異世界出勤三日目!
少女と犬皇界
今日も犬皇界は青空だ。三度目ともなると村への道も慣れたもので、清々しい空気を胸いっぱい吸い込み、元気よく手足を動かして、なだらかな丘を下りた。
昨日のことは覚えていない。仁君に説明されたから起こったことは頭に入ってはいるけど。
「ねえ、今日はポンチャックを王様に引き合わせるんだよね?」
後ろを振り向き仁君に再確認する。身長はあたしよりある癖にダラダラと歩いていたようで、思っていたより仁君は後方にいた。
「なんですか、なんか言いましたか?」
「今日の予定についてー!」
手をメガホンにして叫ぶ。
「ハァ、朝からあゆみさん、元気ですねぇ」
あたしとは対称的に気だるそうな仁君。もう、こっちのやる気を削ぐような態度はやめて欲しい!
「あたしは誰かさんと違って、責任感持って仕事に取り組んでますからね!」
「それは結構なことで」
なぜか、お互い棘のある言い方をしてしまう。なんでだろ。昨日は心の距離が縮まったと思ったのに。
「で、今日の予定の件だけど、教えてくれる?」
「はいはい。そうです。ポンチャックは王様と面会して、外敵の脅威と国を守るための準備を提案しようとしています。王様が真剣に取り合うかどうか、わからない部分もありますけど、ポンチャックが熱く提案すれば、押されて了承する可能性も高いと僕は思います。僕らはそれを見届けて、まあどうなるかは分かりませんが、王様に任務完了のサインを貰って、で帰ります。午前中には終わると思うので、午後は犬皇界の町並みを見て回ってもいいですし、すぐ帰ってもいいです」
「わーい。ミッチェと遊ぼうっと。それにしても、ポンチャックの意見は通るかなぁ」
「犬人族は争いを好みませんからね。強い意見を言われたら、そちらになびく可能性は大いにあると思います」
「この国の人達って、あんまり自分の意見がないのね」
「だからこそ、この世界はのどかなんですよ。他人を思いやるから争いが起こらない。あゆみさんはこういう世界は好きでしょ」
「うーん、戦争の無い世界は素敵だし、犬人族も可愛いけど、実際に暮らしたらどう思うんだろうね。あたしなんか自分の世界でも退屈でしかたなかったくらいだし、この世界に暮らして生活に慣れちゃったら、それはそれで退屈になっちゃうかも」
あたしは真剣に考えて答えたのに、仁君の頬が緩んだ。
「あゆみさんらしいや。正直ですね」
そう言って笑う。悪意のある笑みでは無かったけど、なんとなくムカつく。
「そういうところ、嫌いじゃ無いですよ」
なによ。別にあんたに好かれたいと思って言ったわけじゃないわよ。
「あゆみさんのいう通り、どんなに素敵な非日常だって慣れてしまえば、ただの日常になってしまいますからね」
「そりゃそうだ」
まだ三度目だけど、既に見慣れた地椀面をあたしは見上げた。まぁ見慣れたと言っても、こうやってしっかり見てると、いつまでもいつまでも見上げていられそうなほど壮大だけど。
澄んだ空の向こうの大陸を見たり、焦茶色の木に成るリンゴのような果実を見上げたりしながら歩き、うっすら汗をかきはじめた頃に村についた。
「こんにちは」
村の入口に立っている村人に声をかける。
「おお! 勇者様。待っておりました! ささ、お城へどうぞ」
一昨日から特に何もしていないのに勇者様と呼ばれている事に少々うしろめたさを感じながらも村を進む。 相変わらずのどかな街並みね。
木の柵でぐるっと囲んだ平地に形成されている村。木造の家屋がぽつんぽつんと無秩序に点在し、その軒先では魚の干物がぶら下がっていたり、果物が干してあったり、庭の畑に瓜らしき物が成っていたり、日本でも一昔前はこんな感じの農村だったのかも、と思わせる風景が広がっている。
電気が無い村だから、当然電信柱なんかも電線も無い。そして二階建ての家も国王の家っていうか城? ま、どっちでもいいか、ってことだけだから空も広い。これだけ開放的な村に住んでいれば心も大らかになるのかもしれない。
城に入るとミッチェが近寄ってきた。
「あゆみ! 仁! 昨日は大丈夫だった? 心配したよぉ」
「おかげさまで、なんとか復活したわ」
ぐいっと胸を張る。
「大変だったけどね」
口をへの字にして文句を言う仁君は無視。
「ポンチャックはこっちの部屋に通しているよ」
ミッチェに案内されたのは、城の端っこにある狭い四畳程の部屋。机と椅子だけが置かれた殺風景な部屋だ。
