少年の小難しい話 2
人ごみが消えるとポンチャックだけが、堂々と胸を逸らして仁王立ちしていた。
身長は1メートルほど。それでもミッチェや他の犬人たちよりは大柄だ。青いベストから覗く背や肩、腕にかけては黒毛。口元やお腹は真っ白な毛。くりくりした瞳は真っ直ぐこちらを見据えている。
「これが、この国の現状だ」
ポンチャックが吐き捨てるように言う。
「平和ボケしきってるだろう。これでは戦いなど出来ぬのだ」
僕は体をはたいて砂を落としながら立ち上がり、あゆみさんの一歩後方に陣取った。別にポンチャックを恐れているわけでは無いけれど。
「へ、平和な事はいい事だよ」
威勢よく言ったつもりなのに、なんだか声は震え気味の弱々しいものになってしまった。
「そうよ、なんで争いを起こそうとするの。 みんなで仲良く暮らせばいいじゃないの」
僕とは対照的に張りのある声をだすあゆみさん。その言葉を聴いてポンチャックは自嘲するように口の端で笑った。
「この国は平和だ。恐ろしいくらいな。だが、いつ外から敵が来るかわからないんだ。このままのうのうと暮らしていたら、いざ敵が攻めてきた時に国を守る事などできない」
「外から敵が来るって、 外国が攻めてくるの?」
あゆみさんが僕の顔を見るが、僕だって知らないよ。でも、徳川幕府の元に黒船が来たように、異国の軍勢が突然攻めてくる可能性はゼロではないだろう。
「他国だけならばいいのだがな」
「どういうこと? それ以外何の脅威があるの?」
首をかしげるあゆみさん。
「一つしかないだろう。異世界からだ」
「異世界からの侵攻……か」
なるほど、聞いたことはある。自分たちの世界から他の世界を征服するために攻め込む異世界侵攻。
だが、実際には界道は軍隊を遠せるほど大掛かりなものではないし、それなりの能力者でも一度にに派遣できるのはせいぜい四、五人までだ。
まだ界道が発見されて間もない時代ならば、ありえたかもしれないが、異世界連合が平和のために目を見張っているこの時分に、異世界に攻め込むなんてリスキーなことをする世界が果してあるだろうか。
そう考えると、ポンチャックの危惧は単なる杞憂で終わるのではなかろうか。
「俺が作ったハパティについて、国王はなんと言っている?」
「美味い、この世界の物とは思えない、と言っていた」
素直に王の言葉を伝えてやる。
「そう。その通りだ」
満足そうに頷くポンチャック。ということはやはり、ポンチャックは異世界から何かを仕入れて、それをハパティに混ぜたというのか。
「ポンチャック、お前は異世界と繋がりを持っているということなのか。異世界の物を輸入するのは禁じられているはずだ!」
「その通りだ。輸入することも、そして輸出することもな」
「……どういうこと?」
あゆみさんが会話について来れず首をかしげている。
「異世界の何者かが界道を渡り犬皇界にある肥料を持ち込んでいたのだ。それを使い栽培したハパティは美味い。だが、意識朦朧となったり、暴力的になったり、何も考えられなくなったりする」
「それって麻薬みたいね。そんな物を村の人に配るなんて許せない!」
「ふふふ。勘違いしているな。村に配ったのは正真正銘、俺が新たに開発したハパティさ。この世界のハパティを改良してな」
「ってことは、あなたは自分で作った美味しいハパティを皆に配っただけ?」
簡単に信じられず疑いの目を向けるあゆみさん。
「そうだ。だが、異世界からの肥料を使うと、簡単に同じような味の物が出来てしまう。しかも危険な症状つきだ」
「あなたはその肥料を使ってるんじゃないの?」
あゆみさんが食ってかかる。ポンチャックは鼻で笑った。
「使うものか。犬皇界を売るような真似は出来ない」
「でも、ハパティ畑を占領して、争いの種をまいているじゃないの」
ポンチャックはカッと目を見開いた。
「守っているんだ! ハパティ畑はこの国の宝だ。異世界の奴らがいつ悪魔の肥料を巻きに来るかわかったもんじゃない。だから俺はこのハパティ畑を守る為にここを占拠したんだ!」
