少年の小難しい話 1

 異世界連合というものがある。異なる世界間での秩序、平穏を保つために存在し、様々な決まりごとが異世界連合の下部に組織される委員会によって制定されている。その中に異世界間通商条約制定委員会というのがあって、その委員会によって『異世界間で商業目的の輸出入は原則禁止する』と定められている。


 よって、もしポンチャックがどこかの異世界と通じていて、その世界の何らかの素材を使用して新しいハパティを作っているとなれば、かなり重大な条約違反となり、彼には莫大な賞金がかけられるはずだ。

 賞金首を捕まえたとなれば、かなりの額の報酬が協会から支払われることになる。


 こりゃ棚からボタ餅かもしれないぞ。と僕はほくそ笑んだ。


 村中に配るほど大量のハパティを持ってきたとなれば、肥料や農薬のようなものを輸入をしているのかもしれないし、ハパティによく似た異世界の食物を育てているのかもしれない。

 どちらにせよ詳しく調べる必要がありそうだ。



「話はわかりました。詳しく状況を確認しなければなりませんね」



「うむ、本日ハパティ畑がある北の山へとミッチェを偵察に出す。君たちも同行してくれないか?」



「任せてちょーだい! ガツンと言ってやるわ! なんなら、とっ捕まえてきてもいいわよ」



 意気揚々とあゆみさんが胸を張った。


「いや、今日は偵察だけではいいでしょう」


 僕は彼女を制止する。だって、まだ賞金がかけられていないのだから捕まえるのは待ったほうが良いのだ。


「なんで? 一気に懲らしめちゃえばいいじゃない」


 きょとんとした顔であゆみさんが訪ねてくるが、何とかごまかそう。

 賞金がかけられてから捕まえなければ意味がない。ただの犬皇界の勇者という業務だけで終わってしまう。

 どうせなら、海老で鯛を釣ろうではないか。


「相手がどんなカードを持っているか分かりません。まずは偵察です」


 僕は言い切った。ムッとした表情であゆみさんは僕を見る。少しピリッとしたムードが二人の間に漂ったが、僕とあゆみさんの意見が割れるのを危惧した事なかれ主義の国王が間に入った。


「まーまー。喧嘩はやめてくれ。もしポンチャックが好戦的ならば、勇者殿の言うとおり戦うってもいいと思うけど、ちょっと今回は偵察ってことにしてみてよぉ。ね?」


 懇願するような眼差しの国王。その愛くるしい上目遣いに、あゆみさんはしぶしぶ折れることになった。


 ★ ☆ ★


 わいわいがやがやと、一段は固まりになり草原を歩いていた。蝶々を追いかけている者がいたり、はしゃぎ回っている者もいる。


「ねぇ、偵察って言ってたよね? これ、ピクニックにしか見えないけど」



 あゆみさんの感想は珍しく僕と同意見であった。

 バスケットを小脇に抱えている者がいたり、キャッチボールしながら歩いてる者までいる。

 
 なんだか、小学生の遠足の引率に来たみたいだ。

 真剣な顔をして辺りを見渡してるのは僕とあゆみさんくらいである。



「これじゃ偵察になんてならないですよ。全く、あの王様も何を考えているかわかんないですね。そもそも、なんでこんなに大人数で行くのかが全然わかりません。てっきり僕らとミッチェの三人で行くものだと思ってましたから。村の出口でうじゃうじゃ犬人達が出てきたときは何事かと思いましたよ。しかも全員と言っていいほど緊張感が無い。まったく犬人は深く物事を考えないですからね。底抜けに呑気なんだからタチが悪い。どうせ行くなら、お弁当を持って行こう、って言ってるの聞きましたからね。ちょっとイラっとしましたよ」


 
 苦笑しながら隣にいるあゆみさんに話しかけたのだが……。



「……はい?」


 返事をしたのはミッチェだった。


 すぐ先程まで横にいたあゆみさんがいない。


 
「ああ、あゆみなら、さっき綺麗な花が咲いてるとかって言って立ち止まってたから……、ほら、あっちにいますよ」


 
 ミッチェの指差す方角を見るとあゆみさんは手に白い花を持ち、仲良くなった犬人たちと遊んでいた。

 
 がっくりと肩を落とす。順応性高すぎ。


 こっちは苦手な犬に囲まれて、冷や汗かいてるっていうのに。



「それにしても、ぽかぽか陽気で気持ちいいね!


