少女は退屈に抗う

少女は退屈に抗う

 あたしの高校生活最後の夏休み。

 約一ヶ月。学業に拘束された日常からのひと夏のエスケープ。

『一ヶ月』なんて文字にしちゃえば簡単に済んじゃうけど、日数にすれば三十日。時間に換算しちゃうと、なんと七百二十時間。

 学校の六時間授業でもヒーヒー言ってるあたしにすれば膨大すぎる時間。

 ついでに秒数で言っちゃえば二百五十九万二千秒。

 んーもう、わけわかんない。


 そう、『一ヶ月』なんて簡単に言っちゃうけど、そこには莫大で貴重な時間が詰め込まれているはずなのよ。

 それなのに、一体全体この夏休みはなんなのだろうか。  

 絶対に世間の女子高生は楽しんでいる。

 海、山、川、花火、夏祭り。ファーストキス、ひと夏のアバンチュール、大人の階段、初めてのお泊りデートとか?

 別にそれらが羨ましいというわけではないけれど、だけれどあたしの夏休みはなんなのか!


 午後まで寝て、起きてご飯食べてだらだらしてアイス食べて、犬のケンタローの散歩して、晩御飯食べて。日によっちゃ美術部の部室に顔出して、くっちゃべってアイス食べて、カラオケ行って帰ってお菓子食べて晩御飯のお米をお代わりして。

 おいおい、デブまっしぐらだぞこの生活、なんて思ったりしながら、刺激など無い退屈な日常を過ごしている。

 けど、もういい加減に飽き飽きしてきた。

 高校生活最後の夏休みなのに、なんと退屈なのだろう。

 イライラは募るが、だからといって「退屈で死ぬ!」なんて口に出そうものなら、親とか先生とかそこらへんのオトナが鬼の形相でやってきて、


「退屈? 遊んでばかりだろ! ヒマなら勉強しろ、受験生!」


 と騒ぎそうなのであまりおおっぴらには言わないけどさ。


 あたしは一般受験なんて遠い昔に諦めて指定校推薦を狙っているので、受験勉強はしていない。

 まあ夏休みの宿題なんかはやらなきゃいけないし、現状その宿題はまったく手をつけていないという衝撃の事実もあるわけで、つまりは、退屈と口では言ってるけれど、やらなきゃいけないことだらけではあるのよね。

 わかっちゃいるんだけどねー。勉強なんか好きじゃないし憂鬱になっちゃうよ。

 なんでやりたいことは見つからないのに、やらなきゃいけないことは山のようにあるんだろ。

 夏休みって瞬きする間に過ぎ去っちゃう。六月の梅雨時にはあんなにも待ち焦がれていたのに、月日は百代の過客にしてなんとやら、少年老い易くなんとやらって奴ね。

 もう二学期まであとちょっとじゃん。

夏休みは長い、まだまだあると高をくくっていたら、もうあとちょっとで終わっちゃうことに気づいて、びっくりしたよ。


 高校生活最後の夏休みだっていうのに、こんな生活でいいのだろうか。知らぬ間に溶けて垂れているソフトクリームみたいに、大切な何かを失っているのではないか。

 心のもやもやは膨張する。得体の知れない漠然とした不安が膨らんでいく。


 小さい頃のあたしは転校生に憧れていた。


 彼らは上履きの色が違ったり、ランドセルが可愛かったり、体操着のデザインが違ったりと、外見からして、あたしにとっては異世界からの訪問者だったのだ。

 さらにあたしの知らない土地の話を教えてくれたり、逆にあたしには当たり前としか思えない事を新鮮に感じていたりして、その様子にあたしは強く憧れを抱いたのだった。

 転校生にとって初めての街は全てが新しく発見の連続なのだ。太陽や風、ここらじゃどこにでもある地域密着型のスーパーにさえ真新しさを感じている彼らが羨ましかった。


 人間というのは自分の生活エリアから離れてみて初めて、自分がそこでどういう生き方をしてどんな役割を担ってきたのかということがわかる。学校でもなんでも卒業したり入学したりを繰り返して人間は成長するのだろう。



 あたしはずっとこの街に住んでいて、居心地はいいけれど、その分、ぬるま湯に浸かっているだけなんじゃないかという漠然とした不安があった。

 居心地の良い町だけど一カ所に留まると思考は固まってしまう。全てが習慣化される。全てにおいて無意識になる。

 そうはなりたくない。だから何かしたい。なんでもいい。夢中になれるものがあればなんだっていい。刺激があればなんだっていい。

 でも、何をしたいか、わからないんだね。こりゃ参った。


 進路についてだってそう。なんとなく文系を選んで、なんとなく指定校推薦を目指して、志もなく志望校を決めた。

 それも、決して悪いことじゃない。大学で彼氏でも作って、卒業して、結婚して。子供を作って、パートタイムでスーパーとかで働いて。

 そういうありきたりな人生だって悪いものじゃないと思う。世の中の流れに身を任せるのも一つの処世術である。そうは思うんだけれど、どこか納得できない自分がいるのだ。

 あたしはこの日常を壊したい、せっかくの夏休みなんだ。

 窓の外の入道雲を見上げてあたしは思った。

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