ジャリ、全宇宙より忘れられる

 現代宇宙論の一つに多元宇宙論と言う物がある。宇宙は無限(あるいは無限に近い数程)に存在し、その中には何でも、それが可能な物ならば——可能性がある物ならば、どんな宇宙でも在り得ると言う物である。

 この多元宇宙論は、重力や核力等の値が少しずれただけで生命どころか、星の誕生さえ危うくなる物理法則、我々の住む宇宙の法則の絶妙さ、奇跡を説明しえる物なのであるが——もしこの宇宙論が正しいいのならば——我々の宇宙とはほとんど同じだが別物宇宙があると言う事だった。宇宙が無限にあるならば、ほぼ同じ宇宙もまた無限にあるということだった。我々と全く同じ人物が住み生きる宇宙が、無限の何処かに無限に在ると言うことなのだった。つまり、君と全く同じ人物がいる、そんな宇宙が無限の中の何処かにあるのだ。

 ランダムに生成した宇宙同士で同じものが生まれるのなんて、天文学的確率としてもとしても——何しろこれは天文学なのだ! そんな無限に存在する似たような宇宙の一つでジャリが、「全宇宙的記憶消去!」と叫んだならば、その全宇宙で、ジャリとミリに関してのその前五分間の記憶を無くす。それがこの異能の力であった。この彼の能力は、彼自身の宇宙だけでなく「全」宇宙からジャリとミリ——に関してのその前五分間の記憶を無くすのだった。

 なんとも無駄に壮大な能力だが——少しだけジャリの作者の弁護をすれば——この記憶消去の能力を全宇宙に効果がある力としたのは、全く縁もゆかりも無い話では無いらしかった。シリーズ二作目『ハロー! リリカルマジカル邪神封印オーバーフロー』の初期の設定では、平行宇宙の果てから彼の事を監視していた異星人の記憶を消去することが事件解決の鍵となるはずだったからのようだった。ところが、そんな全宇宙に渡る仕掛けに基づいたプロットを、このヘッポコ作者が捌けるわけもなく、書いてるうちに宇宙人がいる事で未来人の行動が筒抜けになる事に気づき、宇宙人はプロローグで次回作での登場を匂わせただけで退去(もちろん作者は次回作までにそんな伏線は忘れてしまい、それ以降この宇宙人は出てこないが)、その後は別に物語上では全宇宙的な記憶消去の必要性はまるで無くなってしまっていたのだが——そのまま能力だけは作品に残ってしまったものなのであった。

 ともかく、深く考えずにこんな能力をジャリに与えた作者はその力の危なさには全く気付いていなかったようだ。この力の行使は、その副作用としてジャリを深刻な状態に陥れてしまうのだ。

 いや、今、「全宇宙的記憶消去!」と叫んだジャリの周りだけでいえば何も問題は無い。

 殺人が行なわれた密室の中にジャリとミリがいた事を皆忘れ、二人がいつの間にか目の前に現れたていたとしか思わない。そこで、ジャリは、彼一流の話術でうまく話題をずらしながらこの集団の中に溶け込んで行くなど雑作もないことなのだった。同じような宇宙で、同じように物語から出てきて、「全宇宙的記憶消去!」と叫んだジャリも問題無いだろう。彼は周りが記憶を消去してくれることを前提に行動しているのだから。

 だが、問題は、このジャリとは違うジャリである。ジャリではあるが、別の行動を取ってしまっているジャリであった。全宇宙には「この」ジャリと全く同じ行動をしているジャリばかりではないのだった。宇宙が無限で、ジャリがいくらでもいるのならば、むしろ——確立的に当然の事だが——このジャリでは無いジャリの方がずっと多いのだった。ジャリではあっても、このジャリと違う過去と現在を持ったジャリも無限の全宇宙には無限にいるのだった。物語からとっくに出てきて違う行動を取っているジャリもいれば、まだ物語の中でへっぽこ推理をさせられているジャリもいる。

 だが、どんなジャリにでも等しく作用するこの力であった。どんな宇宙でも、実在のジャリでも、非実在のジャリでも、彼の周りから五分前までの彼の記憶を消し去ってしまうのだった。そして、それが問題なのだった。ジャリではあっても——全く違う場面に置かれているジャリの問題なのだった。

 そのジャリは別にまわりに記憶を消去などしてもらいたくもない状況にあるのかもしれない。例えば——今まさに事件の謎解きをして、衆人の中、真犯人にその事実を突き付けていたところかもしれない。ところがまわりの皆は彼のその前の口上など全く忘れてしまっているのだ。彼はもう一度皆に推理の説明をするなどと言う徒労を味わうはめになってしまうのだった。いや、それならばまだ良い。「全」宇宙には様々な状況に置かれているジャリがいる。

