ジャリ、犯人を推理する

 阿鼻叫喚の叫び声が大きな部屋に響いた。

 人々は喉をかきむしり、苦しみ、次々に床に倒れていった。

 そんな、様々な、断末魔の阿鼻叫喚の光景の後に、その場に立っていたのは、ジャリとミリの他は、羅良とさっきジャリに自白させられそうになっていたおじさん——鈴木伸夫しかいなかったのだった。

 余りの出来事に呆然と立ち尽くす羅良とおじさんの二人だった。

 しかし、その二人を尻目に、ジャリとミリは冷静にこの状況の分析を始めた。今までの事件で、展開に困ると無意味に人をバタバタ殺す作者の虐殺癖になれきっていたので、このぐらいの事では動じるわけもない。さっきも話に出た、シリーズの二作目の『ハロー! リリカルマジカル邪神封印オーバーフロー』の時などは、邪神の存在を秘密にする為に、作者は月の横に現れた巨大な邪神を見た地球の夜の側の半球——つまり地球のほぼ半分——の人間を全部殺してしまった程である(もっとも次回作ではその話はあっさりとなかったことにされていたが)。その時の、邪神の呪いで、人々が自分の人生の一番恥ずかしい瞬間を思い出しながら悶死してゆく様子に比べれば、今の様子など、ままごとのようなものであった。

 だから、ジャリとミリは、目の前の死体の山を見ながらも極々冷静に話を進める。

「毒は、ビュッフェ方式になっていた料理に混ぜられていたのでしょうか」

 壁際に並べられた料理を見ながらミリは言った。

「その通り。取り分けてみんなで食べる料理に毒が混ぜられていたと言う事だ。全員を殺そうと思っての仕込みだろうね」

 テーブルの上の、皿に取り分けられたローストビーフに顔を近づけ、顔をしかめながらジャリは言った。

「それって、犯人は、誰かを殺す為に他の全員も巻き添えにしようと思ったのかしら。それとも……」

「——そっちの方だと思うね。犯人は、全員を殺そうと思って全員が食べる料理に毒を混ぜた」

「なぜあなたはそう思うのかしら?」

 推理に自信満々なジャリの様子に、その理由を問うミリ。それに対してジャリの答えは、

「この二人が生きているからだよ」

 羅良とおじさん(鈴木伸夫)を見ながら言うジャリだった。

「この二人のような生き残りがでるような——不確実な方法は『確実』に誰かを殺す為には不向きだ、なぜこの二人に毒が効かなかったのかは後にして……」

「誰かを殺したい『だけ』なら、犯人はもっと他の方法で『確実』にしとめるだろう。そうではないとしたら、『だいたい』の確率で良いからほぼ全員をこれで始末してしまいたかったとした方が理屈に合う」

 ジャリの話を聞いて、なるほどと言ったような顔でミリは頷きながら、

「すると、犯人は全員——だいたい全員を殺そうと思っていたと言う事ですわね。すると、たまたまこのパーティが犯人によって都合良く、殺人対象が集まっていた……考えにくいですわ」

 ジャリも頷きを返しながら、

「たまたま都合良いパーティを見つけたというよりは……都合良いパーティを作った、のだろうね。ならば、犯人はこのパーティの参加者を決めた者、その招待をした者であり……」


「主人が犯人……?」


 二人の話を聞いていた羅良が思わず呟く。やはり、このパーティへの招待者を決めたのは美男であったようだった。

 彼女を横目でちらりと見ながらジャリが言う。

「彼の、美男ターゲットは全員だったと言うことだよ」

「全員を殺そうと思っていた——このパーティがその為の物だったということで……」

「そう——恨みがある人物たちをこのパーティに呼んで、まとめて殺す気だったのだろう」

「でも」ミリは眉をしかめながら言う。「それなのに自分が殺されてしまったと? なにか計画のミスでもあったのですの?」

 ジャリは首を振る。

「いや、もしかしたら、全員を殺そうとしたのは——自分が殺されるがゆえかもしれないよ」

「——つまり?」

「殺されることが分かっていた……だから後腐れなく恨みがある連中をみんな殺してしまおうと思ったのかもしれない」

「でも——この人達は生き残った」

 その言葉を聞いて、ジャリは羅良とおじさん(鈴木伸夫)を眺めながら頷き言う。

「ではまずそれから明らかにしようか。単純な遺産目的の殺人と思えた事件は——もっと複雑な事情を抱えているようだ——でもまずは複雑になった事件でも単純なところから解明して行こう——まずは……」

 ジャリは羅良を見た。

 すると、

「何なのよあなた達、突然現れて。これがどういう事か知っているの!」

 羅良がかなりキレた調子で言う。周りでばたばたと人が倒れて、彼女も一瞬呆然としてしまっているように見えたのだが、きっかけがあればこんな風にキレて騒ぎ出す。それが彼女の精神の安定のための本能的な反応のようだった。