中を覗くと青いベストを着た体格のいい犬人が神妙な顔つきで席に着いていた。
「おお! あゆみ、仁! 昨日は済まないことをした。まさかハパティを食べてあんなことになるとは夢にも思わなかった。この通りだ、許してくれ」
深々と頭を下げるポンチャック。
「いいのよ。貴重な体験が出来たわ。世界がひっくり返ったかと思ったけど」
「申し訳ない」
「まぁもう復活してるから、気にしないで気にしないで」
恐縮しきりのポンチャックの肩をポンと叩き励ます。 魔犬と呼ばれていたけど、人間のあたし達から見たら可愛いもんね。
「王様にはもう会ったの?」
仁君が尋ねるとポンチャックは首を横に振った。
「まだだ。お前達が来るのを待っていた」
「そうですか。お待たせいたしました。じゃ行きますか」
「そうしよう」
ミッチェに先導されて王室へ向かう。 使用人達はポンチャックの姿を見ると廊下の脇へ避けるようにそそくさと退散する。
「随分と嫌われているな」
苦笑気味にポンチャック。
「仕方ないよ。君は魔犬って呼ばれてるんだもの」
ミッチェに言われて、ポンチャックは声をあげて笑った。
「魔犬か。参ったなぁこりゃ。ミッチェよ。お前さんも俺のことをそう思っているのか?」
「とんでもない。実際初めは怖かったけど、話してみたら、いい人だったんだなって思ったよ。噂なんてのはやっぱりただの噂だねぇ」
「ふむ」とポンチャックは満足そうに頷いた。
それなりに威厳のある木扉を開け、王室に入るとリプティノス王は昨日と同じように、玉座に腰掛けていた。
「おう、よく来たな。ポンチャックよ。そして勇者とその家来」
「だから、家来じゃないってのに……」
仁君は呟いていたが特に誰も反応しない。
「なにやら、わしに話があるそうだが、一体どんな話じゃ」
玉座が睨みを利かす国王。昨日の軽いノリは無く、真剣な眼差しだ。やはり国を混乱に巻き込んだポンチャックを前にして、その眼光も鋭くなっている。
「はい国王。まずは先のハパティ畑を占拠した件、お詫び申し上げます」
まずはポンチャックも丁重に頭を下げた。
「いやー本当に困っちゃったよぉ、まったく。もう二度とああいう事はやめてくれぃ」
気の抜けるような声。だめだ、もう軽くなっちゃった。
「しかし、私が独自に開発したハパティは召し上がって頂きましたしょうか」
国王の表情が変わる。再び真剣な眼差しに変わった。
「大変、美味であった……」
ポンチャックの瞳が輝く。
「そうでしょう! それは私がハパティを改良したからです。この国は進歩というものを甘んじています。彼らを見てください」
あたしたちも指しポンチャックは声を張る。
「世界は違えど、たったの二千年で夜も明かりが灯る街や、大陸を簡単に飛び回れるからくり仕掛けの鳥などを開発しております。我々の国は四千年もの間、ほぼ生活の水準は変わっておりません。これを国王はどうお考えでしょう」
国王は腕を組んで聞いていた。ポンチャックに意見を求められ、ぽつりと呟く。
「よそはよそ。うちはうちじゃ。他所の家のほうがよく見えるものじゃ。勇者達の世界も様々な問題はあるじゃろ?」
「まぁ、それなりにね。この世界と違って平和じゃないし」
あたしが答えると国王は満足そうに頷いた。
「でしょー。な、ポンチャック。お主が競争社会を望むのも悪くはないが、我々の世界には合わんよ」
「しかし、そうとも言っていられない事態が起きているのです!」
「……なんだ?」
「私がハパティ畑を占拠したのには理由があります」
ポンチャックは異世界から、麻薬のような物を輸入している者がいること、それを食べると昨日のあたしみたいに大変な事になる事を国王に伝えた。
また真面目な顔になったリプティノス王は黙ってポンチャックの話に耳を傾けている。
「——では何か? 我が国に異世界からその麻薬を輸入している者でもいると?」
「いえ、私はいないと思います。この国には」
含みを持たせたポンチャックに国王はピクリと反応した。
「お主、何か知っておるのか」
国王の鋭い視線を真っ向から受け止めて、ポンチャックは頷いた。
「私は隣国にも親しい者がおります。その者によると、この平和な犬皇界の中にも他国を占領しようとする、恐ろしい国があるというのです」
「そうなの?」
思わず仁君の顔を見る。
「僕は詳しくは知りませんけど」
