少年は呆れる

「どう? 何件か電話はかかってきた?」


 買い物から帰ってきた姉は瞳を輝かせて聞いてくる。僕は黙って首を横に振った。

 姉が意気揚々とチラシを貼りに行ってから三日が経っていた。かかってきた電話は三本。悪戯電話二件と、勝手にチラシを貼るな、というお叱りの電話が一本。それだけだった。


「おっかしいわねぇ。なんでかしら」


 姉は不思議そうに首をかしげているが、理由など考えずにも出る。


『彼女募集』などというチラシに本気で応募してくる酔狂な奴などいないのだ。


 そりゃそうだよ。怪しすぎるもの。


 遊び半分で応募してくる頭の悪い女子学生くらいいるかな、と期待もしてみたが、いまどきそんな警戒心の薄い学生もいないようだ。もう少し考えてからチラシを作ればいいのになぁ。


 でも、そもそも広告費も無く僕には他の案を出せる程の知恵も無いので、姉を批判することは出来ないし、チラシのセンスが無いのは致命的な気もするけれど、募集内容が内容だけに凝りすぎてもそれが吉と出るか凶と出るか分からないのも事実である。


 逆に本気で彼氏を欲しがってくるようなイカれた女に来られて、僕に言い寄ってくる事態になったら、ちょっと対応に困るし。


 などと我ながら本末転倒なことを思う。

 結局、待つしかないのかな。


「ところで、姉さん。チラシはどこに貼ってきたの?」


「電信柱の裏とか、ポストの下とか、出来るだけ目立たないところに貼ってきたわ」


「目立たないところに貼ってどうすんだよ」


「だって、異世界へ行く人材の募集よ? 普通の人間には勤まらないもの。普通は見ないような所にあるチラシに気付くくらいの洞察力が無いと適性検査で撥ねられる可能性のほうが高いんだから、これでいいのよ」


 なるほど。姉の言うことは一理ある。そうなのかもしれない。現状まともな電話はゼロなのだが。


「あんたはちゃんとスカウトしてるの?」


「一応ネットで当たってはいるけど、仕事が仕事だから援助交際と間違われて散々だよ」


 姉がチラシを貼っている間、僕はインターネット掲示板や個人のブログなどにコメントを書き込んだりメールを送ったりして募集をかけていた。

 よく『こんなの誰も騙されないだろ』という内容の迷惑メールが来ることがあると思うが、あれの一部は我々のような業者からのメールなのだ。


 仲介屋の協定で広告に関しては仕事内容の開示が義務付けられている。よって嘘偽りで人集めが出来ない。


 今回のような彼女募集という仕事内容は、それこそ怪しまれる一方なので、このメール作戦はあまり効果がなかった。


 援助交際なら一回何万円という金額が払われるのだろうが、僕らが募集しているのは派遣のバイトだ。しかも時給制。


 自給二千円程度で誰が魔境のモテない奴の彼女になってくれるのだろうか。

 掲示板でも変態親父と罵られ、いやらしいことは一切しないと弁明しても、ああ言えばこう言うでボロクソに叩かれた。ストレスばかり溜まって仕方が無い。


「今回は厳しいかもね。全然上手く行かないよ」


 お手上げ、と僕は首を振って見せた。


「うーん。良い手は無いかしらね……」 


 腕組みをし頭を傾げる姉。

 その時、デスクの電話が鳴り響いた。

 顔を見合わせる二人。


「応募の電話かしら?」


 姉が期待に目をきらめかせる。僕は半ば諦めていたのでまた悪戯か、それとも営業の電話かどっちかだろう、と思っていた。


「はい。幸運堂です」


 僕が出ると、案の定無言だった。コレで三件目だ。

 一度姉の作ったチラシを見て内容を確認したほうがいいかもしれない。少し苛立ちつつ耳を澄ますと、受話器の向こうからは微かに息遣いが感じ取れた。


「もしもーし。幸運堂ですけどー?」


 もう一度言ってみるが、戸惑っているのか向こうから言葉は発せられない。


「どちら様ですかー?」


 問いかけた瞬間、電話は切られてしまった。

 ツーツーという虚しい電子音が耳に残った。


「はぁ……」僕はため息をついて受話器を戻した。期待に目を開いていた姉も僕の様子から内容を察したのか意気消沈でデスクチェアに腰掛けた。


「また悪戯だったよ」


 僕の報告を聞いてか聞かずか、姉は椅子の背もたれに身を預け、天井を仰いだ。


「まいったわねー」と言いながらも声だけ聞くと全然落胆しているようには聞こえない姉の声。


 能天気なのは長所であり短所であるだろう。


「姉さん。念のためなんだけど、姉さんが作ったチラシ見せてくれないかな。文言とか確認したいし」


「えーっと、はい。これ」


 姉はショートパンツのポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。

『勝手にチラシを貼るな、剥がしに来い』と言われ剥がしてきたのだろう。つい三日前に作成したばかりなのに、そのチラシは既にボロボロになっていた。


僕は姉からその紙を受け取り、破くことの無いように丁寧に広げた。



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【彼女大募集中!!】

 40歳くらいまでの健康な女性(高校生可)


 時給2,200円

 食事手当て 有


 深夜手当て 有

 制服貸付



  ※短期間でのバイトなので初心者でも大丈夫!

