ジャリ、美男の術中に入る

 天井から降りてきた大きなモニター。そこに映し出されたのは男の顔——モニターの中の美男は言う。

「ふふふ、驚いたかな羅良よ。どうだね、本日のショーは。随分と楽しかったのではないかね? ふぁ、ははは」

 ジャリとミリは、生前に美男が撮影したのであろうその動画を「うわ、本気でこんなのやる奴いるんだ」と言ったちょっと引いた感じで眺めていた。

「どうだね、まだ生きているかな羅良よ。まさかもう死んでいると言う事は無かろうな。それならば愛する妻の死を悲しまねばならぬところだが、骨の髄まで水商売の習慣が染み込んでおるおぬしの事じゃ。そこに今立っておる事だろう。ふぅあはあっはは、これから何事が起きるのかと恐怖に震えながらな……」

「うるさい! それよりも、会社の土地の権利書どこに隠しているか言え……」

 しかし、金勘定に夢中になった羅良は美男の話などさっぱり聞いていないようだった。

 ジャリとミリの方も、

「なんかこの後の展開読めそうでつまらないですわね」

「そうだな」

 少し関心を失いながら言う。

「儂は知っておった。お前とあの青二才が儂を殺す計画をしておったのをな。それを先回りしてお前らを殺そうかとも考えたが——少々興に欠ける。どうせ儂は末期のガンでそう長くはない身だ。もう生への執着等はない。それなら——儂は思ったのだ。殺された後に、喜ぶお前らに恐怖を味会わせるのがよかろうとな。ふぅあはははははははは!」

 画面の中の美男は、不敵な笑み。羅良は、それを見て、「えっ?」という顔になると、

「ええ、そうだったの? じゃ私わざわざ殺さなくてもちょっと待てったら良かっただけじゃない? なにそれ。ずるい——」とあっさりと殺人の告白をするのだが、「——じゃなくて、誰かがあなたに変な事をふきこんだのね。悲劇だわ。愛する妻の私がそんな事をする分けないのに……憎むわ。私はその真犯人を決して許さない」

 慌てて取り繕うのだった。

 それを聞いて、

「この人自分で自分を許せないと言ってますわ。随分謙虚に反省してますこと」

 とミリが言えば、

「まあ、この人は上昇志向が強すぎて、自分で今の自分を見失っていそうだからね。自分を自分と認めないのなら、自分で自分を許さないのもあまり苦悩するようなことでもないのだろう」

 と答えるジャリだった。

 しかし、羅良はそんなジャリとミリの皮肉っぽい発言などは無視をして、

「あっ、しゃべりだした」

 とモニターを指差す。

 その瞬間。美男は笑いを止めると言う。

「儂は今日、この場に恨み重なり許せない者ばかりを集めた……ハッハッハ、佐藤よ、そこで今くたばっておるだろうな。儂の事を愚弄した報いじゃ。お前は儂へ許されぬ事をしたのだ……」

 ちなみに、ここで美男の言う佐藤とは、この邸宅の近くにあるコンビニ店員の佐藤の事である。彼は、別になんの変哲も無いコンビにバイトだが、実は将来の夢はアニメ声優と言う、夢を追う青年のまま中年に入りかけた男——そろそろいろいろとやり直せない時期に入る、人生の崖っぷちに立つ男であった。

 もちろん、彼にも分かっていた。いまだ何の見込みもない自分の才能の限界も感じて、なんか一人で気楽に生きるこんな生活でもよいのかと思いつつ、夢を忘れつつある自分に悩む……

 いや、悩むまでもない。自分が何をすべきかは、論理的に考えれば分かる事だった。

 せっかく親が見つけてくれた地元の農協への中途就職の話。断るべきではなかった。両親も老齢で今地元に戻れる兄弟は自分しかいない。

 しかし彼にはそれが、できなかった。ここで夢を捨てるのは自分を捨てる事になるのだと彼は思っていた。自分を殺す事と同じだと思っていた。だから彼は、嘘をついた。田舎の両親には付き合っている(二次元脳内)彼女とは結婚間際だから今はそっちには帰れないと言ってしまったのだった。

