アカイハナ
「かかれ!!」
合図よりも早く、私は身を翻す。背後に迫っていたトランプ兵を蹴り飛ばすと、彼はわざとらしくよろけて白いバラに突っ込む。
本当に、白いバラを処理するつもりか………私のついでに。
「バラのついでに、やれると思うな!!」
「ふん、そちらこそ、バラ園担当部隊を舐めるなよ?」
「………マジで? 舐めたくもなるわ、お前らの武装ペンキとハケじゃないか!!」
何だよ、バラ園担当部隊って。
適当に蹴散らしつつ逃げよう。そう心に決めた私の目の前で、トランプ兵がハケを構える。
疑問より先に、心の奥底で警鐘が鳴る。危険、危険、危険危険危険、
来た。
直感に従い飛び退く私の視界に、斬撃が来た。
赤い三日月が地を走り、私のすぐ前を通過していく。そのまま斬撃はバラの壁に飛び込み、白いバラを散らしていく。
何だ、今のは。唖然とする私の目の前で、トランプ兵が振り切ったハケをバケツに戻し、ペタペタと浸ける。
………まさか。
「ふ、我々が全力で振り抜けば、ペンキも刃となるのだ」
「マジで!?」
あまりに鋭く剣を振ると、風圧もまた刃のごとき切断力を得るというが………それを、ペンキとハケでやったのか?
ぞっとする私の視界に、同じようにハケをバケツに浸ける兵達が映る。まさかとは思うが、今のを出来るのか? 全員?
「くそっ!!」
私は全力で走り出した。その背後から、赤い三日月の群れが襲い掛かってくる。真っ赤な血の花を、咲かせるために。
背後から迫る赤い斬撃に向け、剣を振るう。常識外れの速度を与えられた赤いペンキは鋼の剣と交錯した。
ガキン、という、およそ液体とぶつかったとは思えないような音と衝撃に歯噛みする。そのまま二閃三閃と続く斬撃を斬り払って距離をとる。
ちらりと視線を剣に走らせ、私は呆然とした。
「………欠けてる………?」
斬り結んだ辺りの刀身に、欠けが半ばほどまで食い込んでいた。すごい衝撃だと思ってはいたが、まさか液体に剣が斬られるとは。
「打ち合うのは、無理かな………」
「まぁ、お前さんは達人じゃあないからな」
私の
………認めたくはない話だが、私の剣術はダイヤ兵たちのハケ捌きに負けている、というわけだ。
「しかし、となると………」
「あぁ、採れる手段は一つだけだな、相棒。………逃げるぜ!!」
バグに頷くと、私は折れかけた剣を追っ手に投げつけながら走り出す。既に寿命を迎えつつあった剣は、殺到した斬撃を前にあっさりとその役目を終えた。
とは言え、最低限の役割を果たしてくれた。斬撃から、走り出した私の背を庇ってくれたのだから。
砕けた刃を置き去りにして、私は必死に逃げ出した。これまで暗殺者として、何度となく敵に背を向けてきた。命を賭して敵を討ち果たす、なんてことは私のやり方ではない。無理だと思えば退くのは当たり前なのだ。しかし………。
………ハケとペンキ相手に逃亡した経験は、私のように生き汚い暗殺者をしてさえも、恥、と呼べるものであった。
複雑に入り組んだバラ園を駆け回る。背丈より高いバラ棚は視界を遮り、方向感覚を狂わせる。
「いくらなんでも、ここではまずい………」
私が通り抜けることも見透すことも出来ない壁を、斬撃は容易に貫通する。世界一美しい壁には身を隠す価値はなく、壁としての役も果たしてはくれないのだ。
それでもどうにか無傷で逃げ続けられているのは、理由がある。
一つには私が道も何もかも考えずにただひたすら曲がり角を曲がり続けたこと。速度も落とさず走り続けた結果、どうにか追っ手からは距離を取ることができた。
もう一つは、相手の狙いが甘いことだ。飛来する斬撃は、半分くらいは私に向かってくるものの、もう半分は明らかに周囲に散らばっている。それが何を狙っているかは、考えるまでもない。
「………本当に、バラを狙ってるね………落ち込んでくるな」
もちろん有り難いのだが………、両手を挙げて喜べることではない。
「さて、どうするよ?ギャハハ、このまま運を天に任せて走り回るか?ま、その前にこのバラ園が禿げになっちまうだろうがね!」
「禿げにはならないよ。やつらが狙ってるのは、白いバラだけだ………」
ふと、私は足を止める。そして、じっくりと目の前のバラを見る。その、燃えるように赤いバラを。
「………そうか、その手があった、かな………?」
「うん?………あー、なるほど。………んじゃ、これかな、相棒」
バグから吐き出された刃物を手に取ると、私はため息をついた。あまり、見映えのする作戦ではなさそうである。
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