準備不足での緊急任務

「じゃあ、皆はこの人について行ってね。すぐに戻るから」


 黒人の警備員に友人たちを任せ、上総と美月は突入の準備を開始する。

 美月は若干不安だったが、上総の手前そんな様子を見せることは出来ない。だが正直、私服に防弾チョッキは動きにくい。靴もブーツを履いているため、音がならないように気を遣わなければならない。


「美月は人質を解放。俺は直接頭を潰す。弾数に気をつけて」


 美月が持つワルサーPPKには弾が七発。上総が持つベレッタM92には弾が三発のみ。


「二十分で戻って来て。彼女たちも早く送り届けないと」


 基地の中でも建物が少ないこの一角は、少し離れたところにある戦闘機の格納庫の陰になっており、周りからは見えにくい位置にあった。

 犯人が立てこもっているのは四階建ての備品倉庫。そこの三階奥に人質と共に立てこもっていると思われる。

 そして、最上階にはこのグループのトップ数人が潜んでいるということだ。


「俺は裏口から、美月は正面からだ」


「了解」


 深夜零時二十分。たった二人の隊長だけでの緊急任務が始まった。

 照明は点いておらず、外からの照明だけで中は薄暗い。こちら側に面している正面玄関には敵は見当たらない。そっと扉を開け、すぐさま階段横へ身を潜める。

 微かに一階奥から足音が聞こえた。だが、まだ自分の存在は気付かれていない。美月はそのまま上へと上がって行く。


「今三階手前の階段。各階に二人くらいいる。そっちはどう?」


 二階と三階の間の踊り場に屈み、美月は無線を手に取った。


「……ちは、……だ。……つ……てね」


 上総の声は途切れ途切れにしか聴き取れない。どうやら、上総の奥で激しい銃撃戦が行われているようだ。


「ちょっと、平気なの?」


 銃声から予想するに、拳銃を持った敵は三人。三発しか弾がない上総は、おそらくまだ一発も撃ってはいないだろう。


「……こっちは平気」


 かろうじて、この一言だけ聞き取ることが出来たが焦りはないようだ。


 現在、角の壁に沿って様子を伺っている。壁から少しでも顔を出せば、容赦なく銃弾は飛んでくる。


「はあ。面倒だな……」


 上総は、ただこの場に立ち尽くしている訳ではない。相手の拳銃の種類を確認し、マガジンを取り替えた時点で今何発撃ったかを数えていた。そして、三人がほぼ同時にマガジンを取り替えるそのときを待っていた。


「……うわあ!!」


 ほんの一瞬の出来事だった。上総は一人に一発ずつ、拳銃を持つ手を撃ち抜いた。

 そしてその直後敵に向かって行き、あっという間に三人とも倒してしまった。


「あーあ、弾切れだ。この拳銃、借りて行くから」


***


 現在、零時二十八分。

 美月は人質が捕まっていると見られる部屋の手前までたどり着いていた。だが、入り口には二人の見張りが立っている。

 へたに見つかって銃声がすれば、中にいる仲間に気付かれてしまう。そうなると人質の命が危ない。殺そうと思えばすぐにでも頭を撃ち抜けるが、今回の指示は拘束までだった。

 頭の中で何度もイメージトレーニングを行う。どうにかして中にいる敵に気付かれずにこの二人の見張りを倒すことは出来ないか。そういえば、以前上総が代理授業でこんなことを言っていた。


「拳銃を構えていたって、当てることが出来なければそれはナイフよりも弱い。たとえば素人同士で片方が拳銃、片方がナイフを持っていたとする。この場合、生き残るのは確実にナイフを持つ方だ。焦れば焦るほど弾は当たらない。だが、ナイフは浅くとも確実に刺すことが出来る」


 サバイバルナイフならさっき上総の鞄から取り出してきていた。時間もないし、見張りの二人が腕利きではないことに賭けてみようか。


「……そして、ナイフは刃を上向きにすれば弱い力で深く刺すことが出来る!」


 美月は廊下の電気のスイッチを切り、暗くなったところを猛スピードで突っ込んでいった。


「……なんだ!誰だ、どこにいる!」


「遅い!」


 非常灯を頼りに敵の太ももに斬りかかり、怯んだところで拳銃を奪った。

 こういった突発的で少々無茶な作戦は美月の得意分野だ。


「なんとかうまくいった……。まだ中には気付かれていないかな」


 扉を二回ノックするとゆっくりと扉が開いた。すると、仲間が顔を出すかと思いきや、銃口がこちらに向けられた。


「ひっ……」


 美月……ではなく、美月が盾にしていた仲間が思わず声をあげる。

 そして、すぐさま一発の銃弾が放たれた。つい先ほど美月が拘束した敵の顔ぎりぎりのところを銃弾が駆け抜ける。その衝撃で仲間は失神したようだ。仲間を撃ってしまったと勘違いして出てきた敵を捕らえ部屋へ突入した。

