少女は思い悩む

「おっはよー!今日も暑いねー!」



 固いドアを力任せに開け美術室に入る。



「びっくりしたあ、あゆみかー。早いね、おはよ」



 笑顔で挨拶してくれたのは純。



「今日は珍しく早いじゃん」



 望美は純の机に腰掛け脚をぶらぶらとさせている。まだ午前の美術室には望美と純しかいなかった。 



「あんな開け方されちゃうとびっくりするよね」



 純は望美の方を向きクスクスと笑う。鈴木君のことを暗に指している様だった。 



「鈴木君みたいな開け方だったかな?」



 カバンを適当な机の上に放り投げ意地悪く言う。



「あ、あゆみ、誰に聞いたのよ」



 真っ赤な顔になる望美。期待を裏切らない反応をしてくれる。



「誰に聞いたかとか野暮な事言わないの。綾乃ちゃんだけどねー。にしても羨ましいなぁ、鈴木君って結構かっこいいよね」


 普段さばさばしている望美がこんなに感情を出すのが面白くって意地の悪い態度を取ってしまう。


「べ、別にカッコ良くなんかないわよ」



 顔をそむける望美。


「照れてる? 望美さん照れてるんですか?」



 近づき下から覗き込むように望美の顔を見る。


「もー!うるさい! 馬鹿!」


 鞄を投げつけてくる望美。一連のやりとりを見ていた純が声をあげて笑った。



「本当あゆみは気持ち良いくらい無神経にいじり倒すね」


「純も笑ってんじゃないよ」


 望美のぷりぷり怒っている様が可愛い。


 だが、待ってほしい。あたしは望美が嫌がるのをわかっていて、わざとからかっているのだから、望美みたいな本当の無神経でズバズバ物を言うのとは違うと思うのだけれど。


 外から見てたら変わんないのかな。というより、わかっててやるあたしのほうが性格悪い?


「あゆみに弱みは握られたくないなー」


 純が笑いながら言う。



「大丈夫だよー。友達には酷い事言わないもんねー」



「ちょっと、うちは友達じゃないっての? ホント酷い女だね、あんたは」


 呆れた様の望美に拾った鞄を渡す。



「へへ、違うよ、望美は親友でしょ、親友」



「よく言うよ」



 望美は受け取った鞄で軽くあたしを叩く。あたしは大げさに痛がって、机から飛び降り椅子に座り直した。


 とそこに綾乃ちゃんがやってきた。教室にあたしがいることに少し驚いた様子だった。



「おはよーございます。あゆみさん今日は早いんですね」



 何も知らずに微笑む綾乃ちゃん。あたしの隣で望美が勢いよく立ち上がった。 



「綾乃ぉ!! あんたあゆみに余計なこと言ったんでしょ」



 ぽかんとする綾乃ちゃん。



「綾乃ちゃんゴメンね」


 片手で謝り舌を出す。綾乃ちゃんはすぐに全てを悟ったようだ。

 綾乃ちゃんのおぼつかない言い訳が始まった。


 みんなが集まると最初は雑談を交わしていたが、今日に限って早い段階で比較的真面目な部活動になってしまった。


 皆と違い筆が進まないあたしは無意味にパレットの絵の具をかき混ぜるだけ。

 九月の文化祭にむけた作品だから、そろそろ本気にならなきゃいけないけど今日は気分が乗らない。


 皆も遊ぶときは全く筆を握らないのだが今日は何故か違った。せっかく朝早くに起きて来たのだから、描かないのはもったいないのはわかっているんだけど。


 仕方がないから美術室を出て校内を一周してみる事にした。


 気分転換って大事よね。


 そう自分に言い聞かせ大きく伸びをして立ち上がる。

 純がちらりとこちらを見たが、特にとがめるような事も言わなかった。

 静かな部屋をなるべく物音を立てないように歩く。いつも力任せに開ける扉も、綾乃ちゃんに聞いた通りに押し込みながら開けると、とても楽に開いた。


 扉を開けた後、一度振り返ってみたが誰もこちらに気づくこともなかった。

 みんな集中してるんだな、と少し後ろめたい気持ちも抱きながら、あたしは廊下に出たのだった。



 誰もいない廊下を歩く。

 窓には光が差し込み、普段のにぎやかさからは想像出来ないほどの静けさが辺りを包んでいた。

 開いているドアから教室を覗く。見慣れた教室も誰もいないと新鮮だ。

 光を浴びるカーテンは柔らかく、風を受け波のように揺れていた。校庭からはサッカー部のランニングのかけ声や野球部のボールを打ち返すバットの金属音が風に乗り聞こえてくる。


 ふと思った。

 今、傍から見たら、あたしってとても『青春』しているんだろうなと。


 だらだら友達とおしゃべりしたり、部活したり、受験の事考えて憂鬱になったり。恋が無いのが味気ないけど……。


 今は平凡で退屈な毎日だと、うんざりしているけれど、今日という日はもう来ない。夕方の川原で恋の話をするのも、部活の途中でコンビニにアイスを買いに行くのも、すべて大切な一瞬なんだ。


 ずーっと先の未来、あたしがおばさんになっちゃって、娘が高校生になったりして新品のセーラー服なんか着て、入学式向かう後ろ姿を見ながら、ふと思い出したりするのよ。


 あたしにもあんな頃があってのよね、なんて。


 今思えば青春はあの頃だったなー。ってね。


 でも、こうも思う。

 それって誰もが体験する、ありきたりの青春なんじゃないかって。誰もが同じように通る道。


 そりゃ色々な考えがあるだろうし、幸せって言うのは平凡な人生のことを言うんだ、なんて偉そうにパパも言っていたけど。でも、あたしはあんまりピンと来ない。


 若いんだから色々挑戦してみたいって思うじゃん。


 最後の夏休みがもうすぐ終わるって事、気がつかないふりしてたけど、目をつぶってたって地球は廻る。


 四十歳とかになって、自分の人生を振り返って、高校時代を思い出せるだろうか。

 今日のことを思い出せるだろうか。


 やっぱり、このまま高校生活最後の夏休みを終えてしまうのは悔しい。

 何かしたい。思い出に残る事を。そう強く思った。



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