 悪気の無いミッチェがニコニコしていると苛立っていることが馬鹿馬鹿しくなってくる。


「仁はこの世界をどう思う?」


「いい世界なんじゃないの。みんな良い犬だし」


「わあ、そう言ってもらえると嬉しいな。えへへ」


 皮肉を込めたのだがミッチェは気づかず呑気に照れている。なんとなく僕が小さい奴みたいな気になるじゃないか。

 ミッチェは気分よく口笛なんかを吹きはじめた。上機嫌な奴だ。


「あ、ハパティ畑が見えてきたよ」


 ミッチェが前方を指差した。

 小高い丘の中腹に段々畑があり、僕の腰ほどの高さの小さい木が規則正しく植えられている。よく見るとビーフジャーキーのような実がそれぞれの木に生っている。



「あれがハパティ畑ね」


 
 いつの間にか隣に戻っていたあゆみさんが真剣な表情でつぶやく。が、バドミントンのラケットみたいな遊び道具をしっかり持っているので緊張感は感じられない。



「そうです、ここからは慎重に行きましょう」


 はじめて偵察隊の隊長らしさを見せたミッチェだが、後方の一団は全然聞いちゃいない。未だに呑気なお喋りをしている。


 
「あのさ、今更なんだけど、こんなにたくさん連れてこなくても良かったんじゃないか。偵察にならないよ」



 呆れて僕が言うとミッチェは不思議そうな顔をした。



「偵察隊は僕達三人だけだよ。後ろの犬たちはただのピクニックしにきただけの連中だよ」



「え、なにそれ」


 
「ハパティ畑の隣がちょうどいい平原になってるからね、天気の良い日はみんなピクニックに出かけるんだよ」


 
「なんでそんな連中と一緒に来ちゃったんだよ。時間をずらすとかさ、今日くらいはピクニックを中止にさせるとしても良かったんじゃない?」



「良い天気だもん、来るなとは言えないよー。それに、木を隠すなら森の中っていうでしょ。まさかピクニックの連中に紛れて偵察隊がいるなんて、きっとポンチャックも思わないよ」


 
 うんうん、と自分の意見に自信を見せたミッチェ。だが、僕とあゆみさんがいる段階で木を隠すならという理論は破綻してるぞ。


「僕たちが凄く目立っちゃってるんだけど」


「あ、しまったー! そうだった君達は異世界人だったー!」



「今気づいたんかい!」


 
「やばいなぁ、ポンチャック達に気づかれないようにしないと」


 急にあたふたと慌て始めたミッチェであったが、時すでに遅くハパティ畑はもう目と鼻の先だ。


 ここから見る限りではハパティ畑には犬人の姿は見られない。

 胸を撫で下ろしつつ隣の平原を見ると、残念なことに、しっかりとポンチャックたちがいた。

 一団の中に青いベストを着た一匹の犬人が腕組みをし小難しい顔をしている。



「ポンチャックだっ!」


 ミッチェが飛び上がる。



「なんだお前達は!?」


 ポンチャックの取り巻きが叫んだ。彼らの視線が僕達に集中した。僕は情けなくミッチェと一緒に後ずさりしていた。


 犬に睨まれるのは辛い。


「あなたがポンチャックね! ハパティ畑を占領するなんて許せないわ。みんなで仲良く使いなさいよ!」


 
 あゆみさんが毅然とした態度で答える。



「なんだと、ポンチャックさんは誰よりもこの世界の事を考えているんだ!」



「そうだそうだ! 異世界から来た、お前達に言われる筋合いはない!」



 矢継ぎ早にポンチャックの取り巻きから声が飛ぶ。ポンチャックは依然、黙ってこちらを見据えている。



「おい、ここいらは俺たちの場所だって証明してやろうぜ!」


 
 グルルと牙を剥く取り巻き達。僕は過去のトラウマが蘇り、ビビりまくっていたが、足が震えるようなところをあゆみさんに見られるのだけはゴメンだった。なんとか力を入れてどっしり立つ。 


 冷静に考えれば犬人族の腕力は人間の五歳児程度のものだ。顎の力も無い。たぶん、僕でも対処できるのだろう。だが、こうして睨まれると怯んでしまう。


 
 争いを好まない穏やかな種族じゃないのかよ。と、一人愚痴るがそんなものにはお構いなく犬人達は駆けてくる。


 こちらの軍勢はまったく頼りにならない。


 だってピクニックに来てるだけで、実際に戦うつもりで来ている者はいないのだから。

 
 使えない犬人達は、わーきゃー、言いながら四方八方に逃げ出した。

 ポンチャックの軍勢と逃げ出す王国の腑抜け犬達で、平原は大混乱だ。

 僕だって逃げ出したいよ、と口には出さずに嘆く。


 飛び掛ってくる犬を必死にかわし、しがみついてくる犬を払いのけた。

 やはり力の無い種族だ。払いのけると、いとも簡単に転がっていってしまう。

 しがみつかれては投げ飛ばし、投げ飛ばしてはしがみつかれ、乱戦過ぎてなんだか分からないが、ダメージはとりあえず無かった。


「くそ、ハパティで買われただけの犬のくせに!」


 どちらかというと、幼児に遊んでとせがまれる保母さんみたいな状況だ。全然、戦いという感覚は無い。そのくらい犬達の攻撃は生温いものだった。


「うるさーい!!」と、一喝したのはあゆみさんだった。


 場が静まり返る。


 
「あたし達はポンチャックと話をしに来ているの! あんた達は関係ないんだから、そっちで遊んでなさい!」


 突然怒鳴られた一同は、どうしていいのか分からないようでお互いの顔を見合わせている。


 
 いくらポンチャックに感化されているとはいえ、争いの無い平和で事なかれ主義的に生きてきた犬人族は、こんな風に怒鳴られる事が珍しかったのだろう。


「返事は!?」


 あゆみさんの怒声に犬達は一様に青ざめた顔で、背筋をピンと伸ばして直立した。



「返事は!?」もう一度叫ぶ。


「はい!」


声を揃えて答えた一団は潮が引く様にそそくさと退散した。


 

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