 ある宇宙では、殺人犯の疑いがかけらるジャリのアリバイの目撃証言が得られるはずの瞬間が忘れられてしまって——そのまま犯人にされてしまったりする。また、他の宇宙では、金を渡して情報屋から情報を貰おうとする瞬間に金を渡したことを忘れられてもう一度金を請求されたりもする。はたまた、好色なジャリのいるある宇宙では、口説いてベットインした女に口説いたこと忘れられてレイプされていると勘違いされたり……

 ともかく特に回りの記憶を消す必要のない状況にいたジャリにとっては記憶を消されて不味い状況に追い込まれ——いい迷惑だ。そして——ジャリと言う者は——どっかのジャリの都合で迷惑をかけられて黙っているような男ではない(不運で死んでしまってなければ)。だから、「記憶消去」で迷惑をかけられて、腹の虫のおさまらないジャリはすぐに叫ぶだろう、

「全宇宙的記憶消去!」と。

 すると、自分に起きた不運を他のジャリにも味あわせてやろうとジャリ達が叫ぶその言葉で、その前の記憶消去では被害にあわなかったジャリに都合が悪いことが起きる。そして、今度はその新しい被害者である別のジャリが頭に来て「全宇宙的記憶消去」をやって——今度はまた別のジャリが記憶消去の被害にあって「全宇宙的記憶消去」をまたやる……そんな「記憶消去」の連鎖が続くのだった。

 一度起きてしまうと、その負の連鎖はそれはなかなか終わらない。どうやら全宇宙にはこれが続くだけ十分なジャリが存在するようだった。あのジャリからこのジャリへ——記憶消去が連鎖する。とは言え、しばらく記憶消去が続いたら、消去する記憶もなくなって連鎖は収まりそうなものだが——全宇宙は広い。消去する記憶が無くなった事に腹を立てるジャリや、ノリで消去を続けて見たいだけのジャリもいて、過去の記録ではこの記憶消去の連鎖は、理論上では永遠に続く事だってあるかもしれないと指摘されている。何しろ「全」宇宙は広いのだ。どんな奇怪な可能性だってあるかもしれないのだ。いつか、ただ記憶消去を言い続けるジャリの出現でさえあるかもしれないのだ。それはそのジャリの死を持ってしか終わる事はないが、そのジャリが死すべき運命を持って生まれる等とは保障できないとすれば……?

 ——ともかく、この記憶消去の連鎖がなかなか終わらないのだとすれば、ジャリはその間なす術も無く、忘れられ続ける事になる。その間、忘れられ続ける彼は、一瞬の瞬きの間だけ、淡い印象のような感覚の中にだけ存在するだけの者となってしまうのだった。これでは、ジャリは彼に関する記憶を消去したはずが、彼自信を消去したのと変わらなくなってしまうだろう。その間、ジャリは周りの者と関わりが持てなくなってしまうのだ。

 いや、その方が好ましいジャリもいるだろう。たまたま敵に終われて追い込まれていて、姿を隠して遠くに逃げようと思っているジャリもいるだろう。しかし、「この」ジャリはそうではない。殺人現場の密室にいたと言う不都合な事は皆に忘れて欲しいが、そのままこの事件から逃げ出したいわけではない。

 これは——この三文探偵小説のよう状況の中にジャリが放り込まれていたのは——偶然ではない。それがガリなのかは確信は持てないが——きっと何者かの陰謀であった。この場所にジャリが現れる事になったのはきっと何かゆえあっての事なのだった。

 ならば、ジャリはここから逃げずに事件を解決しなければならない。そのためには無駄に繰り返す記憶消去の繰り返しに身をまかせるのではなく、連鎖から抜け出して、この殺人事件に積極的に関わらねばならない。それが、幾多の死線を越える中で得た彼の哲学だった。不条理な、困難な状況を打破するには、その状況の中にあえて飛び込まなければならない。そう思ったジャリであった。だからこそ、彼は嘆息をしあんがらこんな言葉を言ったのだった。


「……はあ、もうだめだあ」


 その瞬間、ジャリは記憶消去の連鎖から外れるのだった。なぜなら、「この」ジャリは、その瞬間、ジャリで無くなったのだった。「全宇宙的記憶消去」で対象になるのはあくまでもジャリであるので、彼がジャリで無くなることでができれば、この無限の連鎖から抜け出すことができるのだった。そして、ジャリがジャリでなくなるそうの方法とは、弱音を吐くことであったのだった。たかだが弱音を吐いた事ぐらいで、ジャリはジャリでは無くなってしまうのだった。

