鬼岩原邸殺人事件
ジャリ、密室殺人現場に入る
小説から出た、ジャリとミリは、気付くと、三十畳くらいある居間らしき部屋の中にいた。
そこは——なんと言うか——とても趣味の悪い部屋であった。
調度品はどれも高価そうなのだが、どうにも、どれもこれもこれ見よがしな様子の、成金っぽいと言うか、どうにも妙なゴージャスさがあるけばけばしい物ばかりだった。
赤基調の派手な柄のソファーが置かれ、豪華なシャンデリアが天井にぶら下がり、西洋とも東洋とも分からないような正体不明の風景の油絵が壁にかかる。その横には謎のギリシャ風彫刻にピカピカすぎてどうにも偽者臭い戦国甲冑。他にもデッサンの少し狂った虎の絵が織り込まれた派手な絨毯。アンティーク調だが平板なペンキ塗りのキャビネット。
それらの家具は個々でも十分に気持ち悪いのであるが、全部まとまると、単にまとめた以上の相乗効果を発揮して、まるで悪夢の中に出でも入ったかのような気持ち悪さを感じさせた。
まったく——この部屋は、何か狂っていた。それは——家は人なり——ここに住む者の心の様子を現しているのかもしれなかった。とにかく派手で、ゴージャスで、しかし醜悪。まったく、ここまでやったなら逆に才能……実際、どうしたらこんな部屋を作れる物なのか、その選んだ本人に聞いてみたいものだと思うが……
——しかし確かめようにもそれはもう叶わない。
なぜなら、この家の主は今この部屋の真ん中に倒れ、死んでしまっているのだった。この趣味の悪い部屋の真ん中には、胸にナイフが刺さった死体が転がっているのだった。それがこの部屋の調度を選んだ本人——この家の主——鬼岩原美男であった。
彼は、その死体は、ある意味この部屋に良く合っていた。それは、ただの死体じゃない——めっぽう派手で、ゴージャスで、醜い死体だからであった。毒々しい調度の中にひときわ毒々しい死体が転がる。強烈な印象を見る物に与える光景であった。死体と部屋は混じり合い一つの世界を作りあげていた。毒々しく、気味悪く、心かき乱す鮮烈なイメージを作り上げているのだった。それはもはや何か質の悪い現代アートパフォーマンスなのかと思うくらいに、ぞっとするような印象を見る物に与えるのだが——その世界のなんといっても中心が、まずはその中心に転がる死体であった。
そして、その醜い死体の中でも、何よりも、鮮烈に——毒々しいのはその顔であった。断末魔の苦しみに歪んだのかもしれないが、それを差し引いても醜い顔。元々の顔の造りと言うよりは——品性のなさそうな、性格の悪そうな……顔は履歴書などと言う人もいるが、そんな行動を長年積み重ねてこそ実現した、類希なる悪相の見本とでも言うような、歪んだ顔がそこにあった。
くわえて、身体も弛緩し、病的な感じに太り、醜かった。それもやはり履歴書——顔以上に——堕落した生活がその身体に表れてしまっているかのような風体だった。十人に会ったら十人に少なくとも好感は持たれない——そんな男だった。
しかし、まあそれもこの部屋にはぴったりと合っていた。やたらと金はかかっているのだが趣味が悪く台無しになっている、そんなこの部屋には良く合った死体だったのだった。男は——死体は、もしかして、調度品の一つとして殺されて転がされているのかもしれない、そんな感想さえ抱かせるほど周りに溶け込んでいた。いや、だからといってそれは美しくも何ともなく、好んでこの部屋の中にいたいと思うのはよっぽどへんな性向の持ち主だろうと思われるが……
そんな部屋に二人でぽかんとした顔で立っているジャリとミリだった。
「ここが小説の外なのですか? こんなところが?」
ミリが床に倒れた男の死体を見ながら言った。
「確かにあんまり気持ち良いとこじゃ無いな。こんなところが——僕らがせっかく抜け出して先の世界だとしたらがっかりだが……」今度は、ジャリが、部屋の中を入念に見渡しながら言った。「流石に本の外の世界がこれで全部だと言うことは無いだろうが」
「それなら、——これが外の世界ならあんまりです。本の中に戻った方がまだましだと言う気もしますわ」
ミリは、そう言うと(うぷっ)少し気持ち悪そうに口を押さえる。
すると、
「……うん」
ジャリは、軽く頷きながら返事をすると注意深く周りを見渡す。
そして……
ああ——この世界でも使える。
ジャリは、自分が今出てきた物語の中で使えた異能がこの世界でも使える事を確認する。