 でも、それは失敗であった。それなら、「そのお嬢さんを早く田舎に連れて来て紹介してくれ」と言う親の執拗な電話攻撃が始まる——彼はそれにほとほと参ってしまっていた。

 彼は、佐藤さんは、適当なタイミングを見て(二次元脳内)彼女とは「別れた」と言ってこの追求をかわそうかとも思った。しかし、そうしたら今度は別の追求が来るだけだし、脳内彼女を別れたと言う設定にしてしまうと、それは、脳内での出来事ゆえに、それは本当に別れた事になるのでは——自分の保身の為にそんな事をするのは——自分の真剣な脳内恋愛に体する冒涜となってしまうのではないか、とそんな悩みに鬱鬱とする日々。

 それは彼を追いつめ変容させた。

 彼は、自分を、世界を、恨み辛み、その反動で病み始めていたのだった。

 現実を妬み、その壊れる事を願った。

 最終的には、自らを道連れに世界を核の焔で焼く事を——計画した。

 まあ、妄想しただけだが……

 その第一段階として彼が行った悪行——それがコンビニにやって来た客の釣り銭をごまかす事であったのだった。

 佐藤さんは、この悪を手始めに、世界を滅ぼすまでに彼は自分の狂気をエスカレーションして行く事を誓ったのだった。

 それは客観的に見ると大した事ではないかもしれない。許される事ではないが、初犯で厳罰と言う程の物でもないだろう。ばれたらコンビニは首でも仕方が無いが、精神の病んでいた彼に情状酌量の余地はあるべきだろう。

 少なくとも、それで人生のやり直しができなくなる程の罪であるとは言えないであろう。

 しかし、佐藤さんは運が悪かった。

 釣り銭をごまかした相手が美男であったのだ。

 そのために死ぬことになってしまった——美男の恨みを買ってしまったのだった。

 佐藤さんの勤めるコンビニに、路駐したベンツから降りた彼が買ったのは150円のペットボトルのウーロン茶であったが、この時に彼が出した一万円札のおつりから千円を抜き取って返したのだった。

 それを、

「……やってくれたものよな佐藤。私から金をごまかすなどとは。はは——儂は気付いておったさ。家に帰ってからな! 財布の中に千円足らないのがな。しかし、そんな千円ごときを儂がせこく取り戻しにいく事など……堪えられん。千円を取り戻すために必死になっている姿を儂がさらすなど、ありえない事だ。儂は耐え、忍んだ。しかし、儂は忘れん。この恨みをお前にはらす事をずっと考えておったのだ。どうだ佐藤。いまそこに這いつくばって、どんな気分だ。いや……もう何も聞こえないか。はは——どうだ地獄で自分の罪を悔いいておるか?」

 上機嫌の動画の中の美男であった。美男は、この瞬間、もしかしたら佐藤さんも地獄にいるかもしれないが、自分も地獄にいるとは考えなかったのだろうか? 自分が死んだ後に流すつもりの動画であった。その見られる時には、地獄で犠牲者と鉢合わせして気まずい思いしてしまうとは考えなかったのだろうか?

 まあ、考えるような脳みそあるなら、こんな演出しないだろうね。

「……次に高橋よ。お前は駅で儂の足を踏んだ……」

 動画の中の美男は、次々に、犠牲者五十人近くへの恨みを、自信満々に、嬉しそうに次々と読み上げるのだった。それはなんの迷いも無い男の表情、激情に満ちた男の姿であった。

 美男は、絶対的な、自らへの確信を持って語る。

 残りの、どれもこれもしょうもない恨みを……

 足を踏まれたからに始まり……

 笑われたような気がする……

 電車待ちで並んでた列に割り込まれた……

 アイドルグループの自分の推しメンを馬鹿にされた……

 SNSのメッセージ無視された……

 箸が転がった……

 太陽がまぶしかった……

「何これ、もう聞いてられないわよ」

 羅良でなくてもそう思うだろう。

 金も権力も持ち、諌める者のいなくなった男の自我の行く末であった。

 何でも自分の思い通りになると思っていて、そうならない事があったならそこに無限の瑕疵を与える美男。

 成功が全て自分の力であり。その力の持ち主である自分は成功を保障されている。そう思い込んだならば、彼の意に添わない者は、その添わないと言うだけで、美男により、自動的に、無限の罪を被せられてしまうのだ。

 しかし美男は人である。神では無い。罪を被せられたところで、それは彼にそう思われているに過ぎない。それに、社会人として事業をやる以上、さすがに外目に見られる分くらいには常識も世間体も持ち合わせていた。コンビニ店員佐藤さんの釣り銭ごまかしの指摘を追求できなくなるくらいにプライドも高い。こんな些事で騒ぐ事がみっともない事も知る。

 しかし、それ故に——この些事は——彼の中で許せないものとして膨れ上がったのだった。自らが、権力を以て、反論、組み伏せることができなかった事が、彼の中で死と釣り合う程の罪へと定義づけられてしまっていたのだった。だからこそ、自らの死と言う一度きりの出来事にあわせて行う大量殺人の犠牲者として、美男にこんな些事で関わった者達が選ばれたのだった。そして、彼は、近隣住民への感謝だとか、彼の会社への就職面談後の懇親会だとか、婚活パーティだとか、果ては無理矢理拉致して等々、——様々な手を駆使して人々をここに呼び虐殺を行ったのだが……

 ぶっちゃけ、人間小さいよねこの男。

「ああ……付き合っちゃいられないわよね、こんな演説。相変わらず何もかも小さ男よね。夜も昼も」

 少しミュージカル風に節を付けて言う羅良。彼女も、美男の人間性については同意見のようであった。

 しかし、

「だから浮気されるのもしょうがないと言うか、私に罪は無いと言うか……むしろ謝られるのは私と言うか……」

 自分が殺したはずの相手に、少し調子にのり過ぎの感もある羅良である。

 もう罪の意識などはこれっぽちも無く、

「でも、何? このまま、私、こいつのつまらない恨み言を延々と聞かされないといけないわけ? 最初は、回りで人がバタバタ倒れてびっくりもしたけれど、もう飽きちゃうわよね? ねえ?」

 無責任な調子で言う羅良。

 これに同意を求められても困るジャリである。ジャリは苦笑いを彼女に返事の代わりに返すが、ジャリの意見などもともと聞く気の無い羅良なのだから、

「よく考えたら、真面目にこいつの話なんて聞いて無きゃいけない義理なんて無いじゃない? もうこの部屋から出て警察呼びましょ警察」

 と、皮肉めいたジャリの様子も気にせずに、軽い調子であった。

 羅良は、そう言うやいなや、十数メートル先のドアに向かって歩き出す。

 それを見て、

「僕も、彼女がこの部屋からそろそろ出る事に異論は無いのだが。しかし……」とジャリ。

「出れれば? と言う事でしょうか」とミリ。

「そう」頷きながらじゃり。

 そして、

「何、外から鍵かかってるじゃないの!」

 押しても引いてもびくともしない、ドアに向かって羅良が叫ぶ。

「美男は羅良があの毒から生き残ると思っていた。それは、今しがたの動画で彼自身が言ってた事だ。そして、彼はその生き残った彼女をそのまま開放しようとは思っていないはずだ」

「それならば?」

「そろそろ次のが出て来るはずだ」

 ドアにけりを入れて破ろうとしている、羅良の横の壁が突然崩れ落ちた。

「何? こっちから出れるの?」

 と期待した様子の羅良。

 しかし……


 ガオ!


