揺れる心、湧き出す闘争心
「あれ、メールだ」
上総からだった。
〈迎えに行くから、帰りの時間なんて気にせずゆっくり飲んでなよ〉
〈いや、そんなの悪いよ。遠いし。それに何時に終わるかわからないから、ちょっと待たせちゃう〉
〈せっかくの飲み会なんだから、美月ひとりだけ早めに切り上げるのもつまらないでしょ。とりあえず、駅前の店にいるから〉
〈ありがとう、助かる〉
今は飲み会の真っ最中。以前住んでいた場所の近くで、十人ほどが集まっていた。やはり地元は落ち着く。
「そういえば美月、竹芝まで戻るんだよね。早めに出るの?」
友人は、なにかと自分を気にしてくれている。
「いや、大丈夫。なんか迎えに来てくれるって」
すると、この場のほとんどの友人たちが一斉にこちらを向いた。
「え、迎えに来るって誰が来てくれるの?」
「髪黒い方?茶色い方?」
美月は状況が把握出来ないでいた。これはいったい……。
「えと、黒い方……」
「おお、クールな感じの人だよね。どっちもかっこよかったけど、私は黒い方の人が好きだな」
「ええ。私は茶色い方の人がいいな。面白そうだもん」
これは……、さすが上総と陽だ。確かに、二人は顔は整っているし長身だし肌は綺麗だし頭も良いし優しいし仕事出来るし……。改めて考えてみると、上総と陽はかなりのハイスペックだ。
「え、なになになんの話?」
「そっか、この前いなかったもんね。あのね……」
友人たちは美月そっちのけで盛り上がっている。その光景に美月は唖然としていた。
「あのさ、美月はどちらかと付き合ってるの?」
「へ!?」
突然思いもよらないことを聞かれ、変な声が出てしまった。付き合ってる?そんなこと、あるわけがない。
「ないない!そんな、恋愛感情なんて全然ないし、むしろ仕事が忙しすぎてそれどころじゃない」
あまりに慌てて否定したため、逆に怪しまれていそうだった。やはりこれだけの女子が揃うとガールズトークは止まらない。
「……じゃあ、また今度ね」
二十三時過ぎ、飲み会は終了した。上総も三十分ほど前に到着していたらしい。
駅前まで近付くと、駅に併設しているカフェからちょうど上総が出てきたところだった。
「あ、上総。待たせてごめんね」
「いや、全然。中でコーヒー飲んでいたから」
上総は目が疲れるからと、夜はいつもコンタクトを外し眼鏡をかけている。
「皆さん、お久しぶりです。この間はご迷惑お掛けいたしました。……はじめてお会いする方もいらっしゃいますね」
上総は相変わらず記憶力がいい。三ヶ月前にほんのわずかな時間しか顔を合わせていないというのに、あのとき誰がいたのかを正確に記憶していた。
「桐谷美月の上官の都築といいます。いつも桐谷がお世話になっております」
出た、営業スマイル。普段任務中では、絶対にこんなに柔らかい笑顔は見せないのに。
「あ、皆さんの中で終電を逃してしまった方はいらっしゃいますか?よろしければお送り致します。といっても、三名までしか乗れないのですが……」
友人の表情が一瞬で変化したのを美月は見逃さなかった。確か、ちょうど三人いた。
「あ、あの。ちょっと遠いのですが、いいですか?」
思い切ってひとりの友人が手を挙げた。それにつられて、二人の友人も手を挙げた。それを見て、上総はまたも営業スマイルを浮かべる。
「大丈夫ですよ。どうぞ、乗ってください」
しかしよく考えると、あの車には無線がついているし、一般人にとっては謎のアタッシュケースだって積んでいる。大丈夫なのだろうか。
心配しつつも助手席に乗り込むと、あることに気が付く。無線がない。いつもは後部座席に置かれている大きな鞄とアタッシュケースも置かれていない。恐る恐る灰皿を開けてみると、灰のひとつもなくぴかぴかだった。
「……いろいろと心配していただろう。これくらいやっておくさ」
運転席に乗り込んでいる上総がうっすらと笑みを浮かべた。
「じゃあ、はじめから誰か乗せるつもりだったの?」
