少女も少しは考える。

 ポンチャックとの話し合いは、結局『王と対話をする』ということで落ち着いたので、私たちはポンチャックを連れて村へと帰ることにした。

 さっきまで血気盛んだったポンチャックの取り巻きがどんな反応を示すのか、気になったんだけど、いつの間にかポンチェックの取り巻き達はピクニックの連中と混ざって初めから一緒に遊びに来ていたかのように仲良く駆け回っていた。

 

「さっさと村へ戻りましょう」


 そんな犬人連中には見向きもしないで仁君がスタスタ丘を下りていく。


「放っておいていいの?」


 あたしはポンチャックに聞いてみた。

 

「まあ連中も日暮れにはお腹も減るだろうし帰ると思う。気にすることはない」


 ま、ならいっか。

 丘から村までは約1時間。距離としては大したことし高低差もない平地だから歩きやすいことは歩きやすいんだけど、歩くのって嫌いだよー。気候穏やかな秋晴れって感じの天気なのに、これだけ歩いたら汗で髪がまとわりつく。まあ景色は綺麗だし、空気は澄んでるし、気持ちはいいけどね。

 それにしても、こんなに歩いたのは久しぶりな気がする。

 あたしの世界での移動手段って自転車とか電車とかだもんな。改めて考えると、科学文明なしじゃ生きていけないね、ほんと。


 
「お前達の世界の文明はどの程度進んでいるのか?」



 ポンチャックは好奇心旺盛で、さっきからずっとこの調子でこちらの世界の話をねだってくる。

 王様と話すことよりあたし達の世界の事を聞きたいようだ。



「文明は進んでいるけれど、人の心も進んでいるかって言ったら、わかりません。便利な発明もあれば、人を不幸にする武器や兵器のような発明も多く、戦争はいつも世界のどこかで起こっています」


 仁君が律儀に答えている。


 
「戦争か。技術革新には競争は必要なことだと思うが、その方法として殺し合いが起こるのは防ぎたいところだな」


 そりゃそうだ。誰だって戦争なんかしたくないもの。



「でも中々上手くいかないみたいよ」



「そうなのか。この世界の連中は競争意識は少ないのは問題だが、争いを好まないというのはある意味長所でもあるのだな。戦争などというと愚かな過ちは犯さずに、技術革新を起こせないものか」



 ポンチャックは一人でブツブツと考え込んでいる。彼は彼なりにこの世界のことを考えているのだろう。魔犬なんてよばれているから乱暴者なんだと思っていたけど、会話をしてみたらそうでもない。

 マジメ。どっちかっていうと馬鹿マジメ。冗談のひとつでも言えば可愛げもあるのだけど、真剣に自分の世界のことを考えているんだから仕方ないか。


 あたしなんか、自分の世界をどう良くしていこうか、なんて考えた事もない。世界というのは誰かが作っていて、その中で自分は生きているだけだから。

 あたしは誰かの作った世界の枠組みの中で、出来るだけ順位を落とさないように無様にもがいているだけ。



 あたしはポンチャックのように世界を変える為に行動を起こすことなど出来るのだろうか。

 世界の実像も日本の社会的問題点も、てんでわかんないし、そもそも日本史も不得意だし、社会も経済も苦手な科目だし……。あたしには無理だわ。


 例えば、西暦何年に何があったっていう事は学校で教わってるけど、それがどう世界の成り立ちに関係していて、どうあたしの生活の中に影響を与えているのかなんて知らないし、教わらなかった。

 いや、疑問に思った事すらなかったんだ。
 なんの疑問も持たずに与えられるものだけを享受してる。ある意味、この世界の住人と同じだ。

 なーんて真面目に考えちゃったりもする。


 もしかしたら、あたしはこの犬皇界に来て、まだ二日だけど、それでも今までの人生の中で考えもしなかった事を考える良い機会を得たのかしれない。



「そうだ、ハパティを持っているが、食うか?」


 
青いベストのポケットから、ビーフジャーキーの茎みたいな物を取り出したポンチャック。


 まじめな会話には参加せず、野に咲く花や蝶と戯れていたミッチェが瞳の色を変えて喜んだ。


「わー! 昨日持ってきた方の、新しい味のハパティかい?」


「そうだ。一つやろう」



「わーい!」


 ミッチェは飛び上がって喜んだ。



「まったく、大げさな奴だ」


 そうは言ってもポンチャックも嬉しそうだ。自分の作品を褒められて嬉しくないはずは無い。



「あゆみ、お前も食うか?」



 あたしにもひとつハパティを差し出してきたポンチャック。



「わ、ありがと」



 ミッチェが飛び上がるほど喜ぶのだから美味しいのだろう、と何も考えずに受け取ると、ぽいっと口に放り込んだ。



「ああ!あゆみさん、ダメです!!」



 何故か慌てて仁君が飛びついてきたけど、彼の制止はほんの一瞬間に合わなかった。


 ハパティを口に入れ、ひと噛みした瞬間。


 じゅわりと甘さを感じたと同時に、くらり、と頭が揺れた気がした。


 そして、そこであたしの意識は途切れて消えた。


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