少女と小難しい話 2
「うーん、いい天気!」
ミカさんが気持ちよさそうに伸びをした。昨日の曇天が嘘のように青空が広がっていた。地平線、じゃなくて、地椀面も良く見える。
すごい、本当にボールの内側にいるみたい。でも空はちゃんと青いし恐ろしく大きなボールの中だから圧迫感なんて全く無い。
いくら目を凝らしても頭上に反対側の地上は見えないけど、かなり大きな球体なのだろう。どのくらいの大きさなのかなぁ。想像もつかないけど、地球より大きいのかな?
広大な草原を歩くのはなかなか楽しい。
よちよち歩きを始めた赤ちゃんなんかは、今のあたしみたいに世界の全てが新しくて楽しかったんだろな。
「しかし、毎回ここから村まで歩くのは面倒ですねぇ。相変わらず臭いし」
仁君が嫌々といった素振りで雰囲気を壊す。
「いいじゃない。澄んだ空気、綺麗な風景。ハイキングだと思えば」
ミカさんが不満顔の仁君を一蹴する。あたしも同感。いい天気だし、ハイキングだと思えばこんなに素敵な場所はない。ただし、ネガティヴなオトコと一緒じゃなければ。
「じゃよろしく頼むわね。例によって私は帰るから」
「えー! もう帰っちゃうんですか?」
「界道を開いてあなたたちを連れてくるのが役目だから、その後は任せるわよっ。今日は他に行かなきゃ行けない業者さんもあるのよねー。村までの道は覚えている?」
「はい、ほぼ一直線ですし、見えてますから」
仁君が答える。 はるか先にぽつんぽつんと小さな家屋が見えている。
「じゃ、よろぴくん」
はぁ。今日はもう二人っきりにさせられるのか。村までは一緒に来てくれると思ったのに残念。
ミカさんが去り、あたしは仕方なく仁君について歩き出した。
「あれ? 村の入り口に犬たちが集まってるわよ」
遥か先に群衆のような固まりが見えた。近づいていくと、やはり黒だかりの犬人たちがいた。なんだろう。揉め事には見えないけれど。
犬の中に見覚えのある顔を見つけたあたしは手を挙げた。
「ミッチェ。一体どうしたの?」
あたしに気付いたミッチェはこちらに駆けてきた。
「あゆみ! ポンチャックにしてやられた」
深刻な表情のミッチェ。まさか、ポンチャックが攻めてきたとかじゃないわよね。
「何があったの!?」
「ハパティだよ!ハパティ! ポンチャックのやつ、凄い美味しいハパティを持ってきやがったんだ! こりゃまずい事になるよ!」
「はぁ?」
心配して損した。おいしいハパティだって?
よく見るとミッチェはもぐもぐと口を動かしている。右手にはビーフジャーキーに似た枝の茎みたいなものを握っている。これが噂のハパティか。
「奴はハパティ畑を占領しただけじゃなく、こんなに美味しいハパティの栽培にまで手を出していたなんて……。くそ、うまい。うますぎるっ!」
興奮した様子のミッチェ。怒りなのか喜びなのか判別できないほど興奮している。周りの群衆もそうだった。その興奮の輪の中で取り残されてるのはあたし達二人だけ。
仁君と顔を見合わせる。
「何なのコレ?」
「僕には何とも……」
お手上げのポーズをとる仁君。ま、そりゃそうか。あたしはミッチェに向き直る。
「ちゃんと説明してくれないと、わかんないよ」
「だから、こんなに美味しいハパティなんか、僕初めてだよー!」
興奮した様子でぴょんぴょんと跳ねるミッチェ。何の説明にもなっていない。
「ちゃんと教えなさいよっ!」
ゴチン、とミッチェの脳天に鉄拳を加えた。
「はぅ!」
沈むように倒れたミッチェ。
「げ、あゆみさん結構過激」
引きつった表情の仁君だったが、ミッチェは何事もなかったように、すぐに起き上がった。
「す、すみません。あまりに興奮していて」
正気に戻ったようだ。犬だから骨もきっと丈夫なんだろう。
「じゃあ、詳しい話を聞かせてもらいましょうか」
にっこりと微笑みかける。
「は、はい。では、まずはお城へいらっしゃってください。王様もお待ちですので」
ミッチェに案内されて、あたし達は群衆の脇を抜け城へと向かった。
城の中の犬達も、話題はハパティ一色だった。
なにやら空気は浮き足立っている。占領されても、おいしいハパティがもらえるならいいや、という空気なのかもしれない。
それが、気に入らないのはリプティノス王だ。
玉座で苦い顔をしたリプティノスが腕を組んでいた。
「この騒ぎは一体何なの」
あたしが尋ねるとリプティノスは悔しそうに拳を握りしめた。
「ポンチャックの奴がハパティ畑で、何か品種改良したのか、製法を変えたのか、今までとは比べ物にならないほど美味いハパティを作りおったんじゃ」
「それがどう問題なの?」
王は声を荒げる。
「大問題じゃ。奴は、そのハパティを持って来てこう言ったんだ。『事なかれ主義の王国の管理下では美味しいハパティすら作れない。このままでは、ゆっくりと国は腐っていく。このハパティを食べたいのなら、俺の元に集え! この国を正常な社会に正すんだ!』 と、まあこういうわけじゃ。困っちゃったなぁ」
「それでどうなったの?」
「みんな単純だからなぁ。ポンチャックの元に行ってしまった者達が複数出てるんだ。まいったよ」
ハパティを餌に同士を集めたってことね。単純な連中ね。
「今までこの国は平和だった。内戦みたいな事も、ほとんど起こらなかったんだ」
悲しそうにリプティノスは言う。
「しかし、わからんのぉ。あの味は確かに大変な美味では有ったが、どこか異国めいた、いやこの世界のものとは思えない味の様な気がするんだ」
それまで黙っていた仁君が聞く。
「ポンチャックが異世界から何らかの材料や肥料などを取り寄せ、それを使ってハパティを栽培していると?」
「そこまではわからんのう。だけど、昔、異世界から来た奴の土産で食べた珍味と、似ている気がしたんだなぁ」
「ふぅん」とあたしは事の深刻さには全く気づいていなかった。
仁君は何やら似合わない小難しい顔で腕を組んで考え込んでいる。
あたしは、そんなに美味しいなら食べてみたいなぁ、なんてのんきに思っていたが、これはこの世界にとって重大な動乱の始まりだったのだ。
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