第7話
法華経作者による告白
うちの教団は、信者を増やし、できるだけ沢山のお布施を頂くことを望んでいました。そのためには、他の教団の使っているお経に勝るオリジナル経典が必要でした。もちろん、お釈迦様が作ったことにします。そんなのインチキと言われても、他の教団のお経だって、お釈迦様の作ったものではないから、何の問題もありません。
お経を作るといっても簡単ではありません。うちは中小零細なもので、大手の教団さんのように頭のいい坊主がいなくて、難しい理論なんか無理です。別に理論なんかなくてもかまいません。信者さんさえ増えれば結構ですから。それで、功徳と罰を強調した自画自賛広告を経典にしました。マ-ケティング対象は、文字の読めない庶民や、多少インテリでも地頭の悪い連中。
そんな頭の悪い奴らが、お経のアップグレードに挑みました。そいつらが、いろいろいじっているうちに、訳がわからなくなってしまい、結局、究極の真理があるような無いような内容に落ち着きました。
もちろん、インテリからは相手にされませんでした。学術論文にチラシ広告が勝てるわけありません。お布施目当てに自分たちで、経典をねつ造したと言われる始末です。期待した庶民のほうも、バラモンの派手な神々に惹かれる有様。このまま廃れるしかないのでしょうか。
ところが、
その点、唐の東の島では、唐の言葉のまま読む習慣なので、うちのお経にとって有利な状況でした。その証拠に、お釈迦様が死んでから五百年の間を、唐の坊主達がこしらえた、お釈迦様の死後二千年以降という末法と早とちりし、お釈迦様が宿王華に命じたものを、自分に託したと思いこんでしまった坊主まで現れました。
その坊主は、うちのお経のあるような無いような真理を、うちのお経に命を捧げるという言葉だと思うようになりました。ありがたいことですね。ところが、この坊主、うちのお経に命を捧げると言いながら、うちのお経に命を捧げるという言葉を、うちのお経から取り出したのだから、うちのお経はもう読む必要がないと言い出し、うちのお経はどうでもいい扱いになりました。
その、うちのお経ですが、唐に伝わるとき、新しい内容が付け加えられて、ちょっとだけ見栄えがよくなりました。翻訳者は、クマーラジーバという頭のいい方で、大手さんのお経も唐の言葉に訳してるから、相当のインテリです。うちのお経は大手さんのより見劣りしますので、その方が気を遣われたんだと思います。といっても、うちの教団の名誉のためではなく、お釈迦様の名誉のためですけどね。いくらなんでも、お釈迦様があんなの作ったと思われては、仏教界全体の恥ですからね。
誇大チラシ広告に、まともな部分があれば、誰でも注目しますよね。東の島の坊主も、クマーさんの作ったところを、奇跡中の奇跡と褒め称えてくれました。うちとしては嬉しいような嬉しくないような複雑な気分です。
その坊主、うちのお経を読まなくていいと言ったものだから、自分でマンダラを作って、拝み始めました。マンダラは、うちのお経に命を捧げるという言葉の周りを、うちのお経の登場人物が取り囲んでいるもので、それも絵じゃなくて文字なんです。断っておきますが、うちのお経の登場人物のほとんどは他のお経からの借り物です。
そのマンダラは誰でも作れるというものではなく、その坊主と弟子しか、書いてはいけないのです。理由はたぶん、お布施の関係だと思います。だって、信者がうちのお経に命を捧げるという言葉を唱えるだけでは、坊主と弟子達の仕事と収入が無くなってしまうから、そこは大目に見てあげてください。
その坊主は、マンダラの前でうちのお経に命を捧げるという言葉を唱えるやり方を、すべての人間に広めようと活動を始めました。信者さんはどんな迫害にもめげず、寝る間を割いて、折伏にいそしまなければなりません。もちろん、相手の事情なんてお構いなしです。
自分で考えたことをお釈迦様の本意と解釈した坊主本人も当然、逮捕されても、島流しにあっても、斬首寸前になっても、迫害にめげず、折伏に打ち込みました。
坊主が死んだ後、坊主の教団もいくつかに分かれていきました。どの教団も自分のところだけが、坊主の真意を受け継ぎ、他のところのマンダラは効果が無いだけでなく、他の教団の信者は地獄に堕ちると主張しました。なかには、信者の団体が大きくなって、教団と喧嘩別れし、教団の信者は地獄に堕ちると主張しているところもあります。
それからここだけの話ですけど、実はうちの教団、以前は
だけど、いきなり仏教と言われても、よくわかりません。とりあえず、他の教団さんのお経を手に入れまして、そこに書かれている大乗とか十二縁起などの専門用語と、弥勒や舎利弗などの登場人物を使わせてもらって、自分たちでお経を作りはじめました。