 それは、それ程のことだったなのだ。ジャリにとっては、弱音を吐くと言うのは、彼のアイデンティティーの根幹を揺るがすような事なのだった。つまり、ジャリは弱音を吐くような男では無いのだった。つまり、弱音を吐くようなジャリは、もはやジャリではないのだった。なので、ジャリは弱音を吐くことでジャリでは無くなるのだった。なので、彼は、「ジャリ」であった自分の五分前までの記憶消去とともに、この連鎖から逃れることができる。彼の消失はこれで収まることとなるのだった。

 ともかく、ジャリの消失は、彼が「弱音をはいたジャリ」と言う、ジャリではない別の者となることによって回避できたのであった。つまり、ジャリは「弱音をはいたジャリ」と言うものに変わったと言うことである。それで彼は人々の認識の中に復活できたのである。これでひとまずは解決だった。

 とは言え、賢明なる君達であればとっくにお気づきのように、宇宙が本当に無限であれば、たとえジャリが弱音を吐いてジャリではないくなったにしても、その「弱音をはいたジャリ」がやっぱり何処かで「全宇宙的記憶消去」を行って、「弱音をはいたジャリ」の記憶消去の連鎖が始まってしまいそうなものだ。何しろ、宇宙が無限ならば、それがどんな低い確率でも記憶消去を宇宙のどこかの「弱音をはいたジャリ」が行い、その後に記憶消去の連鎖が始まってしまうだろう。

 しかし現実には、ジャリは大抵は一回、多くてももう二三回だけ弱音を吐くことで、この記憶消去の連鎖から抜け出せているようだった。つまり、これは宇宙は結構大きくてジャリの記憶消去の連鎖が始まるくらいには十分大きいが、「弱音をはいたジャリ」の記憶消去の連鎖はあまり始まらない程度には小さいのか、そもそもいまの話は全部でたらめか?

 ちなみに、同じように、「ミリ」で無くならなければならないミリは、「下品なミリ」となって連鎖から抜けるのだが、


「うんこ!」


「「「「「「「………………?」」」」」」」


 なんだか目の前に突然現れた「うんこ」と言った女がいるという微妙な状況に困惑気味の周りの人々であった。

 しかし、

「皆さん、落ち着いてください」

 ジャリは、そのあっけにとられた様子で、ジャリたちを見ている人々に向かって言った。

 すると、

「君は誰なんだ」

 と言ったのは羅良の共犯者の雰囲気イケメン男。彼は、ほんの直前まで覚えていたことを忘れてしまって思い出せないときに人が見せる、何かもどかしそうな表情を浮かべていた。それはジャリとミリの記憶が無くなってしまった他の人達も同じ。突然目の前に二人がいて、なぜか全員が彼らの事を見つめているのである。自分達の注目がなぜジャリに集まっているのかが分からずに、当惑しているようであった。

 そんな、人々にジャリは説明するように言う。

「私の名前はジャリ。探偵をやっております」

「……探偵?」

「そうです、今回のパーティに不穏な空気を感じておりました奥さまから依頼されまして内偵していた者となります」

 ジャリがそう言うと、それを聞いてポカンとした顔になったのが羅良——死体の男の妻であった。それもそのはず、彼女がジャリに依頼などしているわけも無い。ジャリとミリは、ついさっき小説の中から抜け出して来たばかりなのだし、その時にはもうあの男は殺されていた。彼女がジャリにそんな調査を頼む事などは、その時系列的に言っても不可能な事であった。なので、内偵を依頼されたなどと言うのは、真っ赤な嘘。羅良は即座にそんな話は否定しそうな様子であったが、

「……おかげで、奥様の先見の明のおかげで、私は今回の事件の犯人を見るけることができました」

 ジャリの言葉を聞いて、羅良は心臓が飛び出る程驚いたのが傍目にも良く分かる程の動揺を見せ口に。そりゃ羅良が犯人だから、それは当たり前の反応と言えるが、ジャリはその狼狽している羅良に向かって、にっこりと、しかしもう全てを、知っていると言った風の表情を見せて、

