それから……
少女の秋
夏休みは簡単に終わってしまった。
あれだけやかましかった蝉の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
まだまだ残暑は厳しいというのに九月になり蝉の声が聞こえなくなると、夏という概念は人々の心から既に終わったものとして認識されるのかもしれない。
……なんてね。
平凡な日常は何も変わらないまま過ぎていく。
「あゆみ、なんか夏休みになんかあったの?」
そんな事をクラスメイトに何度か聞かれた。
「なんか急に大人っぽくなったよね」とも言われた。
何も無いよ、と答えているが、なぜかあまり信じてもらえない。
あたし自身、何か変わったのか考えてみても、どうも自分に変わったことがあるとは思えない。
でも、回りにそう言われるのならば、どこか変わったのだろう。自分ではわからなくとも。
原因、と言うほどではないかもしれないけど、夏休みに起きた、あの幸運堂での不思議な体験は、何かをあたしを変えたのは事実だろうとも思う。
でも別に達成感もないし何か大きなことをやり遂げたというワケでもない。
結局、あたしが犬皇界でしたことといえば、二足歩行の犬と遊んで、ハパティという危ない植物を食べて、ぶっ飛んだことくらいなのだ。
勇者募集、といわれたのに、勇者らしいことは本当になんにもしていない。
だから、もしかしたら夏休み明けに学校の友達に言われた「ちょっと大人っぽくなった」というのは、全然幸運堂での体験とは無関係で、ただあたしの化粧のノリが変わっただけなのかもしれないし、たまたま元気が無かっただけかもしれないし、もっと言えば、他の皆のただの気のせいだったりするのかもしれない。
そんなん、わかんないよね。
『何かをきちんと終わらせることは、何かを始めることよりも困難だ』
どこかで聞いた、そんな言葉の意味をなんとなく考えてしまう。
何かを始めるのは自分の気持ち次第なんだけど、きちんと終わらせる為には、自分以外の要素も関わってくるから難しいんだ。
例えば絵もそう。
描き始める時はこんな絵を描きたいという思いがあったり、そんなの無くてただ突発的に描き始めたりするんだけど、しっかり作り上げて納得して終わらせるってのは難しい。
途中で飽きて投げ出してしまったり、別に描きたい物が浮かんじゃって、放っぽり出しちゃったり。
なんとか完成してもイメージと違うものが出来上がってしまったりもするしね。
ま、あたしの性格や技術的な問題もあるのだろうけど、でも世の中そういうことって多いんじゃないかな。
バイトだって、その仕事に興味があって始めるのに、やめる理由はその仕事を極めたから、とかよりは人間関係が微妙だったり、単に飽きたり他の仕事がしてみたくなったりとかじゃん。
難しい政治とか分からないけれど、社会保障とか、年金問題とかもそうなんじゃない?
いや実際なんにもわかんないんだけど、そんな感じでテレビで偉いおっさんが話していたような気がする。
ま、どうでもいいんだけどさ。
あれから幸運堂には行っていない。何度か電話は掛かってきていたのだけれど、出てもいない。
きっとバイト代の件なのだろうけど、もういいんだ。
別にバイト代なんか欲しいわけじゃなかったし。
仁君が規則を重視したのは当然だろう。仕事なんだから。
異なる世界に対し、あたしたち異世界人が干渉できる範囲は決まっている、というのも頭では理解している。
怒りに任せて仁君に酷いことを言ってしまったことも悪いと思っている。
謝りたいとも思っている。
でも、できなかった。何度か幸運堂の前まで行ったけど、玄関を開ける勇気は無かった。
仁君は犬皇界のその後の事を知っているかもしれない。けど、あたしは幸運堂には行けなかった、
ミッチェやポンチャックたちがどうなったのか、聞くのも怖かったし、結果がどうあれ、依頼がなければ異世界に行けないのであれば、聞いたところでどうしようもない。だから仕方ないんだ。そうやって、あたしはあたしに何度も言い聞かせた。
夏休みが終わり、退屈だけど、それなりに忙しい日常が始まると、次第にあの三日間のことは記憶の脇に追いやられた。
夏休みが終われば文化祭の準備が始まり、中間試験があり、模試やらなんやらがその合間にあり、それが終わればマラソン大会なんてげろげろな行事も控えている。
学校生活ってそうやって次から次へと行事を当て込むことで、日々の不満や疑問を感じさせないようにしているのかもしれない。
