少女たちは黄昏れる 1

 ヘンテコなチラシに振り回された三日後のこと。

 久しぶりに行った部活の帰り道、珍しくみんなで多摩川沿いの川原を歩いていた。

 夕陽は対岸に広がる神奈川の町並へと沈みかけていたが、気温が下がる気配は無かった。


 熱気が纏わりつく川からの風に吹かれると、げんなりしちゃうよ、全く。

 バテ気味のあたしとは対称的に水辺では小麦色した子ども達がじゃれあっていた。子どもは元気でいいな。



「若いね~」


子ども達の様子を眺めていた、綾乃あやのちゃんが眩しそうに目を細めた。



「おっさんかよ」



 じゅんがここぞとばかりにつっこみをいれる。

 うん、今回のつっこみはキレがあったな、とお笑い好きの純のつっこみに内心拍手した。ほめても図に乗るだけだから口には出さないけど。


 あたしが所属しているのは美術部。けど大層なのは名前だけでみんな好き勝手にやっていて殆どお遊びサークルみたいなものだ。

 顧問が剣道部のコーチも兼任しており、その顧問が美術に感心がないのがこの堕落した現状の根底にある原因だと思う。


 なぜ体育会系のゴリマッチョが顧問なのか、我が校の七不思議のひとつだ。


 コの字の形の校舎の北の端の二階、絵の具やペンキの臭いと汚れが長年蓄積された美術室。その伝統ある美術室を占拠し、お菓子を食べながらお喋りしたり、嫌いな先生の似顔絵を描いたり、トランプしたり。


 これが我が栄光の美術部の実態なのである。恐れ入ったか。

 と言いつつも、それなりに絵を描く事は好きだし、誰かが真剣に描き始めれば、おしゃべりも消えて自然と部活らしくなるのがせめてもの救いかな。


 静寂の中、キャンパスに向かってる時は時間が経つのが早い。気づくと辺りが暗くなっていて自分以外誰も部屋にいなかったという時もある。と、皆は言う。

 残念ながらあたしにはそういった経験は未だに無い。

 多分、これからもないんじゃないかなぁ。


 本当に集中していれば、気がついたら誰もいないという場面に遭遇するはずなのだけれども、あたしは集中力が足りないのか、そもそも真面目に絵を描いていないのか、いつも誰かが切り上げるタイミングを見計らって一緒に帰っている。



 我が美術部では下校時間になったからといって途中で筆を止めたりしない。きりがよくなった生徒から他の生徒に迷惑をかけないように黙って帰る事になっているのだ。暗黙のルールで、あたしが美術部に入った時、当時の三年生が慣習でそうなっているのだと話してくれたのを覚えている。


 だから、今日こうして皆で一緒に帰るのは久しぶりだった。


 暑さにやる気をそがれた望美のぞみがコンビニにアイスを買いに行こう、と言いだしたのがきっかけで、いつの間にか校舎内鬼ごっこになり、校舎内を走り回っていたら案の定教師に怒られ、逃げるように学校を後にしたのだ。

 とても文化系とは思えない行動だけど、これはこれで楽しいのだから、まぁいいんじゃないかな。



 学校から駅までの道のりは、大通りを通ればあっという間だけど、ガードレールによって車道と歩道が隔てられているし交通量も多いので大人数で歩くのに適していない。

 だからみんなで帰る時は遠回りになるけど川沿いのルートで帰る事にしている。
 


 今、あたしのとなりでおっさん発言をした、綾乃ちゃんは二年生。

 彼女は普段はとても清楚なお嬢様然した子で、彼女もあたし同様に絵なんか描かないでお喋りばかりするから、やる気がなくなると一緒に帰る事が多い。

 しかし、あたしとは違って話してばかりでもない。一旦スイッチが入ると怖いくらい無口になり、さっぱり理解できないとんでもない抽象画を描くのだ。

『残酷な天国』とか『モラトリアムの足枷』とか。

 哲学かよ、と純じゃなくてもつっこみたくなるようなタイトルの絵ばかりを描いている。

 彼女曰く「心の中をありのままに描いてるだけです」だそうだが、正直に言うと初めてその絵を見たときは変なクスリでもやっている人だと思った。



 絵の具のチューブを握力計か何かと間違えているんじゃないかというくらい強く握り締め、親の敵でも見つけたかの如き形相でキャンパスを睨みつけ、時には薄ら笑いすら浮かべながら一心不乱に筆を振るあの綾乃ちゃんと、普段のお喋りで清楚な彼女が同一人物とは思えない。

 やっぱりなんか悪いクスリでもやってるのかなぁ。


 ちなみに、過度な期待を寄せられても困るので一応念のため先に断っておくと、彼女は美人ではない。

 決して可愛くもない。男友達が多いわけでもない。なのに何故かモテる。

 同級生にも下級生にもあたしたちの学年の男子からもモテる。

 なぜなのだ。不思議でならないのだが、現代の科学を持ってしても、未だにこの謎は解明されていない。



 軽薄な男子なんかが学年で可愛い子を上から順に番付したとしても、いつまで経っても名前が上がらないような子なのだ。まあ、あたしだってそうだろうね。


 それなのに、今年に入ってすでに三人に交際を申し込まれていた。



 別に、羨ましいとは思わないけど、純粋に何故モテるのか気にはなるわけ。

 純粋な好奇心だからね。妬み嫉みは一切合財無いと天地天命に誓うぞ、あたしは。



「ねぇ、なんで綾乃ちゃんってモテるの?」



「え、なんですか、唐突ですね」



 綾乃ちゃんは首を傾げてあたしを見た。確かに唐突は唐突だった。



「だって先週も告白されてたよね」



「それマジ? 綾乃、今年に入ってもう三人目だよね」



「この前の安田君はどうなったの? ふっちゃったの?」



 後ろから駆け足で話に加わってきた望美と純。


 望美は長身の上、髪がベリーショートなので私服だと男子に間違われる事もある。胸もないし。


 純は外見上は特徴がないのが特徴って感じの子。ちなみにジャイアンツファン。関西のお笑い事務所が好きなのにジャイアンツファンなんてちょっと不思議。

 ま、あたし達の間でジャイアンツの話題になることは皆無だから別に覚えておく必要はないんだけど。

 二人はどちらもあたしと同じ三年生。

「純さん、やめてくださいよ、お付き合いを申し込まれただけで告白されたわけじゃないですって」



「何が違うのよ!」



「それが告白っていうの!」



 矢継ぎ早につっこまれ沈黙する綾乃ちゃん。

 むう、と呻る綾乃ちゃんはなんとも可愛らしい。いや、外見は決してめちゃめちゃ可愛いってわけじゃないのだけどね。仕草がかわいいんだよね。


 女のあたしでも抱きしめたくなっちゃうんだから、頭の中ピンク色の男子の悶々たる気持ちは想像だにできないわ。



「なんで綾乃がモテるのか真剣に論じる必要があるわね。よし、みんな集合!」



 望美は手を上げた。

  前を歩いてたパンちゃんとサッチーが振り返る。


「なになに?」



「今岡綾乃がまたもや告白されました。なぜ、この子がこのようにモテるのか真剣に議論したいと思います。異議のあるものは手を上げてください」



 望美の発案に異議どころか皆瞳を輝かせている。恋の話なら女子高生は何時間でも話していられるものだ。


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