口で言うのは簡単ですが、仏教の知識が足りないので大変です。それなら、うちの強みである聖書の知識を使えばいいと気づきました。お釈迦様が、イエス様の山上の垂訓みたいに、大勢の弟子たちの前でお話しをしていくのです。お釈迦様は、天使みたいに空を飛んだり、モーセ様のお顔が光ったみたいに、お釈迦様の額から光が出るのです。
全体の流れはヨハネ様の福音書をベースにしました。それから、トマス様の福音書みたいに女の人に対する差別をやめて、ルカ様の福音書の放蕩息子を参考にして、長者窮子の話をこしらえました。
イエス様がたとえをよく使われたみたいに、うちのお経では、お釈迦様は比喩をものすごく使います。比喩はいいですね。曖昧にごまかすことができますから。ですが、使いすぎて、比喩だらけになってしまい、結局、何が言いたいのかわからなくなりました。問題はありません。何も言いたいことはないからです。内容が無いようなのです。強いて言えば、このお経を信じてください、ということが唯一訴えたいことです。
こうしてお経は出来たんですが、ひとつ大きな問題がありました。お釈迦様が他のお経で言っていることと、うちのお経で言っていることとずいぶん内容が違うことです。いろいろ話し合って、他の教団さんのお経は、比喩、方便ということにしたらどうかという意見が出ました。どうせなら、うちのが一番言いたかったことにしようと決めました。
その作戦は大成功しました。今東の島では、さきほどの坊主の教えを何千万人もの人が信じています。本当は全然仏教ではないんですが、仏教を乗っ取る、いわば奪仏教に成功しました。ですが、そんな遠い未来のことなどどうでもいいです。今、うちの教団にお布施が入らなければ何の意味もありませんから。
さて、十一連敗中の日蓮だが、その後も苦戦し続けている。
ナポレオン(政治家)
「宗教を一つを選べと言われたら、太陽を選ぶ」
ガンジー(弁護士)
「歴史に記録されている世の中で最も極悪で残酷な罪は、宗教という名の下に行われている」
ヴォルテール(哲学者、文学者、歴史家、啓蒙主義)
「不条理なものを信じているものは悪事を犯す」
クリシュナムルティ(思想家)
既存の思想信条を疑い、宗教団体から敵視される。二十世紀の五大聖人に選ばれる。
「自分の信仰することを繰り返し主張することは不安の表れである」
フロイト(心理学者)
「宗教は幻想である。そしてそれは本能的な欲望と調和してしまう力を秘め持っている」
エドワード・ギボン(歴史家、代表作「ローマ帝国衰亡史」)
「宗教のことを一般人は真実とみなしており、賢者は偽りとみなしており、支配者は便利とみなしている」
パスカル(近代的物理学の先駆者、数学者、思想家、神学者)
パスカルも日蓮同様信仰心の厚い人物だった。十歳頃から数学の証明や物理の論文を書いていたと言われる。
ちなみに、二人の発見した原理。
パスカルの原理「密閉容器中の流体は、その容器の形に関係なく、ある一点に受けた単位面積当りの圧力をそのままの強さで、流体の他のすべての部分に伝える」
日蓮の原理「釈迦の死から二千年を過ぎると、法華経は効力を失い、法華経の文の底に隠れていた南無妙法蓮華経を唱えることでのみ人は救われる」
さて、対決。日蓮は、釈迦の権威を持ち出し、世紀の大天才に説得を試みるが、
「どの宗教も、それ自身の権威に基づいて信じられることを欲し、不信仰者をおびやかす」
そしてついに、ファイナルマッチ。
日蓮最後の勝負 法華経作者(法華実利主義)
おまけのおまけで最後の勝負。名前も性別も不明。ひとりなのか複数なのかもわからない。法華経で生活の糧を得ていたと思われる。末法に至っては法華経は役に立たず、南無妙法蓮華経だけが有効だと説く日蓮に対し、彼もしくは彼らはこう言う。
「いいか、後輩。功徳に末法も糞もねえんだよ。法華経の功徳っていうのは、法華経の功徳を信じた人間からお布施をもらうことなんだよ。作った本人が言うんだから、間違いない。ただの水を、飲めば病気が治るって高く売りつけるのと同じことさ。南無妙法蓮華経? そんな陀羅尼神咒は聞いたことがないぜ。いいか、本物の陀羅尼でてめえの頭が割れて、脳みそ飛び出すからな。
いでいび・いでいびん・いでいび・あでいび……」
末法に無効になったはずの相手方の呪文に対し、日蓮は自信満々に究極の陀羅尼(暗記すべき呪文)を繰り出す。
「法華経の行者をあだむ者は頭破作七分! 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
どちらの頭が先に割れるか、お釈迦様でも知らぬ仏の神のみぞ知る。
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