脱出と放浪

ジャリ、まだ閉じ込められている

 水攻めの部屋の。天井から上がり、ジャリ達の出た部屋には、驚いた顔で彼らを見る一人の女性の姿があった。

「あれ、お前? シズカ?」

 いち早く彼女の姿に気付いた羅良が言う。

「こんなところにいたんだったら、気付いて助けなさいよ。あんな騒ぎだったんだから、中で何か起きてるって思うでしょ、普通」

 女性は軽く礼をしながら言う。

「奥様、申し訳ありませんでした。中で何か騒ぎが起きてるのは分かっていたのですが、入る方法が見つからずにおりました、中から聞こえる声で旦那様が死んだのも皆様が殺されかけたのも分かったのですが……」

 この女性は屋敷に仕えるメイド、深渕シズカだった。ホールが閉じて、閉め出されてから、中に入る方法が見つからずにホールの上側から入る方法を探っているうちに、脱出して来たジャリ達に偶然出会ったと言うわけであった。

「ふん、まったく役立たずなんだから。なんとか生きて出てこられたから結果オーライだけど、もし死んでたら地獄から三代祟ってやったところだったわ」

「申し訳ございません。どうにも入る方法が見つからず……」

 うやうやしく深く礼をするメイド。

 それを見て、

「——まあ良いわ。あなたにはこの後やってもらいたいことあるから」と羅良。

「はい……」

「美男は死んだもういない。この意味は分かるわよね?」

「はい」

「なら、この後誰に付いた方が良いかわかるかって言うことよ」

「はい分かっております」

「美男に義理立てなんかしても良いことは何にも無いわよ。あいつはもう死んじゃったのよ。私に付いたほうが得よ。何、悪いようにしないわよ。あなたを敵に回すといろいろ財産相続でも不利な証言とかされちゃいそうだしね——私は必要なとこには必要な金をかける女よ——私が信じられない?」

「いえ、こういう時の打算で損得が決まる時の奥様のことは私は良く良く信じております。私もあの美男のメイドを長年務めた女、誠意も忠誠も感謝も忠義も、そんなものは全く信じておりませんが——女の打算は信じております。奥様は今私を敵に回して良いことはまるでありません」

「その通りよ」

「ならば私は相応の打算を要求できますし、奥様はそれに答えてくれると存じております」

「ふふ——さすがこの家で長年やっていけたメイドなだけのことはあるわね。いくら欲しいかは後で聞くけど、悪いようにはしないわ」

「はい——それは信じております」

「なら話は早いわ、早速いろいろやってしまいましょ。美男と夫婦してたって言うだけでもずいぶんと見返りもらわなきゃやってられないとこだけどともかくやなことはさっさと済ましちゃいましょ」

「はい……」

「なによ自信なさげね。大丈夫だって。何しろもともと計画済み……げふん——ともかく美男の被害者の遺族たちが賠償とか請求してきてももう口座とかは体半は私のものになってるから! 会社の整理だけしたらさっさと海外にでもずらかるわよ。あなたにも相応のわけ間は渡すから」

「はい……でも……」

「何? 何を躊躇してるの? 迷うことなんて無いでしょ。ほらさっさとめんどくさいことは済ましちゃましょ。警察呼んで取り調べしてもらって、私は適当なところで、精神にショックをうけた振りをして、抜け出してどっか近くの高級ホテルにでも行くことにするわ。そのあとは、凄惨な大量殺人を目撃して、気が動転して面会できないことにしてちょうだい。その間スパでエステでも受けて時間潰しているから」

「……」

「——ホテルで面目悪ければ、顔が聞く病院に潜り込むのも良いわね。美男の圧力かけられる病院あったでしょ。あそこに診断書書いてもらって面会謝絶にするのよ。高級ホテルには劣るけどあそこに金持ち妊婦とか入らせる貴賓室とかあったでしょ。まあついでに——この頃の不摂生心配だから人間ドック受けちゃうのも良いかもね」