「そして、その手段というのが、異世界から麻薬を仕入れ各国の民を中毒にするという卑劣な方法らしいのです。麻薬を用いれば大規模な争いなど無くとも、いとも簡単に占領できてしまう。国王もお耳に挟んだことがあるのではないですか?」
国王は黙ってしまった。犬王界は平和な世界なんだとあたしは勝手に思っていたけれど、そうじゃないのかもしれない。
「バララック帝国のことか」
「やはり、ご存じでしたか」
「なんなの? バララック帝国って」
置いてけぼりになるのが嫌で横槍を入れる。
「この世界の小国です。花と緑の平和な国でしたが、最近は不穏な動きを見せている、という噂があります」
脇からミッチェが答えてくれた。
「わしも噂しか知らぬ。だが、噂は尾がつき羽根がつくものよ。サラカスの国が標的にされたという噂は聞いておるが、噂は噂じゃ」
「そうでもないようです。実際に、サラカスは麻薬が蔓延し、バララック帝国が援助、という形で内政に干渉しています。まだ、奴らの尻尾は掴んでおりませんが、蔓延した麻薬のルートを考えれば彼らの仕業に疑いはないのです。第二のサラカスにならぬように、我々はこの国を守るためには備えをするべきなのです!」
「噂を真に受けるのもなぁ」
「だが、もし戦争などになれば多くの民が危険にさらされます」
「うーん。実際、まだ攻め込まれてもいない状況でそういった対策を練っても杞憂に終わるだけじゃなかろうか」
「そんな悠長なことを言っている場合じゃないんです」
小難しい話をしているけど、どうやらお互いの主張は平行線のようだ。
「なんで国王はああなのかしら。噂の真偽はどうあれ、備えあれば憂いなし。じゃないの?」
ポンチャックのほうが理にかなっていると思うのだけど。
あたしに尋ねられた仁君は私の耳元で囁いた。
「ことなかれ主義は何千年もこの世界で培ってきた民の生き方ですからね。それを捨てろというのは難しいんですよ。例えば僕たちの世界で二足歩行は腰を痛めるので、これからは法律で四足歩行を義務付けましょう、と言われたら受け入れられますか?」
「その例えってどうなの?」
「だから、そのくらい受け入れ難いんですよ。この国の人たちにしてみれば」
むすっとした顔になった仁君は、プイッと横を向いてしまった。
「大変です!」
煮詰まった議論を吹き飛ばすように、王室の扉を乱暴に開けて入ってきた犬が一匹。
「何事ですか! 今は国王は謁見中ですよ!」
ミッチェが叱りとばす。意外とミッチェは役職が上の方なのかもしれない。
「しかし、非常事態なのです!」
若い犬はミッチェに謝るのもそこそこに、歩み寄ってきた。
「何事じゃ?」
「ミーナミンの海岸に外国船と思われる帆船が攻め込んできました!」
「なんだと?」
「白地に三本の剣のマークが入った旗をたなびかせております」
「バララック帝国……だと?」
「我がプティーマイラス王国に異世界から麻薬を密輸入している疑いがある、と一方的に宣戦布告をしてきております」
「な、なんだと!?」
「既にミーナミンの村に火を放っており、多数のけが人が出ている模様です」
「許せねえ」ポンチャックはグルル、とうなり声を上げ牙を剥いた。
「それと、これは未確認の情報なのですが、船の上には犬人の他にトカゲのような異形の者が見受けられた、とのことです」
「異世界の者か!?」
国王が叫ぶ。ポンチャックの言っていたことは本当だったのだ。トカゲ人間だとしたら、別の世界の住人だろうか。
「くそ、奴ら、謀りやがった」
壁を殴り怒りを露わにするポンチャック。
「大変じゃないの。この国を守るために戦わないと!」
あたしも思わず口を出したが、国王は首を横に振った。
「いや、争いは避けねば。まずは話し合うのじゃ」
「あっちはそんな気はないぜ。戦わなければこの国に未来はない! 直ぐに兵を集めるべきだ!」
国王は腕を組み黙り込んでしまった。どうしたらいいのか考えているようだ。
「国王! 考えている暇は無い。それとも何か。このままこの国が奴らの手に落ちるまで悩んでいますか?」
「……ミッチェ。兵を集めよ」
国王は決断をした。
「すぐに集めてまいります!」
ミッチェは敬礼して駆け出した。
「そうこなくちゃ。陣頭指揮は俺が獲るぜ」
ポンチャックが拳をあわせる。
「任す」
重々しく国王が頷いた。
「ところで武器はあるのか!?」
ポンチャックが尋ねると、国王は拳を握り締めた。
「……ない」
「どうすんのよ」