「俺と組織の好感度アップの為にね」
そう言い放ちエンジンをかけた。なにが好感度アップだ。少しでも私が友人といられるよう配慮してくれたんじゃないか。
何はともあれ、夜のドライブは始まった。後ろの席では、友人三人がなにやら盛り上がっている。楽しそうで安心した。
そういえば、上総は煙草を吸わない。しかし特に我慢しているようにも見えなかった。
「煙草吸わなくて、イライラとかしないの?」
「いや、しないよ。別に普段からそんなに吸っていないし」
いやいや、結構吸ってるけど……、と突っ込もうとしたとき、どこからか聴き覚えのある音が鳴った。
「え、これ……、無線の音じゃないの?」
上総は顔を顰めながら、もともと無線が設置してあった場所を軽く押した。すると、その箇所が手前に飛び出し中に無線が設置されていた。こんな仕掛けまであったなんて。とりあえず美月が無線を受けた。
「こちら特務第一都築代理、第三桐谷です」
「たった今、横山基地より連絡が入りました。かねてより追っていたグループが横山基地に立てこもり、人質をとっているとのことです」
横山基地……。今日は土曜日のため一応休日か。それでも基地だ、いくらでも戦えるじゃないか。
「なお、潜伏しているのはほんの一角だそうで、横山基地としては被害を拡大させないためにも周りに広めたくはないそうです。なので、動きたくても動けない状態だそうです」
なるほど、外国人の軍人は見ればすぐわかってしまうからわざわざ自分たちに。しかし、一番近い場所にいるとはいえ今は……。
「申し訳ないんですが、ちょっと今は……」
「私たちなら大丈夫。よくわからないけど、行って!」
後ろから友人が声を張り上げた。思わず上総もバックミラーで後ろを確認する。
「いや、帰り遅くなっちゃうし危険だし」
「帰りは全然平気。それに基地でしょ、軍人たくさんいるじゃない」
一般人を任務に同行させるのは以ての外だが、この以前から追っていたというグループ、彼らは正直たいした相手ではないが、可能ならば捕まえるに越したことはない。
おそらく、上総も同じことを考えているのだろう。すると、上総が左手を差し出してきた。その手に無線を託す。
「こちら特務第一都築。直ちに横山基地へ向かう。なお、一般人を三名同乗させているため、至急応援願う」
急にいつもの上総に戻った。やはり目が違う。
「皆さんすみません。安全は確保します。美月、赤色灯つけて」
美月は急いでダッシュボードを開け赤色灯を取り出す。そして走行中の窓から身を乗り出し、車の屋根に取り付けた。
「シートベルト、もう一度確認してくださいね」
そういうと、ぐんとスピードが上がった。
「緊急車両通ります。道を開けてください」
上総はこの猛スピードで車の間を器用に片手で運転しながら、もう片手でマイクを持つ。
「ごめん、後ろに置いてある大きい鞄とアタッシュケース取ってもらえるかな。ちょっと重いんだけど」
美月は後ろを振り返り友人たちに頼む。さすがに車から降ろしてはいなかったようだ。
「美月、今なに持ってる?」
「今日はデリンジャーしか持ってないや。上総は?」
「ベレッタ持ってきたけど、ここに来る前に任務で使ったから弾がほとんどない」
今さらだが、よく考えると二人とも非常に準備不足ではないか。戦闘服どころか二人とも私服で、普段コンタクトのところこれまた二人とも眼鏡をかけている。
拳銃も使い慣れているものではないし、靴も違うし、自分はついさっきまで酒を飲んでいたじゃないか。とにかく、先に美月はヘルメットと防弾チョッキを羽織りガンホルスターを装着する。
「じゃあ適当に借りるよ。……あれ、この中もほとんどもう弾がないね。補充しておいた方がいいよ。ていうか、銃にも全然弾が入ってないじゃない」
「ああ、そうなんだよね。今朝和泉と点検がてら撃ちっ放してね。はあ、よりによって……」
車は国道十六号線を、車の間を縫って走り抜ける。もうじき、日付が変わろうとしていた。すると、再び無線が鳴る。
