少女たちは黄昏れる 2
辺りは暗くなっているがビルの谷間にちらほら見える西空だけはまだ微かに赤みを帯びている。夕方と夜の狭間。
流れる川は深遠。あたしたち美術部員六名は河原の舗装された斜面に腰を下ろしていた。
どんな時でも、だいたい話を仕切るのは望美だ。さすが部長。
さばさばしていて男らしい彼女は後輩の女子からも人気がある。だが一方で男子達からはメスライオンと揶揄されている。
中々上手い事を言うものだね、と素直な感想を望美に伝えたら、頭をはたかれたことがある。
そんなちょっぴり乱暴なメスライオンはリーダーシップはあるのだけど、無神経な所があって、人が嫌がるような事なんかも平気で発言してしまうところがある。そのたびにあたしがちょくちょくフォローを入れているのだ。
ジャイアンツファンの純はツッコミ担当。明るく騒がしい。
だけど、つっこみがしつこいというかなんというか、なんにでもオチを求めたりするような子で、簡単に言うと面倒くさがられがちな子だ。
仕方ないからあたしがボケを演じたりなんだりとフォローしてあげている。
もう一人いる三年生、サッチーこと紗智。彼女は簡単に言っちゃえば単純な子。この前もSNSで知り合った人と会った事もないのに旅行する事まで本気で考えていたくらいの妄想っ子なのだ。
明るいんだけど落ち込みやすいところもあって、小さい事で悩んだりすることが多いから相談に乗ってあげたりしてあたしがちょくちょくフォローを入れてあげてる。
パンちゃんは綾乃ちゃんと同じく二年生。
パンちゃんは優しくておっとりしてる。だけど、人の話なんかも全然聞いていない時があって望美がすぐにいらいらしはじめるからあたしがフォローしてあげている。
そして話題の中心の綾乃ちゃんとあたしを含めた六人が我が美術部のメインメンバーだ。
幽霊部員みたいな子もいるけど、体育会系じゃないし団体種目で大会を目指すような部でもないから、全然気にしていない。
あたしだって気分が乗らなければ二週間くらい部室に顔を出さない事くらいあるし。
てか、今あらためて考えてみると、美術部内でのあたしって気がつかない内に重要なポジションになってるじゃん。みんなのフォロー役。美術部はあたしを中心に回っていると言っても良いレベルだね。
「いいなぁ、綾乃はよりどりみどりでさぁ」
パンちゃんが心底羨ましそうに呟いた。
「そうだよねぇ」
サッチーが同意する。
「一人に縛らないで上手い事みんなとつきあっちゃえばいいじゃん」
純が冗談交じりに笑う。
「もう、みんな人事だと思ってぇ」
綾乃ちゃんが溜め息をつく。
「そもそも、今までで何回くらい告られたことあんのよ」
望美が身を乗り出す。
「うーん…」綾乃ちゃんはぶつぶつと名前を呟きながら数え始めた。
「わかんない。二十人以上だとは思うけど……」
その答えに皆それぞれが驚きの声をあげる。
静かな河原に黄色い声が響いた。あたしも勿論驚いた。十七歳で二十人に告白されるってモテモテじゃないの。なんで、どうして、綾乃ちゃんなんかがモテるのよ。
「ホント不思議ね」
望美が腕を組んで頭をかしげている。
「言っちゃなんだけど綾乃は美人って感じじゃないもんね、それなのにモテるって事は内面が魅力的って事?」
望美はまくしたてる。
「でも、あんまり男子と会話しているところ見た事ないですよ」
綾乃ちゃんと同じクラスのパンちゃんが言うんだからそうなのだろう。
「そうだよね、第一、男友達自体いないでしょ。綾乃ちゃんは。うーん、謎。高嶋さんみたいな超ぶりっ子でもないしね。マジああいうタイプは嫌われるよね」
高嶋さんというのは美人で男子に人気の子。でも、女子からはあんまりいいように思われていない。
だってあたし達と喋るときと、男子と喋るときでは声色が違うんだもん。
