんぽこちん。も——ぽんぽこちん。え——ぽんぽこちん。ば——ぽんぽこちん」
ついには一語ごとに「ぽんぽこちん」をつけ始めたAI美男であった。
となるとかっこつけていればかっこつけているほど間抜けな雰囲気の漂ってくる美男の演説であった。
それに彼のこの仕掛けにはもう一つ問題があったのだった。
「降りてきたモニターが裏返しなので声しか聞こえませんわ」
壁際の天井から降りてきたモニターの画面は、施工時にまちがって壁向きに付けられてしまっていたのだった。だから部屋の真ん中にいる五人からはドヤ顔で見下ろしている美男の画像はまったく見えないのだった。
「おお、作った人グッジョブ! あいつが自慢げに私を見下ろしている姿なんて見たくもないからな」
羅良は親指をモニターに向かって突き立ててザマミロといった風にニヤリと笑うが、
「これ——ぽんぽこちん。を——ぽんぽこちん。見なさい——ぽんぽこちん」
「んっ?」
「これが——ぽんぽこちん。脱出するための——ぽんぽこちん。鍵——ぽんぽこちん」
「はあ?」
「この屋敷は——ぽんぽこちん。一時間後に——ぽんぽこちん。爆発——ぽんぽこちん」
「何言ってんのあんた?」
「この鍵を見つけ——ぽんぽこちん。お前が生き残ることが——ぽんぽこちん。できるかどうかは——ぽんぽこちん。全ては——ぽんぽこちん。お前の——ぽんぽこちん。愛の深さにかかっている——ぽんぽこちん。どうだ——ぽんぽこちん。羅良——ぽんぽこちん。お前は——ぽんぽこちん。これを見つけることができるか——ぽんぽこちん」
AI美男はここまで言い終わると、「ぽんぽこちん」「ぽんぽこちん」と合間に言いながら、高笑いをひとしきりすると、その後にモニターはするすると動いてまた天井に収容される。
「何よそれ! 何が鍵なのよ? 何にも見えなかったんじゃないの? これ作るとき失敗したやつくたばれ!」
あっさりと手のひら返しの羅良であった。
しかし、
「こまりましたわね」
ミリがジャリに目配せをすると、
「何が探し物なのか分からないことかい?」
「いえそれもそうですが……本当の心配はそうではないのではないですか?」
「さすがミリは付き合いが長いので僕の考えが良くわかるね」
「そうだね……」
ジャリは頷き壁に向かってゆっくりと歩いて行き、
「はっ!」
ジャリが突き出した手元が壁に触れた途端、そこに大きな穴があいたのであった。コンクリートの壁面、その内側の鉄筋までを綺麗に吹き飛ばし、牢獄と化したこの屋敷にあっけなくと出口を作ったジャリであった。
その原理は不明だが、宇宙規模にいたるような異能を持つジャリであればこのくらいはやれて当然と、作者が技の名前も原理の理屈も考えないでジャリに与えた能力の一つ、何物も砕く掌底打ちであった。
ちなみにジャリは何物も防ぐ縦割れ腹筋受けという能力もあるが、その掌底で腹筋を叩いた場合そこでおきた矛盾のエネルギーで真空の相転移が起きて宇宙が終わってしまうので決してやってはいけないと言う余計な設定をつけるのは忘れない迷惑な作者のせいで、ジャリはかゆくて腹をかくときも、宇宙を終わらせないように細心の注意で行わないとならないと言う不自由な行動をしいられているのだった。
——と言うのはまあどうでもよくて……
今は壁に大きな穴があいたことが重要だった。
その穴は明らかに人が余裕で通り抜けられる大きさなのだった。
つまり、美男が大金注ぎ込んで作ったこの屋敷の牢獄化が、ジャリの前にはまるで無意味だったということだった。
そのあいた穴を通って皆外に出れると言うことなのだった。
だが、そんな朗報にも、浮かない顔のジャリであった。
「ここを出ても出口では無いと言うことですわね」
彼の不満げな表情から察していうミリ。それに頷くジャリ。
「でも、まずは試してみようか?」
「あら二人で何ごちゃごちゃ言ってるのよ! 外に出れるんだったら迷うことは何もないじゃないの? シズカ——!」
「はい」
