少年は再びため息をつく 2


 木造二階建て。ちょっと金をかけて作った掘っ立て小屋と言ったら、さすがに怒られるだろうが、犬人族はこれをお城と呼ぶんだから、文明の進歩はまだまだ僕らの世界には遠く及ばない。


 案内されるままに中に入る。中は思ったよりは広かったが、僕の身長では天井が低くて玄関や部屋のドアをくぐるたびに身を屈めないと頭をぶつけそうになる。

 城の中には何人かの使用人がいて、僕たちを見るなり歓喜の声をあげた。あゆみさんは馬鹿みたいに手を振って答えている。


 廊下を抜け階段をのぼり、一番奥の部屋に入る。

 豪華な調度品が目に付く、ココが謁見の間なのだろう。



 入り口から続く赤い絨毯に目線を導かれると、部屋の中央の玉座に小ぶりな王冠をかぶった犬が座っていた。

 赤いマントなんかを羽織り、手入れの行き届いた茶色い毛並みをふさふさとさせている威厳に満ちた風格はこの国の王、リブティノス四世である。


「おお、よく来たなぁ。勇者殿とその家来! さぁ、こっちこっち」



 飲み屋で友人に会った酔いどれサラリーマンの様に、ちょこっと手を挙げて明るく声を掛けてくるリブティノス王。威厳のかけらもない。


「ぷぷ、家来だって」



 あゆみさんが意地悪な笑みを浮かべる。嫌な女だよ。
ちょっとイラっとしたので訂正しよう。


「リブティノス王。私は家来ではありません。この仕事を請け負った幸運堂の細波仁さざなみ じんと申します」



「そうなの?  まぁどちらでもいいんだけどねー」



 ……よかない。よかないよ。この犬と話していると気が緩む。まったく呑気なもんだ。



「で、早速なんだけど、本題いっちゃっていいかな? 魔犬ポンチャックの事は聞いてるでしょ。困っちゃっててさぁ。あはは」


 あまり困っているようには聞こえない口調で王は話し出した。



「知ってるだろうけどさぁ。わし達、犬人族は争いとか全然したくない種族なわけ。黒か白かで言い争うくらいなら灰色でいっか、って思っちゃうんだよね。そっちの世界じゃ考えられないでしょ?  なんでも白黒つけたがるってミカさんに聞いたよ」



「まぁ、世界ごとに考えかたは違いますからね」



 当たり障りのない回答をする。そうだろうねぇ、と気の無い返事をしてリプティノスは続けた。



「だけど、どうもポンチャックは異端でね。新しい事とか人と争うことなんかが好きなんだ。なんでも上に立ちたがる性格なのさ。競争社会を作りたいなんて小難しい事を言ってさ。で、みんなで分けていたハパティ畑を、何故か分からないけど占拠しちゃったんだよー。いやー困ったもんだね」


