少女の旅立ち3 

「間抜けに見えますが、立派な仕事です」


 少年は真面目な顔のまま、いや少しだけ目を逸らしたが、至極落ち着いたな声音で言った。あたしの顔色が変わっていたのがわかったのかねぇ。


「何これ? どっきり番組とかじゃなくて?」


 怪しいっていうよりはもうなんだかわけわからんわ。

 思わず聞き返すが、少年は首を横に振る。


「どっきり番組とかじゃありません」


あたしに疑惑の眼差しを向けられたからか、少年はわざとらしく咳払いをする。


「と、ともかく質問等は後ほどで。まずは簡単な適性検査を行いたいと思いますね


早口でそう言うとあたしに向けて掌を向けた。


「な、なんですか?」


 うろたえるあたし。


「目を閉じてください」


「なんなんですか、いきなり」


「いいから!!」


 叫ばれ思わず目をつむる。 


 ……。



「すみません、もう開けてくださって結構ですよ」



 ほんの一瞬ででそう言われ、なんなのよ、と戸惑いながらも目をあけた。



 広がっていたのは草原だった。太陽は輝き、空は高く、緑の海が一面に広がっていた。



「嘘!? なにこれ!?」


 辺りを見渡す。誰もいない。


「細波さん……?」


 周りを見渡すが誰もいない。あの細波仁とかいう少年もさっきまでの事務所も、三軒茶屋の町並みも何にも無い。

 風が頬を撫でる。


 田舎っぽいの草の澄んだ香り。気温も湿度も高くない。真夏の東京とは打って変ってむしろ心地よさを感じるほどだ。


「マジ……?」


 問うて見たが返事は無い。青空に一人きりだ。


 突然現れた草原に風が吹いた。


 その風はあまりに気持ちがよく、あたしはこんな状況なのに何故か混乱もしなかったし、恐怖なども感じなかった。穏やかな気持ちにさせてくれる不思議な風だった。

 

 遠くにぽつんとレンガ造りの民家が見える。

 ぷかぷかと民家の煙突から煙が上がっている。



 あたしは、ほっぺたをつねってみた。


 しっかりはっきりと痛かった。


 とりあえず、あの民家に行くしかないのかしらん。なんて思い、とぼとぼと歩き出す。意外と冷静な自分に驚きながら。



 遠くに見えていたから気づかなかったが、近づいてみると民家は思ったよりも小さかった。例えが下手で申し訳ないのだけど、でかい犬小屋。というのが率直な感想だ。

 玄関はあたしでも身を屈めないと入れないほどの狭さだった。小人の家だろうか。あたしは高鳴る胸を押さえながら扉を叩いた。


「あいよ、開いておるぞ」



 あたしが来ることを知っていたかのように部屋の中から返事があった。



「お邪魔します」



 恐る恐る扉を開ける。中は質素な造りだった。木のテーブルと簡単な洗面台しかない生活感の無い空間だった。
その中央で小さな老人が安楽椅子に座っていた。


 あたしは身を屈めたまま挨拶する。



「あの、すみません。あたし気がついたら草原に立っていて。突然だったもので何が何だかわからないんだけど、ここは一体どこなんでしょうか」



「ほっほっほ。こりゃまた元気な娘さんだ」


 楽しそうに老人は安楽椅子を揺らして笑った。


「わしはロンメル・バッカード。ロンメル爺さんと人は呼ぶがのぅ」


 蓄えた白いひげを弄びつつ老人は名乗った。


「そして、ここは『果て無しの草原』じゃ」


「果て無しの草原……」


「さよう。この世界にはこの小屋の他には、なぁんにも無い」


「えっと。あたしはどうやって来たんでしょうか。っていうか、帰れるんでしょうか」


「ふぉふぉふぉ。大丈夫じゃ。ほれ、その右手に持っているものをちと見せてくれんかね」


 言われて気付く。あたしは右手に封筒を持っていた。


 さっきから持っていた?