「こちら特務第一都築及び第三桐谷です。どうかしましたか」
「……!今すぐ切っ……」
上総がなにか言いかけたようだが、もう遅かった。
「えーなに?今切ろうとしてたでしょ。もうひどいなあ。てか、なんで二人仲良くドライブなんかしてるわけ。ずるいんですけど」
一瞬、車がぐらっと揺れた。上総の呆れ顔は半端ない。
「よりによってこいつ……」
「なんでわかったの?」
「この番号はこいつのだ」
なるほど。普段からプライベートでも陽は無線をかけてくるんだな。
「……ねえ、俺のこと無視しないでよ。心配してかけてるんだけど。だってさあ、美月は仕方ないにしても、まさかと思うけど上総まで私服とかないよね。大丈夫?」
そして、普段から無線を使って上総をからかって遊んでいるということが良くわかった。
「ええと、こちら第二柏樹、準備万端でこれからヘリで向かうから。今から乗るからあと三、四十分くらいで着くよ。応援、必要なんでしょ」
自信たっぷりに陽が言い放った。確かに、至急応援頼むとは伝えたが……。陽の後ろでは、藤堂と結城がもうその辺にしておいた方が……、などと呟いている。
「……」
もう、上総の顔を直視することはできなかった。
「三、四十分?お前、それ来る意味ないな。時間と燃料の無駄だ。来なくていい」
めずらしく上総が怒りを露わにしている。いや、むしろ普段陽とはこうなのだろうか。後ろの友人は……。心配とは裏腹に、このダークな上総にわくわくしている様子だ。
「お前ら二人だけで片付ける気か?やめとけやめとけ。それこそ時間と弾の無駄だ」
横山基地が見えてきた。上総はさらにスピードを上げる。
「三十分で片付ける。お前は後処理をしておけ」
「三十分?随分と無謀な作戦だな。いいだろう。三十分で片付いたら、後処理の他に調書でも報告書でもなんでもやってやる」
「自ら自分の首を締めるとは滑稽だな。あとで後悔しても知らないからな」
そして上総は無線を切った。
「か、上総……」
「なんかやる気が出てきたよ。陽には感謝しないとね」
不敵な笑みを浮かべたまま、車は横山基地のゲートへと到着した。
***
「柏樹さん。あの、ヘリの準備が、整いましたけど……」
藤堂は恐る恐る陽のもとへと歩みを進めていく。上総に無線を切られ、ストレスが満ち溢れているのが背中でわかる。藤堂はこれ以上近付くことが出来なかった。
「なるべく急がせます」
陽はゆっくりと振り返った。その目は恐ろしいほどに据わっていた。
「いや、きっちり三十分かけて飛べ。あいつが言ったんだ、ならばそれに従ってやろう」
そして、藤堂の横を静かに通り抜けヘリへ向かった。
「……藤堂二尉、都築一佐と柏樹さんっていつもこうなんですか?」
藤堂の部下たちは青い顔を浮かべている。
「あ、ああ……。柏樹さんはまだわかるけど、都築一佐も結構な負けず嫌いだからなあ。いつもああやって張り合ってるよ」
第一小隊もヘリに向かう。今回は、陽と藤堂率いる第一小隊がヘリで現場へ向かい、結城率いる第二小隊は結城の希望で本部にて通信業務を行うこととなった。
「まあでも、自分の上官をこう言うのもあれだけど、柏樹さんは都築一佐に一度だって勝ったことがない。都築一佐は常に有言実行だ。なあそうだろ、結城」
藤堂は、インカムを通じて結城へ投げ掛ける。
「そうだね。だからこそ、俺はここに残ったんだから。調書と報告書、おそらく今日中……いや、午前中には提出だろうね。しかも、生半可なものじゃあ受け取ってもくれないだろう。随時連絡頼むよ、こっちで出来る限り作成しておくから」
それを聞いて、部下たちの目の色が変わった。
「……そういうことだから。お前ら、今から覚悟しておいた方がいい」
「行ってらっしゃい」
こうして、第二部隊も現場に急行した。陽以外の隊員が、勝敗の行方を確信したまま。
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