決着と奮闘
「…………火炎放射っていう構想は、実のところスゲー古い」
未だぱちぱちと燻る茨の山を眺める私の耳に、バグの声が届く。
立ち込める煙は、収まる気配を見せない。中に誰か居たとして、そいつが生きている可能性は限りなく低く、時間と共に更に下がり続けている。
「神話の世界、お伽噺みてぇな神様の道具には幾つもある。火を吹く剣や槍、扇、杖、船もあるかな」
解説、なのだろう。先程私が取り出し振るった武器の。
「それを再現する試みは割りとメジャーでな。神話に出てくる燃料を作ろうと、錬金術師は大変だったんだぜ? …………まぁ、ここの錬金術師は、もっと大変なもの作ってるみてぇだけどな!」
流暢な相棒の言葉を、私は殆ど聞き流している――私の耳は今、少々忙しいのだ。
集中する。植物の燃える音、崩れる音の合間に何か聞こえないか、全ての聴覚を傾ける。
果たして、音は聞こえた。
「魔術が科学に成り代わってからも、こいつは兵器として開発を続けられた。ギャハハ、やっぱ、火っていうのは人類永遠の夢なのかもな!」
「…………そんな、馬鹿げた物を持ち出すなんて…………」
呟くような声と同時に、焦げた茨が
トレードマークであった赤いドレスも、白磁のような肌も、王冠もステッキも何もかもが焼け焦げて、無惨な姿を晒している。
よろけながらも立ち上がった赤の女王は傍目にもわかるくらいに限界を迎えていて。
――だからこそ。その瞳に浮かぶ敵意が全く損なわれていないことに、私は思わず感嘆していた。
「…………正直、驚いたな。
「馬鹿なことを言わないで。そんなものは、女王じゃあないわ。
「そのために、命を落としても?」
「当たり前じゃない、バカウサギ。盗賊を見過ごすくらいなら、死んだ方がましだわ」
命より、見栄か。私のような暗殺者には、理解できない考え方だ。
愚かとは思うが、下らないと笑う気にはなれなかった。人には人の優先順位というものがある。誰かの大切を笑うことは、その人以外の誰にも許されないのだ。
ただ、残念だった。ぼろぼろながらも立ち上がる彼女を前に、私に選ぶことのできる道は一つしかなかった。
私の
「…………赤の女王は、自分勝手な人だ」
「それはそうだろうよ、相棒。我が強くない王族なんざいねぇ」
カタナを軽く振るって血を払い、バグに放り込む。カエンホウシャキとやらも、タンクごとどうにか詰め込んだ。
「寧ろ、それが美徳なんだろうよ。貫くべき己の無ぇやつに仕える奴等の方が可哀想だぜ。………王ってやつはな、誰よりも我が儘でなくちゃあならねぇ。その我が儘に感動したやつが、そいつを支える。そうでなくちゃあ、どっちにとっても不幸だよ」
「それが、死への直滑降でしかなくても?」
「それでも、だ」
きっぱりと、バグは断言した。
いつもの飄々とした声でも、逆に真剣なわけでもない。何の感情も籠っていないような、淡々としたその声は全くバグらしくなく、だからこそ私は理解できた。
これは、恐らくバグの根元に関わる話なのだろう。彼を彼たらしめる、最も奥に仕舞われた思い出。
それが宝なのか、それとも古傷なのかはわからないが。
淡々と、しかしはっきりとした経験を元に、バグは言い切る。
「死んでもやりたいことがあるやつしか、人の前には立てない。全力で形振り構わず突っ走って、その果てに死が待っていても構わないってやつしか、王にはなれねぇんだ」
思えば、私は相棒のことを何も知らない。かつて誰の手を渡ってきて、どんな人生を歩んできたのか。
聞くなら、今か。
あらゆる武器を吐き出し呑み込む、彼の底無しの
少しだけ考えて、私は軽く肩を竦めた。
「…………なら、私はなれないな」
「そりゃあな、将来の夢に農作業持ち出すやつは、絶対なれねぇよ! ギャハハ!!」
「あれはあれで、ラヴィなら誰もが夢見るんだ。自分の畑と小屋ってものは」
言い合い、ふざけあいながら、私は目を背けた。成り行きで聞く話ではない。相棒の過去なんて、よっぽどの名酒でなきゃあ釣り合わない肴だ。
過去から目を背け、
視線の先では、小山ほどもある何者かが暴れている。あれを止めるのが、今の私の仕事だ。
戦いにおいて、重要なのは情報だ。そしてそのなかでも、何より重要な情報とは自分のことである。
他の誰かのことなんて、後から考えれば良い。戦に臨むにあたり先ず知るべきは、自分に何が出来て、何が出来ないかだ。ディアはそう信じていたし、それが間違いであると言う者は居なかった。
だから今回も、それは同じだ。
自分に出来ることはなんだ――出来ないことはなんだ。
「あぁぁぁぁぁ?!」
甲高い声と共に、足が振り下ろされる。
これを受けることは『出来ない』。地面を蹴り、大きく後ろに跳ぶ。
着地と同時に、跳躍。地面を抉った足に向かって飛び掛かる。
途端、頭上に影。
「っ!!」
見上げることもないまま、頭上に【マーレン】を突き出す――斬撃ではなく、刺突。
吐き出されたペンキは赤い槍と化して、迫っていた目標の掌に突き刺さった。
