少年はため息をつく

 悪魔と交流があるからといって、別になんてことはない。それはそれで代わり映えのしない日常だった。日常なんて平穏であることの証だから。


 だが、僕の日常は二年前に突如として崩れ去った。

 飛行機事故で父が亡くなったのだ。


 父の死によって生活は一変した。


 僕の家系は代々この地で幸運堂という店を経営していた。

 事業内容は仕事の仲介、斡旋。人材の紹介、派遣、業務代行など。平たく言えば人材に関する『何でも屋』である。

 ハローワークとか、派遣会社と思ってもらえればよい。


 ただ、少し特殊であって依頼主は個人・業者問わず、ほぼ人間ではないのである。

 今日来ている悪魔のザルフェルのように。


 人外相手に商売を行ってきた幸運堂なのだが、父の死後、売上、利益共に急降下していた。残された僕も姉も、きちんとこの仕事について学んでいなかったのだから仕方ないといえば仕方ない。 

 自営業である以上、多少の手伝いはしていたが、父は基本的に自分だけで仕事を回していたし、母親は幼い頃に亡くなっており僕達は父のために行う家事で手一杯だったということもある。


 父の死はあまりに突然すぎた。父の命を奪った飛行機事故は、この家業にとって一番大切な顧客や登録者のリストも奪い去った。


 突如、幸運堂の三代目になった細波飛鳥と、その弟である僕があたふたとしているうちに仕事は激減してしまった。

 ザルフェルや一部の古い取引先が仕事をくれるからなんとかやっていけるのだが、今の幸運堂は新規業者の開拓も出来なければ、派遣すべき人の募集もままならない状況なのだった。


 だから僕達は今日ももやしを食べる。そう、貧乏なのだ。

 

「そこの商店街で馬鹿でかい男が歩いてるから、もしかしてって思って近づいてみたら、やっぱりザルフェルだったのよ」


 冷蔵庫から麦茶を出し、ごくごく飲む姉。商店街ののん気な雰囲気の中にトレンチコートを着て俯いて歩いてる長身のワニ男の姿を想像してみる。

 ホラーかコメディか、判別に困るような光景だ。


「で、こっちに来たってことは仕事ですが?」


「さすが、秘蔵っ子。話が早いな」


 ザルフェルは懐から茶封筒を取り出した。

 彼は主に魔境と呼ばれる異世界からの仕事を持ってくる。

 祖父の代から付き合いはあったらしく、僕が生まれた時、既にザルフェルはこの事務所に出入りしていた。

 悪魔がいることに不思議を感じなかった幼い日の僕は彼のことを「ワニおじさん」と呼んで慕っていたので、彼も僕達姉弟の事をとても可愛がってくれた。


「これが依頼書だ」


 彼の殺傷能力マックスの爪に気をつけながら封筒を受け取る。

 包みを開き中に目を通す。


「なんですか、コレ」


「呼んで字のごとくだ」


「彼女募集……って書いてありますけど?」


「うむ。その通り。遺憾ながら間違いはない」


 苦渋に満ちた表情でザルフェルがゆっくりと頷いた。


「我輩も情け無い仕事だとは重々承知しておるが……」


 尻つぼみに小さくなる声を聞きながら僕は小さくため息をついた。


「なんか募集の掛けにくい仕事ですね。どういう経緯なんですか」


「魔境のアステラル大陸という場所で、四年に一度の盛大なパーティが開催される。そこには恋人同士で参加するのが通例なのだが、ガーバン族首長のハイジャンには恋人がいない。それなのに猿人種えんじんしゅの恋人がいると嘘をついてしまったのだ。そこで、そのパーティの日まででよいから彼女のフリをしてくれる者を探していると、こういうわけであるな」


 猿人種とは僕たちのような猿から進化した人間のことを言う。ザルフェルは自分が持ってきた求人とはいえ、その内容のばかばかしさに呆れているようだ。


「こんな情けない仕事など久しぶりだ。まったく、泣けてくる」


「ご愁傷様です」


「今回の仕事については、我輩も常に行動を共にするので身の危険などはない。彼女のフリと言ってもパーティの間、主催であるハイジャンの隣に座ってくれれば良いだけだ。やることと言ったらニコニコして飯を食うだけだからな。こう言ってはなんだが、奴らの国の飯は旨いし魔酒も振るわれる。我輩がもし、女子であったら参加したいくらいであるぞ」


 がははと笑うザルフェルにあわせ僕も愛想笑いをする。


「というわけで募集をかけてくれぃ」


 頼まれて僕は姉の顔色を伺う。


「姉さん、どうしようか?」


「あんた、バカでしょ」と開口一番に非難された。


「私たちに選択権なんか無いわよ。できるかどうかなんてわかんないけど、やるしかないのよ。代々続いてきた、この店を潰すわけには行かないわ。それに、しっかり稼がないとあんたの学費も払えないからね」


