超探偵ジャリ

時野マモ

ジャリ、物語より出でる 

 超探偵ジャリは退屈していた。三流探偵小説の主人公である彼は、その小説の中で演じさせられている道化に、むべき自分の現状に、とことん厭きていたのであった。だから、彼は、読者に見えないように顔を下に向けると、こっそりと小さな嘆息をしながらつぶやくのであった。

「ああ——まったく——馬鹿らしい」

 そして、彼は顔を上げ思うのだった。自分は三流探偵小説の主人公として、今までシリーズ六巻に渡って、自分の意思とは関係なくその作中で動かされ続けて来たけれど……いい加減、へっぽこ作者の残念プロットの中でふざけた主人公を演じさせられるのは限界である——と。

 なんとも——ジャリは消え去ってしまいたい気持ちだった。こんなシリーズ、早く打ち切りになってしまえば良いと彼は思っていた。この後も、この作品の中では自分はろくな事はやらされないだろう。ずっと作中で道化をやらされ続けるのだろう。ならば——そのくらいならば——いっそ虚無の消え去ってしまいたいと彼は思うのだった。彼は、いっそ、自らの生まれ出でた「あの」暗黒の中に溶け込んでしまいたいと思うのだった。物語にまで至らなかったキャラクター達のすむ暗黒の中にその中に溶けて消えてしまいたい……

 しかし——ジャリはまた嘆息する。彼が主人公となっているこの「超探偵ジャリ」シリーズは、くだらない小説にはくだらない小説なりの需要があるようで——売れ行きが絶好調とまで言えるのかは分からないが、それなりに固定読者もいて、次回作が出せるくらいには売れているようだった。

「さあ、次回作のプロットはもう編集通っているんだから。今回の捜査は固定ファンの期待裏切らない程度に適当にやるぞ」

 ジャリは、今回の作品の冒頭で彼が言わされた、メタ発言を思い出した。それは、特に物語の必要上は言うこともないセリフ——作者の気持ちの代弁であった。

 今回も打ち切られずに済んだ作者の喜びが思わず物語の中に入り込んでしまったのだろう。そんな生の感情を作者の分身のごとく言わされてしまったことを恥ずかしく思い出すジャリであった。多分このまま次の巻も出るのだろう、つまり自分はまた道化を演じさせられるのだと、悲観にくれるジャリであった。ジャリはまた、混迷するストーリーの中を徘徊し続ける迷探偵役をやらされる事になると言うことだった。彼はその出口の無い閉塞感に、未来への希望の持てなさに、思わず頭を垂れるのだが……


『ああ、ジャリ。今回も私達は勝ったのね』


 と、自らの未来を憂い、つい、ぼうっとしてしまっていたジャリに、当てつけるかのような、棒読みのセリフ。言ったのは彼の助手のミリだった。彼の横に夕日をバックに立つ絶世の美女。しかしその美しい顔に浮かぶのは「何、うっかりしてるんですの?」と言ったきつい表情——とがめる視線。

 それに、はっとなり、自分のセリフの順番なのをジャリは思い出し言う。

『そうだ——ガリ教授の企みは我々がなんとか防いだ。しかし——次の教授のトリックは我々の予想を越えるかもしれない……そうなったら』

 ミリが答える。

『大丈夫ですわ——ジャリ。私達は、どんなに困難でもまた教授のトリックを見破るでしょう。なぜなら……』

 そして、

『僕は超探偵ジャリで——』

『私が超助手ミリだから——』

 と言うジャリとミリの何時もの決め台詞の後、地の文のどうでも良い情景描写が続く。


   夕日が、充実感に満ちた二人を照らした。

   ジャリとミリは互いに今回の事件での健闘を讃え合っていた。

   この二人だからこそ今回も困難な任務をやり遂げられたのだ。

   素晴らしき、ジャリとミリに栄光あれ! 


