少女たちは黄昏れる 3


 部活の仲間で同じ地下鉄で帰るのは綾乃ちゃんだけだ。揺れる車内、正面の窓には並んで座るあたしたちが映りこんでいる。


車内はそれなりに混んではいたが、席に座れたのは運が良かった。左隣の眠りこけているサラリーマンがあたしの肩に寄りかかって来るのがうざったかったが。


 さっきから露骨に跳ね返しているのだが、何度やってもあたしの肩に戻ってくる。この男、確信犯なんじゃないか。


「ねぇねぇ、あゆみさん。さっきの望美さんの彼氏の話ですけど、聞きたいですか」



「あ、聞きたい聞きたい!!」



 あたしの声で隣のサラリーマンはビクッと震えて目を覚まし、慌てて座り直した。結果、少しだけあたしから離れてくれた。



「先週の火曜日ね、部活中に突然美術室の扉を開けてサッカー部の鈴木先輩が入ってきたんですよ。山本いるかーって。

 ほら、美術室の扉って古くなってるから結構開きづらいじゃないですか。ちょっと押し込みながら引けばすぐ開くんだけど、毎日出入りしてる私たちくらいしか簡単に開けられないでしょう。

 多分、鈴木先輩も開けづらかったんだと思うんです。力任せに引いたんですね」



 あの扉、そうやれば簡単に開くんだ。あたし知らなかった。いっつも力任せだったよ。



「聞いてます?」



「え、はいはい。それで?」



「乱暴に開けたからですかね、扉が外れちゃって倒れちゃったんですよ」



「あらあら、マヌケだねぇ」


 と言いつつも思う。あたしも気をつけないと、と。



「美術室の引き戸って一人で嵌めるの大変なんですよね。

 そうしたら、なにやってんのよ、って言いながら望美さんが鈴木先輩のもとへ駆け寄ったんです。

 鈴木先輩は謝りながら望美さんと一緒に扉を元に戻そうとしたんですけど、あの引き戸って上をはめてから下をはめ込まないとハマらないでしょう。あれ結構面倒なんですよね。ちょっと重いですし。

 それで、鈴木先輩は望美さんに用事があって来た訳じゃないですか。

前々から鈴木先輩が望美さんの事を好きだっていう噂はありましたし。私たちはみんなドキドキしながら見ていたんですよ。

 そしたら望美さんが言ったんです。『なんの用よ』って。

 結構キツい言い方だったんで、怒っているのかと思って、恐る恐る顔を覗き見したんです。

 そしたらね、望美さんの顔が真っ赤なんです。照れて真っ赤になってるんですよ。あの望美さんがですよ。みんなニヤニヤしちゃいましたよ。望美さんのあんな可愛い顔、はじめて見ました。

 そしたら鈴木先輩も真っ赤な顔して、つっかえつっかえ言ったんです。別に扉をはめながらじゃなくてもいいのに。呼び出しに来たんだから連れ出して屋上とかで言えばいいのに。鈴木先輩たら扉はめながら言っちゃうんだからぁ」



 綾乃ちゃんは話しながらクスクス笑い始めてしまった。



「ちょっと綾乃ちゃんたら一人で笑ってないでよ」


 おいてけぼりにされた不満をたらす。



「すみません。思い出しただけで可笑しくて……」



 涙を浮かべた綾乃ちゃんは、胸に手を当てて吸ったり吐いたりを何回も繰り返していた。



「ふう。落ち着きました。あれ、どこまで話しましたっけ」


 素っ頓狂なことを言う綾乃ちゃん。


「だから、サッカー部の子が来て望美になんか言ったんでしょ」


 そうでした、と頷いて綾乃ちゃんは話し出す。


「サッカー部の鈴木先輩が突然美術室にきたんですよ、山本いるかーって叫びながら」


「いや、それ一番最初まで戻っちゃってんじゃん」


 あたしの言葉に本気で驚く綾乃ちゃん。


「あれぇ、そうでしたか。どこまで話しましたっけ。告白した所までは言いましたか」



「言ってない。てか、そこクライマックスじゃん。なんでそこ言っちゃうのよ」



 きょとんとする綾乃ちゃん。



「なに、綾乃ちゃん天然? 天然なの!?」



「ご、ごめんなさいっ!」



 手を合わせて謝る綾乃ちゃん。こんなにも、もどかしい話し方をされると苛立つものなのに、綾乃ちゃんにやられると、やはり可愛らしい。人生得してる。


「えっとね、そうそう、鈴木先輩が顔真っ赤にしてね。付き合ってくれ、俺と。好きだ、って言ったんです」



「うわあ大胆」



 みんなの前で告白するなんて、ちょっとかっこいいかも。


「望美さんも真っ赤な顔してね『馬鹿、そんなデカい声出さなくても分かってるし。付き合ってあげるからさっさと扉直しなさいよ』ってー。望美さん可愛かったな」


 綾乃ちゃんの望美の真似が意外と似ていて可笑しかった。それにしても望美の顔が真っ赤になってる所なんてみた事ない。想像するだけで、にやけちゃう。やっぱり望美も女の子なんだな。普段はさばさばしてるくせに。



「へぇ、あの望美がねぇ、ウケるねそれ。あたしも見たかったなぁ」


「あの時は久しぶりにニヤニヤしちゃいました」



「そっかぁ」



 なんか複雑な気分だな。羨ましいし妬ましいけど祝福の気持ちもある。望美にとってこの夏休みは忘れられない日々になるんだろうな。


 自然とため息が出た。



「はあ、これで望美も彼氏持ちかぁ。うん、よし、なんか奢ってもらお」



 自己完結しつつ、ぼんやりとしか思い出せない鈴木君をイメージする。


「てか鈴木君って背の高い人だっけ」 



「そうですね。身長高くて茶髪の人ですよ」



 なんとなく思い出せるが、確証がない。 



「どっちだろ。サッカー部に鈴木って人、二人いるじゃん」


 確かキーパーの鈴木君とフォワードの鈴木君がいた気がする。首を傾げる綾乃ちゃん。



「ん~っと、サッカー詳しくないので、ちょっとわからないですけど。なんか天然ボケの人みたいですよ。間違えちゃったのか分かんないけど、試合の写真見たら一人だけ違うユニフォームをきていたんです」



 ふふふと笑う綾乃ちゃん。


 多分それはキーパーだと思うんだけど……。あんたの方が天然ボケじゃないの。


 と、心で思いながら、キーパーの鈴木君をなんとか思い出そうと試みる。

 遠目からしか見たこと無いけど結構格好よかった気がする。というより背が高いってだけで格好よく見えちゃうんだけど。


 女子とも仲良いし友達多そうだし。望美にはお似合いかな。



 綾乃ちゃんと駅で別れて家に着くまで、あたしは望美と鈴木君の寄り添う姿を想像してにやけていた。


 でもその反面、山も谷もない平凡な夏休みを過ごしている自分に憤りを感じた。


 頭に、あの彼女募集、という変なチラシが思い浮かんだ。


 でも、単なる悪戯だったんだよね。


 つまんないの。


 


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