「……」

「んっ? どうしたのよ? なんだかノリ悪いわね、やっぱりまだ美男に忠誠心なんか少しは感じてるってこと?」

「いや、そんなことは全然まったくありません」

「そりゃそうよね、あんなのにそんなもの感じれるわけ無いわよね。あんなゲスい奴」

「まあ、ゲスなのは奥様もどっこいどっこいですが——今回は奥様についた方が得であることは良く良く分かっております。ただ……」

「なら、何故よ? ほらまずはこんな家なんか出て……」


「どうにも、それができないようだね」


「はあぁ? 何言ってんのあんた」


 突然話に割り込んできたジャリに向かって、ドスの効いた声で言い返す羅良であった。

 それは、彼女のお里が知れる粗暴で下品な物言いだったが、それゆえに今の彼女の心をよく表してると言えた。今まで薄皮一枚でも被せていた淑女のふりをあせって忘れるほどの不安。

 それは、

「もしかしてまだ出れないのですの?」

 ミリの言葉に大きく頷くジャリであった。

「何よ。本当なの? シズカ?」

 無言で頷くメイド。

「ふむ、ここはホールの上の普段は使わない客間のようだが、外の廊下には……」ジャリはそう言うと部屋の入り口のドアを開ける。「……出れるようだね」 

「はい、階段を降りれば一階にも行けます」

「と言うことはここは二階?」

「はい。普通の二階よりは少し高さありますが、少しぐらい怪我をすることおそれないなら、なんとか飛び降りることも……」

「ふむ、そう言う言い方をすると言うことはその可能性はもう探ってみたということだね」

 ジャリは開けかけたドアを閉めると、振り返りそのまま窓に行き、カーテンを開ける。

 窓の外には、ここはどこの狂王の王宮ですかと言うような庭園——予想どおり豪華だが極めて趣味の悪い——が広がっていた。

 幾何的なフランス式庭園のていは整えているが、ミロのヴィーナスのフェイクの横に美男の銅像が建っていたり、寸づまりのタジマハールみたいな金ピカの建物があったり、小川にはなぜか鹿おどしがあったり……相変わらずの極彩色の悪夢のような美男のセンスであった。

 まあしかし、そう言うのは今はどうでも良い。その庭を鑑賞したり、そこでくつろいだりすることが今の目的では無いのだ。

 そこに出れさえすれば良い。そうしたらそのまま庭を突っ切って敷地の外に出てえば良い。美男がこの家にまだ何か仕掛けをしてるとしても、さすがにこの日本で公道に何か仕組むまでやれるかと言うと無理であろう。とにかく、ジャリたちは今、この窓から飛び降りるでもなんでもして、この家から出てしまえば良いだけだったのだ。

 しかし、

「何よこの鉄格子?」

 窓には頑丈な鉄格子がはまっていた。その狭い隙間を人間が通り抜けるなど不可能であった。

 つまりここからは外にはでれないのだった。

「まさか他の部屋にも?」

 頷くシズカ。

 ドアを開け外に飛び出していく羅良。ドアを次々に開ける音。階段をドタバタと下り——怒鳴り声。

「どの部屋も窓という窓に鉄格子……こんな仕掛けまであいつは作ってたっていうの」

 戻ってきた羅良は、怒り心頭に発すと言った感じで言う。

「ホールから騒ぎが聞こえてきた瞬間、窓に突然こんな鉄格子が降りてきて、あと外へ続くドアにも鍵がかかって外せなくなってしまいました」

「じゃあ私らはまだ閉じ込められているって言うの?」

「そうなります」

「はんっ? あいつはまだ私を閉じ込めて何しようっての? でもこんなの付き合ってられないわ。さっさと警察でも呼んでここから出してもらいましょ」

「……それが」

「何? それとも、下で何が起きてたのか分かっていたでしょうからもう警察呼んでるとか? もう直ぐついちゃうとか?」

「……実は」

 シズカはメイド服のエプロンのポケットからスマホを取り出す。

 その画面上のアンテナ表示は、

「圏外? なにそれ!」

「妨害の電波でも出されてるんだろうね。この家だけ圏外にするのならジャマーを設置すれば大して難しくも無い」

「はあ? そんなに良く分かっているのなら、あんたがそのジャマーとやら破壊しないさいよ」

 相変わらずなんでもかんでも逆ギレ状態の羅良であるが、それを全く相手することもなく、

「これだけ用意周到と言うことはジャマーも簡単にみつかるようなところには置いてないと思いますわ」

「そうだね。外に設置されている可能性が高い。妨害電波が拡散して室内よりは効率悪くなるが、馬鹿らしい仕掛けにこれだけ金をかけているのだから、必要な装置の数が増えるくらいなんの問題もないだろう」