 記憶に無い。 


「最近は少なくなったがの。昔は一日に何十人もわしを訪ねてくるものがおったんじゃよ。列になって三十分待ち、なんてのもざらじゃったのう」



 あたしから封筒を受け取り、髭もじゃのロンメル爺さんは笑う。


「ほう、珍しい。あんたは秘蔵っ子の所の人だね」


 封筒に書かれた幸運堂の文字をなぞり、もう一度「珍しい」と言ったロンメル爺さんはあたしの顔をじっと見て、ウンウンと嬉しそうに頷いた。


「適性検査で来たのじゃろ。秘蔵っ子から何も聞いておらんのか?」


 秘蔵っ子ってあの少年のことだろうか。


「何も説明らしきものは受けていないんです」


「まったく、仕事をおろそかにする奴ぢゃのう」


 そう言いながらも笑みは絶やさない老人。そんなに秘蔵っ子の所から人が来たのが嬉しいのだろうか。



「さて、わしが説明してもよいのだが、あまり時間もないしのう、とりあえず適性をみてからじゃの。しばしそのままにしておれ。なに、すぐに終わるよ」



 手をかざす老人。眩い光が掌から発生する。



 結局あんたも何も説明してくれないかよ、と思いつつも強い光に思わず目を瞑る。



「ふむふむ、なるほど」



 あたしを包む光は微妙に色を変えていく。虹色に、軟らかく、暖かく。

 どのくらいの間、その光にかざされていただのだろう。夕日が沈むように光はいつの間にか収まった。



「あいあい。あんたさんの特性は良く分かった」



 テーブルに向かいさらさらと何かの用紙に記入を始めた老人。



「今のが細波君が言ってた適性検査ですか」


「そうじゃよ」


 筆を動かしながら老人は答えた。


「今ので一体何が分かったんですか? あたしの勇者としての素質とかですか?」



「フォフォフォ。まあそんな所じゃよ」



 老人は書き終えた紙を封筒に入れた。



「ほれ、コレを秘蔵っ子に渡しておくれ」



「さっきから秘蔵っ子秘蔵っ子って、どういう意味なんですか?」



「昔から秘蔵っ子と呼ばれとったからのう。そう言う意味じゃよ」


 どういう意味なのかしら。結局分からない。



「彼は何者なんですか?」


 封筒を受け取りつつ尋ねる。



「なんじゃもしかしてお主、あんなのがタイプなのか?」


フォフォフォ、と意地悪く笑う老人。



「なんでそうなるんですか! さっき初めて会ったばかりだし、そんなんじゃないですよ!」


あたしが真っ赤になって否定しても、じじい……じゃなかったロンメル爺さんは笑ったままだ。


「あやつは本来なら幸運堂を継ぐべき才能の持ち主なんじゃ。まだ若いからかないものねだりばかりしよって、あまり本腰を入れて仕事をしないのが悔やまれるがのぉ。代表の三代目がやる気を出し過ぎているせいかもしれんが、本当は才能で言ったらやはり秘蔵っ子のほうが上なのじゃ。残念じゃよ。ま、まだ十六になったばかりだし、今後に期待ってところかの」


 また分からないキーワードが出てきた。代表の三代目。

 今後のキーワードになる言葉かもしれない。


 それより、あの少年やっぱりあたしより年下だったんだ。

 枯れてんなぁ、まだ若いのに。


「おっと、無駄話をしていたらもう時間じゃ」


「時間って?」


 さっきから質問しかしていない。けど、この人も全然答えてくれない。腹たつんですけど


「また会えるのを楽しみにしとるぞ~」



 結局何も答えず、老人が手を振る。ぐにゃり、と立ちくらみでもしたかのように世界が歪む。


 ……。



「え?」



 ハッとして辺りを見渡す。目の前に老人がいたはずだったのに、一瞬の瞬

きの間に、あたしは元いたオンボロ事務所に戻っていた。


「……おかえりなさい」



 秘蔵っ子、と呼ばれていた少年が事務的に微笑む。



「今のは一体……」



 夢か幻か、と聞こうとしたが右手に何かを掴んでいる事に気づく。それはあの老人に手渡された封筒だった。



「じゃ今のは現実?」



 もしかしたら夢を見ていたのではないかという推測は外れてしまった。



「どういうことなの!?  今のは何!?」


 今更興奮してきた。あたし、異世界に行ってたのかな? 異世界だって異世界。マジ!?


「適性検査ですよ。さ、その封筒をお渡し頂けますか?」



 あくまで事務的に少年は言う。あたしとの温度差になんだか釈然としないが言われるまま封筒を渡してあげた。少年はそれを開く。


 しばし書類に目を落とす。



「オーケーです」



 紙をたたみ少年は立ち上がった。



「今のは一体なんだったの?」


 説明を全然してくれない事に、いい加減腹が立ったのと、あと彼が年下だって聞いたので丁寧語を使うのはやめた。



「だから、適性検査ですよ。合格ですので勇者の仕事、ぜひともヨロシクお願いしますね」



 全然説明してくれない少年の態度に、もうあたしは怒りマックスよ。いやマジで。



「あんたね、もうちょっとちゃんと説明しなさいよ! 一応仕事でしょ! やる気あんの?」



 あたしが怒鳴ると、少年は間抜けな顔して固まった。黙ったのをいいことにあたしはまくし立てる。



「もー、なんかつまんなそーな顔してさ、そんなんじゃこっちだって、やる気なんか出ないわよ! 異世界よ? さっきまであたしワケわかんない『果て無しの草原』とかって所で小人のおじいちゃんと喋ってたのよ。もっと重々しい雰囲気とか出してよ。あんたせこい区役所の役人か! ちょっとでもいいからこっちのテンション上げさせるようにしなさいよ! ロンメル爺さんとかいう人も言ってたわよ。秘蔵っ子は才能はあるのにやる気無いから残念だって! しゃきっとしなさい! 男でしょ!」


 もう思いっきり怒鳴ってやった。


それなのに、このバカ面の少年は何故怒られているのか理解できないといったアホ面であたしの言葉を聞いている。

 なんか反論でもあれば言えばいいのに、この男、反論もせずに頭を下げて「すみません」……だってさ。


 あー!もう!!!


そういう所がもう、張り合い無いんだから。


 一番最初に電話で受けた、いじめられっ子かもしれないという印象は、あながち外れていないかもしれない。


 こんな調子だと、あんまり友達とかいなさそうだし、実際あたしは友達にはなりたくないタイプ。てかうざい。マジで。



「……まあ、いいよ。あの草原に行ったおかげで、犬の世界とかってのも信じられない話じゃなくなったし。やってやろうじゃない。明日は何時に来ればよいの?」


 なんて聞くあたしも大概おかしいかな。いや、もういいんだ。毒を食らわば皿までだ。



「……午前十時に来ていただければ、と思います」


 あたしにコレだけ言われても、ちょっと眉間に皺を寄せただけで、それも直ぐに緩めて事務的に返す少年。


 もー! 嫌。こういうタイプの男子って一番嫌い。


……でも今回だけは許す。


 異世界という非日常をあたしに提供してくれるのだから、ここは大目に見てやろう。あたしの方がお姉さんだしね。本当ならぶん殴って帰ってるところだけど。



「分かったわ。明日はヨロシクね!」


 と、あたしはできるだけ愛想のいい感じの笑顔を振りまき、幸運堂を後にした。


 

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