 本気で困っているのだろうか。どこか他人事の様に聞こえるのは単にこの犬の話し方のせいなのだろうか。


「そのポンチャックを成敗して来りゃいいってワケね。面白くなってきたじゃない」


 あゆみさんは単細胞っぽく目を煌かせている。


「で、相手方の組織規模はどのくらいなの?」


「ポンチャック一人さ」


「一人っ!?」


 叫ぶあゆみさん。すぐ大声を出す女だ。直ぐ横で悲鳴みたいな声を聞かされる僕の身になって欲しい。  


「一人なんだったら、皆でダーって行って、畑なんて奪い返しちゃえばいいじゃない」


「えー、やだよ。ワシ達は暴力は嫌いなんだよ」


「なによそれ」とあゆみさんはがっくりと首を垂れた。


「でも、ポンチャックは違うんだ。パンチするんだよ。直ぐにパンチしてくるんだよ。痛いんだよ。パンチされると」


「そりゃ攻撃されたら痛いわよ。だから懲らしめるんでしょ」


「そうなんだよ。このままじゃまずいから、ちょっと懲らしめて欲しいんだよね」



「まったく。人任せなんだからー」


 呆れた顔のあゆみさん。彼女もなんとなく、この国の人の国民性がわかっただろう。 


「そ、人任せだよー。その為の幸運堂さんでしょう」


 にこりと国王が笑う。一本とられた。


「その通りです。僕達にお任せください」



「ただね、別にやっつけてくれって話じゃないんだよ。そこまでするのはかわいそうじゃん。みんなで分けていたんだから独り占めはやめて欲しいんだ。出来れば穏便にね」



「おーけー。まっかせてちょうだい!」


 あゆみさんが腕を組んで大きく頷いた。

 目的がポンチャックの討伐ではないのならば、国王の望むとおり、まずは言って聞かせることにしよう。

 ダメなら実力行使で蹴っ飛ばしでもして、畑から追い出す。こういう方針で行こう。うまくいけば話し合いで簡単に片をつけられるかもしれないし。

 犬皇界の民は白黒決めたがらない性質だから、あまり議論を好まない。逆に言えば議論自体が少ないので言いくるめるのも難しくないのだ。



「じゃ、早速出かけましょ! そのハパティ畑に連れて行ってちょうだい!」



 猪突猛進型のバカ一直線のあゆみさんがミッチェに言う。



「早速って、今からですか? とんでもない!」



 ミッチェは飛び上がって驚く。


「なんで?」


 あゆみさんは、キョトンとした顔で首をかしげる。



「だって、外は雨ですよ? 雨の日は外に出ないに越した事はありませんよ」



 ほら、やっぱりそうだ。僕は分かっていた。コレが犬人族の行動スタイルなんだよな。


「そこまで降ってないじゃない。傘とか無いの?」


「カサですか?  ああ、あの雨を避ける為の大きな葉っぱですか?」



「うーん、まあそんなとこ」



「あんなものをあなた達の世界では使ってるんですか? 結局濡れるじゃないですか」



「まあ、そうだけど。じゃあ、あなた達は雨の日はどうしてるのよ?」



「雨の日は外には出ないですよ」


 当然でしょ、とでも言いたげな眼差しだ。



「仕事とかはどうするの?」



「雨の日にやらなきゃいけないような重大な仕事は滅多にないですよ」



 あゆみがこちらを向いた。僕は首を横に振った。



「わかったわ。でも、あたし達は何をしたらいいの?」



 黙って二人のかみ合わない応酬を聞いていたリプティノス王がとぼけた口調で言った。

「まぁ、雨だから仕方ないですな。ゆっくりしてってください。紅茶でも出しますから」



「でも」と言いかけたあゆみさんを制して前に出る。



「わかりました。では本日はお言葉に甘えまして、ゆっくりさせていただきます」



「うむ、ま、一つ宜しくたのむよ」



 リプティノス王が満足げに言う。



「ではとりあえず、そうですねぇ。食堂に案内しましょうか」



 ミッチェは笑顔で僕らを王の間から退室させた。


「なんなのよ、せっかく気合入れてポンチャックの所に行ってやろうと思ったのに、全然やる気ないじゃない」



 

ぴょこぴょこと楽しそうに先導するミッチェの後ろで。

あゆみさんはひそひそと、僕に不満をぶつけてくる。


「仕方ないですって。世界が違えば常識も違うんだから」



「だからって、これじゃ何しに来たのか、わかんないじゃない」



「ああ、もううるさいなぁ。郷に行って郷に従えって言うでしょう!」



 ひそひそ声がつい大きくなった。



「あの……」とミッチェが振り向いた。


 ただでさえ小さい体を縮こまらせて上目遣いでこちらを伺っている。



「すみません。何か至らぬ点があったでしょうか?」



 もじもじと両指をからませながら、おそるおそる口を開くミッチェ。



「いいえ、ごめんなさい。全然そんなことないわ」



 あゆみさんが慌てて表情を緩める。


「せっかく雨なんだもの、ゆっくりさせてもらうわ
。あたし、初めて犬皇界に来たから、まだ勝手がわからなくって。ごめんね。でも、あなた達の力になれるように頑張るわ」



 あゆみさんの言葉を聞いてミッチェの顔がパッと明るくなった。



「ありがとう! 勇者様!」



「勇者様じゃなくて、あゆみでいーわ」



「ありがとう、あゆみ」



 がっしりと握手する二人。単純なあゆみさんは同じく単純な犬人族と馬が合うのだなぁ、なんて僕は思った。


 まあ仲良くなることはいいことだ。


 しかし、やることがないから、といって本当にだらだらするわけにも行かないだろう。今日は情報集めの日にしようかな、と窓の外の降りしきる雨を見つめながら僕は思った。


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