 ミリと話をするジャリであった。

「あんたら、また私を無視しないでよ」

「そうしたら固定回線も?」

「はい、固定電話もウンともスンとも言いません」

 メイドのシズカもめんどくさいので羅良を無視して話をする。

 すると、

「シズカ! おまえまで! わけ前減らすわよ!」

 羅良はシズカを脅かして言い、彼女はしょうがないといった顔で振り返るが、

「さっきの映像はネット経由だったようだから、インターネット回線は繋がっているようだが……」

「……ネットの終端されている部屋にも鍵がかかって、家の無線LAN電波は全部途切れています」

 ジャリとミリは羅良を無視して話を続ける。

 それに少ししょんぼりとした感じの羅良だが、

「屋内配線の根本で切断されたかスイッチを壊されたか、美男の仕掛けに必要の無い配線は排除済み。そっちも抜かりは無いようだ——おい君」

「えっ……って君って何よ! 偉そうに」

 相変わらずぶち切れてる口調だが、話の仲間に入れてもらって少し嬉しそうな様子だった。

「君は毎日連絡を取り合っている浮気相手とかは、あの死んだイケメンもどきの他にはいるのかい?」

「う……浮気、そ、そんなものしてないわ。そんなもの裁判になったら不利になるじゃないの」

 いまさらと言った顔を浮かべるミリとシズカの女性陣であったが、

「……じゃあ仲の良い男友達でもいいけど、君に頻繁に連絡くれる人とかいないのかい……それくらいは君くらいの女ともなれば一人二人いるよね」

 冷静に羅良をあおるジャリであった。

「そ……そりゃそうでしょ。大人の女性ともなれば、そんな友達の一人や二人くらい……いや十人や二十人くらい。あれ二百人くらいかな? いや行きずり入れたら千人は超えるかもしれないけど……」

「すばらしい! ブラボー!」

「あっ……そうかしら?」

「その中でも特にしつこいは?」

「そうね……一回だけなのにそれ以降彼氏面して一時間に一回くらいSNSでメッセージよこす中年会社員かしら。でもそいつはさっさとブロックしちゃったけどね」

「じゃあ、ブロックしていない——君が返信を一番返す男は?」

「男……友達ね——そうねえ? 会社社長の御曹司でちょろそうなのいたからキープで一日に一回くらいは挨拶返してるけど……」

「なるほど、そいつは君から返信が無いとどうなるかな?」

「まあ、あいつは——私に夢中だから——半狂乱になってあちこち調べまくるでしょうね。前に何も言わず海外旅行に行って連絡取れないときはこの家までやって来てしまって美男ごまかすのに大変だったわ」

 まあごまかせてなかっただろうなと思いながら、

「なるほど、少なくとも、一日くらいの間には今の状態を不審に思うものがでると……」

 ジャリが言うと、

「それなら今日の犠牲者達が帰らなくて不審に思った家族から警察に話がいく方が早そうですわ。この女、とんだ期待はずれですわ。ビッチならもっとビッチを突き詰めていれば良いですのに——中途半端ですわ、付きまとわれてるストーカーのひとりやふたりいませんですの?」