まずは——転がっている死体から、
「……ふむ、この男の名前は『びお』。漢字は美男と書くみたいだね。これだけ醜い男に皮肉な名前がついたもんだが、名字が鬼岩原だから釣り合い取れてるともいえる——まあ、どっちにしてもひどい男みたいだね。法律すれすれの悪どい商売で成り上がった資産家で、……ずいぶん恨みを買っているようだ。殺されたのもその線からの可能性がが大きいかもしれない」
と、男のプロフィールを読み取るのだった。
実は、ジャリは死体からその人物のプロフィールを引き出せる能力があるのだった。それは名探偵ジャリシリーズ第四作目『銀河ギャラクシーエクスプレス殺人事件〜赤方偏移の哀歌』で、列車と言う閉鎖空間で起きた殺人事件の解決のため与えられた異能だった。なぜなら、殺人事件の後に、突然列車に乱入したテロリストにうっかりジャリとミリ以外の乗客を全員殺させてしまった作者が、殺人事件の犯人を捜すのに、死んでしまった乗客たちのプロフィールを読み取って推理をする羽目になってしまったからだった。そもそも元の殺人事件よりあとのテロの方が重大な事件ではと思いつつも、淡々と捜査を行ったジャリの徒労感たるや……であったが、その能力のおかげで、
「……この男に過去があると言う事は、やはり、この男の生活した世界があると言う事で、この部屋の外に世界はあると言う事でしょうか?」
少し気分が持ち直した、ミリが嬉しそうに言う。
だが、
「いや……必ずしもそうとは言えない。この世界にはこの部屋とこの男の『過去』をもって五分前に突然出現しただけなのかもしれない。その区別は僕の能力では着かないのだよ。だから……」
そう、そのシリーズ第四作目『銀河ギャラクシートランスエクスプレス殺人事件〜赤方偏移の哀歌』では、その世界はジャリ達が被害者に会う五分前にガリ教授の作った世界創造装置によって「過去」ごと突然出現した宇宙であったので——実は犯人はいないと言うのが落ちなのであった。被害者は殺された状態で、その特急しか存在しない宇宙とともに創造されたと言うひどい物だったので、同じようなことがこの世界でも起きていないかをジャリは警戒していたのだった。
しかし……
ジャリは今度は壁を睨む。彼は壁の向こうに何があるか——それとも虚無なのかを——確かめようと思ったのだった。(前述のように)ジャリは透視能力がある。壁の外の世界があるのか壁の外を透視してみれば分かると言う事なのだった。
「……壁の向こう側にも世界はあるようだな。まあこの部屋と大して変わらない趣味の悪い、でも随分と広いホールだな。なんかパーティの途中のようだ。随分たくさんの人が集まって歓談中というところだ」
「ああ」嬉しそうな声でミリ。「壁の外はあるんですね。こんな趣味の悪い部屋だけの世界に来てしまったのかとがっかりしてしまったのですが……」
「いや、壁の向こうの広間も十分趣味は悪いし、集まってるのも碌でも無さそうな連中だな。この世界がこの部屋だけではない事は分かったが、でも、結局、世界はこの広間で終わりかも知れないし、——僕が今見た瞬間にそれが生まれただけかも知れない。まだまだ何が本当か分からんよ。でも……」
「でも?」
「少なくとも、この後に何か展開はあるようだ……」
「美男さん? お休みになっているの美男さん?」
ジャリの言葉どおり——展開があった。
部屋のドアが開いて妙齢の女が顔を覗かせた。彼女は、少し不安げな顔で、部屋の中をキョロキョロと見渡すが、床に倒れた死体を見ると口角をつり上げて嬉しそうににやりと笑った。どうも、彼女にとってこの状況は——想定内な上に——好ましい状況であるようだ。
しかし、女はどうしても綻んでしまうらしいその顔を、喜びの表情を抑えて、無理矢理びっくりしたような顔を作り、
「きゃあ——! 誰か! 主人が! 主人が!」
婦人の叫び声に爽然となる隣のホールだった。そして、その様子を聞いて、頷き、もう一度、してやったりと言った表情で笑みを浮かべる彼女。あきらかに、こうやって叫ぶのも彼女の計画通りの行動のようだった。
「死んでる! 主人が死んでる——!」
女はそう叫ぶと、ホールから誰かが部屋に来る前に、素早く、その笑顔を隠すように顔を手でふさいだ。それでも、口角が急角度でつり上がっているのが指の間から見えているのだが、その口元を手で無理矢理下げながら、
「誰か! 誰か来て——!」