「そうだろうけど……」


 そう言われては僕には何も言い返せない。

 だが、どうやって人材を集めればよいのか。それが問題なのだ。

 父は様々な人脈を持っていたようだが、父の命を奪った飛行機事故は、彼が肌身離さず持っていた登録者の管理手帳をも燃やした。

 よって過去の登録者の名簿が無いのだ。


「地道にやるしかないじゃない」


 姉はさして深刻でもなさそうに呟いた。


「まずは広告を作りましょ。そうでもしなきゃ人は集められないわ」


 もう行動に移そうとしている。バイタリティの塊みたいな人だ。


「広告費なんて何処から捻出するのさ。今月ピンチだよ」


 釘を刺す。実は今月も何月もない。我が幸運堂の家計はいつだってピンチなのだから。

 余談だが、姉と二人で幸運堂を切り盛りするようになってから、もやし料理のレパートリーだけは増えた。


「うーん。よし、王道で行きましょ」


 姉はそう言い残しワープロに向かった。


「では、募集要項は渡したし、吾輩はもう行くぞ。人が上がったら連絡よろしく」


 再び帽子を被るザルフェル。見送ろうと僕も立ち上がる。


「おっと、そうだ。土産を渡すのを忘れておった」


 何かに気づいたザルフェルは玄関先に置かれたキャリーバッグを開け、分厚い紅色の肉塊を取り出した。


「ほれ。魔導肉だ」


 両手にどっさりとその肉塊を渡された。


「こんなに貰っていいんですか!?」


 嬉しさのあまり思わず声が上ずる。


「わー!助かる! いつも悪いわね」


 姉も歓声をあげ、ワープロを打つ手を止めて立ち上がった。僕と同じく目を輝かせている。


「礼には及ばん。先代には世話になったし。お前達がひもじい思いをするのを見ておれんしな。ま、ひとつよろしくな」



 親指を立ててザルフェルが歯は見せて微笑んだ。見てくれは恐ろしいが義理人情に厚い悪魔なのだ。

 顔は怖いし現に今のスマイルも獲物を狙う獰猛なワニにしか見えないし、なにより世界征服を目論んでいるのだが。


「では、また会おう」


 帰っていくザルフェルを見送った僕は、ため息と共に呟いた。


「……どうしたものかなぁ」


 ザルフェルの持ってくる仕事はいつも難易度が高い。だがそれでも、その舞台が人間界での業務ならば、人は集めやすいのだ。

 黒トカゲの死体収集や、コウモリの血液採取なんて怪しげな仕事すらやりたがる人はいる。変な奴が必ず居るんだ、コレが。


 だが、今回のように魔境に人を送り込むとなると話は別だ。

 送りこめる人材は、異世界の事は決して口外しない口の堅い人間、もしくは、口が軽くても誰も信じてくれないような信用の無い人間。そんな人間であることが最低条件なのだ。

 その上で、その求人にマッチした人物を紹介しなければならない。

 今回の募集要項を確認する。希望は10代〜20代の女性とある。幅が狭い。なかなか難しそうだ。

 人材集めは色々と人脈が無いと大変なのである。


 そう思うと、やはり父は偉大だった。

 死ぬかも分からないような危険地帯に、喜んで飛び込むような冒険野郎を何人も集めて仕事を回していたのだから。

 いなくなって初めて父の存在の大きさに気付く。

 

 登録者名簿が紛失しているから、現在幸運堂から仕事を欲しがる登録者はゼロだ。まずはそれを集めなければならない。


「悪魔が彼女募集してるから異世界に行って彼女のふりしてくれませんか?」


 と、こう言って回るわけである。

 そんなもんに誰が応募するか。

  

 世の中には自分の人生は冴えない退屈な日々だから、面白いことをしてみたい、なんて思う人もいるのかもしれないが、なかなか見つかるもんじゃない。


 それに、そんな人たちは平凡に見える世間一般の普通の暮らしがどんなに素晴らしい物か気付くべきなのだ。


 まあ、平凡が幸せなのだと思う僕に限って、両親は早々に死んでしまうし、変な家業のせいで異世界に関わって悪魔と談笑なんかしてしまっているし、どう贔屓目に見ても「普通」とは言い難い生活を送っているのが、なんだか悲しいのだけど。


 愚痴りたくもなるが、こんなことを愚痴れる相手はいない。僕らの家業は一般人には絶対秘密なのだから。

 しかも、秘密なのに、その一般人を仕事斡旋候補者として集めなきゃいけないから、もう大変だ。


 父さんが生きていたらなぁ。

 なんてことを考えながら、ザルフェルに貰った魔道肉を冷蔵庫にしまう。

 余談であるが、この魔道肉なる魔境の獣の肉は大変重宝するのだ。味も良い。マトン肉を思わせる独特の臭みのある肉だが、意外と癖になる。僕らのソウルフード、もやしにも良く合う。


 また、それより一番の魅力はその保存性の高さだ。冷蔵庫に入れておけば半年は持つ。生肉なのにだ。さすが魔境産だ。魔境って意外と家庭の味方だ。

 僕が大量の肉を冷蔵庫に詰め込んでいると後ろで姉が声を上げた。


「でーきたっ!」


 手は止めずに振り返ると、姉は上機嫌にプリンターから一枚の紙を取り上げていた。


「じゃーん。見て。チラシを作ったわ。コレを電信柱に貼り付けておけば、広告費なんて大してかけなくても人を集めることができるわ」


 満足気に頷く姉。A4サイズのプリント用紙にでかでかと『彼女募集』と銘打たれている。


「そ、それを張るの? 町中に?」


 恐る恐る尋ねる。


「馬鹿ね。町中に張るほど印刷したら経費も馬鹿にならないでしょ。いい? こういうのはピンポイントで攻めるのよ。一撃必殺よ」


「そんな怪しげなチラシで効果あるのかなぁ」


 僕の呟きは至極全うな疑問であったのだが、姉にさえぎられた。


「馬鹿、やってみなければわからないじゃない。まあ見てなさい。明日の今頃には応募の電話がじゃんじゃん鳴るから。忙しくなるわよー」


 どうしてそんなに自信満々なのだろう。こういう姉の能天気なポジティブ思考は、うざったくもあるが羨ましくもある。


「じゃ、私これ貼って来てそのまま買い物に行くから。店番ヨロシクねー」


 まるで嵐だ。

 姉はどたどたと事務所を出て行った。

 僕は癖になった溜息をついて、冷蔵庫に向き直った。


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