幕間1:密室事件の真相



 ところで、話を進める前に、もしかして、群雲美男の密室殺人はいったいなんだたったのか、そのトリックは何だったのかを語っておきたいと思う。正直、全体の流れからしたら、もはやどうでも良い感じではあるが、それでも気になる人のために一応、言っておくと……


   *


 美男は、パーティを中座して、少し休むためにホールの隣の小部屋に入った。彼は、自分がちょっとした事でムカついた人達を、会社の取引での脅しや、地縁、政治権力、脅し、果てには暴力まで使って無理矢理招待して、このパーティが開催できたことにとても上機嫌であった。そして、この後、この連中を皆殺しができるのだと思うと、彼の顔には思わず笑みが浮かぶのであった。

 しかし、その前に彼には行わなければならない事があった。羅良達の殺人計画に付き合わねばならないのだった。彼女らの計画など、美男はとっくにその尻尾を掴んでいて、その内容の大枠も知っていたのだが、自分の殺害計画をこれ幸いにと、それに合わせて自分も大量殺人を計画していたので、あえて彼女の計画にそのまま乗ることにしたのだった。

 とは言え、羅良の罠は、もし事前にその計画がある事を知っていなかったとしても引っかからないだろうと言う、ずさんで間抜けな計画であった。

「お疲れのようだから美男さん少し休んだ方が良いのでは無いかしら」

 羅良に言われて別室に行きながら、美男は予定通りの物が床に置いてあるのを見てため息をついた。それは、羅良達の計画の通り——美男は部屋に入ると、真ん中辺りの床に小さな箱が置いてあるのを見つけたのだった。

 美男は、またため息をつきながら箱を開ける。その中には数枚の写真が入っていた。

「なるほど、これか……」

 美男はその写真を見ながら、これを仕掛けた二人の事を嘲笑して口元を歪めた。

「この程度で……儂も甘く見られたものだ」

 写真は女装をした美男が自慰をしているところを撮ったものであった。それは、羅良の浮気現場を隠し撮りさせた動画を見ながら、寝取られの快感にぞくぞくと震えているだらしない顔をした姿であった(何故、女装しているのは、余り深くは考えたくは無いが、さらに屈折した美男の感情を示しているのだろう)。

 ともかく、もともとが相当に気持ち悪い男が、気持ち悪さの限界値を越えるまで自らを演出した姿の写真が床に置いてあったと言うことであった。

 ——これが、これこそが羅良の密室完全殺人の仕掛けなのであった。

 自らの恥辱的写真を見せられて、その恥ずかしさに死にたくなる。

 そんな時、箱の中には、写真の下に、鋭利なナイフが入っている。

 なので美男は思わず胸にそのナイフを刺してしまう、という算段であったが……

 ——アホか!

 こんな、ずさんな計画で上手く行くわけ無いだろうとは誰でも思うだろう。

 しかし、単純な羅良は、前に美男がSMプレイの途中で恥ずかしい写真を撮ってそれをネットにアップしようとした時に自殺しそうな様子になった彼の様子を見て、この完全犯罪を思いついたのだった。ああ、その自殺未遂までもが彼のプレイであるとは気付かずに、美男に、彼のとことん恥ずかしい写真を見せ、そこに調度良い兇器があるのなら、彼は自殺するに違いないと考えたのだった。

 だから羅良は、嘔吐を堪えながら隠し撮った、とびきりに恥ずかしい写真を箱の中にいれたのである。

 しかし……

「この程度で恥ずかしがると思っているとは儂も見くびられたものだ……だがこれに乗ってやると言うのもまた一興だ。儂がこんな物にショックを受けるような小物だと思われ死ぬのも……」

 ああ!

 美男は思わず身体を駆け抜けた快感に嗚咽の様な声を漏らす。真性のマゾである彼には、自分がこんな恥辱程度で自殺する小物と思われると考えるだけで、耐えようも無い快感に身悶えするのであった。

 そして、その歓喜の中、美男はナイフを持ち、胸に突き立てて、快感の絶頂の中深く刺す……


 ——事ができなかった。


 美男は、ナイフを刺す事を躊躇い、逡巡し、胸を浅く傷つけるだけで終わる。彼は、焦った表情でもう一度胸にナイフを当てるが——刺す事ができないようだった。

 真性のMと言っても、美男にとって、死はさすがにまた別であるようだった。なにしろ、彼は、別に死にたいわけではないのだ。どうせ殺されるならと大量殺人を計画しただけで、自らが死ぬ覚悟ができていたわけではないのだ。だから彼の握るナイフは、ふらふらと胸の表面を引っ掻くだけで、その奥まで差し込まれる事はない。

 美男はあせり、ナイフをなんとか差し込もうとするが、手は震えナイフを落としてしまう。震える手の中でナイフが踊り、指先からすり抜けて、床にぶつかって金属音が鳴り響く。

「あれあれ」

 慌てて、ナイフに手を伸ばした美男だったが、拾ったのは彼ではなかった。

「なんだ、自分で死ぬ事ができないのなら、手伝って差し上げるが?」

 そう言った男は、迷い無く美男の胸にナイフを心臓にひと突き。

 悲鳴をあげる暇も無く崩れ落ちる義男。

 そして、吹き出す返り血を浴びながら、

「余計なお世話だったかもしれないが、君にあんまりゆっくりやられては間に合わなくなってしまうからね」

 と言う男 。それは、

「もうすぐにあの探偵がここにやってきてしまう……ジャリがね」

 ジャリの宿敵、ガリ教授その人なのであった。


 ——あれ、これって意外に重要な話じゃない?

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