 ミリが呆れたような声で続ける。

 すると、

「何を! この高慢ちき女が。お前みたいなのなんて、お高くとまって、かえって男にもてないだろうが!」

「あらあんたになびくようなバカな男にもてたいなんて全く思いませんけどね」

「ほほう? でももてたいとは思ってるんだ?」

「はい? そんなことは言ってませんわ……まったく、人の揚げ足取りばかりしかできないゲスですこと。私は殿方の好意など十分に間に合っておりますわ」

「はっ! それであそこに蜘蛛の巣はって異臭はなってりゃ世話無いわ」

「そんなわけありません!」

「じゃないって? じゃあやることやってるんだ? そんなお高くとまっても結局男に股開いて……」

「私にそんな設定はありません!」

「設定?」

「まあ、まあ」相変わらず相性の悪い二人の言い合いにジャリは割って入りながら言う。「ここで言い合いしてても何も進まないでしょう」

 しかし、そう言われも不満げな二人はそれぞれまだ何か言いたげであるが、

「ならば……鈴木さんは?」

 ジャリが、それまで影が薄くていることもみんな忘れていた鈴木伸夫さんを指さして言うと、

「わ……たしですか?」

「そう鈴木さんです」

「私は真面目一徹で妻以外に、そんな愛人なんて……」

 この流れで話題を振られて焦りまくる鈴木さんであった。

「浮気だなんて……たまに酒の勢いで若いのと一緒に風俗に行くくらいで……」

 余計なことを言って女性陣の目を無意味に厳しくさせてしまう鈴木さんであった。

「いや、鈴木さんに期待しているのはそっちじゃなくて——奥さんとはよく連絡取るでしょうか」

「はい……? 妻は確かにしょっちゅうメールやSNSのメセージよこしてきます。帰りに特売の肉買ってきてとか、生理用品が切れたとか、娘の進学で気にあることがあるとか、肩がこったとか、眠いだとか……」

「なるほど! それはうざいくらいですか?」

「……? はい、確かにうざいくらいです。妻は、暇になれば気晴らしにメッセージをどんどんと送ってきます。こうしている間にも何かどうでも良いようなことを贈りつけてきていると思います」

「やはりうざいくらいですか……でもあなたはそれを無視できませんね」

「……? 無視なんて、そんな……後が怖い。できる限り早く返信をしますよ。会社の会議中だって腹が痛い振りして抜け出してトイレで返信したくらいです」

「——鈴木さん! あなたは期待通りの人です! 期待通りの小市民の恐妻家です! あなたが、この騒ぎに巻き込まれてからだいぶ経ちます。ならばそろそろ奥さんが返信が無いのをおかしく思うのではないでしょうか?」

「そうかもしれませんね、たぶんもう十件くらい未読たまってると思いますから、それに一件も返信がないのを妻は不審がるかもしれません」

「すばらしい! ならばそろそろ奥さんは行動に移っている頃ですね」

「そうですね、愛ゆえに、私が何か隠し事をしているかと疑って半狂乱になっているかもしれません。愛ゆえに。私の携帯がかからなくて、この家に電話かけてかからないとなると、そろそろ警察に連絡している頃かもしれません。愛ゆえに。前も私が会議中で携帯に出れず、その時ちょうど運悪く会社の電話が故障してた時には、私の勤める豆腐会社がテロリストに占拠されて私が人質になっているかもしれないと妻は警察に駆け込んでしまいました。愛ゆえに」

「おお、奥さんに愛されているんですね」

「ええ、まったくわたしに過ぎた妻で、駆け込んだ警察でも私がいなくなったら、家のローンがどうなるのかと警察で大暴れしたそうですが、それも愛ゆえに、と思います。なぜならその後私の生命保険のかけ額を上げてくれました。かわりに小遣いが減らされましたが、あなたにかける愛の価格がこの保険料なのよと妻が言ってくれました。愛ゆえに」

「ふむ……」

 ジャリは鈴木伸夫さんの話を聞いて満足げに頷く。

 それを見て少し恥ずかしそうに頬を赤くする鈴木さんだった。それは、彼の家族の愛情たっぷりの日常を知られたことが少し嬉し恥ずかしと思っているのだったが……

 正直もう尻に敷かれすぎて家庭内ストックホルム症候群とでも言うような心理状態になってしまっている鈴木さんの家庭の事情はどうでもよくて、

「どのくらいと思っていますのかしら?」

「そうだね、もう一時間くらいでは警察もここまで来るのではと思っている」であった。「あとは美男がどのくらいこの屋敷をいじったかの問題だな。警察がやってきたのは良いが、鉄格子を切るか壁を破壊しないと中に入れないとしたら——増援を呼んで大型のカッターや重機なんかを持って来る必要がある。その時は最悪数時間は閉じ込められたままであることも考えられるな」

 ジャリは、ミリの質問に彼が鈴木さんのくれた情報と彼の長年の探偵業で培ったカンにより、誰が考えてもそんなとこかなという穏当な結論を導き出すのだが、

「でも、待ってれば外に出られるのでしたら、そのくらいは待っていてもなんでもないですが……」

「そのくらいは美男も考えているとしたら?」

 もちろん、彼は、それで思考を止めてこのまま待っていればなんとかなると思ってるわけではなかった。

 すると……


「ほう? まだ生き残っている者がいたようだな?」


 また美男の声がするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る