  もちろん、経験者は優遇します!!



 ご応募はお気軽にラッキー堂まで!


 電話番号○○-○○


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「姉さん。いくらなんでもこれじゃ応募なんて来ないよ……」


 僕は肩を落とした。


 悪戯と思われても仕方ない。文字のフォントやバランス。大きさなどがめちゃくちゃだった。


「何よ。文句あるっての?」


「文句はないけどさ。これ中学生が覚えたてのパソコン技術を駆使して作った悪戯みたいだもん」


「そうかしら」


 自覚が無いのかきょとんとした顔で尋ねてくる姉。


「でもでも、募集要項はOKでしょ?」


「うーん。それに関しては何とも言えないかなぁ。まず彼女大募集なんて馬鹿正直に言っちゃうのもどうかとは思うよ。個人的にはなんかもう少し窓口を広げて募集するほうがいいと思うけど」  


「例えば?」


「難しいけど、『秘密厳守の高収入短期バイトの募集』とかって具合に濁す形はどうだろう。怪しさは残るけど、協定には引っかからないし、そもそも怪しいのは事実なんだから仕方ないし。とは言いつつも酔狂な人っているし、ちょうど夏休みだから、日払いOKとかって書けば金の無い遊び盛りの学生なんかはぽつぽつ集まるんじゃないかな。僕としてはとりあえず呼び込んでこっちでスクリーニング掛けるのが一番だと思うんだけどね。こっちの労力は掛かるけど、今は仕事が多くあるわけじゃないし、応募が無い事には何も始まらないじゃない。ま、定員は一名な訳だし、いっぱい応募が来ても回せる他の仕事は今はないから、ある程度基準高めの設定をしておかないと、応募ばっかり増えて本当に欲しい人材が見つからないってことにもなるから、姉さんの作った彼女大募集なんていう怪しさマキシマムなチラシでも、結局は効果は同じなのかもしれないんだけどね。これに関しては正解ってのが無いから難しいなぁ。でも、採用に関しては弊社にて厳正な試験があります、とか『※』印なんかの一文を入れて採用基準が高いことは暗に記したほうがいいだろうけど」



「まとまりはないけど……。あんた結構考えてるのね」


 目を丸くして僕を見つめる姉。


「まあ一応ね。てかそれより何より、ラッキー堂って何だよ」


「あ、気付いちゃった?」


 ぺろりと舌を出す姉。


「うちは爺ちゃんの代から幸運堂って屋号でやってるだろ。勝手に名前変えないでよ」


「えー。だって幸運堂ってなんか古びた骨董屋みたいでダサくない?」


 伝統の屋号をダサいの一言で片付ける姉。だが、その姉が発案したラッキー堂なる呼称のほうがあからさまにダサい。それに捻りも何も無いただ英語にしただけじゃないか。


「もうちょっと真面目に考えてよ」


 僕が嘆息をもらしていると姉が以外にも真剣な顔をして、その細い顎に手をやった。


「うーん。確かに。もう少し真剣に新しい屋号も考えたほうがいいわね」


 ……そこじゃない。毎度の事ながら姉の天真爛漫自由気まま、言い換えればアホな姿勢には呆れ果てしまう。


「姉さん。物事をもう少し考えたほうがいいと思うよ」


 ため息と共に言うと、姉は二カッと笑った。


「私の座右の銘知ってる? 案ずるより生むが安しよ」


「そんなに堂々と言われても……」


「まあいいわ。とりあえず考えてたってどうにもならないのだから気長に応募を待ちましょ。そのうち現れるわよ」


 能天気極まりない。けど、思えば姉のこうしたポジティブさに僕は何度も救われてきた。父が飛行機事故で亡くなった時も、姉は僕より早く立ち直って、この幸運堂を再開させた。

 あの時、もし姉が僕と同じようにいつまでもめそめそしていたら、今の生活は無かっただろう。

 水面下では僕達兄弟を別々に施設に引き取る話も出ていたらしいから。


「だが、そうもいかなくなったのだ」


 突然の声に振り向く。大男が立っていた。


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