 この描写を聞いて、

「はあ」とジャリは嘆息をすると、小声で皮肉っぽく言う。「困難って言うなら、こんな馬鹿な話を作り出す、僕らの作者の頭の中の方が困難で意味不明だけど」

 それに、ミリも小声で答える。

「あら、私は結構今回はマシな方かと思いましたよ。前話の、最後に伏線もなく召喚したクトゥルフの旧神と巨大化したガリ教授がもつれ合いながら湖に消えた意味不明のラストよりはだいぶましですわ」

「まあ、そうかもしれないが、今回も最後に突然降ってきた隕石についてたウィルスによって突然変異したスイカが、ガリの起こした黙示録の化け物どもと相打ちになって世界が救われる——頭沸いているとしか思えないだろ……この作者」

「まあ——それは、そうですわね……」

「ともかく、僕が言いたいのは、こんな三文小説の中の世界はもうまっぴらだと言うことだよ」

「それは——私も……ネタに困ると、度々、無意味にお色気を担当させられる、こんな作品には呆れ果てておりますが、小説の中の人物である私達はその中から出てゆくことはできないのではないですわ。諦めてここで生きてゆくしか仕方ないんじゃありませんこと?」

 と言うミリは少し挑戦的な表情だった。小説の中の登場人物が自分のいる小説の不満を言ったところで——どうしようもない。そんな繰り言めいた事を言ったところで何か事態は改善するわけでも無いのだから、そんな何の役にも立たない愚痴を漏らすジャリにミリは少しあきれているような様子だった。

 しかし、

「そうかな? 何故?」

 ジャリはミリの少し軽蔑したような視線に、全く悪ぶれずに言う。

「——何故も何も……小説の登場人物なんて、その書かれた小説の中で——それがどんなくだらない小説だって——その中で生きてゆくしかしょうがないじゃ有りませんの? これは運命と思ってこの中で生きてゆくしか無いのでは無いですわ」

「まあ、それはそうかもしれないが——君は耐えられるのかい?」

「何を、ですの?」

 ミリはジャリの目を見て、彼が何か企んでいる事に気付き——真面目な表情になって彼に問う。

「作者の思うがままにくだらない人生を過ごさせられる事をだよ」

「……だからそんな事は言っても詮無い事と言ったじゃ無いですか。いくら下らなくても私達はこの小説世界の中で、ただ流されるまま生きてゆくしか無いんじゃ無いですの?」

「でも——耐えられるかどうかと言うことなんだよ。僕が言ってるのは」

「耐えられる?」

「どう思う? 毎回毎回、道化みたいなことばかりさせられて——ましてや次回作では……」

「次回作? それがどうかしのですの? 毎回毎回、変わらない——くだらない推理の片棒を私は淡々とこなすだけじゃないですの?」

「ああ——基本的にはそうなんだが——次回は特にやばそうだ」

「はい? まだ書かれてない物語のことが登場人物であるあたなに分かりますの? きっと作者でも、まだかけらも次のことは考えてないと思いますわ」

「なるほど……」ジャリは、その質問を予想してたとばかり即座に答える。「僕たちの作者はこのシリーズでへんな執念に捕われているらしくてね……ノックスの十戒って知ってるよね」

「ええ、イギリスの聖職者でもある作家ロナルド・ノックスが定めた、推理小説で守らなければならない十の戒律ですよね?」

「そう、——僕たちの作者は、どうもこの十戒を破るのを『かっこいい』とか何かと思ってるみたいで、一作ずつ、順番に一つずつ戒律を破って行っていくのに執念を燃やしているようなのだよ」

「そう言われてみれば? 第一の戒律『犯人は物語の当初に登場していなければならない』、——そうですね犯人は最後に現れた掃除のおばさんでしたっけ?」

「……僕はあれは冤罪だとまだ思ってるけどね。適当に考えた容疑者達のアリバイを崩すアイディアを思いつけなかった作者が、困って苦し紛れにそこに現れたおばさんを犯人に仕立て上げただけだろう」

「そして第二作? 確かに……第二の戒律『探偵方法に超自然能力を用いてはならない』——あの作品から突然あなたは超能力者になったんですよね? 透視もタイムトラベルも思うがまま。心の中も読むし、未来も予知する。これで解決しない事件がある方が不思議と言う超人になりましたね」

