少年の憂鬱

 一体なんなんだよ、あの女。

 ドタドタ帰って行った応募者を見送って、僕はため息をついた。

 

 さすが姉の作ったチラシなんかで呼び寄せられた人間だけのことはある。度胸はあるみたいだけど、人格に難ありだ。なんか突然怒られたし。

 短絡的思考の人間って苦手なんだよな。すぐ怒ったり笑ったりして周りの人間の気持ちなんて考えないんだから。

 しかも、面倒くさいことにあの女は僕の通う高校の上級生だったじゃないか。


 石井あゆみ。

 どこかで見かけたことがあるような気がしていたのだけど、エントリーシートに学校名まで丁寧に書いてくれたから、流石に思い出した。



 彼女は僕が先日、告白して振られた女の子の部活の先輩なのだ。


 放課後に美術室の前を通った時に一度、見かけたことがあるような気がする。ミニスカートなのに全然恥じらいもなく机の上で先生の物真似をして飛んだり跳ねたりして笑いを取っていた。

 正直に言ってしまうと僕が絶対に好きにならないタイプの女性である。



 それにしても、まさか同じ学校の生徒が幸運堂に来るなんて。

 姉は一体どこまでチラシを貼って回ったのだろうか。


 学校の近くだったりしたら大変だ。この仕事は一般人には秘密で、特に学校の連中なんかに知られたら面倒なことになる。

 僕としては、ゆくゆくはこんな仕事は辞めて普通に暮らしたいという気持ちはあるが、今面倒ごとになって仕事がなくなったら学費も食費も無くなる。それは困るんだ。


 あの女は見た目どおり馬鹿っぽいし口も軽そうだし心配だ。

 嫌になるなぁ。僕ばかり貧乏くじを引かされるんだもの。


 不採用にしたほうが後腐れはなかったけど、あの人以外に応募は来てないし、それに幸か不幸か適性検査の結果は抜群だったんだ。

 文句なしの『S級』


 ロンメル爺さんのお墨付きだ。適性はDからA、そしてその上のSというふうにランクが上がっていく。上位のランクになるほど異世界への拒絶反応が少ない。

 言葉だって翻訳なしに会話できるし、この世界にない病原菌への耐性も強くなる。ただ、S級は滅多にいないのだ。だから人材としては貴重な存在ではあるのだが、素質のある馬鹿ほど面倒なものは無いってのも事実なんだよね。



 ま、利用規約にサインは貰ってはいるので、もし面倒な事態になったとしても、ザルフェルやロンメル爺さんに頼んで彼女の記憶を消して貰えばいいか。


 記憶の消去は後遺症も残る可能性はあるが、まあ仕方ないでしょ。


 なんて考えていたら事務所の扉が開けられた。魔境に行っているはずの姉だった。



「おす! 仁! 元気ぃ?」



 予定より早い。確か一週間の滞在のはずだった。



「おかえり。なんか早くない? もう終わったの?」



「中抜け。なんか急な用事が入ったとかで、依頼主のハイジャンが二三日出張になるらしくてね。魔境にいてもやること無いから一旦帰ってきたわ」



 お土産よ、と言って怪しい包みを机の上に置く。


「なにこれ?」


「アステラル大陸名物、バッジャーノのレブリア饅頭よ」


 袋から出してみるが、ピンポン球くらいの大きさの真っ黒の弾力性のない丸い塊だった。手に持つとドクンドクンと内部からの鼓動が伝わってくる。びっくりして手を離す。


「食べ物なの? コレ」


「饅頭だって言ってるじゃない。食べ物じゃないものを饅頭とは呼ばないでしょ」


「でも、なんか動いてるんだけど」


「生きたままのバッジャーノにレブリアをまぶしてあります、って書いてあるわね」


 袋のラベルを読む姉。


「バッジャーノって何だよ。生き物?」


「わかんない。食べてみなさいよ。そしたら分かるわよ」


「嫌だよ。そんなもん。怖いよ」


 さっと身を引く。もう二度と手に取る事もないだろう。


「何よ、せっかく買ってきたのに。あ、そうだ。それよりそっちはどうなの。ミカの仕事。なんだっけ勇者候補? それ見つかったの」



「うん、まあね」



 手に残る得体の知れない饅頭の感触に顔をしかめながら、適性検査の用紙が入ったファイルを差し出す。姉はそれを真剣な表情で眺めた。



「なるほど。なかなかいい人材じゃない。犬好き、単純でおっちょこちょい、猪突猛進か。ふふ、あんたと正反対ね」



「うるさいや。でもちょっと困った事が」


 高校が同じだという事を告げる。



「あらやだ本当。でも、まぁ大丈夫でしょ。利用規約は書いてもらったんだし。人が集まんない現状じゃ選り好みなんか出来ないわ」



「うーん。そうなんだけどね、俺、あの人苦手かも」



「こら。私達みたいな斡旋屋が好き嫌いで動いちゃいけない事くらい分かってるでしょ。どんな人間も異世界からしたら重要な人材だったりするんだから」



 それは理解している。ただ彼女にある種の人間特有の臭いを感じたのだ。人を振り回すだけ振り回しておいて後始末まで押し付ける様な、そんな人間の臭いを。



「よし、じゃ明日の十時ね! 楽しみにしとこっと」



 上機嫌の姉を横目に僕は溜息をつき電話を手に取った。人材が見つかったことをミカに伝えるのだ。



「あ、仁くん。応募者来たの?」



 陽気なミカの声が受話器から聞こえる。天使も悪魔も、携帯電話を所有している。世の中便利になった。祖父の代は伝書鳩だったらしいから、情報の伝達スピードもかなりスムーズになったのだ。



「そうです。十七歳女性。高校生です。適性検査の結果も良好です。後で検査のデータはお送りしますね」



「ありがと、良かったわ。あなたの所で人が見つかって」



「こちらとしても、良かったです」



「じゃ、明日はよろしくね。迎えに行くからね」



「よろしくお願いします」



 受話器を置き、安堵する。これで、今月二つ目の仕事の目処がついた。久々の大仕事だ。収入も弾むぞ。貯金に回すか、それとも、新しいパソコンでも買うか。

 まだお金が入ったわけでもないのに、僕の心は高揚した。



「あーそうだ。あんたも犬皇界には同行しなさいね」


 思い出したように姉が言った。



「えー、なんでだよ」


 寝耳に水だ。行きたくないからこそ頑張って採用にしたのに。これじゃ意味無いよ。


「なんでって、あゆみちゃん初仕事なのに異世界なんでしょ。同行するのは当たり前じゃないの」



 うぐ、確かに言われてみればそれはそうだ。

 異世界派遣は通常の仕事紹介とはわけが違う。制約も多いし、色々面倒が起こる可能性もある。

 だけど、どうせ行くハメになるのだったら、わざわざ募集をかけずとも、初めから僕か姉のどちらかが行く形で話を進めれば良かったのではないか。


「目先のことばかり考えてちゃダメよ。じゃあ次にまた異世界派遣の仕事が入ったときはどうするのって話になるでしょ。登録者を増やすことが大事なのよ。登録者が増えれば、それだけあんたも異世界に行く回数は減るんだから、長い目で見れば、こっちのほうがいいの」



 正論だ。嫌だけど、仕方が無い。


 僕はしぶしぶ行きたくも無い異世界へ行くことを了承した。


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