なーんて裏のことまで深読みしちゃう。
「文化祭だけど、美術部でなんか役目とかあるの?」
学校の帰り道。美智子が聞いてきた。
相変わらず超人美人。はぁ。あたしもこのくらい整った容姿だったらもうちょっと違う人生を送れたのになぁ。
「聞いてんの?」
「あ、ごめんごめん」
最近前髪を作った美智子。超絶似合ってんだから腹たつなぁ。
「で、どうなの?」
部としては美術室にそれぞれの部員が絵を展示して、気に入った作品に票を入れてもらったりする投票箱なんかも設置したりするけど、受付はパンちゃんや綾乃ちゃん達二年生が引き受けてくれることになっている。
「文化祭当日は自由に行動できる予定だよ」
「よかった。一緒に回ろ。最後の文化祭だから、気の合う友達と一緒にいたかったのよ」
嬉しそうに跳ねて笑う完璧美少女の美智子。
「どうせ、男子避けにあたしを使いたいんでしょ」
「あれ? なんで分かったの?」
「けっ、やっぱりそうか。これだから打算的な女は嫌いなのよ」
軽蔑の目を美智子に向ける。
美智子はバンバンあたしの肩を叩いて笑う。
「まぁまぁ、いいじゃないの。あたし達ベストフレンドでしょ」
「よく言うよ」
呆れて笑うしかない。毎度、こんな感じで美智子のペースにはまる。
まぁ、友情なんてこんなもんだ。美智子がここまで自分を出せるのもあたしくらいなもんだし、甘んじてやろう。
「別にいいけどさぁ、美智子もモテるんだから適当に彼氏でも作ったら?」
「クッキー作るんじゃないんだから、手軽に彼氏なんて作りたくないよ」
意外と貞操観念のある子なんだ美智子は。もったいない。
「不思議。あたしは欲しいけどな、彼氏。そしたら、とりあえずは日常はがらりと変わるじゃない」
「まだ、そんなこと言ってるの。そんな毎日が退屈だからって理由で付き合わされる彼氏の身にもなってあげなさいよ」
「でも、高校生のうちに彼氏とか欲しいじゃん。制服デートしたいじゃん。どうせ大学が別々になって別れるんだろうけど、やっぱ高校生のうちに恋人作るのもいいかなぁって」
「大学別なだけで別れるんなら、より一層急いで彼氏作る必要なんかないじゃない」
まぁ美智子の言うことはわからなくはないけど。
「でも、美術部の望美なんかにも彼氏できたんだよ。で、なんか幸せそうな顔してんのよ。憎たらしいじゃない」
やれやれと美智子が肩をすくめる。
「だから、あんたは人と自分を比べすぎ。他人と比べたら、そりゃ自分がダメに見えたり、他が良く見えたりするわよ。でもそんなんで自分の今の生活にダメっていう烙印押しちゃもったいないよ。あゆみだって他人が羨ましがるくらい充分幸せに暮らしてるんだから」
立ち止まりあたしをまっすぐ見据えた美智子に意外と真面目に説教された。美人のくせに考え方もしっかりしてんな。ますますあたしが惨めじゃんか。
「私はあゆみが羨ましいけどね」
あら、意外。
「どこがぁ?」
疑いの眼差しを送りつける。
「やりたいことをやってみるじゃない。やろうかどうしようか悩むけど、結局やってみるでしょ。それって中々出来ないわよ」
そうかな。美智子が思っているほど、やりたいことやれてないけどな。
「この前のへんなチラシだって電話かけてたじゃない。あんなの普通しないわよ」
「普通じゃない、って言われても、嬉しかないわよ」
「良い意味でよ」
「良い意味って言っておけばいいと思ってるんでしょ」
困ったような顔をして美智子は首をかしげた。
「あんた人の意見を素直に受け取らないわね」
「どうせあたしはひねくれ者ですよー」
憎まれ口を叩いて頬を膨らませる。
「あ、そういえば」と美智子が何かを思い出した。
「へんなチラシ、また貼ってあったわよ」
「ふーん」
興味が無い、ワケではない。たぶん幸運堂だろう。仕事が入っているということはそれなりに繁盛しているのだろうか。
「今度は何を募集していたの? 神様候補とか?」
「なんだっけな。勇者募集、とかだったかな」
「へー。またか」
「またって何よ」
「いや、別に」
「暇人のあんたの為に剥がして来てあげたわよ」
がさごそと鞄の中を手探りする美智子。
「今日の朝に見せようと思って忘れてたわ。えっと……、あったあった」
折りたたまれた白い紙。渡されたので惰性で開く。
あいかわらず、やる気の見られないチラシだ。
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