 崩れた壁から現れたのは、体重数百キロはあろうかと言う大きな雄ライオンであった。


「ひぃっ!」


 さすがの羅良もびっくりして、ドアの前から駆け出して、

「何よ! これ何よ!」

 と、ジャリとミリの後ろに隠れながら言う。

「何かか……?」

 答えを求め、ジャリはスクリーンを見る。

「ははは、どうだ羅良、お前の事だ儂の話等真面目に聞く事も無く、すでにこの部屋からの脱出を試みたのでは無いのかな……しかしどうじゃ。絶望したか。この部屋のドアは全て既に閉じられておる」

 自慢げな顔で言う美男であった。

「……窓も人が抜けられる大きさの物はない。そうだ。この部屋はお前を閉じ込め、殺す為に作られた物なのだ……お前に恐怖させ、儂への畏敬の中死んで行くためにな——はあっはっは!」

 楽しそうに、笑う動画の中の美男であった。このライオンで羅良とその他の生き残りを襲わせようと言う事ぐらいなのかと思われるが……

 しかし、どうもライオンの方は、そんな様子ではなさそうだった。

 なにしろこのライオン、日本にいるライオンの大半がそうであるように、生まれも育ちも動物園で、人間に随分と慣れていた。特に攻撃を仕掛けなければわざわざ人間を襲う事も無い。

 それに、美男は、このライオンの飼育係として雇った男に、まさかこのライオンで人を襲わせるつもりとも言えなく、その男はいつも通り、ついさっき、帰宅する前にえさをやったばかりであった。なので、ライオンは特に腹が減っているわけでもなく——むしろ満腹で——床にごろんと寝転がるとそのまま目を瞑り微睡み始める始末であった。

 それを見た羅良は、

「……何よ。さっきから、これ。こんな茶番やるためにあんたいったいいくら使ったのよ。食費がかさみそうなこんな猛獣までこっそり飼っていて!」

 少し余裕がでてきたのか、夫の無駄遣いへの怒りの方は勝り、

「這いつくばれ。羅良よ。許しを乞え。さすれば情けがあるかもしれないぞ」

「誰が!」

 相変わらずの強気な様子であるもっとも寝ていてもライオンはさすがに怖いようでジャリの後ろに隠れながらであったが。

 ともかく、

「……ふふふ、まあこのくらいで、いくら恐怖しようが、お前が儂に許しを乞う事などは無いだろうな。分かるぞ。儂もこのくらいでお前に満足してもらえるだなんて考えてはおらぬ……次を用意しておいた」

 自信満々と言うか、全てが予定通りに行っていると信じきって、その仮想の成功に酔っている美男であった。ほぼイキかけのヘブン状態の顔であった。

 しかし、その次の手は、今床で寝ていて、

「さあ、どうだ! お前の為にとっておきのイケメンを用意して置いたぞ。はははは、究極の肉食系だぞ。幾多の男を食い尽くしたお前が、逆に食われないように注意しないとな……うあっはっは!」

 だが、再生動画の中の美男にそれが分かるわけも無く、至極ご機嫌な様子だった。

 なんというか凄惨な様子だが間抜けな感じ、緊迫感に欠けた大量殺人現場というシュールな光景がここで繰り広げられていたのだった。

「……これで終わりでしょうか」

 ミリが軽くため息をつきながら言う。

「このライオンで美男が用意したネタが全部かどうかと言う意味かい?」

 頷くミリ。

 首を横に振るジャリ。

 そして、

「違うと思うよ。美男はライオンが人間を襲わないで寝てしまうとは思っていなかったかも知れないが、生き物を使う殺人の確実性に劣る事は分かっているだろう。ここまで、無意味に用意周到な、殺人を計画する男だ。もっと確実性の高い次の手を用意しているはずだ」

 とジャリが言ったか言わないかのうちに、

「何?」

 羅良が天上近くの壁を見て言う。

「水ですね」

 ミリが指差して言う。

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