羅良は直前までの怒髪天を突くような表情から一転ニコニコと上機嫌で、
「この家のどっかに長い梯子くらいあるでしょ?」
「二階の窓拭きの時に使う梯子があるのですが外に置いておりまして……ちょうどこの下に道具類をいれた倉庫がありましてその中に入っています」
「ええ? じゃあ誰かやっぱり飛び降りなきゃいけないじゃ無いの……」
チラリと横目でジャリを見る羅良。
すると、
「ああ……構わないよ」
ジャリはそう言うと何の迷いもなく壁にあいた穴から飛び降りると、下の芝生の上にふわりと着地する。
「じゃあ、みんなもこれで降りてきて……」
そしてシズカの言った通り、すぐそばにあったスチールの物置の中から梯子を出して伸ばし、壁に立てかけたのだった。
「……あんたなかなかやるわね」
自分が一番先に降りて当然という顔で降りてきた羅良が感心したような表情で言う。
「いったい何者なの?」
「探偵だ」
「そんなの分かってるわよ。そうじゃなくて何者の探偵なのかって言うことよ。普通の探偵じゃないでしょこんなの」
羅良が壁に空いた穴を見ながら言う。
「……そうだな僕は超探偵——超探偵ジャリだ」
「はあ? 超探偵? 何それ? 頭わるそうな……でもジャリ? あれ、どこかで聞いたことがあるような?」
羅良の言葉を聞いてジャリの眉が一瞬釣り上がる。『どこかで聞いたこと』と言った瞬間。
「ジャリ様と言えば、警察が匙を投げてしまったような難事件を苦もなく解決する超人で、確かに超探偵と呼ばれておりますしその名に恥じぬ方と存じます」
次に降りてきたメイドのシズカの言葉だった。
「あれ? そうよね? 何か聞いた名前だと思ってたのよ……今回そんな人に助けていただいていたとは……恐悦至極です」
ジャリが有名人だと分かって少し興味を持ち始めて態度も良くなってきた羅良であった。
「あら、相手が名のある人と知ると態度も変わりますのですね。いまさらあなたの下衆なところかくせないと思いますけど」
次に降りてきたミリが羅良の言葉を聞いて呆れたような顔をしながら言うが、
「これは助手様も手厳しいですね……先ほどまでの失礼な言動——かよわき一般人である私がこんな凄惨な殺人の現場に居合わせて取り乱してしまっていたと言うことでご容赦ねがえないでしょうか」
「はあ……」
一度モードを切り替えればさっきまで罵倒しあっていたミリにさえ一瞬で慇懃な物腰に変わる羅良。それに嘆息をしながら答えるミリであった。
「ともかくジャリ様に助けていただきまして助かりました。それに……シズカ?」
「はい」
「もうスマホも通じるかもしれないと思うのだけど?」
「はい。おっしゃる通りでございます……でも」シズカは胸のポケットからスマホを出し「まだ電波弱いですが……あっ大丈夫そうですね」と、十数メートルほど歩き、屋敷から離れた所で言う。
「じゃあみなさんもここから離れて警察が来るのを待ちましょう」
ちょうどその時、最後に梯子を降りてきた鈴木伸夫さんを興味なさそうな表情でチラ見しながら羅良が言う。シズカはスマホを耳に当てながら頷き、一同は敷地の出口に向かって歩いていくが、
「浮かない顔ですのね?」
ジャリがずっと考え事をしているのを不審に思ったミリが小声で言う。
「ああ……多分僕らは失敗した」
「失敗した? 何をですの?」
「出口だ」
ジャリは庭にオンブジェとして置かれた信楽焼のタヌキの横を歩きながら言う。
「出口……ですの?」
「ああ、出口だ」
「それは——この目の前の趣味の悪い門のことでは無いですわね……」
ミリは、百メートルほど前方の庭の終わりにある、コンクリートでできた凱旋門のミニチュアを見ながら言う。
「多分、すぐにわかるよ——ほら」
ジャリの言葉が終わるか終わらないかのうちにけたたましいサイレンの音。それは、どんどんと近づき門の前で止まり、
「はい、みなさん、落ち着いて——警察です!」
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