「そう、そのせいで、シリーズは探偵小説だか異能バトルだか分からなくなって行って——さすがにタイムトラベル能力はパラドックスネタをうまく処理できない作者の筆力の限界のせいでいつのまにか無かった事にされたようだが……正直僕が心読めるので探偵小説としてはこのシリーズ殆どなりたっていないんだよね」

「で、六作目の今回は『探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない』? ああ、やっぱりそうですわ……隕石についてたウィルスによって突然変異したスイカ……確かに偶然で解決してますわ」

「まあ、いつも偶然や第六感ばかりだからあんまり気になってなかったけど……ともかく、今回は偶然で解決したから、次は僕が犯人になる番だな」

「なんで……? はっ、そうえば、ノックスの十戒の七番目『変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない』? 次はあなたが犯人と言うわけですね」

「ああ……不本意ながら、変装も無しで僕が犯人になって、——何か犯罪を犯す事になるのだろう。その後どうまとめる気なのかしらないが——次回作では僕が犯人と言うわけだ……でも……」

「でも? 何か手があるのですの?」

「それは……」


「お二人とも随分ご熱心に語っておりますな。今回の事件の反省会ですか」


 ミリの問いに、ジャリがついに、彼の「企み」を語ろうとしたその時に、声をかけてきたのは、警視庁のアタリ警部であった。彼は『超探偵ジャリ』シリーズ当初からでてくるジャリとミリの警察内の協力者役で、この残念な作品世界の事も全く気にしていない、むしろ楽しんでいる節さえある至極能天気な人物であったが、

「反省? 我々が反省する所なんてこの作品にあるのかい? 作者には十分反省してもらいたいが」

 文脈を読まずにズケズケと会話に入り込んで来る、天然の警部をジャリは非難がましい目で睨みながら言う。しかし、それくらいでは、病的と言って良い程空気が読めないこの警部には視線の意味など分かるわけもなく、

「ああでも今回もガリ教授の悪事を防ぐ為に東奔西走したのですからお疲れで少々悪態をつきたいのもわかりますな……でも」と続け、

「でも?」とジャリが問い返すと、

「そろそろ小説も終わる所ですから、最後に読者の方向いて貰わないと」と言う。

「ああ」

 言われればその通り。つい会話に夢中で、自分たちの役目をすっかり忘れていたジャリとミリは、少し慌てた風な顔になり、目配せをしてから、振り返り、


『でも……これが教授の最後の悪事だとは思えないですわ』

『その通り……僕らの戦いは続く』


 もう飽き飽きしている、毎度毎度の、陳腐な最後の決め言葉を話し……そしてこれで終わりだった。

 最後は夕焼けの街の風景。それがゆっくりと引いて行き、次第に空へと移って行く読者の視線から外れた者から順番に、作品の登場人物達が、建物が、道が、世界が消えて行く。

「それじゃ、次の作品でまた」

 と、敬礼しながら言って消えるアタリ警部。

 神妙な顔で頷くジャリ。

 そして、

「ああ、私達やっぱりどうしようもないのかしら? こんな作品の中に生まれてしまったばっかりに、こんな風に、作者の思うがまま、なすがまま……」  

「ああ、しかし……」

 困ったような、申し訳なさそうな顔でミリを見るジャリ。

 その視線に気づき、どうにもしようが無い事でジャリを困らせてしまったと、思わず俯いてしまうミリであったが、

「あれは……」

「そう。あれだ」

 顔を伏せたミリの向こうに見えた物にジャリは気づいていた。彼の企みはその先にあるのだ。

「あれがいつも、物語の最後にあるのだけど」

「最後? ある?」

「ああ、あれが何なのかは知らないし、特に気にした事も無かったけど……」

「けど?」

「もしかして、あの先に行ったなら……」

「あの先?」

 ミリの後ろに段々と迫って来るある物を指差すジャリ。

 ミリは振り返り、そこに見えた物は……




(終)



「これを超えていようと思うのだよ」


 ジャリはそう言うのであった。


 そして、ジャリとミリはのだった。

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