 中には三人。物陰に身を潜めながら、それぞれ拳銃を持った手と脚を狙う。人質を誘導しながらも、各階に残る見張りを片付け、零時三十九分、正面玄関より戻った。


***


 少し前の零時三十分、上総はグループのトップが潜む部屋へ堂々と入っていた。

 皆、上総の顔を見ればすぐわかる。ISAの隊員の中で頂点に立つ男。銃口は向けられているが、上総は周りの敵には目もくれずに進んで行く。


「投降しろ」


 拳銃を下に降ろしたまま言い放つ。


「……ふっ。こんな滅多に訪れないチャンスを無駄に出来るわけがないだろう。特務室の隊長さん、貴様はここで捕えさせてもらう」


 敵は嘲笑うかのごとく、不気味な笑みを浮かべながら上総を見下ろす。


 黙って聞いていた上総は顔を顰め、ゆっくりと拳銃を持ち上げ、一気に周りの敵に銃弾を浴びせた。

 一瞬でトップ一名を残し、数名の敵は崩れ落ちた。


「次はお前だ。どこを撃って欲しい」


 窓から差す月明かりに照らされ、微かに笑いながら上総は問う。


「ふ、ふざけるな……!」


 ドンッ……。

 躊躇いなく、上総は敵の右肩を撃ち抜いた。零時三十五分。敵のトップを制圧した。


「わ、上総の方が早かったか。ぎりぎり間に合った」


 正面玄関を出ると、すでに武装を解いた上総が車の前で待っていた。友人も中に乗っている。


「お疲れ。さて、じゃあ彼女たちを送って行こうか」


 上空からヘリコプターの音が聞こえている。陽たちは、きっちり三十分後にやって来た。


「後片付け、よろしく」


 上総は不敵に笑い、車に乗り込んだ。


***


「こちら、ISA特務室です。少し前に到着しているうちの隊員は……」


 陽は辺りを見回しながら上総の車を探した。


「柏樹さん。都築一佐と桐谷三佐ですが、我々が到着する少し前にここを後にしたそうです」


 陽の顔色を伺いつつ、少し距離を置いて藤堂が報告する。案の定、陽は歯を食いしばり、顔を歪めていた。

 すると、胸ポケットの携帯が鳴る。画面を見なくとも、このタイミングでかけてくるのは一人しかいない。


「……なんだ」


「今到着したのか。別に来る必要はなかったのに」


 真夜中の空いている広い道路を、イヤホンマイクをつけて上総は悠々と走る。


「二時間以内に後処理を完了させておけ、全員生かしてある。それと、調書及び報告書は七時までに提出しろ」


「七時って。あと六時間しかないけど。これから後処理して聴取してからじゃ無理だろ」


「六時間もあるじゃないか。結城が本部にいるだろ」


 上総と陽が言い合いをしているさなか、藤堂は呆れた顔でそれを横目に結城に連絡を入れていた。


「……午前中どころか七時までだってさ。急いでこっち片付けて被疑者連れて行く。時間ないし、車内で簡単に調書とっちゃうわ。また連絡する」


「鬼だ……。はあ、じゃあすぐデータ送って。しかし、本当に三十分で片付けちゃうなんてね」


「うん。やっぱり部隊長ってすごいわ。……確か、三年前も似たようなことがあったな」


 藤堂は空を見上げる。こんな真夜中の今日みたいな星が輝く夜。確かあのときも……。


「ああ詳しくは知らないけど、第一部隊が出来たばかりの頃だったっけ」


「俺たちがまだ予備軍のときだ。都築一佐が佐官に昇格して第一部隊が発足したとき。思い出すな、あの壇上での挨拶」


「なんでこの人が、って誰もが思ったよな。しばらく、柏樹さんも休憩中とか文句言っていたらしいし」


 それは約三年前。都築上総が三佐に昇格し、第一部隊長に任命された。そして、当時二尉だった陽は一尉となり上総の補佐官として第一部隊に入ることとなった。


「藤堂、さっさと片付けるぞ。部下を集めろ」


 上総に完全に言い負かされたのか、少々疲れきった様子で陽が呼んでいる。


「は、はい!」


 陽も空を見上げる。


「……あの時と似てる。やっぱあいつには敵わないな」

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