甘ったるい声を出して変にボディタッチして。あの感じ、あたしもあんまり好きじゃない。
ん? でもちょっと待って。あたしも高島さんくらい露骨にぶりっ子道を邁進していたら男子に人気でるかしら。
いや、駄目。あたしは女友達に嫌われてまでモテたくないよ。同じ美人でも美智子みたいな女子からも好かれるタイプの子だっているのにね。
「綾乃は庇護欲をそそるタイプなんだろうね」
そう言い出したのはパンちゃん。実はヒゴヨクって言葉の意味は分からなかったけど、あの単純馬鹿のサッチーまでが「なるほどねー」などと言っているから、聞くに聞けずあたしも調子を合わせて頷いてしまった。
「というよりも、告白したら断れない女だとか思われてんじゃないの? 結構なんでもかんでもニコニコして受け入れちゃうじゃない、綾乃って」
望美の言葉にもサッチーは「なるほどねー」と頷いている。頷き方がヒゴヨクのときと一緒だ。これはさっきのも理解していないな、とあたしは思った。
「なんか、綾乃完全分析って感じだね」
純が綾乃ちゃんの頭をぽんぽん叩いてじゃれ付いた。
ああでもない、こうでもないと話し合っていたが結論など出るわけもなく、話はあっちへ行ったりこっちへ行ったり蛇行運転の様相を呈しながら、結局は素敵な彼氏が欲しいという最大公約数的な話題へ変わって行った。
日は沈みきり辺りは真っ暗になっていた。
ふと、誰かの
鞄の中で鳴ってるようで、音は狭い範囲で反響している。
「サッチーの例の男も全然かっこよくなかったもんねぇ」
望美が笑うとサッチーはまいったなという表情になった。
「写真写りが悪いって言ってたけど、そういう問題の顔じゃなかったよね」
皆、電話の音を無視して話し続ける。あたししか着信に気がついていないようだった。
「さっきからだれかの電話鳴ってるけどいいの?」
あたしの一言で鞄やポケットの中のケータイを確認する皆。
「うちのじゃないみたいです。望美さんじゃないですか?」
「あ、あたしだ。人の着信音って気づくのに自分のって意外と気づかないよね」
鞄から携帯電話を取り出した望美は。履歴を確認するとすぐにそれを伏せた。
「メール?」
「電話」
「鈴木君ですか?」
純の問いに「うるさい」と睨みをきかせた望美はお尻を払って立ち上がった。
「ごめん、ちょっと用事が出来ちゃったもんで、先に帰るね」
そう言い残し望美はさっさと歩き始めてしまった。あたしは去っていく望美を呆然と見つめた。
「もしかして、望美、彼氏!?」
「そ。さっき彼氏欲しいってあゆみが言ったときに望美だけ何も言わなかったでしょ」
純がくすくすと笑いをこらえた。
「夏休み入ってからだからね、あゆみさんも毎回部活に出てれば一部始終見れたのに」
「ねー」
お互いの顔を見合わせて笑うパンちゃんと綾乃ちゃん。
皆、共犯者めいた笑みを浮かべている。
知らなかったのあたしだけ?
「ちょっと、詳しく教えてよ!」
「うーん、いいけど、結構遅くなっちゃったし、その話はまた今度にしよ」
純が立ち上がると皆も帰る支度を始めた。
「えー、やだ! 聞きたい!」
あたしは駄々をこねるが純は「子どもかよ」とおおげさに突っ込んでくるだけで、さっさと歩き出してしまった。
「また今度だね。ほら、もう帰るよ」
サッチーを先頭にパンちゃんも既に歩きだしている。
「なによ、なによ、あたしだけ仲間はずれですか。いーもんいーもん」
癇癪を起こして足元の石ころを蹴飛ばす。
「もう、じゃあ電車の中で私が教えてあげるますから、そんなにいじけないでくださいよ」
綾乃ちゃんがあたしの肩をちょいちょいとつついて言った。
その言葉に促され、ぶつくさ文句を言いながらも皆の後に続いた。
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