少年、姉に怒られる
「……で、紅茶三杯飲んで、クッキー食べて帰ってきたわけ?」
一日目の終了報告を姉に入れたら、こう呆れられた。
「でも、有力な情報も得たもん、ね? 仁君」
初めての異世界から帰ってきて興奮気味のあゆみさん。
キラキラ瞳を輝かせているが、僕はうーん、と唸って目を逸らした。
「どんな?」と姉が尋ねる姉の声は尖っている。僕はかぶりをふった。あゆみさんが僕の変わりに嬉しそうに答える。
「えーっと、あっちの紅茶はハパティの葉を原料にしてて、ジャレットクッキーってお菓子に最高に合うってこと」
「……だってさ」
僕が両手を広げてやれやれと溜息をつくと、姉はぐでんと弛緩した様子で椅子についた。
「いいんだけどねぇ」
なんとなく、姉が言いたいことはわかっている。雨でやることなければ早引きして帰ってこい、ということだ。そうすれば、あゆみさんに支払う給与の額も少しで済むっていう寸法だ。
だけど、あゆみさんにとっては初めての異世界だし、初勤務で早上がりなんて可哀相だし、犬皇界に慣れるためにも時間通りの滞在が必要だと僕は判断したのだった。
多分、姉は僕がそう判断したことを分かっていて、更にその選択も一理あると思ったのだろう。その後は何も言わなかったから。
すぐに機嫌を直した姉はあゆみさんと世間話やら、好きな芸能人の話など、くだらない雑談を始めた。
「じゃ、僕はあがりますんで、今日はここまでで。あゆみさん、また明日宜しくお願いします」
女の騒音みたいな会話ほど、聞いててつまらないものもない。後は姉に任せて自室に戻ろう。
「何よ、あんた。私があゆみちゃんと楽しく喋ってるのに嫉妬してんの」
それは見当違い。違いすぎ。
「大丈夫、それは断じて無い。ただ疲れただけだよ。あゆみさんも初日で疲れてるだろうから今日は早く帰って寝たほうがいいかもですよ。自分じゃ気付かないでしょうけど、異世界への渡航は体力的にも精神的にも結構負担がかかるんで」
「はーい。わかりましたー」
敬礼のポーズでペロリと舌を出して返事するお調子者のあゆみさん。
僕は苦笑しながら部屋を出る。なんであゆみさんは馬鹿みたいに元気なのだろう。……なんて思ったが、馬鹿だからだろう、と直ぐに結論が出て、一人笑ってしまった。
まったく、元気すぎる人が来てしまったなあ。
そんな事を考えながら居住区である二階の自分の部屋に戻る。
なんだか、自分の体から犬の臭気がした。慌ててシャツを嗅いでみる。
やはり、犬臭い気がする。
一回そう思うと一刻も早くシャワーを浴びて体を洗いたくなってくる。急いで自分の部屋に着替えを取りに行った。
シャワーを浴びた後も、なんだか犬の臭いが残っている気がして自分の腕や肩を嗅いでしまう。やっぱり犬皇界は嫌だ。何であゆみさんはまったく臭いを気にしないのだろう。僕の気のせいなのかなぁ。
「あんた、なにしてんの?」
自分の脇を嗅いでいるところを姉に見られた。
「あ、いや別に」
ちょっと恥ずかしくなり辞める。
「面白い子ね、あゆみちゃん。見込みありそうじゃない」
「まぁまぁじゃない。適応能力は高いよ」
姉は嬉しそうだ。あゆみさんは久しぶりの新規登録者だったから。
「仁より楽しそうにしてるもんね」
「僕は誰かさんのせいで犬が苦手というハンデがあるからね」
皮肉を込めるが、姉には通用しない。僕の犬嫌いの原因が自分にあるということすら理解していないのだ。
「明日も宜しく頼むわよ。さっさと解決してちょーだいね。成功報酬狙っていきなさいよー」
犬皇界くんだりまで行って、任務失敗で最低賃金しか得られない、なんて事態は僕だって嫌だ。
「頑張るよ」と答えて自分の部屋に入った。さっさと寝て、明日に備えよう。
憂鬱な毎日だ、まったく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます