どれがわたしの生きる道

「ここ空いてるかな?」

わたしは彼に近づくと話し掛けてみた。


「ああ。どうぞ。」

ちょっと戸惑いながらも、隣の席を気兼ねなく勧めてくれた。


「今、休憩中?」

坐りこみながら、早速わたしは畳み掛けた。こういう場合、下手に時間を空けると好機を逃してしまうのだ。


「今日は自主学習で来ただけだから、講習は無いんだ。」


“みんな偉いなぁ。どうしてこんなに勉強ばっかり出来るんだろう?”


「そうなんだ。お疲れ様。」


「あ、どうも。君は?」


「わたしは友だちの付添いで来て、待ってる間時間持て余しちゃって。よければお喋りしててもいい?邪魔だったら黙ってるけど。」

一応、遠慮深い降りはしておく。


「構わないよ。大分進んだし、ちょっと休もうかと思ってたトコだからさ。」

彼は気さくな笑顔で、わたしからの唐突な申し出を受け入れてくれた。


「よかったぁ。初めてのところで知らない人ばかりだし、どうしようかと思ってたの。」


「あそこに無料のお茶の給水器とか置いてあるよ。」

親切に指差して教えてくれる。本当にいい人そうでよかった。


「うん大丈夫。どうもありがとう。」


「どう致しまして。」


「あなたは何年生?」


「僕?高校2年。君は?」


「わたしも同じく2年生。橘栞です。あ、わたしの名前ね。」

同世代なら会話も合いそうでよかった。わたしは安心して名前を名乗った。


「僕は、泉崇。泉って書いて一文字でシミズって読むんだ。」


「へぇ珍しいね。」

どこの県の出身だろう?


「よく言われるよ。」


「泉くんてここ長いの?」

早速、わたしは切り込んでいくことにした。ひとところで長居をすれば人目につくし、誰かしらに怪しまれる可能性がある。怪しまれなくても、変に深く突っ込まれるとたちまち素人探偵の馬脚を現してしまう。先日の学校への潜入で、ある程度捜査のコツが掴めてきた。


「去年の秋から通ってるよ。夏休みでちょっと成績が落ちちゃってね。親に入れさせられた。やっと受験地獄が終わったってのに、もう次なんだからやんなっちゃうよな。」


「大変だね。うちはどっちも放任主義だから、赤点でも取らなきゃ女の子なんだからいいよって言ってくれてる。それはそれで期待されて無いのかなって残念に思う時もあるけどね。」

これは本当のことだった。女の子だからだなんて今時どうなのかしら。


「解るよ。うちなんかいい大学目指して今から頑張っておけって言うんだけど、何のためにいい大学の為に行くんだって聞くと、お前の将来の為だとしか、言わないんだからやになっちゃうよ。」


「泉くんは将来やりたい事とか無いんだ?」


「ウーンそうだなぁ。音楽とか、バンドとかやってみたいんだけど、今の所、親が厳しくて許可が下りないみたいな。」


「そっか。辛いね。」

勉強家の彼は彼なりに、悩みは抱えているみたいだ。


「橘さんは、学校出たらやりたい事あるの?」

今度は彼から質問を投げ掛けられる。


「わたしもこれといってまだ無いんだよねー。勿論、小さい子どもの時はお菓子屋さんになりたいとか、お花屋さんになりたいとかは、あったんだけど、大きくなるに連れて、段々興味が薄れてきちゃった。」

これも本当のこと。嘘を吐き過ぎると後々で辻褄を合わせるのに苦労して、物事を面倒臭くしてしまう。話しを合わせるにしても、擦れが生じない様に極力嘘は避けて、真実を伝える様にする。そうした方が、自分の言葉にも気持ちが籠る気がするし、相手も話に乗ってくれた。


「そうなんだよな。僕も昔はプロサッカー選手になりたいとか言ってたけど、そんな才能はないって事に気づいた時にすっかりその情熱も冷めちゃったなぁ。」


「わたしたちって冷めやすい世代なのかしら?」

わたしは首を傾げて共感を示してみせた。


「さあどうだろう。サッカーは今でも観るのは好きなんだけどね。」

彼は軽く笑って返答した。段々と慣れてきたせいか、タメ口をきいてくれる様になってきた。


「そういえば、泉くんはわたしの友だちの片桐茉都香って子のこと知ってる?」


「片桐さん?コースやクラスが違うと、あんまり交流しないからなぁ。その子がどうかした?」


「うん、その子わたしの幼馴染でね。ここに通ってるんだけど、夏休みに入ってから実は家出して、連絡が取れなくなっちゃったの。」


「ああ、それで来てみたんだ?」


「そうなの。さっきの友だちの付添いでっていう話しは、入り込む口実なんだ。嘘吐いちゃってゴメンね。」

わたしは可愛く舌を出してみせた。わたしでも女の子の武器は通用するかしら。


「そうなんだ。それは心配だよね。別に腹立てたりしないから、気にしなくていいよ。」

よかった、彼は快く許してくれた。

いよいよ、確信へと迫っていく。




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