その様子を部屋の奥でじっと見ていたジャリ達であった。まったく——女のあからさまな茶番劇を——呆れた様子で眺めながら、
「……この人が犯人なんでしょ」
ミリが言った。
「そうだ」
ジャリが答えた。
ジャリは、彼の読心能力をもって、この床に転がる醜い美男殺害の犯人がこの婦人である事を、即座に彼女の心からもう読み取っていたのだった。
(やったわ! 私はやった! これでこの男ともおさらばよ)
なんらかの手段で密室殺人を仕掛けたこの女——その手段はまだ彼女の心の中には浮かばない。何しろこの男が死んだ喜びで心の中がいっぱいの女は、その計画が完遂した今、歓喜し、得意満々で、なんとか悲しい顔になろうと、子供の頃に飼っていたハムスターの死を思い出して必死に顔を作っているところだった。
しかし、
「ひっ、ひっ、ひつ!」
婦人は泣きまねの声を立てようとするのだが、どうしても隠せない喜びの感情との板挟みで、なんかヤバい人がヤバい愉悦にでも浸ってるかのような言葉しか出てこない様子だった。
しかし、そんなあからさまに怪しい婦人の様子も、駆け寄って来た人達の、
「
「なにが——うわあ」
次に次に死体を見て取り乱す騒ぎに、彼女も取り乱して奇声を上げているのだろう位にしか思われない。
「警察を! 誰か警察を!」
女は——羅良と呼ばれたどうやら死体の男の妻らしき婦人は——そのままくずれるように床に倒れ込み気絶した(ふりをする)。
すると、
「大丈夫ですか羅良さん」
そこにタイミング良く駆け寄って来たのは、ホスト風の風貌の雰囲気イケメンの青年。彼は婦人を抱きかかえるとその耳元で、
「……打ちあわせどおり、このまま僕が寝室まで連れて行きますからそのまま気絶したふりで」
小声でささやけば良いのに興奮してついつい大声になる男。その言葉を聞いて気絶してるはずなのにうっかり頷いてしまう女。
まったく、だめだめの演技の二人だが、死人が転がっていると言うショッキングな光景にパニック状態の周りの連中は二人のささいなミスに気付く事も無い。
しかし、死人程度でパニクるわけも無いジャリ達は、二人のその猿芝居をしっかりと見て、聞いて——ため息を漏らしながら、
「……この人が共犯者かしら?」
ミリが言うと、
「そう——この世界には読心者なんていないのかな。何も警戒する気なく、隠す気もなく、思考をダダ流しにしてくれるから、この人達の殺人の動機から実行方法までもうすべて分かったよ」
ジャリがつまらなさそうに答える。
すると、
「でも、別に、動機なら心読まなくても分かりますわ。金目当てで結婚したものの、あの死んでるオジサンの夜のお相手するのがいやになった羅良と言うその女が、浮気相手のそこのおにいさんと共謀して夫を亡き者にしようとしたって事なのですわよね? 三文推理小説にでも良くありそうな陳腐な話ですわ」
ジャリの読心の結果を聞くまでもないと、ミリもやはりつまらなそうにそう言う。
しかし、
「そうだな。三文推理小説の世界をわざわざ抜け出して来たら、またこんな事に巻き込まれると言うのは皮肉と言うしかないが……」
「……が? 皮肉だけではないのですか?」
ジャリが少し真面目な様子になった——その口調の変化を感じ取ったミリも顔を一気に引き締める。ジャリが何か気付いたのだった。そして、ジャリが何かに気付いた事に気づいたミリは彼の次の言葉を待ち、
「……もしかしたらこの世界のこういうくだらない事件、事象にくっついて我々の物語があったのかもしれない。ならば、あの物語世界から抜け出して来て、この世界でくだらない事件に行き当たると言うのは——偶然では無いのかもしれない」
そのジャリの言葉に、ミリははっとしたような顔になった。
「それって、前にガリ教授の唱えてた仮説ですよね」
「そう、シリーズ三作目の、作者が萌えラノベに挑戦して失敗したあの忌まわしき『呪体験二次元ロマンス! ドジッ子メイド殺人事件』の時の事だ」
ジャリは、メイド喫茶で時間ループに入ってしまい、体感時間で数百年の間、ひたすらドジッ子メイドにコーヒーをこぼされ続けた悪夢のような光景を思い出しながら言う。それは、何度ループしても学習せずにジャリにコーヒーをかけてしまうメイドに、繰り返しの中でたまった膨大なドジッ子エネルギーで彼女を神にすることでループを抜けたその後の事だった。メイド喫茶のある雑居ビルの最上階にあったガリのアジトに乗り込んだジャリ達に向かって、