「早く説明してよ。あなた達、何か知ってるんでしょ。なんでみんな死んだのよ。私は大丈夫なんでしょうね」

 教えて貰おうと言うのに、上から目線の相変わらずの羅良であるが、それにむっとするような小物のジャリではない。

「あなたが大丈夫かどうかを知る為には——少し質問させてもらっても良いですか」

 あくまでも冷静に受け答えをするジャリである。

「何よ!」

 でもいちいち受け答えが逆切れ状態の羅良であった。

「あなたは今日の料理を食べましたか?」

 しかし、ジャリは謎の解明のために、少しもいらっとすることもなく、淡々と質問を続ける。

「料理? 何でよ」

 その様子にますます調子にのって偉そうな羅良である。

「この殺人の手段が本当に遅効性の毒だとすると、それは料理に仕込まれていた可能性が高いからです」

「料理ねえ……食べてないわね」

「なるほど、お酒は」

「それは飲んでるわ」

 羅良は、ナイトクラブの雇われママをやっている時に美男に見初められて結婚したわけだが、その前の職業も、パーティコンパニオンやらキャバクラ嬢やら水商売を点々と渡り歩いた女である。客の酒は貰っても、食べ物は貰えない職業ばかりである。なので、体に染み付いた職業病とでも言える習慣により、パーティの料理には手をつける事ができないのだった。

「こちらのおじさん(鈴木伸夫)は腹を壊して、食べた者を全部出したから助かったのか……」

 頷くおじさん(鈴木伸夫)は、首を縦に振った勢いで倒れそうなくらいに弱々しい。その様子を見て、ミリは慌てて駆け寄って体を後ろから支えてあげながら言う。

「……食べ物に毒を混ぜてたのだとすると——不思議ですね……この女がパーティで食事を取らないのを夫が知らないと言うことはあるでしょうか?」

「うん。こんなパーティ用のホールを常設している家なら、パーティをするのが初めてと言うわけでもないだろうし、他のパーティでも同じ行動をしているのなら、彼の妻はパーティでは食事に手をつけないことを美男は当然知っていたと考えるべきだろうね」

「それなのに食事にだけ毒を仕込んだ……?」

「食事を取らない可能性が高いのに——飲み物には入れないで——それにだけ毒を入れたと言う事は、この毒では彼女は死なないと美男は思っていたはずだ」

「それじゃ、美男は妻だけは助ける気で?」

「——その可能性もある。美男はなんだかんだで、妻を愛し彼女だけは助けようと思っていたのかもしれないが……」

 それは無いだろうと言った顔のジャリとミリだった。

 しかし、

「助けたのよ、夫は。美男さんは、私の事は、殺すつもりは無かったのよ。そうだわ。愛し合っていたのですもの。当たり前よ。恨みを買う覚えは無いもの。あの人——生理的に耐えられないので夫婦生活はご遠慮させてもらってたけど、風呂覗く事くらいは許してたし、下着無くなっても気づかないふりしてあげたし……これで十分すぎるくらいよね? ああ、しょうがないわ。みんな犠牲になってしまったけど。こんな騒ぎじゃ美男さんが殺されたのも誰が殺したのか分け分からなくなるでしょうけど——やった! いえ、悲しいわ。でも私はこの悲劇の中から、立ち上がらなければならないのよ。美男さんの遺産をひきついで——ああ誰が犠牲者の遺族なんかに渡すもんですか! 裁判しても逃げ切ってやるわよ! いえ、ここまで大それた事件を引き起こしたなら、このまま彼の会社は続ける分けには行かないですから畳んでしまって——ああ会社売っぱらったその金もたんまりいただこうかしら、へへ! いえ、社会的に私は責任を取ってこの後の人生を遺族や世間の目を忍んで生きて行かなければならない。しかしそれも家族の不始末の結果。それは受け入れ——るわけ無いじゃないの。アホかしら。ああ……ほとぼり覚めるまで入った金でバリあたりで遊んで暮らしていようかしら。それともオースト……」

 なんだか混乱して、ハイテンションで心の中をだだ漏れに話し出す羅良であった。今の状態が自分にとって有利な状況だと分かって来たならば、先ほどまでの逆切れ状態も治まって、至極機嫌の良くなって来た羅良であった。気分良く、上を見て、鼻歌さえ歌い出しそうな様子。ジャリとミリの冷たい目も物ともせずに、ご機嫌にぶつぶつと今後の金勘定を始めているようだった。

 そんな羅良は放っておいて、ジャリとミリは話を続けた。

「……でも本当に、美男は、妻だけを生かそうとしたのか? 僕はたぶん逆じゃないのかって思うんよね」

「逆とはどう言う事ですの」

「妻だけはこんなんじゃ死なせない、と思っていたのではと言う事だよ」

「彼女を一番恨んでいて——毒殺なんかじゃ生温いと?」

「そう」

「でも美男はもう死んでいますわ。これから先何をすると? まだ何か死ぬ前に仕組んだ仕掛けがありますの?」

「たぶん——あるか無いかと言ったら、それがあることに僕は全財産かけても良いけど……どっちにしても……」

「どっちにしても?」

「もう直ぐに、どっちが本当か分かるよ、と言う事さ。ほら……」

 ジャリが「始まった」と言う言葉を言い切ったか、言い切らないかのタイミングであった。

 彼らのいるホールが突然暗くなり、壁からスクリーンが降りて来て、そこに随分と悪相の初老の男の姿が映し出される——美男だった。

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