その怒りの表情で、彼が嘘を言っているのではない、と直感で思った。それはあゆみさんも同じようだった。
「……なるほど、話はわかりました。あなたの話が真実かどうかは僕には判断しかねますが、このハパティ畑を守りたいというのならば、一度きちんと国王と話してみないといけないのではないですか。強硬手段でこの畑を占拠してしまうのは、少し乱暴だと思います」
ポンチャックは渋い顔をした。
「この国の連中は、優しすぎる。お人好しすぎる。そして、ことなかれ主義でありすぎる。ハパティの味も、もっと改良できるはずだ。文明だって、お前たちの世界に比べればひどいものだろ。俺はこの世界を競争社会にしたいんだ、そうすればもっと裕福で、もっと住みよい世界に出来るはずなんだ!」
「うーん、そうかなぁ」
水を差すような気の抜けた声であゆみさんは首を傾げた。
「せっかくのんびりした良い世界なんだから、このままでもいいんじゃない。 競争社会って疲れるよ」
なんとなく実感に伴う言葉だった。勉強しろ、勉強しろと言われ続けている彼女は多分、この世界のようにのんびり過ごしていたいのだろう。
気持ちはわからないでもない。隣の芝生は青く見えるものだ。住んでいる人の気持ちを考えれば、犬皇界も僕らの世界もそうそう変わらない。
不満を持っている人もいれば、楽しんでいる人もいる。
「疲れる、ということはそれだけ努力をしているということだ。遊んでばかりのこの国の連中を見ていると情けなくなる。もう何千年もこの暮らしが続いているんだぞ」
「何千年も変わらない平和な世界って事じゃないの。あたし達の世界なんて何処かの国がいつも争って殺し合っているのよ。くだらない理由でよ。みんなが同じでのんびりしてるなら、それでもいいんじゃないの」
「皆が同じならば、どうして自分の存在価値を認める事ができる。俺はこの世界を変えたい。ハパティだって俺が育てれば、美味いハパティを作れた。例え別の者が俺がつくるハパティより美味いハパティを作れるのならば、作ればいい。それが社会の正しい在り方だろう。現状に満足していてはゆっくりと腐っていくだけだ」
珍しくアホなあゆみさんがまともに議論をしている。相手が犬だから成り立つのかな。
「いいんじゃないですか。色々考えているならそれを国王にぶつけてみたら。僕らも話し合いがちゃんと行われるように間に立ってもいいですよ」
僕達はこの国の転換期に来たのかもしれない。
「あたしはのんびりしてるこの世界が好きだけどな」
不満げにあゆみさんが言う。まぜっかえさないで欲しい。僕らは部外者なのだから、気安く意見は言わないほうがいいのだ。
「俺の言葉を国王が真摯に受け止めるというのならば、城へ行くのはやぶさかではない」
ポンチャックの瞳は強い意思を秘めていた。それが正しい強さなのかはわからない。
だが、この瞳をした者が世界を変えていくのだろう。僕はそう思った。
話がまとまったところで、今まで小さく身を縮ませて話を聞いていたミッチェが恐る恐るといった感じで歩み寄ってきた。
「あ、あの。では、ひとまず村に戻るってことでいいですか」
「そうしよっか」
不安な顔をするミッチェを抱きかかえてあゆみさんがニコリと微笑んだ。
当初の予定とは違ってしまったが、ポンチャックが異世界から何かを輸入しているわけではなかったので、これでもいいだろう。
この世界にその危険な肥料を持ち込もうとしている者がいるのかいないのか。結局、分からなかったが、それを調べるのは僕の仕事ではない。
ポンチャックがハパティ畑から立ち去るというのなら、幸運堂の任務は終了だ。
二日で解決。早期解決。手当てが出るぞ。
よしよし、中々良くやった。さ、早く村に帰り、適当にポンチャックと王様を引き合わせて、この世界からおさらばだ。
はやくシャワーを浴びたい。この犬の臭いを落としたい!
ルンルン気分で僕は丘を下り始めた。
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