「ガリは言っていた。我々のいたあの世界は、我々を作り出した作者の世界と、世界の創造基盤を共有しているが、現実の誕生の時に世界は乱れ、別れ、別々の世界として存在した。しかし、我らの世界と作者の世界は、世界の外にある縁により結びつき——作者の世界の個物の形象が我々であって、その世界の現実は我々の行動のアクチュアルな実行となり、その逆もまた真であり……なのできっとその世界の中で我々の世界と似たような部分とつながっているだろうと」
「あの話! 誘拐したメイドを緊縛してお尻触りながらしゃべってるのが中身のある話だとは全く思ってなかったのですが、意外や意外、本当の事だったんですわね。私達は世界の外の縁により、三文推理小説の世界を抜けてまた三文小説のような事件の中に入る。これは必然だと言う事でしょうか」
「うん」ジャリはゆっくりと頷いた。「……そうなのかもしれない。そう僕も、あれは彼が企んでいた世界の崩壊——ドジッ子メイドとヤンデレメイドによるラグナロクまでの時間稼ぎの与太話だと思っていたが——どうやら根も葉もない話ではないようだね……となると、少し悔しいが他の彼の説ももう少し真面目に見当してみる必要があるかもしれない」
「例えば?」
「二つの世界が共有されているのならば、その間を行き来している力もあるかもしれない。それは世界を越えて影響を与えることができるかも知れない」
「確かに! ガリ教授は、作者の気まぐれでいきなりのサイバーパンクになったシリーズ五作目の『ハレルヤ魔次元〜デスオンライン』の時にいってましたわ。そのためには『あれ』を蘇らせないといけないと……」
「『あれ』か。一作目の犯人の掃除のおばさんに、オフィスの大掃除の予告の時に、当日はゴミ箱がいっぱいになって捨てれなくなるからとその萌芽の状態のまま消却ゴミの箱にいれられてしまった『あれ』だな。あの時はほんの偶然により大事になる前に『あれ』は消えたわけだが——もし今完全な状態で『あれ』が復活をするのなら……」
「もし『あれ』にそんな力があるのなら、教授がやろうとしている事は……」
「うむ、我々がこうしてこの世界にきてしまったのも……」
「まさか、そんな!」
「あの——」
「教授が彼の計画に邪魔な我々をまんまと……」
「追い出した?」
「あの——」
「そうだ、そして次回作において教授は『あれ』を使って世界を我が物に……」
「そんな!」
「あの——」
「我々は軽卒だったのかも知れない。教授は、もともと我々があの作品の中にあきれて、あそこいつか飛び出す事を策略して、あんなしょうもない事件ばかりを起こしていたのかも知れない。もしかしたら僕らの作者も、自分がキャラクターを動かしているつもりで、うっかりと彼の術中にはまり……」
「それならば、今となっては……」
「彼を止める者はいない」
「あの——」
「私達は……」
「そうだな、今するべきは本当は物語の中に戻るべきなのだろうが……それは……」
「あの——」
「戻り方はわからない……」
「そう。エントロピーは戻らない」
「あの——」
「でも、例えば……」
「そうは言っても、まるで……」
「あの——」
「だったら、むしろ……」
「だから、その結論は……」
「「「「「「「あんたたち何者なんだ!」」」」」」」
「え?」
「ん?」
呼びかける声に気付かずに話に夢中になっていた二人だが、皆で大声を出されてさすがに振り向くのだった。
そこには死体の男の妻の羅良とその浮気相手の雰囲気イケメン男を先頭に、死体が入った密室に詰めかけているパーティ客達が二人をじっと見つめていた。
ジャリとミリは彼らの注目あびていた。そりゃそうだ。死体のある部屋に二人で立っている。どう見ても二人が犯人か、そうでなくても、何か重用な関わりのある人物にしか見えないだろう。まさか、小説の世界から抜け出て来てみれば、この密室殺人の現場でした。——なんて言っても、骨董無形過ぎて信じては貰えないだろう。すると、これはピンチであるのかも知れなかった。二人はこの密室殺人の犯人とされてしまうかも知れない。
しかし、ジャリはその一身に浴びる猜疑の視線にも全く慌てる事もなく、落ち着き払った様子で部屋を出て、一斉に彼を追って振り返るパーティ客達を見渡すと、
「全宇宙的記憶消去!」
と叫んだのだった。
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