「そうだと思ったぜ。平和ボケって言うらしいぜ、そう言うの。でもな、こんなこともあろうかと、俺の家の倉庫に木刀が大量にある。それを使おう」
「お主? そんなものを隠し持っていたとは」
「この際どうでもいいだろ。そもそも、外敵のためにこしらえたもんだ。役に立っていいじゃねえか」
「背に腹は変えられぬか。よし、後のことはポンチャック、おぬしに任せる。だが、ぎりぎりまで戦いはしてはならんぞ。戦うのは相手が話し合いに応じない時だけじゃ」
「ま、一応国王様のご意見は尊重しましょうかね」
ポンチャックは不敵に笑う。
「仁君、あたし達も加勢しよう!」
仁君は難しい顔のまま、固まっていた。
「仁君?」
「……ダメです」
小さく、しかしはっきりと仁君は言った。
「なんで? 危険とか言うの? 大丈夫よ、昨日だって全然危なくなかったじゃない。犬人族はひ弱なんでしょ。追い返すことくらい出来るわ」
「違います。そういうことじゃないんです」
いつになく険しい顔のまま仁君は続けた。
「依頼外の仕事は出来ないんですよ」
「なに……それ?」
呆然として仁君の顔を見返す。そんな杓子定規なことを言ってる場合ではないじゃないの。
「依頼じゃないから、加勢できないっての? そんなの関係ないじゃない。せっかく仲良くなれた国の人たちが大変なんだよ。なんで手助けしちゃいけないのよ」
「それでも、ダメなんです」
「だってあっちはトカゲ人間を連れてきてるんでしょ」
名もまだ知らない若い犬に詰め寄る。
「は、はい。ただ、トカゲ人間はわが国の嫌疑を見定めるために同行しているだけだ、との事です」
「なら、なおのこと僕達は何も出来ません。トカゲ種の異世界人もこの戦いに参加するわけではないのですから」
仁君の表情は硬い。
「そんな。それなら王様、今依頼してください。一緒に戦って欲しいって。そしたらいいんでしょ」
「勇者殿。気持ちは嬉しいが、それは出来ぬよ」
「なんで……」
「協定違反になってしまうからのぉ。正式な宣戦布告がなされておる戦争に関してはに異世界の住人を巻き込んではいけない、と定められておるのじゃ」
「そんな……」
「そういうことだ。俺達でどうにかしなきゃならねえのさ。安心しな。負けやしねえよ」
ポンチャックが力強く頷く。でも、今まで戦争なんて何千年もしたことのない国なのに。ただの強がりにしか聞こえないよ。
あたしが呆然としていると、兵を集めに行ったミッチェが駆け戻ってきた。
「国王。村中に伝令を走らせました。あと数分で城前に兵士を集合させます。兵士と言っても若いだけの連中ですが」
「うむ。仕方ないことよ」
「よし、後は俺に任せろ」
ポンチャックは意気揚々と駆け出した。
「それと、あゆみ、仁。……ミカが来たよ」
ミッチェの目線を辿ると、ポンチャックと入れ違いにミカが部屋に現れたところだった。
「ミカさん!」
懇願するように駆け寄る。
「状況が変わったって連絡が来たて飛んできちゃった」
「あたし達、なんにも出来ないの?」
ミカはすべてを聞いていたかのように申し訳なさそうに首を横に振った。
「その通りよ。ごめんなさい。私たちにできることは何も無いわ」
「なんで、なんでですか!?」
涙目で訴える。どうして、こんなのって酷い。
「ポンチャックが村に帰った昨日の段階で任務を終了させなかったのは私のミスね。ごめんなさい」
「いえ、麻薬の密輸の件で引き伸ばしを要請したのは僕ですから、僕の責任です」
仁君が頭を下げたがそんなの関係ない。関係ないよ。
「そんなの嫌です。あたしは残ります。一緒にこの国を守るために戦います!」
ミカさんにすがりつくあたしを仁君が引き剥がす。
「あゆみさん、気持ちは分かります。でも規則なんです」
「うるさい、そんなの知らない。このままじゃ、この国は占領されてしまうかもしれないのに、なんでそんなに冷静でいられるの」
あたしの罵倒にも仁君はぐっと唇をかみ締めていた。
「見損なったわ! 離して! あたしは行く。仁君は帰ればいいじゃない!」
振りほどこうと身をよじるが、仁君はあたしを離してはくれなかった。
「あゆみちゃん、ごめんなさいね」
優しく、ミカは微笑んだ。まるで聖母様か女神様の様に。
ぱっと、その瞳を見た瞬間に、急激な眠気があたしを襲った。
失神するように、あたしの記憶はそこで途絶えた。
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