「いったぁぁぁい!!」
「手は、素手ですからね」
着地して、ディアは軽く声をかけた――今のアリスの大きさでは、囁きとさえ聞こえなかっただろうが。
流石に、あのサイズの靴は貫通『出来ない』。しかし、素手ならば貫くことは『出来る』。アリスが手を使って攻撃を仕掛けて来るならば、反撃は容易だ。
鋭い痛みに苛立ったのか、アリスが再び片足をあげた。煩い虫を踏み潰そうとでもいうように、高く、高く。
「…………はぁ」
対してディアは、大きなため息をついた。
「舐められたものです。いえ、そもそもされが甘いということさえ、貴女はわからないのでしょうね」
彼女は知る由も無いが、アリスは元来は魔術師、それも研究を主としたインドア派の魔術師である。
当然戦闘経験は皆無に等しく、【
言うなれば、力を持っただけの素人なのだ。
対して、ディアは騎士。赤の女王の名の下に、あらゆる敵を降してきた。
こと経験という部分において、アリスが
「マーレン・ローズ!!」
今度は突きにする必要もない。横薙ぎに放った斬撃は狙い通りアリスの片足、地面に残った軸足へと向かっていく。
さっきも言ったが、この斬撃ではアリスの靴は貫けない。赤い斬撃は巨大な革靴に吸い込まれてペンキを散らばらせて、それで終わりだ。
しかし。
少女は戦いに慣れていない。それはつまり、痛みに慣れていない、ということだ。
「ひっ!!」
先程自分の掌を貫いた赤い斬撃。それが靴に当たった瞬間、アリスは脳内でその痛みを思い浮かべてしまう。
びくり、と反射的な硬直。軸足がそうなってしまえば、あとは簡単だ。
「あ、うわわわわわわ?!」
あっという間に体勢を崩し、アリスは地面に倒れてしまう。
尻餅をついたアリスの目に映ったのは、青い空と白い雲、そして、それらを切り裂いて迫る赤。
殆ど何も考えず、反射的にかざした手にぶつかり、斬撃はそこで形を失い弾け飛んだ。
普通の斬撃ならば、それで済んだだろう。例えば風を刃にして放つ魔術師ならば、防ぎさえすれば良い。
だが。ディアの斬撃は、防げば消えるようなものではない。
「っ!!うわ、気持ち悪いぃ!!」
「私の刃は、ペンキですからね。顔の前で防いだら、まぁ、そうなりますよ」
液体に戻った斬撃は指の隙間をすり抜け、アリスの顔面に盛大にかかった。
「め、目に入った!痛いぃぃぃ!!」
じたばたと手足を暴れさせる巨人から慌てて距離を取り、ディアは安堵の息をついた。
「やれやれですね。まぁ何にせよ、視力を奪い倒れさせた以上、もう
言い掛けたディアの言葉が、違和感に止まる――アリスが、その動きを止めていた。
ペンキは、相変わらずこびりついたまま。当然だ、女王を誤魔化そうとしたくらいのペンキは、ちょっと擦ったくらいでは落ちはしない。
なのに、なぜ?
「…………観念するような人物には見えませんが。抵抗の余地があるとは思えませんけれど………」
とは言え、何かを狙っていることは間違いない。一先ず動きを止めておくか、とディアは構え、斬撃を放った。
その瞬間に、気が付いた。
アリスが、大きく息を吸い込んでいることに。
次の瞬間だった。
世界が、爆発した。
「っ、うぅぅ…………」
ディアは、いつの間にか自分が片膝をついていることに気が付いた。
数秒意識が途切れたようだ。軽く頭を押さえながら立ち上がろうとして、力が入らず崩れ落ちる。
「っ?! なにが………」
…………何が、起きた?
良く見ると、視界が歪んでいる。身体が痺れ、耳の奥にキィンという耳鳴りが響いていた。
確か、さっきは…………。
「っ!ア、リス?」
そうだ、自分は攻撃の途中だったのだ。それで、突然爆発があった。
「…………違う、爆発じゃあない。あれは」
「…………叫んだだけ」
感情の薄い低い声は、頭上から聞こえた。
驚き見上げると、目を閉じたままのアリスが、覗き込んでいた。
「………叫んだ?」
聞き返しながらも、ディアは事態を正しく理解していた。
大きいということは、それだけで武器になる。手や足を適当に振り回すだけでも十分に脅威だが、今回それよりも質が悪い。
アリスは叫んだのだ、大声で。
声とは、詰まり振動だ。その音量が度を越して大きくなれば、それはもう衝撃波と言っても遜色ないものになる。
液体である斬撃は空中で衝撃を受け、そこで砕かれたのだろう。そしてそのまま、ディア自身にまで衝撃は到達したのだ。
「…………全く、正に子供ですね。都合が悪いと泣き叫ぶとは…………」
軽口にも、力が入らない。あぁ、非常に不味い事態だ。なにせ。
相手の口は、正に目と鼻の先の距離だ。
頭上で、少女のかわいらしい口が大きく開く。竜のように風が吸い込まれていき、そして、アリスは叫んだ。
咆哮が、打ちのめす。
空気のハンマーに叩き潰されたような衝撃を受け、ディアの意識は闇に突き落とされていった。
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