「犯人は、あなたです!」

 ジャリが指し示したのは、羅良ではなく、その共犯者の雰囲気イケメン男でもなく、その後ろにいたおっさんであった。

 おっさんは、「え? 俺?」と言った呆気にとられた表情であったが、構わずにジャリは説明を始める。

「……そうあなたです。あなたは美男さん、この家の主人の鬼岩原美男さんが、殺された時間に何処にいましたか?」

 突然、ジャリに睨まれて、居竦まってしまったその男は、焦ってしまって、

「……え、あっ……わたしは……」としどろもどろ。

 それもそのはず、ジャリの目線は強く、もう暗示能力と言って良い程の強制力を持つのだった。これもジャリの作者が、証拠が無い時に犯人を自白させるために彼に持たせた能力であるが、これを使われると、犯人じゃない者にもジャリの意に添うように自白してしまうのだった。正直、強力すぎて、使いどころを間違うと冤罪を量産してしまう能力である。実際、ジャリ自身はこいつは犯人じゃないだろうなと思った相手にこの目力を使って自白をさせた経験が何度もあって、その度に作者の稚拙なプロットのせいで自分が無実の人物に罪を着せてしまった事を悔やむのであったが、今回はあえてこのおじさんに罪を着せようとしているのだった。

 なにしろ、

「……美男氏が気分の悪さを訴えて別室に行った時、あなたもこの部屋から消えていませんでしたか」

 この場を一旦うやむやにして、時間かせぎするには適任そうな感じだったのである。それは、あくまでも一時的な犯人あつかいで、ジャリもこのおじさんをこのまま犯人にしようと思っているわけではない。

「……いや、わたしは確かに、部屋から出ていましたが、それは突然の腹痛でトイレに行っていただけで……たぶん……いやもしかして……」

 しかし、ジャリに圧迫面談されてしどろもどろになってるおっさんは少々可哀想な感じであった。たまたまアリバイの無い都合の良い人を引き当てたので、ジャリは追及の手は緩めないのだった。

「それは、本当ですか? 誰かに証明してもらうことができますか?」

「……と言われても、トイレには一人で言ったので、誰かわたしを見ていた人は……」

 なにしろ、特徴の無い、目立たないおっさんである。ちなみに名前は鈴木伸夫である。モブっぽい名前である。そんな人がパーティから中座していたのを覚えている者もいない。それも、おじさんがトイレに向かったなどと言う、万人に興味がなさそうな行動は、たとえそれを誰かが見ていたにしてもすぐに忘れられてしまいそうであるが、

「そうよ、怪しいわよ、鈴木さん。いなかったわよ!」

 ジャリがおじさんを問いつめるの見て、調子良く、話に乗って来たのが羅良であった。

「そうだ、そう言えば彼は、美男さんがいなくなった時に部屋から消えていた」

 もう一人、やっぱり調子良く、話を合わせて来たのは羅良の浮気相手の雰囲気イケメン男であった。

 しかし……


「うぐっ……ぐぅえええ」


 突然苦しみだして、膝をついて苦しみだした雰囲気イケメン男であった。そして、彼はそのまま床に倒れ伏して喉を掻きむしって悶えた後、そのまま動かなくなってしまったのだった。

 男は、ちょっとの間手足をピクピクと動かしていたが、しばらくすると、ピクリともしなくなった。床にうつぶせに倒れて、そのまま動かなくなったのだった。試しにジャリがつついてみても、くすぐってみても動かない。つまり——この雰囲気イケメン男は死んだのだった。

 すると、

「しっかりして……」

 倒れた雰囲気イケメン男に呼びかける羅良。

 しかし、

「奥さん、その人はもう死んでます」

 ジャリが男を見て言う。

「どうして……」

 その言葉に羅良は振り向き言った。

「この症状、毒でしょうね。パーティの料理に仕込まれていた、遅効性の毒でしょうね」

 とジャリが言った。ジャリは男が倒れた後、すぐに、彼の並外れた嗅覚と古今東西の毒物の知識を総動員した上で、パーティの料理から微かな毒の匂いを同定し、その結論にいたっていたのだった。

「なぜ……この人に恨みを買うようなことは何も……」

 いや、どうみて買いまくりにしか見えないだろ——と外見で人を判断するのは良く無いと思いつつも、その言葉を聞いた皆が思うだろうその男は、パーティの料理に混ぜられていた毒を食べる事で死んだようだった。逆に言うと、何者かが男を殺そうとして料理に毒を混ぜて殺害を企んだと言う事だが……でももしそうならば——こんな立食のビュッフェ形式のパーティで選択的に特定の男にだけ毒を食べさせる何てことができるのだろうか? もし、できないのだとしたら?

「まあ……この男性が恨みを買うような事をしているかどうかは僕には分からないですが」ジャリは倒れた男をチラ見した後に羅良、そして残りの人々を睨む。「恨まれてるのはこの男だけでは無いようですね」


「えっ?」


「「「「「「うぐっ……ぐぅえええ」」」」」」


 誰が最初に倒れたのかも、誰がそれを見てあっけにとられたような声をあげたのも良く分からなくなるくらいに続々と、人々は床に倒れ苦しみ出すのだった。

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